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第五章 【アンブロシア】

297 お披露目パーティー②

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Side:“古都”映像を見守るアークエイド(15歳)達 冬



12月になり雪がちらつくことも多くなった。

映像の準備状況からそろそろアシェルのお披露目パーティーが行われるとして、この数日アベルたちは休みを取ってテレビに張り付いていた。

アシェルのおめかしした姿を拝むためだけにである。

「あぁ、やっぱりアシェにこのドレスは似合うね。腕がいいみたいで、デザイン画の時から期待してたけど。小さなアシェがとても魅力的に見えるように作られてる。」

「父上はデザイン画を見たんだっけ。俺もデザイン画も見てみたかったけど、可愛いアシェの姿が見れて満足だ。本当に妖精が舞い降りたみたいだな」

「確かにうちのアシェはすっごく可愛いね。でも妬けちゃうな。僕らが頼んでも淡い色は嫌だって言って着てくれなかったのに。こんなにあっさり身に付けちゃうなんて。」

「デザイン画の時点で却下されたもんなぁ。せっかくだからベルのも色違いで作って、二人に着せようとしてたのにな。月と太陽をイメージしてたから、絶対似合うのに。」

「私とお揃いだと言えば、アシェル様は頷いたのではないでしょうか?」

「アシェ義姉様なら間違いなく頷いたと思いますわ。アシェ義姉様はイザベルのことが大好きだもの。」

「ふふっ、そうだろうね。でもイザベルのことを引き合いにだしたくなかったんだよ。僕がアシェにプレゼントしたかったから。僕からのお願いじゃダメで、イザベルと一緒ならOKだと、イザベルにヤキモチを妬いちゃいそうだったからね。」

「だそうだ。俺は別にベルとお揃いだって言っても良いんじゃないかって言ったんだけどな。」

「あの時のドレスのイメージを今のアシェに似合うようにして……着てくれるかな?」

「アレリオン殿。アシェのドレスは俺が——。」

「アークエイド殿下が贈ったら無条件に着てくれるだろうけど。僕だってアシェを着飾らせて愛でたいんだよ。メイディー関連のプライベートなパーティーに参加する時になら、僕が贈ったドレスを着せてあげたっていいだろう?」

「それとこれとは。」

どうやらアレリオンとアルフォードが、過去に同じようなドレスをアシェルに着せたがったが断られたらしい。

ドレスを贈って衣装を揃えるのは婚約者の特権。
特に王族の隣に立つとなれば、前回と同じドレスを着用することは許されないしセンスも問われる。
外交が絡めばなおさらだ。

アレリオンはその特権をさらっと奪おうとしているようだ。
それも公務じゃない時にという、アークエイドが贈り主でなければいけない理由が。なんならパートナー役としても必要ない時にだ。

「アシェは愛されてるわね。当の本人がどれくらい自覚してるかは置いといて、だけれど。」

「凄いですよねぇ。こんなイケメンたちに愛情注がれたらぁ、他にお嫁なんていけませんよぉ。というより、よくお兄さん達からお許しが出ましたねぇ。」

「アークの気持ちを知ってて、長年アシェがどうするか見守ってたみたいだよ。僕が見聞きした限りじゃ邪魔をしないことが譲歩できるところで、協力するつもりはなかったみたいだけど。」

「はぁーなるほどですぅ。まぁ、一番上のお兄さんの発言は、どうみても恋人のそれなんですけどねぇ。ドレスを自分の為に着て欲しいなんて、なかなか言えませんよぉ。」

「それも婚約者を押しのけてーだものね。これで他人なら三角関係待ったなしよ。」

「それいいですねぇ。妄想がはかどりますぅ。それにしても、一番上のお兄さんはアシェ先輩そっくりですねぇ。いえ、順番的にアシェ先輩がそっくりですねぇ。見た目は間違いなく二番目のお兄さんなんですけどぉ。」

「分かるわ。言動がそっくりよね。アシェと一緒できつそうな目元も、笑顔が中和してるし。わたくしももっと笑顔の練習するべきかしら?」

「リリィ先輩は今のままでいいと思いますよぉ?つり目って言うか、猫目って感じでかわいいですしぃ。それにアシェ先輩みたいにいっつもにこにこしてるのは、イメージじゃないですぅ。」

「パティ、それ地味にディスってる?自分がぱっちり二重で可愛いからってディスってる!?」

「そんなことありませんよぉ。まぁ見た目だけは可愛いのは否定しませんけどぉ。なんせわたくしの大好きなヒロインですのでぇ。」

リリアーデとパトリシアが揃うと基本的に賑やかだ。

二人のじゃれ合いをBGMにしながら、画面の中ではパーティーが始まる。

「うーん。思っていたよりも参加者は多いみたいだね。一国の姫のデビュタントと考えれば仕方ないことかもしれないけれど。」

「まだ体力にも精神的にも不安の残る子供を、こんな大勢の前でお披露目するのは少し……憚られますわね。アシェルならとは思うけれど、普通の子供であれば泣き叫んでしまってもおかしくないわ。」

アベルとメアリーの双眸が不安げに揺れる。
特にアシェルはこちらでのデビュタントの時。体調不良がベースにあったとはいえパニックを起こしかけたので、見ている人たちは一層心配になる。

「ふふっ。頑張って演技してるね。僕にもあんな風にしがみついて欲しかったなぁ。」

「視線だけはしっかり相手を観察してるもんな。それを抜きにしたら、アシェの姿したベルを見てるみたいだな。」

「……これくらいの子供であれば、恐らく普通の反応です。いちいち私を引き合いに出さないでくださいませ。」

「あれ、思ったより落ち着いてるな?」

「恐らく言われるだろうなと覚悟はしておりましたので。私を揶揄って遊ばないでくださいませ。」

「ふふっ、バレてたか。残念。」

はぁと溜息を吐くイザベルとは対照的に、アルフォードはご機嫌で映像を見ている。

そして無言で熱い視線を送っているアークエイド。

5歳の非公式お茶会では、すでに落ち着いた笑みを浮かべたアシェルだった。
例え演技だったとしても、こんなにも子供らしいアシェルの姿はとても貴重だ。

一通り挨拶の波が終わると、咲と健斗はそれぞれ男性陣と女性陣に連れて行かれそうになる。

アシェルは一旦降ろされていたものの、自分から健斗の腕に抱かれに行ったので、今は健斗の腕の中だ。
そのアシェルがママと叫びながら涙を流して腕を伸ばしている。

傍から見たら本当に母親が恋しい子供のそれなのだが、映像には擦る目元で光る魔法陣がチラチラと映り込んでいた。

「国王夫妻の傍で魔法を使ったら!!」

アークエイドの焦った声が響く。

それがどんなものであったとしても。
警護する人間は些細な魔力反応や、不自然な動きに目を光らせている。

感情による魔力の暴発だと思われればまだ良いほうだ。
もしそこに周囲を傷つける意図があったなどと思われたら、例え小さな子供でも容赦なく捕らえられるだろう。
少なくともこのパーティーは強制退場だ。

アークエイドと同じことを思ったのは、その画面を眺めている全員だ。
貴族であれば当たり前の常識である。

当事者ではないのに緊張した空気が流れる。

だが。

「反応が……ない?」

問題なく控室に移動した姿を見て、安堵すると同時に不思議にも思う。

咲と健斗にネタばらしをしているところを見るに、事前に根回ししたわけでも無いらしい。

一体どういうことだろうかとアークエイドが思案している間に、メイディー直系の三人は笑顔で警備にケチをつけている。
普段から王族の警護を自発的にやっているメイディーから見れば、映像の中のこの一幕はあり得ないことだろう。

若干求める内容が高度だが、基本的に言いたいことはアークエイドにもよく分かる。

デューク達も当然気になったようだ。

「何も無くて良かったな。でもなんで騎士が反応しないんだろ。ウォーターだったから害が無いと思われた?僕らはアシェの顔がアップになったから術式が見えたけど、会場を警備してるなら探査魔法サーチに引っかかるよな。」

「メイディーのように感知に長けている、のかもしれない。あちらはアスラモリオンのように術式に造詣が深いようだし。全て魔法陣、といってたな。スクロールに描かれた術式のように、目に見える形で存在するからな。見覚えのある無害なモノなら……。」

「可視化しているからといって、探査魔法サーチに必要な熟練度は変わらないはずですわ。わたくしもお義兄様方達のように細かい術式が分かるようになるには、かなり時間がかかりましたもの。触れられる距離ならそこまでではないけれど。距離が離れるほど、そして展開した魔法が小さいものであるほど、咄嗟の確認も解除も困難ですわ。全員が反応しないなんてことあるのかしら?」

「わたくしにはどれくらい訓練が大変か分かりませんけどぉ、メルちゃんが難しいっていうと大変そうですねぇ。でも一応王宮でのパーティーですしぃ、騎士様の熟練度が高いのではぁ?」

「でも護衛の配置って、魔法寄りも武術寄りもバランスよく配置するんじゃないかしら?大半はどっちかに特化している人が多いもの。優秀でも、少なからず得手不得手はあるはずだわ。」

メルティーは流石にアベルたちの愚痴大会に参加できなかったようで、こちらに意見を出してきた。

そしてリリアーデの言う通り。
いくら精鋭を集めていても、その中には得意分野の違いがある。

魔法が得意だと言っても、アシェルのように無属性魔法がメインで探査魔法サーチや妨害に長けたような器用な者から、リリアーデのように一撃必殺のような殺傷力の高い魔法の方が得意な人間も居る。

武術系の人間も最低限の嗜みで探査魔法サーチは使うが、その練度はやはり魔法に強い人間に比べると劣る。
おかしな反応があれば少しは距離を詰めたりするものだが、そんな気配すらなかった。

「映像で見る限りだから、もしかしたら確認の為に誰か近くに来ていたのかもしれない。だが……見る限りは誰も反応していないように見える。アシェは探査魔法サーチを発動していたわけではないようだし、警備が来なかったという言葉にどれくらい信憑性があるか分からないが。」

どちらにせよ。
あれがアークエイド達の傍で起こったとして。事前にメイディーにだけ伝えていて周囲が一切反応しなかったとしたら、メイディーぶち切れ案件である。
そして何も伝えてなければ、間違いなく曲者は捕らえられている。

小さな子供であれば優しく声をかけて近付き、いつでもその身柄を確保できるようにするだろう。
悪意があると見なされれば、対象の年齢なんて関係なく捕らえられたはずだ。

そこまで考えて、いつもどれだけメイディーに守られているのかを強く実感する。

「ふっ。少し過保護に慣れすぎてるのかもな。」

自嘲気味に呟いたアークエイドの声は、リリアーデの大きな「あっ!」という声にかき消された。

「もしかしてなんだけど。魔法の発動を魔法陣を見て確認してるとかってないかしら?あっちじゃ必ず魔法を使うと魔法陣が出て光るじゃない?咲さんが見せてくれた上位魔法は、魔法陣が光りはじめてから構築が終わるまでに時間がかかっていたし。その時に威力が高い魔法ほど魔法陣も大きいって言ってたし。」

「なるほどぉ。あちらでは見えるのが当たり前だから、わざわざ探査魔法サーチで魔力の痕跡を探そうとしないってことですねぇ。イメージが沸かなくても術式が分からなくても、呪文を唱えたら自動構築するみたいですし。」

「それは在り得そうだね。魔法が必ず光ってから出てくるものだと考えられていたら。」

「理由としてはしっくりきますわ。ただアシェ義姉様は……。」

「……間違いなく、許さないだろうな。気にしていたし、騎士達が守らなくてはいけない咲も健斗も、アシェの大切なモノだ。」

「ちょっと特訓を受けさせられる騎士に同情しちゃうわ。」

「リリィにって作ってくれたスクロール。レポートの内容が細かすぎたもんな。」

「思い出させないでちょうだいっ。ほんとにあれ、大変だったんだからね。」

アシェルがどこまで魔法のことを思い出しているかは分からないが、間違いなく遠くない内に訓練と称したスパルタ特訓が開始されるだろう。

しかもアシェルは自分が出来るが故に、相手に求める水準も高い。
出来なくても回数をこなし努力すれば上達すると本気で信じている。

「レベルというのは。高くないと困るものなのか?」

「うーん、そうね。高いなら高いほうが良いわ、間違いなく。アシェの魔力量の心配をしてるのよね?」

こくんと頷いたアークエイドを見て、リリアーデは説明を続ける。

「きっと基礎値は個人差もあると思うから、ざっくりとした例だと思ってね?今のアシェって、レベル1……つまり平民位の魔力量だったり、まったく戦闘訓練をしたことが無い人の能力値なのよ。筋力とか体力とかもね。で、多分ある程度魔物を倒せばレベルアップすると思うのだけれど、レベルが上がるにつれて高位貴族に近づいていくって感じかしら。魔力量だけで言うなら、間違いなくレベルを上げれば保有魔力量が増えるわ。で、レベルが低いうちは危ないから、戦闘経験を積ませてレベルアップをするのに、親がパワーレベリングする……。つまり、強い人が付きっきりで魔物をぼこぼこにして、トドメだけ刺させるとか、一撃だけ与えさせるとか。そうすることで経験値が入ってレベルがあがるはずだから、そういう感じで最低限は育ててあげるって感じだと思うわ。」

「でも何故か神様に制限かけられちゃってますからねぇ。」

「僕には制限が無かったら、ひたすら魔物を倒してるアシェが見える気がするよ。やたらと筋肉に執着してるし……。」

「制限がなくて記憶がある程度戻れば、間違いなくレベルを上げに行くだろうな。探査魔法サーチに引っかかった魔物は、片っ端から倒されると思うぞ。ストレス解消じゃなくレベルを上げる目的なら、文字通り片っ端な。」

ただのストレス解消で文字通り出会った魔物をひたすら殲滅し、血塗れで闊歩していたのだ。
それも笑顔で一切の殺気も出さずに。
そのせいで【血濡れの殺人人形ちぬれのキリングドール】なんていう二つ名がついたわけだが、あちらでも同じようなことが起こりそうだ。

「つまり、生命の神様がアシェ義姉様に制限をかけたのは妥当ですのね。」

うんうんと全員納得したところで、また映像に視線が戻る。

チラ見はしていたが、どうもアシェルは自身の機嫌を変えることで付き合いをするべきかしないべきか伝えているようである。
その機嫌の振れ幅が相手に対する評価なのだろう。
思いっきりぐずった相手は要注意人物ということだ。

お披露目パーティーは、アシェルが駄々を捏ねた一幕以外はつつがなく終えることが出来たと考えていいだろう。

自室に戻ったアシェルはドレスを脱ぐなり、部屋に届いていた小箱を開封した。

キャミソールとドロワーズ姿のアシェルは侍女達の手でワンピースを着せられているが、本人は小箱の中身に釘付けだ。

消灯したら必ず寝るのでと断りを入れて、畳まれていた大きな用紙を床に広げ、バインダーと万年筆。そして重たい辞書を持って例の術式の解読を始める。

恐らくいつものアシェルなら見ただけで何がどうなっているのか理解するのだろうが、やはりまだまだ思い出せていないことが多そうだ。

それでもいくつかは直ぐに辞書のページをスッと開くあたり、記憶が戻ってきているのは確かだろう。
辞書には日本語で補足が書かれているらしいが、その文字が読めるのはリリアーデとパトリシアだけだ。

これでもアークエイドは、アシェルに少しでも近づきたくて。
そして自分自身の力を付けるために術式もある程度は学んでいる。

アスラモリオン帝国第二皇子のモーリスやアシェルには到底敵わないが、少しは理解出来るつもりだ。

メイン術式には認識阻害がかかっているのだろう。
アシェルはメイン術式を探しがてら解読しているようだが、こちらから見ればどこにあるのか一目瞭然だった。

アシェルの視線がとある部分でピタッと止まる。

その違和感にアークエイドは気付いた。
それはメイディー直系達もだったようだ。

「相性が良くないね。」

「二つなら良いですけど、あの三つは混ぜちゃダメな奴だね。」

「魔力消費量が上がるんだよなぁ。全体を把握してないから何とも言えないけど、他に候補がないわけじゃなければ変えるべきだな。」

アシェルは首を傾げながら、違和感の理由には気付けなかったようだ。
それでもメモに大事だと書き足している。らしい。

どうもあちらでは日本語を使っているらしく、それも漢字も織り交ぜているから読み上げる以外の説明は無理だと匙を投げられている。

大事そうなところは二人が読み上げてくれることで理解している。

そこから少し読み進めたところで消灯時間になったらしい。
お風呂は明日で良いと言われていたので、入浴時間もご褒美代わりに削ってあげたのだろう。
名残惜しそうに片付けを始め、アシェルは大人しく眠りについた。

そのままテレビの映像も途切れる。

どうやら今日の上映会は終わりのようだ。

アークエイド達も夕食や寝支度の為に動き始めるのだった。

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