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第一章

33話

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(第三者視点)



 今日は国中の誰もが待ちに待った建国記念日。子どもたちは屋台や演劇で大いにはしゃぎ、大人たちはお祭りムードに日頃の疲れも忘れて現を抜かす日だ。朝早くから屋台の設営をする男たちの声や待ちきれずに早起きした子どもの声が所々で聞こえてくる。

 毎年この日の王都は他の地方と比べ物にならないくらいの盛り上がりを見せるのだがそれに一役買っているのが王族の挨拶だ。国王と二人の王子が王都の中心に作られた特別な舞台に上がって短いスピーチを述べる。そしてその終わりが祭りの始まりの合図だ。ただ今年は一味違う。それは国中の噂となった「白雪令嬢」の存在だ。

 フィリア・ラインホルトというのが本当の名前らしいがそんなことは人々にとっては大した問題ではない。噂によれば病弱で表にはほんんど出てこなかったその人は艶やかな藍色の髪と宝石のような空色の瞳を持つ美しい十歳の少女らしい。その美貌と「白雪令嬢」という通り名の由来となった雪のように白い肌や冷たく凛としたオーラこそが人々の興味をくすぐったのだ。そして国中で噂になったかの令嬢は建国記念日の王族の挨拶に出席することになった。宿屋の話によると地方から王都へとやってきた宿泊客は例年の倍はいるらしい。



******************



 時刻はまもなく午前十時。王族の挨拶が始まる時間だ。舞台の周りには溢れ返るほどの数の人々が集まっている。前の方に貴族、その後ろに平民がいて、期待に満ちた声は次第に大きくなっている。そしてそれもピークに達した頃、ファンファーレが壮大に鳴り響いた。王族の登場だ。国王がまず最初に登場し、その後に第二王子、最後に第一王子とその婚約者という順番で現れた。人々は拍手で迎える中一人の少女を見てその手を止めた。いや、正しくは止まってしまった。そしてすべての人が確信した。彼女こそが「白雪令嬢」なのだと。

 第一王子にエスコートされているその人はあまりにも美しかった。白く小さな花々と共に編まれた藍色の髪は日光を浴びて光り輝いている。長い睫毛に縁取られた瞳は雲一つない空のごとく澄み渡り、透明感のある白い肌はどこか儚さを感じさせる。そしてその肌を包むドレスもまた息を飲む美しさだった。裾に向かっての白から濃い青へのグラデーションが目を引き、手の込んだ青い花の刺繍も施されている。飾りの多いものではないがそれがむしろ彼女の魅力を最大限に引き出していた。真っ直ぐ伸びた背筋と伏し目がちな表情が凛とした少し冷たくも感じる雰囲気を醸し出しており、その姿はとても十歳には見えなかった。

 そうして人々が「白雪令嬢」に見惚れていると国王のスピーチが始まった。

「親愛なる我が国の民たちよ、遂にこの日がやってきた。今ここで多くの者が集まりこうして祝うことができるのも皆の絶え間ない努力があるからだ。今日は日頃の疲れを忘れて大いに楽しみ、明日からの生活のためにその活力を高めてもらいたい」

 国王が高らかにその声を響かせる。それに続いて王子たちも思い思いの言葉を述べた。二人とも実際の年齢よりも随分と大人びた言葉遣いで同世代の子供たちはもちろん大人たちもその声に真剣に耳を傾けた。その間もかの令嬢は第一王子のそばで目を伏せて立っていた。

 そして最後の第二王子の挨拶が終わると拍手が響いた。それから人々の視線は「白雪令嬢」に集まっていく。彼女からも何か言葉が聞きたい、その声が聞きたいという願いが詰まった視線だ。国王は人々の様子を一度ゆっくりと見渡すと先ほどまでとは少し違う悪戯っぽい笑みを見せた。

「それではフィリア嬢にも何か一言言ってもらおうか」

 国王のその言葉を聞いて「白雪令嬢」は目を見開いた。彼女は一度目を閉じて数秒した後舞台に集まる人々全員の顔を見るように視線を動かした。それから両手を胸の前で組んで柔らかく微笑んだ。そして……

「皆様にとってこの日が素晴らしい思い出になりますように」

 彼女がそう言うと一瞬沈黙が広がったがすぐに今までにないほど大きな拍手が会場を包んだ。その中には涙を流す者もいたという。

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