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第一章

1話

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『やっぱり最高だわ…ほんとに泣けてくる』

『そうよ!私はこの笑顔を見るためにここまで努力してきたのよ!』

『これは大当たりね!声優陣も豪華だし、スチルの美しさは他とは比べ物にならないし、シナリオもよく練られてるわ』

 ーー誰か知らない人の声が聞こえる。見たことのないものが見える。ここは…どこ?この人は……誰?













「……さまっ!お嬢様!しっかりしてください!お嬢様!」

 頭の中に抱え切れないほどの情報量が駆け巡っている中、聞き馴染みのある声が自分を呼んでいるのが耳に響いた。その声に引き寄せられるように飛んでいた意識が自分の中に帰ってきたかのような感覚がして、私はゆっくりと目を開けた。

「ラナ、病人に向かって叫んではダメだと何度も言っているでしょう?」

「お嬢様!目を覚まされたのですね!」

 苦言を呈しながら自分のベッドの脇でボロボロに泣いている侍女のほうへと目線を持っていくと、彼女はそれには耳も貸さずに私の手をギュッと握った。

「あなた、人の話を聞いているの?」

「だって仕方ないじゃないですかぁ!お嬢様の体調が良くないのはまだいつものことだとして、こんなひどい高熱がでたことなかったんですから!」

「そうね、心配をかけたわ」

「まったくです!」

 ベッドの脇にいた侍女、ラナは涙で潤んだ瞳でこっちを見ながら頬を軽く膨らませた。しかしその数秒後、「旦那様をお呼びしてきます」と言って部屋を出て行ってしまった。

 扉が閉まったのを確認してから私はついさっきまで高熱にうなされながら見ていたものについてじっくりと考え始めた。

 自分ではない誰かの記憶でありながら、あれは自分なのだという感覚が頭から離れない。もしかしたらあれは私の……前世?まさか物語じゃあるまいしそんなことありえないとは思うのだけれどそう考えるとものすごくしっくりくる。つまり私は前世でなんらかの理由で死んだ後に今の私、フィリア・ラインホルトとして生まれ変わったということ?

「はぁ、こんなこと、本当にあるのね」  

 大きなため息をつく。こんな高熱にうなされるくらいなら前世なんて別に思い出さなくても良かったのではないだろうか。そういった考えが頭を過った。そう思いながらも死因のようにいくつかの記憶は抜けたままの前世に想いを馳せる。

 前世で高校生だった私は引きこもりだった。転校した先の学校でうまく馴染めず友達もできずで孤独に耐え切れなくなった結果だった。そんな私が現実逃避をするために手を伸ばしたのが乙女ゲーム。元々アニメや漫画が好きだったのですぐに馴染めたし、画面越しに優しい言葉をかけてくれたり、心を開いてくれるキャラクター達にはとても癒されていた。新作が出るたびに吟味して購入し、ウキウキしながらプレイしていたのをよく覚えている。高校生の記憶までしかないからもしかしたら私は高校生の頃に死んだのかもしれない。はっきりとはわからないけれど。

 前世のことがなんとなく分かったところで今の自分の状況を整理しよう。私の名前はフィリア・ラインホルト。今は10歳でラインホルト公爵家の2人目の子供として生まれた。生まれた時から体が弱くてしょっちゅういろんな病気にかかっていた。まぁ、今回ほどの高熱は初めてだけど。それから私はこの歳ですでに婚約している。お相手はこの国の第一王子であらせられるルークベルト王子殿下。ちなみに第二王子もいらっしゃってお名前はルカルド王子殿下だったと思う。

……ん?このお二人の名前ものすごく聞き覚えがある。いや、この国の公爵令嬢として当たり前なのかもしれないのだけどそうじゃなくて、もっと昔の記憶…前世だわ!でも一体どこで……?

『ルーク様かっこよすぎて死ねるわ』

『ルカちゃん爽やかぁ……好き』

『やっぱラブリリ最高!』

 そうか!私が前世でどハマりした最高傑作ともいえる乙女ゲーム「Loving Relief」(通称ラブリリ)の登場人物なんだわ!そして私はルーク様の婚約者の……いや、フィリアなんてキャラいたかしら?さすがに攻略対象の婚約者だったら覚えてるはずなんだけど……。見覚えはないかと改めて自分の姿を鏡でよく見てみる。

「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」
 
[とても美しい人だった。藍色の髪に空色の瞳、真っ白な肌で儚い印象を与える人だった。亡くなってしまったがお前のように優しい人だった……]

 脳裏にルーク様のセリフが浮かんだ。幼い頃に亡くした婚約者のことがトラウマでなかなか心を開いてくれないルーク様が初めてヒロインにその婚約者のことを話してくれるシーン。え?待って?亡くなった?婚約者って私のことだよね?私死ぬの?え?私ってあの名前すら出てこないけどトラウマにはなるっていう都合の良い婚約者なの?それって、それって……

「嘘でしょーーーーーーー!」

 
 
 
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