眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

20 歓待の宴

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食堂に入ると、大きな歓声に出迎えられた。

今までに見たことが無いような沢山の食事を前にして、子供たちは今か今かと心待ちにしていたのだが、シャルロッテが女神様のように綺麗になって現れたことに意識を持って行かれる。
聖職者の家族も含め、年頃を過ぎた男達はかぁっと頬を赤らめた。男の中で平常運転なのは【氷刃】とミルラムの一族だけである。

そのドレスがどれほど高いものか分からないレベルの小さな子は、座っていた椅子から飛び降りてシャルロッテの足元にわーっと駆け寄った。ちなみにシャルロッテも分かっていない。
口々にお姫様みたいだ、女神様みたいだ、綺麗だと褒めてくれる。

「ふふ、ありがとう。ビオラが選んでくれたのよ。私で最後かしら?皆お腹が空いてると思うし、食事にしましょう。皆も、お腹いっぱい食べてね。」

はぁーいと元気な返事を残して、座っていた椅子に戻っていく。
それはつまり、大人の介助が必要なレベルの小さな子供だけが駆け寄ったという事だ。

「今日はそこにいるシャルロッテさんの歓迎と。この孤児院出身である冒険者パーティー【氷刃】の四人が、大陸の中心にある魔障の大森林を訪れ、その力を示し、生きて帰ってきたお祝いの宴になります。今日は好きな物を好きなだけ食べてくださいね。そして親族の皆様。我々の為にお力添え頂きありがとうございました。それでは、神に本日の糧を頂けることを感謝しましょう。いただきます。」

神官長の挨拶に、いただきます。と大きな声が返ってきて、子供たちは一斉に壁際に寄せられているテーブルに並んだご馳走を取りに行った。
手伝いに来てくれたという大人達はワイングラスをカチンと鳴らし合い、ゆっくりと食事を楽しみはじめる。

沢山の人が溢れる食堂はあっという間に賑やかになった。

「特に挨拶などもありませんので、シャルロッテさんも自由に食べてくださいね。私は夫の家族に手伝いに来てもらったので、傍にはいれませんが。」

「良いのよ。家族は大切だもの。ビオラも宴を楽しんでね。」

少し名残惜しそうなビオラは、リュクス達にシャルロッテを預けて消えた。

「ドレスを着るのは分かってたが、着たのはソレなんだな?グラスは知ってたみてぇだけど。」

「……宿題だった……。」

「あー。そういやなんか言われてたな。なんにせよ、良く似合ってるぜ。」

「……綺麗だ……。」

「孤児院の宴には豪華すぎるがな。」

「シスタービオラたち、気合が入っていましたからね。子供たちだけではなく自分達の親族も招いていますし、長い間待ち侘びていたシャルロッテさんを、理由を付けて着飾りたかったんじゃないでしょうか?お披露目会ですし。」

「それは分かるが……もう少し、デザインはどうにかならなかったのか?なんでどれもこう……。」

「リュクスが言いたい意味はとてもよく分かりますよ。確かに良く似合ってはいるんですけどね。」

眉間に皺を寄せたリュクスにコンラッドは同意する。
シャルロッテの美しいプロポーションを余すことなく主張するデザインは、当然のようにその谷間が強調されたものも多い。というか、谷間が隠されている服が無かった。

どれも深いVネックか真ん中でぱっくり割れたデザイン。もしくはビスチェのようになっていても、今見えている下着のように中央が編み上げだったり、チュールで繋がっているものだ。

今日着ていた普段着だって、街中を歩いているだけでも通り過ぎる男達の視線が谷間に注がれていたのだ。グラスが抱えていたから、余計なちょっかいを掛けられなかっただけである。

そして当の本人は子作りを望むのに性的なことにも視線にも疎過ぎた。
リュクス達の心配は恋敵の出現を恐れる男のそれではなく、年頃の娘を持つ父親の心配だった。

「褒めてくれてありがとう。私はあんまり食べられないけど、リュクス達はいっぱい食べるのでしょう?キッチンにももっとあるみたいだけれど、早く食べないとご飯が無くなっちゃうわよ。取りに行って来たらどうかしら?」

壁際に一脚だけぽつんと用意された椅子に座り、リュクス達にご飯を取ってくるように促した。
椅子があると言われていたが、確かにこのピンヒールで立ち続けているのは大変だっただろうと思った。今は問題ないが、ずっと爪先立ちの状態は足が痛くなりそうだ。

「それもそうだな。ってか、ガキたちの食欲がやべぇな。あ、前に王都に来た時に、親切な商人がいたの覚えてるか?あんときに貰ったやつでショーガ湯作ったから飲んでくれ。流石に使わないのは申し訳ないからな。シャルのだけはかなり量を控えたが、火酒が入ってっから一気飲みすんなよ?」

「あの時のバーナード商会から頂いたものね!ゆっくり飲むわ。」

ローレンがマジックバッグからコップを六つ取り出し、それぞれに配った。
六つである。

「ねぇ、そろそろ私にも彼女を紹介してくれないかな?ずっと待ってるの、気付いてるんでしょ?」

最後にコップを手渡された男は苦笑を漏らした。

孤児院の子供たちであれば新しい人に我先にと自己紹介をするが、漆黒の髪に黄み寄りの薄い茶色の瞳を持つ彼は、貴族らしく共通の知り合いの紹介を待っていた。
それが分かっていたのでリュクス達は、あわよくばと紹介しなかったのだ。

まぁシャルロッテが興味津々で彼を見ているので、紹介せずに終わることは出来なかっただろう。
シャルロッテの興味を引く髪色を持っているので余計にだ。

「彼はルークと言います。詳しくはどこまで話して良いのか分からないので、本人に聞いてほしいのですが。時々孤児院に預けられていて、僕達とは幼馴染で友人です。年齢も同じ22歳です。ルーク、こちらはシャルロッテさんです。僕達はシャルやシャルさんと愛称で呼ばせていただいてます。報告が行っているはずなので、詳しくは割愛させてもらいますね。本人の希望で、本日付で【氷刃】のパーティーメンバーとなりました。ランクは登録したばかりなのでFですが、その実力は僕達よりも上です。本部のギルマスも知っていますので、ランクについては近々何かしらの決定があると思います。」

コンラッドの紹介にこめられた、何かすれば【氷刃】が敵になる。無理やりどうにかしようとしてもシャルロッテの実力は相当だぞという警告を、ルークは正しく受け取った。
元よりそんなつもりはないのだが、想像以上に過保護に扱われていることに苦笑を漏らす。

「はじめまして、シャルロッテ嬢。今紹介を受けたルーク・・ハイデルです。と思うけれど、新しき時代の人間の国の王族です。とはいえ私はこの髪色と瞳の色なので、王家では疎まれていますが。私のことはただのルークとして扱ってください。あるのはこの身に流れるの利用価値位で、私自身は権力も何も持っていませんので。」

その言葉の端々に含められた本当の意味を、リュクス達はどれほど感じ取っただろうか。

恐らく額面通りに受け取ったに違いないと、その反応を見て知る。
彼らのように訓練していない人間の表情を読み取るのは、貴族や商人であれば容易いことだった。

しかし本当に伝えたい相手であるシャルロッテには、どれほど伝わったのかルークでも全く分からなかった。
妖艶で蠱惑的な姿をした目の前の女性は、その姿には不釣り合いな無邪気な笑みを浮かべていたのだ。

「まぁ、ルークはリュクス達の幼馴染なのね!幼馴染って、小さな時から一緒にいるお友達のことよね?皆も、あの子達みたいに小さい時があったのでしょう?私は気付いたらこの大きさだったし、子供がどんな感じなのか全然想像できないわ。あ、私は18歳よ。だからルークの方がお兄ちゃんね。これからよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。そのヒールでは歩きにくいでしょう。適当に見繕ってきますね。食事や飲み物で、苦手なものはありますか?」

「んー。風邪薬みたいなすっごく苦いのは嫌よ。リュクスったら酷いのよ!確かにお陰で身体が楽になったけれど、無理やり苦いお薬を飲ませるんだもの。リュクスの出してくれるお水が美味しかったから良いけれど、あれが無かったらただの意地悪だわ。」

「自分で飲まなかったシャルが悪い。」

ぷくっと頬を膨らませる姿は、やはりその見た目との違和感を運んでくる。

だが食事や飲み物を男が運んでくることを、当たり前のように受け入れるのだなとは記憶した。
もしかしたら慣れない靴で歩きたくないだけの可能性もあるが、ここまで歩いてきた姿を見るとマナーを心得ているようにも思える。

しっかりと教育を受けている。そう思った方がいいだろう。

事前情報の差もあるのかもしれないが、やはりルークの中でシャルロッテの姿に違和感が拭えなかった。
リュクス達がこれを当たりの反応だと思っていそうなところも腑に落ちなかった。

とにかく無事にシャルロッテを紹介して貰えたルークは、少し大きめの皿に少しずつ色々な食事を摂り分けて持って行った。
女性の元へ食事を運ぶのは貴族男性の嗜みである。

先に料理をこんもりと持ち帰ったリュクス達は、ローレンがショーガ湯を飲み終えたカップを受け取っていた。
さっさと飲み終えた自分達の物より火酒の量が少なかったらしいとはいえ、化粧っ気のないその肌色を見て飲み物はワインを運ぶ。成人しているしアルコールを飲ませても問題なさそうだ。

シャルロッテを見ていると、心配になる程小食だった。
好みが分からないこともあり、パーティー料理で出てくる一口サイズを目安に取り分けてきたのだが、ほとんど手を付けなかった。
それでもリュクス達からしたら沢山食べた方らしい。介助を受けている子供たちの方が沢山食べていそうだ。

食事を終えたシャルロッテは、皆が食べている間グラスを傾け続ける。

そういうものがあるとは知っていたが、実はアルコールを飲んだのは今日が初めてだった。
お酒は苦味を感じる可能性があるとマザーが言っていたし、大人の飲み物だと聞いていたので、ルークが大人扱いしてくれて嬉しかった。年齢を伝えたからかもしれない。

「ワインって色々な味があったのね。これが一番美味しいわ。」

「皆さんあまり色々と飲まれないでしょうし、用意されてもエールと安い赤ワイン位でしょうから。せっかくの宴ですので、ワインは私の方で用意させてもらったんですよ。白ワインは手間がかかる分作られている場所が限られるので、ワインを飲む民でも赤ワインが主流です。手間分お値段も上がりますしね。そちらは寒くて凍ったブドウで作った甘味の強い赤ワインです。デザートワイン、と呼ばれることもあります。後程白のデザートワインもお持ちしますね。もっと飲みやすいですよ。」

「じゃあリュクス達が飲んでいるのは?グラスも違うわよね?」

ワイングラスは割れても良いように分厚くてあまり高くないワイングラスだ。
だが基本的にガラスは高価であり、リュクス達は木をくり抜いて防水加工を施したジョッキでエールを飲んでいた。

平民にとって一般的に酒と言えばエールのことだ。
ワインを好む者もいるが、どちらかというとワインは貴族や平民の中でもそれなりの収入があるものが嗜んでいる。

「これか?これはエールっつって。冒険者ギルドとか、ふつーの酒場でも良く飲まれてるやつだな。けど甘口のワインが好きだと、シャルの口には合わねぇかもな。」

「美味しくないの?」

「んー、俺達はうめぇと思って飲んでるぞ?ただ苦味があるし、口の中がしゅわしゅわする。このしゅわしゅわがまたうめぇんだが、シャルが好きそうかって言われれるとだな。」

「……飲むか……?」

グラスの差し出したジョッキを有り難く受け取って、白い泡の残る液体に口を付けた。
口の中に広がるのはワインとは違った香りと苦味、そして口の中で弾ける泡という、不思議な感覚だった。
これが美味しいというローレンたちには申し訳ないが、シャルロッテの好みではない。

「うぅ、ありがとう、グラス。これは、美味しくないわ……。」

「だろうな。」

「好き嫌いがはっきり分かれやすい酒だしな。」

「安くて沢山飲めて。コスパはとてもいいお酒なんですけどね。」

「ルークが飲んでるのは?」

ちょくちょくリュクスに氷を出してもらい、ルークは琥珀色の液体の入ったグラスをちびちび傾けていた。
リュクス達ほどではないが、ルークも食事を食べ続けている。

孤児院の子供たちは既にお腹いっぱいにご馳走を食べて、それぞれの部屋に帰っていた。
残っているのはお酒を飲みながら食事を食べ、ゆったりと過ごす大人達だけである。

「これかい?これはウィスキーと言って、お酒ではあるんだけど、とても酒精が強いんだ。ドワーフの火酒には劣るけれどね。多分シャルロッテ嬢の口には合わないかと。飲んでみますか?」

「いいの?いただくわ。」

「一気に飲むものではないので、一口含んで香りを楽しみながら飲んでください。ウィスキーはその香りを楽しむお酒ですから。ものによって香りも色々あるんですよ。」

頷いて一口飲むと、辛いような焼けるような刺激が口いっぱいに広がった。
その焼けるような味と共に、鼻までふわりと香りが突き抜ける。

香りを楽しむお酒というのも頷ける。
それはとてもスモーキーな大人の香りだった。

一瞬で顔を顰めたシャルロッテを見て、ルークもリュクス達も思わず苦笑をもらす。

「良い香りなのに、とっても辛いわ。そのまま匂いを嗅いでも、飲んだ時ほど良い香りがする訳じゃないのね。残念だわ。ありがとう、ルーク。」

「いいえ、どういたしまして。ブランデーはこれよりも甘味があるものが多いのですが、同じくらい酒精が高いので同じく辛く感じるかもしれませんね。少し飲んでみますか?余ったら私か、ここに居る誰かが飲みますので。」

「いいの?お願いするわ。」

「少々お待ちくださいね。」

にこりと微笑んだルークは、護衛騎士が居る場所まで新しいグラスとお酒を受け取りに行った。
護衛騎士は食事を食べながらもアルコールは飲まず、何故か酒を注ぐ係になっていた。
恐らくだが、マジックバッグに持参したウィスキーやワインを入れているからだろう。

「シャルって……大物だな?」

どこか呆れた様子のローレンに、シャルロッテは首を傾げる。

「いやさ、一応王族って自己紹介してただろ?境遇のせいで俺達と幼馴染だし、物腰も柔らかいけどよ。本当なら一緒に酒を酌み交わすなんて出来ねー存在なんだよ。それなのに、ふつーに給仕させてんし、シャルはいつも通りだし。こう、丁寧に対応するとかじゃねーんだなって。」

「ルークはそんな事で怒るの?貴族の中には、丁寧に扱わないと怒る人間も居るって聞いてるけど、ルークは違うんでしょう?それに、ただのルークとして扱ってくれって言ってたもの。そんなことしたら、距離を置かれたって思われちゃうわ。仲良くしたいのに。」

「ふふ、そうですね。私は今のままで問題ありませんよ。それよりも、仲良くしたいと思ってもらえているのは光栄ですね。」

はいどうぞとグラスが手渡され、ストレートだった深みのある琥珀色の液体にリュクスが『氷』を落としてくれる。

「ありがとう。これは……さっきより甘い香りがするわ。このままいただくわね。ルークと仲良くしたいと思ってるわよ。だって、私と同じ真っ黒の髪の毛だもの。ルークと子作りしたいわ。」

ドストレートに。止める間もなくシャルロッテの口から子作りという単語が出てきた。
最初に子作りを申し込まなかったので、リュクス達は油断していたのだ。

「ばっ!?」

「シャルロッテ嬢にそう言ってもらえるのは光栄だよ。私自身が強き者かどうかは置いておいてね。本来ならこんなに魅力的なレディのお誘いは、喜んで引き受けたいところだけど。今はまだその時じゃないかな。」

どこか芝居がかった仕草で膝を突き、シャルロッテの手をとったルークはチュっと手の甲に口付けた。
そのまま顔を上げ、シャルロッテの感情を知ろうと、その顔をじっと見つめる。
それは子作りを断られてしょんぼりと沈んだ表情だった。

「私は家族に疎まれているんです。もし今シャルロッテ嬢と私との間に子供が出来てしまえば、良くてその子供は奪われるか、高確率で命を取られてしまうでしょう。いくら私が忌み嫌われているとはいえ、王族の血を引く者ですから。ほぼ間違いなく加護持ちの子供に、王位継承権が発生してしまいます。王家としては、それはとても困るんですよ。立太子しているのは私の弟ですので、余計な火種を持ち込むことになります。」

見つめるシャルロッテの表情は変わらない。

全く揺らがない。

ルークはそれをどう受け取って良いのか分からなかった。
事前に彼女の考えを知りたかったのだが難しそうだ。

「今は無理ですが。もし必要な時が来たら……その時はこちらからお願いするかもしれません。シャルロッテ嬢は、私を取り巻く女性のどなたよりも美しくて魅力的だ。今すぐお誘いを受けられないのが、本当に残念なくらいにね。」

「本当に、魅力的……?ううん。子作りしたいって、思ってもらえる?雷のおじさんは、奥様と子供がいなかったらって言ってくれたの。でもね、家族が大事だからって断られたわ。それは仕方ないと思うの。彼は血を繋ぎ、家族を大切にしているわ。だからそこに私は要らないの。でも……。」

しょんぼりと肩を落としたまま、シャルロッテはリュクス達を見た。

あのままシャルロッテの受けた閨教育の話になってそのままだが、魅力的なのと子作りは別の問題だと言われたっきりである。
その後手を出してくることは無い。

旦那様になってもらう必要はないのだが、家庭を持つ気も子供を作るつもりも無いとハッキリ断られてしまっている。
シャルロッテは彼らの子孫を残す相手として相応しくないと言われてしまっているのだ。

しばらく新しき時代で生活して、綺麗だとか魅力的だという誉め言葉が子作りに直結しないことも知った。
洋服や小物を見て可愛いと思っても、それを購入することに直結するわけでは無いのと一緒だ。

つまりどれだけ褒めて貰ったとしても、子作りの相手として求められている訳ではない。

ルークはルークで、シャルロッテに認められた人間が子作りを拒否したのかと驚きを隠せない。
確かに境遇を考えれば、視線を向けられたリュクス達が子供を作りたくない理由は分かる。

だが現王家の血を引くルークと違って、リュクス達ならどうとでもなるはずだ。
ルークの場合、子作りをしたという事実自体が問題になってしまうので無理だが。子作りに励んだとして、本当に子を成すかどうかは時の運。

断ってこんな風に傷つけるくらいなら、古き時代ではほとんど使われていなかった避妊魔法をかけて事に及べばいいのである。
もしかして幼馴染たちは幼女趣味だったのかと、余計な邪推までしてしまった。

「何かあったのですか?」

シャルロッテはそのまま黙り込み、グラスを傾ける。ルークは優しく続きを促した。

もしシャルロッテが自信を無くし、子作りすることを諦めてしまったら。
このままでは正統なる後継者の血と命が途絶えてしまう。

理由次第では、かなり危険だがルークが相手となるしかないだろう。

「子供を作るつもりが無いからって断られたの。私じゃ、リュクス達の血を繋ぐ相手として相応しくないみたい。私自身、強き者との子孫を残して、なるべく濃い血を永く繋がなきゃいけないのに。この、ままじゃ……。」

ぼろぼろと大きな瞳から、涙が溢れだした。

その零れ続ける雫を、シャルロッテは不思議そうに見つめている。
ルークはハンカチでその涙を優しく拭ってあげた。

「なんで、目から水が出てくるの?魔法、使ってないのに……。」

「それは涙というもので、嬉しい時に出ることもありますが、今は悲しくて出てきたんです。リュクス達に断られて、私にも断られて。子孫を残せないかもしれないことが悲しかったんですね。シャルロッテ嬢を見れば、沢山の男が子作りをしたいと思うでしょう。でもその大半は強き者ではありません。強き者は皆、生まれ育った環境のせいで、色々と厄介なことが多いんです。雷のおじさんは、恐らく【雷帝の裁き】のリーダーでしょう。彼とて、昔は子作りするつもりはなかったそうです。それが今の奥方と出会って、奥方との子供が欲しいと感じたと。……加護持ちの言う子供を作るつもりが無いは、本当にそのままの意味なんです。子孫を、血を繋ぐ気が無いという意味なんですよ。きっと、シャルロッテ嬢には考えられないことだと思いますが。」

「子孫を、残したくないの……?何故?強き者がいなくなれば、世界は……。」

肩を震わせたシャルロッテをルークは抱きしめた。

その身体は熱く、呼気には強いアルコールの匂いが混じっている。
よく見れば渡したブランデーを飲み干してしまっていて、氷の解けた水を口に運んでいたようだ。その方が美味しかったし、仄かに香りも残っていたのだろう。

「その説明も、今度きちんと私の口からします。こうなってしまったのは、我々の責任ですから。怖がらなくても大丈夫。お酒が回ったので、余計に不安になってしまったのでしょう。今はゆっくりとお休みください。必ずシャルロッテ嬢と子作りをしたいと思う強き者が現れます。もし現れなければ、その時は私が。更なる危険に巻き込んでしまうことになりますが、命をかけてでも貴女様を守りましょう。……安らかなる闇よ。癒し包み込む夜の帳よ。優しき揺り籠の夢を『スリープ』。」

ぐったりとシャルロッテの身体から力が抜け、ルークはその身体を抱き上げた。

「彼女の部屋はどちらですか?男がこんな夜更けにレディの寝室に入るわけにはいきませんが、シスターが彼女を運ぶのは荷が重いでしょうから。誓って、彼女に手を出すことは無いと約束しましょう。彼女がそれを望んだとしても、今の私では資格がありません。」

「え、いや……。そこは心配してねぇし、部屋に男が入ったからって別に。毎日俺達の誰かが、シャルと添い寝するように言われてるしな。そうじゃなくて……。」

「今の会話は何ですか?最初は貴族らしく、耳に優しい言葉で誘いを断っているのだと思いました。でもその後の会話は……。僕達にはサッパリ意味が分かりませんでしたが、今日会ったばかりのルークは何かを知っている。シャルさんについて、知っていることを話してください。無理やり寝かせた理由も。」

コンラッドが何を懸念しているのか察し、ルークは苦笑を漏らす。
そもそも確かに魔法を使って寝かせはしたが、無理やり寝かせた訳ではない。

シャルロッテであれば。無詠唱ですらない魔法は、気に入らなければ簡単に解除キャンセル出来たはずだ。
呪文を詠唱する前に魔力を動かしたし、ちゃんとシャルロッテが選ぶ時間を作っている。

「別にシャルロッテ嬢をこのまま連れ去ったりはしないよ。そもそも、しばらくこちらに滞在する予定だしね。それに【氷刃】がシャルロッテ嬢を守る気があるのかどうか、それを見極めに来たんだ。とりあえずは合格だから、ちゃんと説明をするよ。これは国の秘密に関わる大切な話だから、シャルロッテ嬢抜きで後日きちんとね。それよりも、なぜ誤解を解いてあげなかったんだい?男の劣情を誘う容姿なのは誰が見ても明らかなのに。断らざるを得なかった私にも原因があるとはいえ、すっかり自分には魅力がないと落ち込んでいたじゃないか。」

「……知らなかった……。」

「シャルは子作りの相手は強き者であれば誰でも良いと言った。旦那は要らないと。だから家庭を持つ気も子作りをする気も無いと伝えていたんだ。それがどうして魅力がどうのという話になるのか、分かってなかったんだが……。」

「今の話の流れからすると、僕達がシャルさんを相手にしたくないから子作りをしないと言った、と思われてたってことですよね?」

「子孫を残したくない意味が分かんねぇって言ってたもんなぁ。」

「そうですね。そもそも、人として子孫を残すのは当たり前だったんです。子を成しやすいか、成しにくいかの違いはあれどね。今でも当たり前と言えば当たり前ですが……迫害を受け続けた加護持ち達は違う。古き時代において、加護持ちも色無しも、同じ人で平等だったんです。だから迫害を受けた者たちが、次世代を残したくない意味が分からない。まず血を繋がないということが分からないんです。だから折を見て、きちんと説明してあげてくださいね。そうそう。古き時代では避妊魔法は使われていませんでした。大陸中に人が溢れた世界でありながらです。」

それこそリュクス達にしてみれば、避妊魔法を使わないのが何故なのか分からない。
どうも神官長たちのように古き時代について詳しそうなルークが、それを今話す理由も。

気付けば宴は完全にお開きになっていて、聖職者もごく一部が残るのみだ。

「それだけ子供を宿しにくかったという事です。伝え聞くところによると、特に加護持ちは。差別によるものもあるけれど、加護持ちへの差別は基本的に人間の国だけ。他国では特に差別はありません。でも、世界全体で見ても色無しの方が多いんです。色無しから加護持ちも生まれますが、確率としては低いですから。加護持ちというのは、意識して繋がなくては繋がりにくい血筋なのですよ。避妊魔法は、強い反動に見舞われる冒険者が居たからこそ失伝していなかった魔法なんです。だからマザーには登録されていない魔法。シャルロッテ嬢は知らない魔法です。お互いの為に使うのは結構ですが、絶対にその呪文を教えないでくださいね。無詠唱の一節からは内容が分からない魔法ですので。もしばれてしまったら、彼女に避妊魔法を施すのは不可能になってしまいますよ。」

「そろそろシャルロッテさんのお部屋にご案内しますね。【氷刃】はもう一部屋用意したので、今日は別れて寝てください。この血に刻まれた私達と違って、いきなりのことで理解するのも大変でしょうから。明日は一日、依頼を受けるなり、考える時間に充てるなりしてください。ですがシャルロッテさんを手元に置くと決めた以上、理解してもらわなくては困ることでもありますので。では、参りましょうか。」

神官長に連れられて、ルークがシャルロッテを抱えて食堂を出ていく。

その姿は何故か。
自分達がシャルロッテを理解し受け入れられなかった時、そうなってしまうという未来を見せられた気がした。

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