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第一章
27話
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「お待ちしておりました、殿下。わざわざ足をお運びいただきありがとうございます」
「ああ。久しぶりだな、フィリア嬢」
下げていた頭を上げると表情が少しも変わらずにそう言うルーク様がいた。人前だから「殿下」とお呼びしているのだけれど、このお方のこの雰囲気の前では「ルーク様」と呼ぶのはどちらにしろ至難の技だと思う。とにかく、失礼のないようにしなくては。
「お久しぶりでございます。では、お部屋にご案内いたします」
私の表情も緊張でほぼ真顔になってしまうけれど何とか準備していたお部屋にご案内する。難しくてもお部屋ではなるべく「ルーク様」とお呼びできるようにしないと。ルカルド様をお名前でお呼びしているのに婚約者であるルーク様を「殿下」とお呼びするのは流石によろしくない。そう自分を戒めながら歩いているとお部屋に着いた。ルーク様に座っていただくように促してから私もその向かい側に腰掛けた。
「お茶とお菓子もご用意してありますがいかがなさいますか?」
「頂こう」
「かしこまりました」
目線で合図を送って数人の侍女に用意をしてくれるように頼んだ。彼女たちはとても優秀なのでお茶やお菓子の用意に無駄な音は一切たてない。ただそれが私とルーク様の間に流れる沈黙を際立たせている。そのことにも反応して私の顔はますます強張ってしまった。
「……最近の調子はどうだ」
予想外なことに沈黙を破ったのはルーク様の方だった。
「っだいぶ……安定してきたように思われます。ご心配いただきありがとうございます」
「それなら良かった」
……会話が続かない。先程はルーク様から話しかけてくださったのだし、今度は私が何か話題を作らなくては!そう思っているとお茶やお菓子の用意が終わり、侍女たちがみんな下がっていった。よし、人がいない今ならお呼びできるわ!
「あの、ル、ルーク様は」
次の瞬間お茶に口をつけていたルーク様はお茶が気管に入ったのかひどく咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、気にするな」
「……呼び名のことルカルド様からお聞きになっていませんか?」
「き、聞いている。だから大丈夫だ。気にするな。それで話の内容は?」
「あ、あのルーク様はレオン・クライン様とカイ・アルブラン様のことはご存知ですか?」
「知っている。それで?」
「最近、そのお二人とお友達になったのです。お二人ともとてもお優しくて……」
そこまで言ってルーク様を見ると何故かいきなり背後に吹雪のようなオーラが見え始めた。ちょうどこの前お会いした時と同じオーラだ。お話しできる話題がお友達のことくらいなのでお二人の話をしたのだけれど……何がまずかったのかしら?
「……この前の男といい、君には男の友人しかいないのか?」
どこかで失言をしてしまったのではないかと自分の発言を思い返しているとルーク様は地を這うようなトーンでそう仰った。
「そんなことはありません。侍女をしてくれているラナも友人ですし、それにこの前お茶会に参加したのですけれど、そこでヒューストン伯爵家のメルル様とお友達になることができたのです!」
「メルル嬢か……確か歌が上手いと噂で」
「そうなんです!」
私は「歌が上手い」という言葉に反応して思わずルーク様との間にあるテーブルに手をついてルーク様の方にずいっと寄った。
「たまたまメルル様の歌声を耳にしたのですけれどまるで天使の歌声でした!メルル様自身も天使のように可愛らしくて、それで……」
メルル様に出会ったときの感動に浸っていた私はふと我に返って自分がとんでもなく無礼なことをしているのに気づいた。ルーク様は目を見開いたまま全く動かない。私はすぐに身を引いた。
「も、申し訳ございません!私としたことが何という無礼な真似を」
「っいや、いい。君が楽しそうで何よりだ」
私の少し大きめの声にビクッと反応して硬直が解けたルーク様はそう言って許してくださった。一瞬その目元が少しだけ優しく見えた。いや、この方は私に興味がないのだし気のせいね。それよりも本題がまだだわ!気を引き締めないと!
「ああ。久しぶりだな、フィリア嬢」
下げていた頭を上げると表情が少しも変わらずにそう言うルーク様がいた。人前だから「殿下」とお呼びしているのだけれど、このお方のこの雰囲気の前では「ルーク様」と呼ぶのはどちらにしろ至難の技だと思う。とにかく、失礼のないようにしなくては。
「お久しぶりでございます。では、お部屋にご案内いたします」
私の表情も緊張でほぼ真顔になってしまうけれど何とか準備していたお部屋にご案内する。難しくてもお部屋ではなるべく「ルーク様」とお呼びできるようにしないと。ルカルド様をお名前でお呼びしているのに婚約者であるルーク様を「殿下」とお呼びするのは流石によろしくない。そう自分を戒めながら歩いているとお部屋に着いた。ルーク様に座っていただくように促してから私もその向かい側に腰掛けた。
「お茶とお菓子もご用意してありますがいかがなさいますか?」
「頂こう」
「かしこまりました」
目線で合図を送って数人の侍女に用意をしてくれるように頼んだ。彼女たちはとても優秀なのでお茶やお菓子の用意に無駄な音は一切たてない。ただそれが私とルーク様の間に流れる沈黙を際立たせている。そのことにも反応して私の顔はますます強張ってしまった。
「……最近の調子はどうだ」
予想外なことに沈黙を破ったのはルーク様の方だった。
「っだいぶ……安定してきたように思われます。ご心配いただきありがとうございます」
「それなら良かった」
……会話が続かない。先程はルーク様から話しかけてくださったのだし、今度は私が何か話題を作らなくては!そう思っているとお茶やお菓子の用意が終わり、侍女たちがみんな下がっていった。よし、人がいない今ならお呼びできるわ!
「あの、ル、ルーク様は」
次の瞬間お茶に口をつけていたルーク様はお茶が気管に入ったのかひどく咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、気にするな」
「……呼び名のことルカルド様からお聞きになっていませんか?」
「き、聞いている。だから大丈夫だ。気にするな。それで話の内容は?」
「あ、あのルーク様はレオン・クライン様とカイ・アルブラン様のことはご存知ですか?」
「知っている。それで?」
「最近、そのお二人とお友達になったのです。お二人ともとてもお優しくて……」
そこまで言ってルーク様を見ると何故かいきなり背後に吹雪のようなオーラが見え始めた。ちょうどこの前お会いした時と同じオーラだ。お話しできる話題がお友達のことくらいなのでお二人の話をしたのだけれど……何がまずかったのかしら?
「……この前の男といい、君には男の友人しかいないのか?」
どこかで失言をしてしまったのではないかと自分の発言を思い返しているとルーク様は地を這うようなトーンでそう仰った。
「そんなことはありません。侍女をしてくれているラナも友人ですし、それにこの前お茶会に参加したのですけれど、そこでヒューストン伯爵家のメルル様とお友達になることができたのです!」
「メルル嬢か……確か歌が上手いと噂で」
「そうなんです!」
私は「歌が上手い」という言葉に反応して思わずルーク様との間にあるテーブルに手をついてルーク様の方にずいっと寄った。
「たまたまメルル様の歌声を耳にしたのですけれどまるで天使の歌声でした!メルル様自身も天使のように可愛らしくて、それで……」
メルル様に出会ったときの感動に浸っていた私はふと我に返って自分がとんでもなく無礼なことをしているのに気づいた。ルーク様は目を見開いたまま全く動かない。私はすぐに身を引いた。
「も、申し訳ございません!私としたことが何という無礼な真似を」
「っいや、いい。君が楽しそうで何よりだ」
私の少し大きめの声にビクッと反応して硬直が解けたルーク様はそう言って許してくださった。一瞬その目元が少しだけ優しく見えた。いや、この方は私に興味がないのだし気のせいね。それよりも本題がまだだわ!気を引き締めないと!
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