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第五章 【アンブロシア】
302 薬草園⑤
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Side:“古都”映像を見守るアークエイド(15歳)達 冬
“古都”では変わらずアシェルの身体をお世話しながら映像を見る生活が続いており、“アンブロシア”で過ごすアシェルは、ひたすら大きな魔術式と睨めっこする毎日が過ぎている。
一歳の誕生日の後から、日中はアシェル一人で数時間の留守番をしていることが多くなった。
二歳のお披露目パーティーの後からは、日中は一人で過ごすようになった。
咲と健斗は執務が溜まっているらしい。逆に今までよくべったりと過ごせていたものだ。
時折健斗が数日居ないこともあるが、夜勤や遠征だと言っていた。
いつもの独り言ではなく日常会話程度の声量で考察を喋っているのは、恐らく喋る練習も兼ねているのだろう。
幼い拙さは残るものの、喋るのがとても上手になっている。
毎晩咲に、些細な事でも気付いたことや楽しいと感じたことを話しているのも、話術の上達に貢献していそうだ。
意識してのことだろうが、積極的にお喋りしている。
最近の映像はマンネリ化していたが、どうやら今日は薬草園に行くらしい。
といっても、こちらも特別な変化には思えない。
それはアシェルらしい行動をしているからだろう。
パトリシアには新鮮に映るようだが、家族と幼馴染からしてみればいつものアシェルだ。
味見まで開始したので、傍から見ると植木の葉っぱをむしって食べてる危ない子である。
でもそれすらもいつものアシェルと変わりない。
小さくもいつも通りのアシェルが愛しすぎて困る。
不意に男の焦った声が聞こえた。
アシェルの足元に大きな魔法陣が広がるが、それはぼやけていてはっきりと認識することが出来なかった。
「メルティー。そんなにヤバいのを味見したのか?」
アシェルに限ってそれは無いと思うが。
いや、正しくは体質も違うだろうしきちんと口にするものは考えていると思うが、大人達の慌てように少し不安になる。
これくらいじゃ死なないから大丈夫でしょと、猛毒を口にしかねないという不安もあるからだ。
普通は頭がおかしいのではと思うが、これがメイディー直系が口にした言葉だというだけで、全くおかしくはなくなる。
錬金に対するメイディーはそういうものだというのが、ヒューナイト王国の貴族の常識である。
アークエイドが授業の合間に顔を出していたメルティーに問いかけると、メルティーは首を振った。
「なんであんなに慌てていらっしゃるのかサッパリですわ。アシェお義兄様の言う通り、物凄く弱い毒ですもの。あれくらいなら少し気持ち悪いくらいじゃないかしら?毒耐性をつける入門編の薬草ですわ。アークお義兄様なら摂取したことがあるでしょうから、恐らく両手いっぱいに食べないと嘔吐に至らないと思いますわよ?」
「吐くと分かっていて食べたくはないけどな。」
「ふふっ、普通はそうですわね。わたくしでも付き添い無しで味見していい薬草ですわ。アシェお義兄様の心配は要りませんわよ。」
「なら良かった。」
片やデュークは魔法の方が気になっていた。
「術式が見えないってことは、こっちにない魔法だよね。キュアって言ってた?」
「キュアって言ってたわね。物凄く便利な魔法よ。」
「解毒剤の魔法バージョンだと思ってもらったらいいですよぉ。ファンタジーあるあるの、毒の種類に関わらず効果のある魔法ですねぇ。設定にもよりますけど、大抵の毒は解毒できるものだと思いますぅ。」
「もしあれがあれば、三の森のクエストを受けやすくなりそうなんだけど。見えないのが悔やまれるな。」
「こっちをベースにって言ってたけど、レベル制だし、かなり魔法の種類も多いみたいだし。よりゲームに近い感じよね。テレポとか使ってみたいわ。アシェにそういうの無いのって聞いたら、“リリィほど魔力があっても、分子になって消え去る可能性の方が高いんじゃないかな”ですって。イメージに形を与えるのが魔法だけど、あり得ないことを妄想しても不発か、発動しても物凄く魔力を消費してしまうらしいのよ。魔力が持つかは置いといて、成功させようと思ったらって話もしてくれたけど、非現実的だったわ。」
「条件は何だったんですかぁ?」
「えっと……まずは今いる場所と飛びたい場所の強いイメージ。出来たら経度とか緯度みたいな、この世界的な座標が判明すればなおよし。少しでも場所が狂うと、バラバラ殺人事件現場になれば良いほう。身体の一部すら見つからないかもって。あとは自分の身体が分子レベルまで消えて、その分子が目標地点まで移動して、身体を再構築する必要があるらしいわ。頭から足先、内臓から髪の毛の一本一本まで自分の姿を正確に作り上げないと……ってね。」
「わぁ……それは無理ですねぇ。なんていうか、科学的なお話ですぅ……。どこでもドアタイプだと嬉しいんですけどねぇ。」
「わたくし達からしたら魔法って無から有を生み出してるように見えるけど、アシェ曰く、ちゃんと現象としては説明がつくことなんですって。魔力が素材の代わりってところかしら。ストレージだけが謎原理だけれど、それ以外に時空間魔法ってないから無理みたいよ。あとは禁術系も謎原理って言ってたわね。」
「ふむふむ。でも、ヒールはどうなってるんですかぁ?傷が治せるなら骨折も治せそうなのにぃ、骨折は治せませんよねぇ?」
「なんて言ってたかしら?えーっと……傷の場合は血流と魔力の流れを良くして組織の修復を促しているけど、骨の場合、血も魔力も通ってないから治癒促進ができないんですって。骨を作り出せてもくっつけるのが難しいみたい。だから骨折だけは魔法で治せないのよ。出来るのは骨の位置を正しい位置に戻して周囲を治癒させて、回復を促すだけみたいよ。」
「へぇ、ちゃんと理由があったんですねぇ。確かに時空間魔法は——。」
リリアーデとパトリシアが揃うと、当たり前のように話題は移ろっていく。
その中には今回のように勉強になるようなこともちらっとまじることもあるが、基本的には当事者達以外にはどうでもいい雑談ばかりだ。
画面の中ではアシェルがぶつぶつ呟き、メルティーならと言っている。
「アシェお義兄様ったら。わたくしではお義兄様達には敵いませんわ。」
「メル嬢は自己評価が低すぎるんじゃないのか?素直に受け取れば良いと思うよ。」
「お義兄様達はちょっとしたことでも褒めてくださいますの。お義兄様達からの評価はあてになりませんわ。」
「アシェはよくメルティーのことを褒めている。でも褒め過ぎではなく、それが事実だ。俺は……メルティーが5分で解除できるらしい拘束の解除にギブアップした。正直に凄いと思う。ちゃんとメルティーが努力していることを知っていての発言だ。素直に受け取ってやると良い。」
「アークお義兄様まで……。分かりましたわ。あっ、そろそろ次の授業に行かないとだわ。」
メルティーが授業へと戻っていく。
アシェルは薬草園の見学の後、子供部屋に戻ってきたようだ。
研究棟の見学よりもお喋りを優先させたのは珍しいと思うが、とても楽しかったのだろう。
活き活きとした表情で語り始めた。
てっきりいつものようにその日の出来事を喋るだけだろうと思っていたのに、会話の内容は思いもよらない方向に進んでいく。
「思い出せないのは、プロポーズだけだと言っていた……。いや……。だけ、とは言ってないか……?」
付き合い始めたという明確な記憶が残っていないから、アークエイドで充電は、という話はした。
思い出せばアークエイドで充電してくれるとも。
だがそれ以外に何か言ってなかっただろうか。思い返してみてもその話が印象的すぎて、会話の細部が分からない。
「アシェルお嬢様は嘘をつくのが嫌いですから。明言はされていらっしゃらないんじゃないでしょうか。」
サーニャの言う通り。
アシェルが意図して誤魔化していたのだとしたら明言はしていないだろう。
「分かってる。ただ少し……本当のことを言ってくれたらと……。」
「アシェなりにアークを気遣ってたんだろう。」
「あぁ。分かってるんだ。」
アシェルは気遣ってくれたのだろうが、アークエイドはそんなにも頼りなかっただろうかと、そう感じてしまうだけだ。
「懐かしいわ。そうそう。まだみーんなちっちゃくてね。アシェはもう男装してたから、本気で男の子だって思ってたわ。マリクももこもこフワフワだったのよ。」
「ずっと男の子として暮らしてたんですねぇ。」
「あの……アークエイド殿下。皆様で見ていて宜しいのですか?私はお近くで見ていたので、細かい内容までは分からずとも大体存じ上げておりますが……。」
少しアークエイドが沈んだ隙に、映像からはアシェル達が出会った頃から進み、非公式お茶会のエピソードが語られ始めている。
それには当然。
アシェルと二人っきりの時に、アークエイドがアシェルの気を引こうとした内容が含まれるわけで。
「っ、よくないっ。見ないでくれっ。」
「へぇ、アークが慌てるなんて。ますます楽しみね。アシェの惚気なんてなかなか聞けないから、とっても貴重よ。アーク、邪魔したら魔力マシマシで寝かせちゃうからね?」
「お二人の馴れ初め、楽しみですねぇ。」
「アシェは聞けば教えてくれるけど、基本的に聞かないと話さないからな。」
「なんでデュークがそんなことを——。」
「僕は二人の話を横で聞いていただけだからな?」
ある時からアークエイドが横にピッタリ寄り添って座るようになったとか、お昼寝で肩を貸してあげたこと。
それからアシェルの使った言葉を並べながら、どさくさに紛れてアシェルを抱き寄せたこと。リリアーデとのキスについて尋ねたことなど。
ちょっとした出来事から手応えを感じたり感じなかったりのイベントまで、時系列順に説明がなされていく。
しかも咲が適宜アシェルに感想を聞くので、アシェルがその時にどう感じていたのかまで情報が流れてくる。
女ったらしについての話は、わざわざ咲がアシェルに魔法をかけて、アシェルを成長させて実演した。
咲が望めば、それが実現可能である限り、アシェルが全て叶えてしまうのは分かっている。
話の流れとして仕方がなかったのだと思うしかない。
大きなアシェルの姿を見せてくれた褒美だと、無理やり嫉妬心を押し込む。
咲は照れたが、そこに恋慕の情が全く見えないことだけが救いだ。
サーニャは小声の会話以外は大体聞こえていたし、リアルタイムで見守っていた。
分からないのは、二人が散歩に出かけたりして屋外に居た時のことだけである。
小さな王子様がアシェルから片時も離れなかったことを懐かしみながら映像を見ていた。
公開処刑されているアークエイドは、アシェルがどんなことを感じていたのか知れたことを嬉しく思いつつ、アプローチを片っ端から暴露されて顔を真っ赤にしていた。
リリアーデとパトリシアはキャーキャー騒ぎながら、画面の向こうの咲と同じテンションで楽しんでいる。
「僕の言えたことじゃないけど……。アーク、なにしてんのさ。しかも、それであれだったんだろ?」
「……お願いだから言わないでくれ。アシェはドキッとしたとか言ってるけど、基本的にいつもの笑顔で流されてたからな?」
「まぁ今聞いてる限り、そもそも男同士だからあり得ないと思ってたって言ってるしね。……はぁ。なんで女性って、他人の色恋話でこんなに盛り上がれるんだろ。さすがに生々しすぎるんだけど。」
デュークが溜息を吐いているが、アークエイドも同感だ。
パトリシアの話が出てきた時は、咲が「ライバル登場!?」と楽しそうに言っていた。
それを当の本人であるパトリシアが、タイミング的に乙女ゲーのヒロイン出現ですもんねぇと笑い。リリアーデも同意している。
その先のことを知っているからかもしれないが、何故自分の話題まで出されているのに楽しめるのかが分からない。
アシェルが今日の話はこれで終わりと、レストラン【ウォルナット】の出来事を話し始めた。
「っ、これも喋るのか!?……出来たら聞かないでくれ……。無理だとしても、他言しないでくれ。これ自体は終わったことだし、箝口令が敷かれてるんだ。」
「分かったわ、他言無用ねっ。アシェに相手にされてないアークが可哀想だけど、内容的には胸キュンばかりだわ。さいっこう……!」
「咲山六花に薄い本にして欲しいですぅ。ていうか、咲山六花の新作が見たいですぅ。」
「アシェ達を書いたら、とびっきり美青年になるわね。」
「しかも今の話なんて目じゃないくらいえちえちですぅ。」
しっかりアシェルが覚えていたことと、あの時考えていたこと。朦朧とした意識でアークエイドの指を吸っていたことまで暴露されてしまった。
図らずも。媚薬香の影響とは言え、互いに快楽を拾い離れがたかったと思っていたことを知ったのだった。
この日から時折思い出したからと、アークエイドとのエピソードが語られることになるのだが、そのきっかけエピソードとしてミルトン兄弟の話も添えられていた。
どうもそういうきっかけや変化に至る人物の登場は、咲にとって相当興奮するものらしい。
アークエイドのキスはそんなに上手くない。でも恐らく事件のせいで擦りこみなのか気持ち良いと思うようだ。
初心な反応が可愛かったが段々上達してきた。
三人の中なら一番上手いのはシオンだなどと、普段なら絶対聞けない内容まで暴露されることになる。
しれっとリリアーデのキスも上手だったと暴露されていた。
時にはメイディーの誰かや幼馴染達が同席している時に話が始まることもある。
高確率でアルフォードが赤くなったり暴走したりしていたが、“古都”の毎日は平和に過ぎていくのだった。
大きなダメージを受けたのはアークエイドの羞恥心だけである。
“古都”では変わらずアシェルの身体をお世話しながら映像を見る生活が続いており、“アンブロシア”で過ごすアシェルは、ひたすら大きな魔術式と睨めっこする毎日が過ぎている。
一歳の誕生日の後から、日中はアシェル一人で数時間の留守番をしていることが多くなった。
二歳のお披露目パーティーの後からは、日中は一人で過ごすようになった。
咲と健斗は執務が溜まっているらしい。逆に今までよくべったりと過ごせていたものだ。
時折健斗が数日居ないこともあるが、夜勤や遠征だと言っていた。
いつもの独り言ではなく日常会話程度の声量で考察を喋っているのは、恐らく喋る練習も兼ねているのだろう。
幼い拙さは残るものの、喋るのがとても上手になっている。
毎晩咲に、些細な事でも気付いたことや楽しいと感じたことを話しているのも、話術の上達に貢献していそうだ。
意識してのことだろうが、積極的にお喋りしている。
最近の映像はマンネリ化していたが、どうやら今日は薬草園に行くらしい。
といっても、こちらも特別な変化には思えない。
それはアシェルらしい行動をしているからだろう。
パトリシアには新鮮に映るようだが、家族と幼馴染からしてみればいつものアシェルだ。
味見まで開始したので、傍から見ると植木の葉っぱをむしって食べてる危ない子である。
でもそれすらもいつものアシェルと変わりない。
小さくもいつも通りのアシェルが愛しすぎて困る。
不意に男の焦った声が聞こえた。
アシェルの足元に大きな魔法陣が広がるが、それはぼやけていてはっきりと認識することが出来なかった。
「メルティー。そんなにヤバいのを味見したのか?」
アシェルに限ってそれは無いと思うが。
いや、正しくは体質も違うだろうしきちんと口にするものは考えていると思うが、大人達の慌てように少し不安になる。
これくらいじゃ死なないから大丈夫でしょと、猛毒を口にしかねないという不安もあるからだ。
普通は頭がおかしいのではと思うが、これがメイディー直系が口にした言葉だというだけで、全くおかしくはなくなる。
錬金に対するメイディーはそういうものだというのが、ヒューナイト王国の貴族の常識である。
アークエイドが授業の合間に顔を出していたメルティーに問いかけると、メルティーは首を振った。
「なんであんなに慌てていらっしゃるのかサッパリですわ。アシェお義兄様の言う通り、物凄く弱い毒ですもの。あれくらいなら少し気持ち悪いくらいじゃないかしら?毒耐性をつける入門編の薬草ですわ。アークお義兄様なら摂取したことがあるでしょうから、恐らく両手いっぱいに食べないと嘔吐に至らないと思いますわよ?」
「吐くと分かっていて食べたくはないけどな。」
「ふふっ、普通はそうですわね。わたくしでも付き添い無しで味見していい薬草ですわ。アシェお義兄様の心配は要りませんわよ。」
「なら良かった。」
片やデュークは魔法の方が気になっていた。
「術式が見えないってことは、こっちにない魔法だよね。キュアって言ってた?」
「キュアって言ってたわね。物凄く便利な魔法よ。」
「解毒剤の魔法バージョンだと思ってもらったらいいですよぉ。ファンタジーあるあるの、毒の種類に関わらず効果のある魔法ですねぇ。設定にもよりますけど、大抵の毒は解毒できるものだと思いますぅ。」
「もしあれがあれば、三の森のクエストを受けやすくなりそうなんだけど。見えないのが悔やまれるな。」
「こっちをベースにって言ってたけど、レベル制だし、かなり魔法の種類も多いみたいだし。よりゲームに近い感じよね。テレポとか使ってみたいわ。アシェにそういうの無いのって聞いたら、“リリィほど魔力があっても、分子になって消え去る可能性の方が高いんじゃないかな”ですって。イメージに形を与えるのが魔法だけど、あり得ないことを妄想しても不発か、発動しても物凄く魔力を消費してしまうらしいのよ。魔力が持つかは置いといて、成功させようと思ったらって話もしてくれたけど、非現実的だったわ。」
「条件は何だったんですかぁ?」
「えっと……まずは今いる場所と飛びたい場所の強いイメージ。出来たら経度とか緯度みたいな、この世界的な座標が判明すればなおよし。少しでも場所が狂うと、バラバラ殺人事件現場になれば良いほう。身体の一部すら見つからないかもって。あとは自分の身体が分子レベルまで消えて、その分子が目標地点まで移動して、身体を再構築する必要があるらしいわ。頭から足先、内臓から髪の毛の一本一本まで自分の姿を正確に作り上げないと……ってね。」
「わぁ……それは無理ですねぇ。なんていうか、科学的なお話ですぅ……。どこでもドアタイプだと嬉しいんですけどねぇ。」
「わたくし達からしたら魔法って無から有を生み出してるように見えるけど、アシェ曰く、ちゃんと現象としては説明がつくことなんですって。魔力が素材の代わりってところかしら。ストレージだけが謎原理だけれど、それ以外に時空間魔法ってないから無理みたいよ。あとは禁術系も謎原理って言ってたわね。」
「ふむふむ。でも、ヒールはどうなってるんですかぁ?傷が治せるなら骨折も治せそうなのにぃ、骨折は治せませんよねぇ?」
「なんて言ってたかしら?えーっと……傷の場合は血流と魔力の流れを良くして組織の修復を促しているけど、骨の場合、血も魔力も通ってないから治癒促進ができないんですって。骨を作り出せてもくっつけるのが難しいみたい。だから骨折だけは魔法で治せないのよ。出来るのは骨の位置を正しい位置に戻して周囲を治癒させて、回復を促すだけみたいよ。」
「へぇ、ちゃんと理由があったんですねぇ。確かに時空間魔法は——。」
リリアーデとパトリシアが揃うと、当たり前のように話題は移ろっていく。
その中には今回のように勉強になるようなこともちらっとまじることもあるが、基本的には当事者達以外にはどうでもいい雑談ばかりだ。
画面の中ではアシェルがぶつぶつ呟き、メルティーならと言っている。
「アシェお義兄様ったら。わたくしではお義兄様達には敵いませんわ。」
「メル嬢は自己評価が低すぎるんじゃないのか?素直に受け取れば良いと思うよ。」
「お義兄様達はちょっとしたことでも褒めてくださいますの。お義兄様達からの評価はあてになりませんわ。」
「アシェはよくメルティーのことを褒めている。でも褒め過ぎではなく、それが事実だ。俺は……メルティーが5分で解除できるらしい拘束の解除にギブアップした。正直に凄いと思う。ちゃんとメルティーが努力していることを知っていての発言だ。素直に受け取ってやると良い。」
「アークお義兄様まで……。分かりましたわ。あっ、そろそろ次の授業に行かないとだわ。」
メルティーが授業へと戻っていく。
アシェルは薬草園の見学の後、子供部屋に戻ってきたようだ。
研究棟の見学よりもお喋りを優先させたのは珍しいと思うが、とても楽しかったのだろう。
活き活きとした表情で語り始めた。
てっきりいつものようにその日の出来事を喋るだけだろうと思っていたのに、会話の内容は思いもよらない方向に進んでいく。
「思い出せないのは、プロポーズだけだと言っていた……。いや……。だけ、とは言ってないか……?」
付き合い始めたという明確な記憶が残っていないから、アークエイドで充電は、という話はした。
思い出せばアークエイドで充電してくれるとも。
だがそれ以外に何か言ってなかっただろうか。思い返してみてもその話が印象的すぎて、会話の細部が分からない。
「アシェルお嬢様は嘘をつくのが嫌いですから。明言はされていらっしゃらないんじゃないでしょうか。」
サーニャの言う通り。
アシェルが意図して誤魔化していたのだとしたら明言はしていないだろう。
「分かってる。ただ少し……本当のことを言ってくれたらと……。」
「アシェなりにアークを気遣ってたんだろう。」
「あぁ。分かってるんだ。」
アシェルは気遣ってくれたのだろうが、アークエイドはそんなにも頼りなかっただろうかと、そう感じてしまうだけだ。
「懐かしいわ。そうそう。まだみーんなちっちゃくてね。アシェはもう男装してたから、本気で男の子だって思ってたわ。マリクももこもこフワフワだったのよ。」
「ずっと男の子として暮らしてたんですねぇ。」
「あの……アークエイド殿下。皆様で見ていて宜しいのですか?私はお近くで見ていたので、細かい内容までは分からずとも大体存じ上げておりますが……。」
少しアークエイドが沈んだ隙に、映像からはアシェル達が出会った頃から進み、非公式お茶会のエピソードが語られ始めている。
それには当然。
アシェルと二人っきりの時に、アークエイドがアシェルの気を引こうとした内容が含まれるわけで。
「っ、よくないっ。見ないでくれっ。」
「へぇ、アークが慌てるなんて。ますます楽しみね。アシェの惚気なんてなかなか聞けないから、とっても貴重よ。アーク、邪魔したら魔力マシマシで寝かせちゃうからね?」
「お二人の馴れ初め、楽しみですねぇ。」
「アシェは聞けば教えてくれるけど、基本的に聞かないと話さないからな。」
「なんでデュークがそんなことを——。」
「僕は二人の話を横で聞いていただけだからな?」
ある時からアークエイドが横にピッタリ寄り添って座るようになったとか、お昼寝で肩を貸してあげたこと。
それからアシェルの使った言葉を並べながら、どさくさに紛れてアシェルを抱き寄せたこと。リリアーデとのキスについて尋ねたことなど。
ちょっとした出来事から手応えを感じたり感じなかったりのイベントまで、時系列順に説明がなされていく。
しかも咲が適宜アシェルに感想を聞くので、アシェルがその時にどう感じていたのかまで情報が流れてくる。
女ったらしについての話は、わざわざ咲がアシェルに魔法をかけて、アシェルを成長させて実演した。
咲が望めば、それが実現可能である限り、アシェルが全て叶えてしまうのは分かっている。
話の流れとして仕方がなかったのだと思うしかない。
大きなアシェルの姿を見せてくれた褒美だと、無理やり嫉妬心を押し込む。
咲は照れたが、そこに恋慕の情が全く見えないことだけが救いだ。
サーニャは小声の会話以外は大体聞こえていたし、リアルタイムで見守っていた。
分からないのは、二人が散歩に出かけたりして屋外に居た時のことだけである。
小さな王子様がアシェルから片時も離れなかったことを懐かしみながら映像を見ていた。
公開処刑されているアークエイドは、アシェルがどんなことを感じていたのか知れたことを嬉しく思いつつ、アプローチを片っ端から暴露されて顔を真っ赤にしていた。
リリアーデとパトリシアはキャーキャー騒ぎながら、画面の向こうの咲と同じテンションで楽しんでいる。
「僕の言えたことじゃないけど……。アーク、なにしてんのさ。しかも、それであれだったんだろ?」
「……お願いだから言わないでくれ。アシェはドキッとしたとか言ってるけど、基本的にいつもの笑顔で流されてたからな?」
「まぁ今聞いてる限り、そもそも男同士だからあり得ないと思ってたって言ってるしね。……はぁ。なんで女性って、他人の色恋話でこんなに盛り上がれるんだろ。さすがに生々しすぎるんだけど。」
デュークが溜息を吐いているが、アークエイドも同感だ。
パトリシアの話が出てきた時は、咲が「ライバル登場!?」と楽しそうに言っていた。
それを当の本人であるパトリシアが、タイミング的に乙女ゲーのヒロイン出現ですもんねぇと笑い。リリアーデも同意している。
その先のことを知っているからかもしれないが、何故自分の話題まで出されているのに楽しめるのかが分からない。
アシェルが今日の話はこれで終わりと、レストラン【ウォルナット】の出来事を話し始めた。
「っ、これも喋るのか!?……出来たら聞かないでくれ……。無理だとしても、他言しないでくれ。これ自体は終わったことだし、箝口令が敷かれてるんだ。」
「分かったわ、他言無用ねっ。アシェに相手にされてないアークが可哀想だけど、内容的には胸キュンばかりだわ。さいっこう……!」
「咲山六花に薄い本にして欲しいですぅ。ていうか、咲山六花の新作が見たいですぅ。」
「アシェ達を書いたら、とびっきり美青年になるわね。」
「しかも今の話なんて目じゃないくらいえちえちですぅ。」
しっかりアシェルが覚えていたことと、あの時考えていたこと。朦朧とした意識でアークエイドの指を吸っていたことまで暴露されてしまった。
図らずも。媚薬香の影響とは言え、互いに快楽を拾い離れがたかったと思っていたことを知ったのだった。
この日から時折思い出したからと、アークエイドとのエピソードが語られることになるのだが、そのきっかけエピソードとしてミルトン兄弟の話も添えられていた。
どうもそういうきっかけや変化に至る人物の登場は、咲にとって相当興奮するものらしい。
アークエイドのキスはそんなに上手くない。でも恐らく事件のせいで擦りこみなのか気持ち良いと思うようだ。
初心な反応が可愛かったが段々上達してきた。
三人の中なら一番上手いのはシオンだなどと、普段なら絶対聞けない内容まで暴露されることになる。
しれっとリリアーデのキスも上手だったと暴露されていた。
時にはメイディーの誰かや幼馴染達が同席している時に話が始まることもある。
高確率でアルフォードが赤くなったり暴走したりしていたが、“古都”の毎日は平和に過ぎていくのだった。
大きなダメージを受けたのはアークエイドの羞恥心だけである。
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面白くて先が気になり一気に読んでしまいました!寝不足です笑、、、
世界観も構想もすごく考えられていて大好きです!ムーランが出てくるあたりはアシェルに感情移入して苦しかった、、、
これから先アークとアシェルが幸せな結末になるといいなと思いながら読んでいます。
続きがめちゃくちゃ気になるので、早く更新されると嬉しいです!近々でますか❔
作者様の他の作品を読んで待ちたいと思います!
感想ありがとうございます^^
構想は練っているのですが、他キャラとの兼ね合いもあるので本決まりにするか悩んで手付かずでして……確定したらまた投稿します!
少し時間はあくとおもいますが、また読んでいただけると嬉しいです
以前にクリストファーやエラートなんかは、アシェルが男性と二人きり(異性と二人きり)だったり、部屋に招いたり目の前で寝たりは醜聞になると言っていたと思います。
なので貴族の常識として、醜聞になるという認識はあるのですが、身近にメイディーの男がいるほどそこに言及しなくなります。
実際には貶めてやろうと醜聞を広げる人間も居ると思うのですが、その母数がかなり少ないこと(代々王族と親密で、尚且つ社交界に身を置く期間が長いほど、もしくは同じ学生生活を過ごしたことが在る程、メイディーの異質さと大切なモノに対する非情さを理解しています。簡単に言うと、目を付けられたくない。)
歴代のメイディーの男達は異性に甘い言葉や仕草を投げ掛けるのが当たり前で、さらには医師家系という職業柄。二人きりで相談に乗ったり、こっそりと処方を希望する子には出してあげたりと、素地として醜聞になりにくい環境が出来上がってます。(アシェルの場合、取り囲む幼馴染達が高位貴族たちばかりなので、そういう相談が来たことは無いですが。)
話には出てこない超裏設定なので、とても分かりにくいと思いますが。
これがもし最初から女の子としてずっと過ごしていたのであれば、周囲はきっと本人の危険だけでなく、醜聞になることも、それが家族に迷惑をかける可能性も指摘していたと思います。
アシェルがあまりにもメイディー(の男)らしい故に、身近な人物はそこを言及するに至らないのです。
メアリーとの関係については、嫉妬の視線が無ければかなり友好的な関係を築ける未来でした。
全面的に母親として頼るというよりは、メアリーの望む子供らしい子供を演じて(その時はメルティーが仕草や言葉の選び方の参考になります)好かれるようにする。という感じにはなりますが、少なくともここまでのすれ違いもぎこちなさも無かったと思います。
タイトルに惹かれて読み始めたら、時間も忘れて一気に読んでしまいました!
とても面白かったので、お気に入り登録して、更新待ってます!
アークとアシェル、リリィとディュークが大好きです(*^^*)
お気に入り登録ありがとうございます^^
この後の展開でこれをいれたい、、と思うものがあるのですが、展開が自然にならず何度か書き直してまして…
納得できる状態になったら更新になります。
少し時間がかかると思いますが、更新時にはまた読んでいただけると嬉しいです^^