眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

38 ホームの概念

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翌朝。

八人の煤けて汚れ切った男達が村に戻ってきた。

ギルマスがオークの集落の殲滅完了を告げると、一気に村は賑やかになる。
夜中に光る赤い熱源の存在を知っていた村人たちは、その八人を総出で出迎えて、口々に感謝を述べた。

直ぐにお湯を用意して、休める場所をと気遣う村長にギルマスは断りを入れる。

浄化のスクロールを人数分使い。
ついでに村に残すためのオーク五体にも同じようにスクロールを使った。

見た目が悲惨ではあるが、もう少し残していっても問題ないくらいのオークを回収している。
しかしこれくらいが盛大に飲み食いし、保存食を作ったとしても捌き切れる限界だと思ったのだ。腐らせてしまっては元も子もない。

時間停止付きのマジックバッグどころか、普通のマジックバッグすら一般市民は持ち合わせていない。あったとしても村長宅に村の財産として、容量の小さなものが一つあるかどうかではないだろうか。

高価な浄化スクロールではあるが、魔物の引き取りから解体、浄化して肉屋に卸し作業までする冒険者ギルドには必須のスクロールである。
実は冒険者たちの半値ほどで購入することが出来るのだ。
スクロールをケチって、森に入れないために消費する一方だったはずの貴重な薪を消費させ、井戸からの水汲みという重労働をさせるのは申し訳なかった。

つまりこれは必要経費だ。
今回の遠征は諸々大儲けといっても過言ではない討伐任務になったため、大盤振る舞いしてもサブマスは許してくれるはずである。

「蓄えも減ってるだろうから、これは村の取り分だ。肉が手に入らねぇ間、保存食食ってたんだろ?申し訳ねぇが、残りはこっちで引き取らせてもらうぜ。そいつらの魔石は、行商人に売るなり好きにすればいい。」

わぁっと村全体が再度沸き、今日中に出立予定だというギルマスたちを村人は引き留めた。
本来であれば冒険者たちが討伐した獲物は冒険者たちのもの。
村の取り分などないのが当たり前で、ギルマスたちからの厚意だという事が分かっている。

その内容は昼前には出立できるようにするので、朝食代わりにオーク肉を食べて行ってくれというものだった。戻ってきた時間的に朝食を食べていないことは明白だ。
村としてはお礼の宴を開いてもてなしたいのだが、マジックバッグの中のオーク肉の鮮度にも関わる。長く引き留めるのは失礼だが、何か少しでもという提案だった。

「じゃあ、飯を貰ったらそのまま出ていくが、ありがたく飯をいただこう。長く村を守っていた騎士達を労う必要もあるだろうからな。依頼料は領主が払ってくれることになってるから、そこまで俺達に気を遣わなくて良いぞ。」

「ありがとうございます。急ぎ支度をさせていますので。さぁ、二階へどうぞ。お食事も後でお持ちしますね。」

各家庭では朝ご飯の支度を始めたところだったものを、それぞれスープの具材を増やしたり水分を足したり。
一日分の予定だったパンを今から食べる分として焼いたりと大忙しだ。

手の空いている男衆はオーク五体を捌いて、宴用と各家への分配用。そして保存食用とに振り分ける作業を行う。

村全体が歓喜と支度で活気づいたころ。
村長宅の二階ではようやく眠り姫が目覚めたところだった。

アネットとライラは、お昼寝は身体を揺するなどして起こすことが必要。朝はすんなり起きるという事前情報を得ていた。
実際昨日も目覚めが良かったのだが、今日はまだお眠なようだ。
自分から起きたもののこっくりこっくりと船を漕いでいて、このまま寝かしつけたらすぐにでも寝てしまいそうだ。

昨日は沢山魔力を使ったし食事量も少なかった。
恐らく魔力の回復にもう少し時間がかかるのでは?と思った二人は、再度寝かせようかと思案しているところに男達が戻ってきたのだ。

「おかえりなさい。」

誰かが階段を登る気配はしているが、それが誰なのか。
アネットとライラには分かっていなかったのに、顔を上げたシャルロッテは笑顔で言った。

戸惑う間もなく引き戸が開き、ギルマスを先頭に八人の男達がぞろぞろと入ってきて、口々にただいまと口にする。

「なんだ、まだ眠そうだな?昨日は夜更かしせずにちゃんと寝たか?」

「ちゃんと寝たわ。ライラが添い寝してくれたの。とても暖かかったわ。」

「おぉ、そうか。良かったな。」

「それより、オークの国はちゃんと落とせていたかしら?大丈夫だとは思うけれど、自分の目で見てないから不安で。」

「……問題ない……。」

「良かったわ。あ、お肉はどれに入ってるのかしら?マジックバッグごとお預かりするわ。教会でちゃんと実験済みで、マジックバッグの中身の鮮度が保たれることも証明済みよ。」

「そりゃあ安心だな。これだ。赤いタグの奴は一番近い街のギルドで受け渡す分だ。それ以外は王都で受け取るから、よろしく頼むぜ。」

「これだけ近くの街で出せばいいのね。少しも傷んでないとおかしいかしら?」

「ちゃんと冷やして突っ込んでおいたし、近くの街までは身体強化で走り抜けるから昼に出ても今夜には着く予定だ。おめえら、出来ねぇとは言わせねぇからな?」

ギルマスの宣言に、出来るけど後が辛いなと誰もが思った。
その強行軍の行き先が狩り場ではなく街であり、片道なだけマシだと思うべきか。

Aランクに上がるための昇格クエストは、大きな街から街の間に当たる距離をその足で駆け続け、その後に指定された魔物を討伐して、指定期間以内にまた同じように駆けて戻るという。
移動の方が死にそうに辛いクエスト内容なのだ。

しかもそのクエストは個人がAランクにあがるためのクエストであり、その時の元Aランクのギルマスが監視として付きっきりで付いてくるという、不正のできない状態でのクエストだ。
移動は勿論のこと、個人の戦闘能力も評価されて、晴れてAランクになることができるのだ。
これには有事の際、単独で現場に駆け付ける能力があるのかを見る目的もあると言われている。

Aランクに上がれるのは基本的に加護持ちだけ。というのは、この現場まで駆け続ける体力と魔力を兼ね備えた人材が、基本的に加護持ちだけだからだ。
そもそも昇格クエストを受けられる状態になった色無しが居ないので、ギルマスがBランクの有望株に興味本位でやらせてみた結果として。色無しにはまず無理だろうと分かっている。

シャルロッテがローレンたちと話している間、【雷帝の裁き】とリュクスとコンラッドは、アネットとライラに村に戻ってからの様子を確認し、オークの集落についての報告を伝えていた。

「睡眠時間は問題ないように思いますし、食事もいつもより食べているくらいですね。やはり魔力の使い過ぎの影響でしょうか?」

「もしくは、知らない環境で眠りが浅かったのかもしれないな。」

「昨夜は大丈夫だったようですが、食事についてはしっかり見ておかないといけませんね。今日の具合次第ですが、やはり長く外に出るクエストは厳しそうですね。」

「出たは良いが、睡眠不足や疲れが溜まったとかで、またしこりとやらが出来ても困るしな。もう少しルークと神官長に詳しい話を聞いておくか。」

そんな保護者会議を【雷帝の裁き】は微笑ましく見守っていた。

色恋云々は置いておいて、どうみても子供を心配する親心といった感じなのはこの際置いておく。
【氷刃】は基本的に身内以外どうでもいいタイプの人間の集まりなので、そうやって誰かを気にかけることが出来るようになった成長が微笑ましいのだ。
ちなみに一番優しいグラスの評価は、口下手なのでこういった保護者会議でも最低限しか喋らないし、大抵相手にその優しさが伝わらない可哀想な子である。

会話中はハキハキと喋っていたシャルロッテは、『ストレージ』に必要なものを仕舞い終えるとまたウトウトしだした。
もうお昼寝の時間だと言われてもおかしくないくらいのウトウト具合だ。

「シャル。朝食は今、村人が用意してくれている。もう少し寝てていい。」

「んー。ちゃんと、起こしてくれる?」

リュクスが頷くと、両手がリュクスに向かって伸ばされる。

「抱っこ。」

「してやるし、起こしてやるから寝ろ。熱っぽいとか、身体がどこか辛いとかはないか?」

「大丈夫よ。おやすみなさい。」

ひょいっとシャルロッテを抱え壁を背もたれに座ると、寝かしつける必要もなくものの数秒でシャルロッテは寝息をたて始めた。
よほど眠たかったらしい。

「あはは、こりゃあ眠り姫はよほどリュクスの傍が良いらしいね。すっかり安心しきった顔をしてるよ。」

「リュクス君の傍が一番安心できるんでしょうね。添い寝じゃなく抱っこをしてあげた方が良かったかしら。」

「お昼寝は抱っこを好みますけど、夜は僕達の誰が添い寝でもすんなり寝てましたから。やはり環境によるものが大きいのではないかと。」

それからはギルマスも交え、全員で今回の報酬についてや帰路についての相談をする。
いくつかパターンを考え、何が起きても対応できるように話し合いを終えた。
話し合いと言っても再確認するだけの作業なので、数分で終わる。

というのも。
シャルロッテがどこをホームと認識しているかで、いつ反動が起きるのかが変ってくるのだ。
予定はシャルロッテの反動次第で変わる予定である。

基本的に生まれ育った村や町は、その人にとってのホームとなる。
移り住んだ場合、その場所も追加となる。どちらかだけになることはあり得ないのだ。
それとは別に王都などの大きな街であれば、例え住んだことが無くても身体はホームと認識するらしい。

どの村や街も結界を壊されない限りセーフティーエリアなのだが、どのセーフティーエリアだったとしても、本人がホームだと思っていない限り反動は起きないのだ。
逆に言うと、どれだけ辺鄙なところにある小さな村だったとしても。そこをホームだと認識していると反動は起きてしまうのだ。

「ローレン、どうしました?もしかして不埒な奴が近くに来てますか?」

戦闘中のようにピンと尻尾を立て、鼻と耳をピクピクと動かすローレンを見て。
コンラッドは騎士が押し掛けてきたのかと首を傾げた。
アネットたちから昨夜は村長一家が追い払ってくれたと聞いている。

だが問われたローレンはというと、何故今なのかと内心焦っていた。
先程まで、この甘ったるい匂いはしていなかったはずである。

「なぁ。眠り姫って、昨日の昼からずっと。この部屋から出てねぇんだよな?」

「あぁ、あたしらと一緒にここにいたよ。村長も気を使ってくれたしね。それがどうしたんだい?」

アネットの答えを聞くと、余計に意味が分からなかった。
この甘ったるい匂いの出所はシャルロッテであり、徐々に発情の匂いが強くなっていく。
もしこの村がホームと認識されていたのなら、ローレンたちが帰り着く前に発情していたはずなのにだ。

「眠り姫が、発情し始めた。セーフティーエリアで、男が近くにいるのが原因か?」

なるべくその匂いを嗅がないように、袖を使って鼻を押さえるローレンを他所に。
残る面々は驚愕の表情を浮かべていた。普通の反動とは違う始まり方だったせいだ。

「リュクス、今日はどうですか?」

「装備が邪魔なんだろうな。動かせる。」

「すみませんがライラさん、抱っこを代わってもらえますか?」

「えぇいいわ。起きないといいのだけど。」

シャルロッテを起こさないようにそーっと受け渡しが行われ、少し寝苦しそうな唸り声を上げたものの起こすことなく、ライラがシャルロッテを抱えた。

「ローレン、どうですか?」

自身はローレンから最大限距離を取り、コンラッドは問いかけた。
今近付いてしまってはロレーンの発情期を誘発してしまう恐れがある。終わったばかりだからと安心できないのが、万年発情期なローレンだった。

「あぁ、消えてはねぇけど、気持ち薄くなったな。わりぃけど、窓開けてもいいか?」

「ローレンが盛った方が大変だろ。二人も面倒は見れねぇから、さっさと窓際に行け。」

ゲイルにそう言われ、開いた窓から頭を出したローレンは新鮮な空気で深呼吸する。
既にオーク肉を焼き始めたのか、食欲を刺激する匂いも漂ってくるので劣情は落ち付きそうだ。

こんなところで発情した匂いに当てられてしまっては、コンラッドからとても冷たく当たられること間違いなしだ。
発情中は気にならなくても、落ち着いた後しばらく嫌われたのではと心が折れそうになってしまう。
それくらい素っ気なく冷たい態度になるのだ。それだけは何としても避けたい。

そう思っていたのに。
最愛のコンラッドから残酷な宣言を受けた。

「ローレン。少し落ち着きましたか?眠り姫が起きない間に確認するので、次はローレンが抱っこしてあげてください。」

「……マジで言ってる?」

「冗談に聞こえましたか?匂いがきつくなってから抱っこしたら、それだけでローレンの発情も誘発されるでしょう。かといって、誰でも男なら起こり得るのか。それとも特定の誰かの傍なのか。安全で時間のある内に確認が必要です。」

普段からシャルロッテはリュクスの魔力が心地いいと良く漏らす。
セーフティーエリアとリュクスの魔力の組み合わせがホームという認識になるのであれば、外でのクエストに連れて行けるし、条件が揃っている間リュクスを遠ざければいいだけだ。

しかし男全般であれば、とてつもなく危険である。ウルフの群れに柔らかく食べごろの子供を差し出すようなものだ。
もしそうだったらおいそれと外に連れ出せなくなってしまう。連れて行っても日帰りが確定しているクエストだけだろう。
もしくは徹底的にシャルロッテが魔物を討伐しないようにするしかないが、魔法で遠距離で倒されると気付かない恐れもあった。

嫌々ながらも必要性を理解したローレンは、シャルロッテを抱っこした。
コンラッドが良いというまで抱っこを続け、匂いが強くならなかったことを伝えて今度はグラスに手渡す。

そこからコンラッド、ギルマス、ゲイルと全員が一度はシャルロッテを抱えた。
最後にライラに戻し、そのままリュクスに近づいてもらう。
背中にぴったりとリュクスが寄り添うと、また徐々に甘い匂いが強くなり始めた。

「リュクスだけだ。もういいだろ?いいよな!?」

「お疲れさまでした。えぇ、思う存分お肉の匂いで心を落ち着けてください。」

コンラッドたちの鼻には食欲を刺激する匂いしか届いていない。
ローレンがどんな匂いを感じているのかは分からないが、窓からしっかりと頭を出して深呼吸している。懸命に煩悩から食欲へ思考をシフトさせようとしていた。

コンラッドはオアズケしてしまったので、今回は反動が落ち着いても数日花街から出られないかもしれないなと覚悟を決める。
密かに覚悟してもそれを口にすることも無ければ、労うことはあっても我慢できたことを褒めることもないのがコンラッドクオリティだ。

リュクスはというと、複雑な心境でシャルロッテの寝顔を眺めていた。
触れ合う程近づかなければ問題ないようなので、一人分空けた距離から見つめている。

普段からリュクスの魔力が好きだというし、とても懐かれていた。
シャルロッテにとって自分がホームになる程気に入られていることを喜ぶべきなのか、それともこうやってお昼寝の抱っこを誰かに譲らざるを得ない状況を悲しむべきなのか。

お門違いな嫉妬心だけが大きくなってくるが、まだそんな関係ではないし、内容的には喜ぶべきだと自分に言い聞かせる。

王都では誰もに反動が起きるが。少なくともそれ以外のセーフティーエリアではリュクスだけがシャルロッテのホームになり得るのだ。
本人に自覚は無くとも、シャルロッテの本能的に落ち着ける場所。安心できる場所であるという事に違いはないのだから。

村長が食事を運んできて、ライラに抱かれて眠るシャルロッテを見て目を丸くしたが、何も言わずに出て行った。

そのシャルロッテは起きた時にライラに抱っこされていることに首を傾げていたが、アネットとライラに言いくるめられて納得していた。
女たちは息を吐くように自然に嘘を吐いたり誤魔化したり出来ることが怖いと、改めて男達は実感する。

食事の時間はアネットがその膝にシャルロッテを乗せ、リュクスとの間にライラを挟んで食事を終えた。

そして村長と村人たちにお礼を告げ、数時間のランニングへと出発したのだった。

シャルロッテが身体がおかしいと言い出すかとドキドキしていた一行だったが、ローレンがまだ自制できるくらい弱い匂いであり。
本人は眠たかったので体温が上がっていると勘違いしたまま身体を動かしたので、次の目的地まで問題なく移動できたのだった。


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