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第一章
3.5話②
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(ラナ視点)
それからフィリアは何度も私のところに来てはいろんな場所に連れていってくれた。迷子になってしまいそうなほど広い庭園や一生をかけても読みきれなさそうなほどの本が並んだ書庫、パーティーが開かれれば沢山のドレスが花を咲かせるというホールなど、屋敷の中だけなのにまるで探検をしているようで楽しかった。初めて見る貴族の世界に圧倒された。彼女の言っていた通りに私は笑顔になって、心の傷のようになっていた苦しみも少しずつ薄れていくような気がした。
そしてそんなある日だった。
「あっちには厨房があるのよ!貴女が食べるものもそこで作られているの。皆優しい人でね……っ、うっ」
「どうしたの?大丈夫?」
「ええ、気に、しな…………っ」
次の瞬間、フィリアは床に倒れて動かなくなった。あまりにも急で私は何が何だか分からなくなってしまった。フィリアはすぐに侍女たちに運ばれていったけれど、私は足が床にくっついたみたいに動けなくなった。最後に見たフィリアの顔はいつにも増して白かった。それが彼女が死んでしまうかもしれないという恐怖を煽った。自分は死んでしまいたいと思っていたくせに人が死ぬかもしれないとなると手が震えてしまっている。なんとも滑稽だ。
「ラナ!あなたまだここにいたの?今はお部屋に戻っていなさい」
侍女長にそう言われて私は言うことを聞かない足を何とかして動かした。私にできることは何もない。それがどうにも歯痒くて爪痕が残るくらい手を握りしめた。
それから時間が経って夜になってもフィリアは目を覚さなかった。公爵様は帰ってくるとフィリアの様子を見た後で私のところに来てくれた。
「フィリアは生まれた時から体が弱いんだ。君が来てからは体調も安定していたんだけどね。お医者様も呼んであるしひとまずは様子を見よう。落ち着いたら顔を見せてあげてくれ」
「ごめんなさい」
「どうして君が謝るんだ」
「私が無理をさせました。フィリアは私を元気付けようとしてくれて、それで……」
「そんなことを言ったらフィリアに怒られてしまうよ。大丈夫、すぐに元気な顔を見せてくれるさ」
公爵様はそう言って私の頭を撫でてくれた。私は泣きそうになるのをなんとか堪えていた。優しい人だ。公爵様もフィリアも皆、ここにいる人は優しい。こんなに優しくしてもらっているのに私は何も返せていない。
「私はもう一度フィリアの様子を見てくるから君はもう眠りなさい。フィリアが目を覚ました時一番の笑顔で迎えられるようにね」
公爵様は私をベッドへと促して部屋を出ていった。子供一人には大きすぎるベッドに寝転びながら私は考えた。何か恩返しは出来ないか、と。けれど考えても考えても良い案は出ずにいつの間にか眠りについてしまった。
******************
「ラナ、そろそろ起きる時間よ」
フィリアの侍女の一人であるリサさんの声で私は目を覚ました。それからなんとか起き上がって寝ぼけ眼でリサさんの方を見た。今日もしっかりと制服を着てお仕事を頑張っている。私も何かお仕事でも出来たら……
「そうか!」
「っ?!どうしたのよ突然」
「リサさん!私侍女になりたい!フィリアの侍女!」
リサさんは驚いていたけれどすぐに公爵様に相談してくれた。公爵様は「同い年で仲のいいラナならフィリアも大歓迎だろう」と言って侍女になることを許してくれた。そんなことが起きていた間もフィリアは眠ったままだった。
そして次の日、私はラインホルト家侍女の制服をもらった。嬉しくなってすぐに着た。フィリアにも見せたい!そう思って眠っているフィリアの部屋に行った。
「フィリア!起きて!私フィリアの侍女になるんだよ!制服ももらったの!ねぇ起きてよ!」
フィリアのベッドのすぐそばで叫んだ。
「……ラナ?」
「フィリア!起きたのね!」
「ラナってば……病人の近くで叫んじゃダメよ」
それから侍女の制服を着ている私を見てフィリアはびっくりしていたけれど事情を話したら喜んでくれた。ちなみにフィリアには注意されたけど長い間眠っていたフィリアが目覚めたと言うことは私にはフィリアを呼び寄せる力があるんじゃないかと思ってこの一件以降フィリアが気を失ったときは私の魂の叫びで起こしてあげることにしている。
それから年月が経って、私がフィリアをお嬢様、公爵様を旦那様と呼ぶようになって、侍女としての振る舞いも板についてきた頃、ある日お嬢様は言った。
「健康に長生きするためには外に出なくっちゃ!」
お嬢様は今まで死にたいとは言わなかったものの生きたいとも言ってはいなかった。どこかで病弱なご自身の人生を諦観していたのかもしれない。そんなお嬢様が自分から「長生き」という単語を口にしたことに私は涙を堪えることが出来なかった。生きましょう、お嬢様。お嬢様のことはこの私が全てを懸けて守りますからね!
(ちなみにお嬢様が健康のために散歩をすること、行き先は何があるかわからない危険な外ではなく屋敷の圏内であること、お嬢様が自分から「長生き」という単語を口にしていたことを旦那様に報告して一緒になってボロボロに号泣したりさらに屋敷の警備に努めようという話になったのはお嬢様には秘密だったりする。)
それからフィリアは何度も私のところに来てはいろんな場所に連れていってくれた。迷子になってしまいそうなほど広い庭園や一生をかけても読みきれなさそうなほどの本が並んだ書庫、パーティーが開かれれば沢山のドレスが花を咲かせるというホールなど、屋敷の中だけなのにまるで探検をしているようで楽しかった。初めて見る貴族の世界に圧倒された。彼女の言っていた通りに私は笑顔になって、心の傷のようになっていた苦しみも少しずつ薄れていくような気がした。
そしてそんなある日だった。
「あっちには厨房があるのよ!貴女が食べるものもそこで作られているの。皆優しい人でね……っ、うっ」
「どうしたの?大丈夫?」
「ええ、気に、しな…………っ」
次の瞬間、フィリアは床に倒れて動かなくなった。あまりにも急で私は何が何だか分からなくなってしまった。フィリアはすぐに侍女たちに運ばれていったけれど、私は足が床にくっついたみたいに動けなくなった。最後に見たフィリアの顔はいつにも増して白かった。それが彼女が死んでしまうかもしれないという恐怖を煽った。自分は死んでしまいたいと思っていたくせに人が死ぬかもしれないとなると手が震えてしまっている。なんとも滑稽だ。
「ラナ!あなたまだここにいたの?今はお部屋に戻っていなさい」
侍女長にそう言われて私は言うことを聞かない足を何とかして動かした。私にできることは何もない。それがどうにも歯痒くて爪痕が残るくらい手を握りしめた。
それから時間が経って夜になってもフィリアは目を覚さなかった。公爵様は帰ってくるとフィリアの様子を見た後で私のところに来てくれた。
「フィリアは生まれた時から体が弱いんだ。君が来てからは体調も安定していたんだけどね。お医者様も呼んであるしひとまずは様子を見よう。落ち着いたら顔を見せてあげてくれ」
「ごめんなさい」
「どうして君が謝るんだ」
「私が無理をさせました。フィリアは私を元気付けようとしてくれて、それで……」
「そんなことを言ったらフィリアに怒られてしまうよ。大丈夫、すぐに元気な顔を見せてくれるさ」
公爵様はそう言って私の頭を撫でてくれた。私は泣きそうになるのをなんとか堪えていた。優しい人だ。公爵様もフィリアも皆、ここにいる人は優しい。こんなに優しくしてもらっているのに私は何も返せていない。
「私はもう一度フィリアの様子を見てくるから君はもう眠りなさい。フィリアが目を覚ました時一番の笑顔で迎えられるようにね」
公爵様は私をベッドへと促して部屋を出ていった。子供一人には大きすぎるベッドに寝転びながら私は考えた。何か恩返しは出来ないか、と。けれど考えても考えても良い案は出ずにいつの間にか眠りについてしまった。
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「ラナ、そろそろ起きる時間よ」
フィリアの侍女の一人であるリサさんの声で私は目を覚ました。それからなんとか起き上がって寝ぼけ眼でリサさんの方を見た。今日もしっかりと制服を着てお仕事を頑張っている。私も何かお仕事でも出来たら……
「そうか!」
「っ?!どうしたのよ突然」
「リサさん!私侍女になりたい!フィリアの侍女!」
リサさんは驚いていたけれどすぐに公爵様に相談してくれた。公爵様は「同い年で仲のいいラナならフィリアも大歓迎だろう」と言って侍女になることを許してくれた。そんなことが起きていた間もフィリアは眠ったままだった。
そして次の日、私はラインホルト家侍女の制服をもらった。嬉しくなってすぐに着た。フィリアにも見せたい!そう思って眠っているフィリアの部屋に行った。
「フィリア!起きて!私フィリアの侍女になるんだよ!制服ももらったの!ねぇ起きてよ!」
フィリアのベッドのすぐそばで叫んだ。
「……ラナ?」
「フィリア!起きたのね!」
「ラナってば……病人の近くで叫んじゃダメよ」
それから侍女の制服を着ている私を見てフィリアはびっくりしていたけれど事情を話したら喜んでくれた。ちなみにフィリアには注意されたけど長い間眠っていたフィリアが目覚めたと言うことは私にはフィリアを呼び寄せる力があるんじゃないかと思ってこの一件以降フィリアが気を失ったときは私の魂の叫びで起こしてあげることにしている。
それから年月が経って、私がフィリアをお嬢様、公爵様を旦那様と呼ぶようになって、侍女としての振る舞いも板についてきた頃、ある日お嬢様は言った。
「健康に長生きするためには外に出なくっちゃ!」
お嬢様は今まで死にたいとは言わなかったものの生きたいとも言ってはいなかった。どこかで病弱なご自身の人生を諦観していたのかもしれない。そんなお嬢様が自分から「長生き」という単語を口にしたことに私は涙を堪えることが出来なかった。生きましょう、お嬢様。お嬢様のことはこの私が全てを懸けて守りますからね!
(ちなみにお嬢様が健康のために散歩をすること、行き先は何があるかわからない危険な外ではなく屋敷の圏内であること、お嬢様が自分から「長生き」という単語を口にしていたことを旦那様に報告して一緒になってボロボロに号泣したりさらに屋敷の警備に努めようという話になったのはお嬢様には秘密だったりする。)
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