上 下
22 / 117
第一章

18話

しおりを挟む
 目まぐるしかった春が過ぎて夏がやって来た。お散歩のお供に大きな真っ白の日傘が加わったり、お兄様がお父様の補佐として王宮に通うようになったり、ラナとジェイくんがお友達らしい関係になったりという変化もあるなか、何よりも大きな変化は私の体調だったりする。そう、なんと簡単なことでは倒れなくなったのだ!(簡単なことというのは主に貧血とか過労とか過労とか……)まだ安定はしないけれど体力もだいぶついたし、真っ白だった肌の色も少しは人間味を帯びてきたと思う。そんな私は今日も今日とてお散歩へと繰り出した。





 いつも通りお庭のお花を眺めながらゆっくりと歩いていると珍しくいつも忙しくしている老紳士の執事、シャーマンがこちらへ向かって歩いてきた。

「お嬢様、お散歩中申し訳ございません。お客様がいらしております」

「あら、どなたかしら?」

「第二王子殿下とそのご友人方でございます」

「……そう。分かったわ、すぐに向かいましょう」

 私は油断していた。ルカルド様は「またね」とおっしゃったもののあれから一度も我が家を訪れることはなかったのだ。お兄様が王宮に通うようになるまでは、お兄様が「その時は私も必ず立ち会おう」と少し怖い顔でおっしゃってくださっていたのでいつでも大丈夫だと構えていたのだけれど、あまりにもいらっしゃらないものだからあれは冗談だったのだと流してしまっていた。そしてお兄様が王宮に通うようになってもまさかいらっしゃることはあるまいと安心しきっていたらここでまさかの唐突な来訪。うん、心臓に悪いわね。



「こんにちは、フィリア嬢」

「お久しぶりでございます、ルカルド様」

 お待ちいただいていたサロンに向かうと私が視界に入った瞬間にルカルド様は素晴らしく爽やかな笑顔をこちらにくださった。こちらもできる限りの爽やかな笑顔を作って対応する。

「うん、今回はちゃんと『お久しぶり』だね」

「……ええ」

 前回の失敗を掘り返されて精神的なダメージを負った私は一生懸命笑顔を保つことだけに神経を使った。こんなところで簡単に感情を漏らしてはいけない。

「あぁ、そうそう。今日は僕の友人達を連れてきたんだ」

 そういえばシャーマンにもご友人方がご一緒とは聞いたわね……。そう思ってルカルド様の方を見るとその一歩下がったくらいの両隣に一人ずつ私と同世代に見える少年がいた。今まで気づかなかった私は相当視野が狭いらしい。きっとルカルド様への対応に完全に気を取られていたのだろう。……それにしてもこのお二人、どこかで見たことのあるお顔だわ。片方は天使のように可愛らしい顔立ちで、片方は少し大人びた顔立ちだ。

「こちらがレオン。それからこちらはカイ。それぞれクライン家とアルブラン家のご子息だよ」

「こんにちは……」

「は、はじめまして」

 どちらも小さな声ではあるがちゃんと私の方を見て挨拶をしてくれた。それならば私もできる限りの礼を尽くさなくては。

「ようこそお越しくださいました。私はフィリア・ラインホルトと申します。どうぞよろしくお願いいたしします」

 何度も練習し体に染み付いているカーテシーを何とかやり遂げた。ところがどこかおかしかったのかカイ様もレオン様も何もおっしゃらずに目を見開いたままだった。

 ん?カイ様とレオン様?……ってどちらもラブリリの攻略対象のお名前と同じよね?そういえばよく見てみると……この世の煌めきを集めたかのように美しく輝く金髪と優しさを感じるオレンジ色の瞳、少し硬そうな赤茶色の髪とお日様のような温かい黄色の瞳……ビジュアルも全く一緒ね。あぁ、そう、そうなのね……。春に驚くことが多過ぎたのでもう大袈裟に驚こうとは思わない。ただ、二人同時に来た上にルカルド様のお友達というのはさすがに情報量が多すぎる気がする。

「あれ?三人ともどうしたの?カイとレオンはまだ分かるけどフィリア嬢まで……」

 それからカイ様とレオン様も目を見開いたまま動かないし私も結局目を見開いてしまったまま動かなかったので少しの間沈黙の時間が続いた。



○○○○○○○○○○○○○○○○○○


余談①

フィリアさんが春の間に大袈裟に驚いた回数は

⑴前世を思い出して自分の立場が分かったとき
⑵ルーク様が突然訪問してきたとき
⑶自分の兄がラブリリのロナン先生だと分かったとき
⑷ルカルド様が突然訪問してきたとき

の四回です。(お兄様の行動に驚いたこともありますがそれは比較的小さめの驚きなので除外しました)

余談②

フィリアさんに関する情報を留学中のお兄様に流していたのは今回も登場した執事のシャーマンさんです。シャーマンさんは公爵家に仕えて四十五年の大ベテランで、フィリアさんのことは実の孫のように愛しく思っています(^^)
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...