眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

5 厄介事の予感

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「……だぁれ?」

女性の、それでいてどこか無邪気にも聞こえる少し高い声。

ぱっちりと大きな瞳は血のように真っ赤で、フサフサの長いまつ毛は髪の毛と同じ漆黒だ。

身体付きは立派な女性なのに、そのあどけない表情は幼子を思わせた。

「リュクスだ。」

「リュクスダ……さん?」

「違う。リュクス。」

「リュクスさん。」

「呼び捨てでいい。」

「リュクス。」

会話はそこで途切れ。
シーンと静まり返った。

パチパチと焚き火の爆ぜる音を聞きながら、ローレンは「それで終わりかい!」と思わず突っ込んでしまった。

真っ赤な双眸が、声の主に注がれる。

「あなたは?」

「ローレン。俺はローレンって名前だ。」

「ローレンさん。」

「俺も呼び捨てでっていうか、俺たち四人とも。全員呼び捨てでいいからな?で、嬢ちゃんの名前は?」

「私は、シャルロッテ・オーラム・ラインハルト。シャルロッテが名前よ。後の二人は?」

シャルロッテが首だけを回してキョロキョロすると、残る二人が挨拶をしてくれる。

「僕はコンラッドと言います。コンラッド。よろしくお願いしますね。」

「……グラス……。」

「リュクス、ローレン、コンラッド、グラス。こちらこそ、よろしくお願いします。……これは何の匂い?」

目覚めたばかりのシャルロッテの鼻は、何やらいい匂いをキャッチしていた。
これが匂いかと密かに感動する。

どうやらリュクスの腕の中にいることが分かり、そっと匂いを嗅ぐと汗ばんでいるが爽やかな匂いがする。
リュクスを取り巻く魔力が心地よい。
——シャルロッテは知らないが、それはリュクスがカプセルに魔力を流したからそう感じたのだ。命を繋ぐことになった魔力を心地いいものだと感じているのである。

「俺が作ったスープの匂いだな。シャルロッテじゃ長いから……シャルでいいか?シャルルの方が好みだったりする?」

「んー……シャルでいいわ。スープは……食べ物ね。そのスープは、私にも分けて頂けるかしら?文無しだから……私の髪の毛で良ければ。ひと房渡せるわ。」

髪の毛にはその人の魔力が蓄えられている。
この長く伸びきった髪の毛は、長い年月をかけてシャルロッテが蓄えた魔力の塊だ。

自身の魔力を使わず、切った髪の束を媒介にして魔法を使うことが出来る。
切って用意せずとも、生えている髪の毛から勝手に消費してくれたら良いのにと思うが、それは無理らしい。

だがそんなことを知らないローレンは慌てて拒否する。
対価が髪の毛なんて呪われてしまいそうだと思ったのだ。

「いやいや。俺たちの飯のついでだし、気にすんな。長くて邪魔だってなら切って揃えてやるし、コンラッドが。切ったヤツを捨てるなら燃やしてやっから。」

「そこでさらりと押し付けないで貰えます?まぁ適任なのは僕ですけど。」

「燃やす?そんな勿体ないことしないわ。でも、切って欲しいわね。このままじゃ動けないわ。お願いしてもいいかしら?」

綺麗に伸ばして床に置かれているが、少し頭を動かすと首が痛くなりそうな重さを感じる。

「えぇ。シャルさんの希望の長さはありますか?」

「紐があれば、髪の毛を縛って欲しいの。……腰の辺りでいいと思うわ。その上を切ってくれたら。」

確か女性の髪の毛が短いのはみっともなく、魅力が減ってしまうはずだと長さを指定した。
それにこれだけの長さがあれば、何かあった時の媒体に出来る。
魔力を封じられても、髪の毛があれば魔法を使うことができるのだ。

対してコンラッドは、これが加護色の出ていない髪の毛であれば、大金で競り落とされただろうと予想する。
なんにせよ髪の毛は貴族達がカツラを作るために買い集めるので、いくらかでは売れるだろう。

「髪束にするんですね。……立てそうですか?」

「やってみるわ。」

シャルロッテの感覚では問題なく動ける予定だ。

緩まった腕の中からそっと足を地面につけ、立ち上がってみる。

転ばないようにだろうか、すっとグラスが傍にきてくれた。

「大丈夫、みたい。私の身体、こんな感じなのね。」

問題なく立ち上がれば、長身のグラスの顔は見上げないといけない位置にある。
視線を下に向けるとたわわに実った乳房が二つ。
先端には桜色の突起が付いている。

もっとちゃんと身体を見てみたいのに。
デカすぎる胸が邪魔で腕で押さえつけてみる。
それでも腰から下が見えただけだった。

果たしてこの身体は新しきこの時代でも魅力的に見えるだろうか。
少しばかり不安になる。

「シャルさん。身体が冷えてしまうので、毛布を巻きましょうか。」

スっとグラスが髪の毛を持ち上げ。
その隙にコンラッドがシャルロッテの身体に毛布を巻き付けた。

落ちないように巻き付けた端を結んだので、少しばかり胸に毛布が食いこんでけしからんことになっているが、丸見えよりはいいはずだ。
腰より上が脇の下でぱっくり開いているのは見てみないふりをした。

グラスの出してくれた細いメンの糸を巻き付け、シャルロッテに確認を取ったコンラッドはざっくり切り落とした。
それからナイフで毛先を自然な感じに整えていく。

「前髪はどうしますか?」

「どうしたらいいかしら?」

「んー……シャルさんは前髪あるほうが似合いそうです。目を瞑っていてくださいね。」

「はーい。」

目の前に移動してきたコンラッドはちょっぴり目線が上に行く程度だ。
シャルロッテの視線は丁度肩あたりだった。

目を閉じ、お任せして出来上がったのは、どこからどう見ても美女というよりは美少女だった。
それは恐らくシャルロッテが童顔で瞳も大きく。なによりきょろきょろと色んなものに興味を示しているからだろうか。

身体は立派に成長した女性なのに、好奇心に溢れるその表情が彼女を幼く見せていた。

「……髪の毛……。」

グラスが丁寧に束にした髪の毛を数か所縛り、まとめて持ってきてくれた。
形を整えるために出た短い髪の毛も綺麗に纏めてくれている。

「グラス、ありがとう!そっちのは要らないから……燃やしても良いし、何か見たい魔法はあるかしら?お礼に何か披露するわ。私、これでも魔法の筋は良いってマザーに褒めて貰えたのよ。その量なら……うん。付与もできると思うわ。一つだけだけれどね。」

そういいながらシャルロッテが『ストレージ』の中に、どんどん長い髪の毛を押し込んでいく。

その光景に【氷刃】の四人は呆然と見入ってしまった。

ストレージの魔法は、今はマジックバッグに使われている術式が残っているだけだ。
それは付与魔法用の台座となっていて、残っている術式そのものがストレージの術式という訳ではない。

呪文は残っておらず、ストレージは失伝した魔法として有名だった。

それが今、目の前で使われたのだ。
それも完全無詠唱で。

この世界で無詠唱と言えば、全部で四節ある呪文の、最後の一節。
呪文名だけを唱えることを言う。
現在の技術では完全無詠唱は不可能だと言われているのだ。

「あの……シャルさん。その魔法は?」

「ん……?ストレージのことかしら??えっと、荷物を入れたりできる、魔法の鞄よ。それとも付与魔法の方かしら?そうね、防具に付けるなら硬質化か温度調整あたりが便利よ。子供じゃないからサイズ自動調整は要らないと思うし……。あ、それとも耐性をつけた方がいいかしら?対腐食とか耐酸とか、防汚っていうのもあって、そういうのも付けれるわよ。」

心なしか自慢気なシャルロッテに、尋ねたコンラッドは頭を抱えた。

どこまでが厳密に失伝している魔法かは分からない。
だが間違いなく、庶民が耳にする魔法ではなく。シャルロッテの中では当たり前の魔法であることに間違いはないのだ。

確かにコレは古き財産だと納得してしまう。

「すみません……僕達にはどれも未知の魔法なのです。ストレージと言えば、マジックバッグがある程度なので。付与魔法についても……。」

「そうなの?なるほど。マザーが言っていたのはこのことなのね。とりあえず、髪の毛を燃やしちゃうのは勿体ないから……。リュクス、剣を貸して?」

装備を身に着け直したリュクスの膝の上に、シャルロッテはすとんと腰を下ろした。
さっきの方が温かかったなと思いながら、受け取った双剣をまじまじと眺める。

リュクスの眉根が寄っているのだが、シャルロッテは全く気にしなかった。
人の表情を見て喋ったことが無いので、リュクスが不快感を抱いていることに気付かなかったのだ。

「うぅん……鍛冶については分からないけれど、かなり使いこんでるのね?それにリュクスの魔力を纏ってるのに、全然浸透してないわ。約束の地まで、どれくらいかかったの?あ、聞いても分からないわ。えぇと……剣を何本ダメにしたの?」

ぴくっとリュクスが反応する。
初対面で剣を見ただけで、剣をダメにしていると知られるとは思わなかった。

シャルロッテの知りたい答えはローレンから返ってきた。

「一か月は越えたってかんじだな。んでもって、それ、5組目。」

5組目……とシャルロッテは大袈裟に溜息を吐いた。

「武器は命を預けるものなのよ?魔法使いならいざ知らず、剣士ならもう少し大事にしてあげてちょうだい。目覚めたのが一番上のお兄ちゃんじゃなくて良かったわ。お兄ちゃんは5歳で既に槌を握って、両親のお手伝いをしていたんですって。私達の誰よりも古き時代のことに詳しくて、鍛冶の知識に関してはマザーも褒めてたわ。何よりも覚えが良いって。」

とりあえずこれに付与するのは勿体ないわね、とシャルロッテは周囲を見渡した。

目を付けたのは簡易カマドと焚き火台だ。

「ねぇ、ローレン。その二つは誰のもの??防汚を付ければ、煤汚れもさっと拭き取れるし、ほとんど劣化しなくなるわ。見たところ、何も付与されてないわよね?」

「これか?一応俺達パーティーの所有物だけどよ……。」

どうする?とローレンに視線で問われた三人は頷いた。

シャルロッテの持つ技術は未知のものだ。
実際に目にしてみないことには分からない。

「んじゃ、お願いしても良いか?くれぐれも、上の鍋の中はいじらないでくれよ?シャルも含め、俺達の夕飯だからな。」

「うん、大丈夫よ。すぅ……願いまするは宿る力。あらゆる汚れを弾き。長く綺麗な姿を見せたまえ。『防汚コーティング』。」

シャルロッテが呪文を読み上げるごとに、床に纏められていた髪の毛がさらさらと空気に溶けていく。

てっきりカマドの傍に来て付与すると思っていたのに、シャルロッテはリュクスの膝の上で全てを終えた。

それも1分と経たないうちの出来事だ。

肝心のカマドたちは全体的にほんのりと、それも一瞬光っただけに見える。

「これで……って、あぁぁぁ!?ごめんなさい!効果が、効果が……お鍋とお玉にまで……。」

「っはぁ……びっくりさせんなよ。多い分には問題ねぇから。それより、スープ飲めそうか??流石に俺達腹ペコなんだよ。」

「飲みたいわ!とっても良い匂いで、気になっていたの。」

「おぉ、そうかそうか。腹の具合見ながら飲むんだぞー。念のため、今日はスープだけな。」

「はぁい。」

シャルロッテは出されたコップに入ったスープを二杯飲んで満腹になった。
コップに具は入っていなかったがスープに色んな味が染み出していて、とても優しい味だった。

四人は大きな器でスープを飲んで、硬そうなパンをいくつも平らげていく。見ているだけでお腹がいっぱいになるくらいよく食べていた。

就寝時間になり、シャルロッテは一人で寝袋を使うように言われたが拒否。

「リュクスと一緒が良い。」

そう言って聞かなかったため、広げればシートのようになる寝袋を広げて敷き、リュクスはシャルロッテと一緒に寝る羽目になった。
本来は座って寝る時に広げて身体に纏うための機能である。

当のシャルロッテは布団を被ることすら知らず、普通に横たわったまま寝ようとしたのでグラスが毛布をかけてあげる。

「おやすみなさい。」

そう嬉しそうに言ったシャルロッテはあっという間に眠った。
まるでここなら何も危険はないと思っているかのような無邪気さに、四人は揃って溜息を吐く。
見た目と言動が嚙み合っていないせいで、どう扱ったらいいのか悩ましい。

「まだ街に戻ってませんし、どうにかなると思いますけど……。リュクス、信用してますからね?あとは……シャルさんはどこまで戦えますかね?」

「セーフティーエリアの近くで、ちょーっと試すしかないんじゃねぇの?」

「そうですね……。いきなり魔障の深部を相手にさせるのは心苦しいですが。足手まといにならないくらいには動いてもらえないと、リスクが跳ね上がりますからね。」

「セーフティーエリアにいるうちに、魔物捌かねぇと不味いかもな。今日は起きたてだからそんなに食ってねぇけど。戦闘できるなら魔力を消費するだろうし……はぁ、頭いてぇ。食材は余分に持ってっけど、最後は塩スープかもな。」

「まさかロストテクノロジーが生きた人間だとは思いませんでしたからね。マザーは彼女に自由をと言っていましたが、まずは神官長たちに伝えた方がいいでしょうか。権力者は間違いなく彼女を囲おうとするでしょうし、なによりこの容姿です。加護持ちだったとしても、妾に望む貴族が多そうではありませんか?」

「だよなぁ……。俺達は俺達で、街に戻ったらどれくらいの期間が来るかも分からねぇし。」

「……考えたくない……。」

「グラス……今回ばかりは、貴方にも必ず娼館を利用してもらいますよ。一、二日狩りをした程度のとは訳が違うんですからね。」

「……だからだ……。」

グラスは寡黙で大柄なため、花街を利用すると相手が怖がっているのではないか。潰してしまうのではないかと煩悩の外で悩むことになる。

なんだかんだと真面目で優しく面倒見の良い性格のため、密かに人気があることを当の本人だけが知らない。

「問題はリュクスですね。……離れられそうです?」

「無理だ。がっちり服を掴まれている。」

未だに起き上がってこないリュクスを見て、コンラッドはですよねぇと溜息を吐いた。

「何故かリュクスに懐いてますが、中は彼女を遠ざけないと、間違いなく襲ってしまうでしょう?娼婦であればの相手を心得てますけど、一般人には対応が難しいと聞きますし……。孤児院か、教会で大人しくしててくれればいいのですけど……とんでもない厄介ごとですね。」

「あとは、不用意なことを口にするなというくらいか。古き時代、新しき時代なんて、教会の人間位しか口にしない。」

「あぁ、それもですね。まずは生きて帰れることを。次に、無事に門を潜れることを祈りましょう。」

話の終わりを感じ取ってそれぞれが目を閉じた。

こんな魔障の大森林奥地にやってくる質の悪い人間も、セーフティーエリアに乗り込んでくる魔物もいない。

一か月以上ぶりに彼らはまともな睡眠を取ることが出来たのだった。

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