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第四章 王立学院中等部三年生
268 スクロール⑤
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Side:アシェル14歳 秋
アシェルに向かって拝みだしたパトリシアの反対隣から、リリアーデも話に加わってくる。
「薫と健斗君が資料っちことは、どっちかは後ろの経験があるん?BLなんて結局は男同士のAFやから、資料にするなら手順を知らんと無理やろ?準備とか割と面倒なんよねぇ。」
「リリィも男同士の手技は知ってるのね。私はされたことないけど、健斗にシてあげたことなら沢山あるわ。モノが無いから、挿入までは無理だけど。でも、ところてんとメスイキはさせてあげられなかった。どういう感じなのか興味あったけど、咲曰く、攻め手の技術だけじゃどうにもならないから、仕方がないって言われたわ。」
BL漫画にはよくある描写だが、そればかりは受け側の適性も必要なようだ。
もしくは、じっくり時間をかけたらどうにかなったのかもしれないが、絡みだって模写の為にちょくちょく中断しながらだった。
プレイに集中するわけではないのも理由だったのだろう。
「内容は理解できないが、教室でする話じゃないことは分かる。というか、三人とも、少しは恥じらいや慎みを——。」
「アシェル様っ。それって、今も気になってたりしますか?」
お小言を言い始めたアークエイドに、リリアーデとパトリシアが「貴重な話の邪魔をするな。前世じゃ教室でこれくらい話すのは普通だ。もっとエロくて生々しい話が良いの?」(別の方言のため要約)と笑顔で言っている。
……普通なのだろうか?
その隙に、シオンが後ろから抱き着いてきた。
当たり前のように抱き着いてきたということは、きっと普段からこうなのだろう。
「気にはなってるけど……相手が居ないわ。」
「その相手、僕なんてどうですか?アシェル様は忘れちゃってるかもしれないですけど、これでも僕。アシェル様に遊んでほしくてアプローチしてたんですよ。せめて一晩くらい遊んでいただけたらなって思ってたんです。結局タイムリミットで、寝台では遊んでいただけなかったですけど……僕は受けですし、アシェル様の性別は気にしませんし。相手が上手ければ、ところてんもメスイキも出来ます。どうですか??」
どうやらシオンは、健斗と違って才能があるタイプの受けらしい。
それにアシェルに提案しているように見えて、これはシてほしいとおねだりしているように感じる。
「興味はあるし、恋人が構わないのなら、私は構わないわ。でも……そのおねだりは私のためじゃなくて、シオンがシてほしいのよね?そんなに気持ち良いの?私は上手いらしいから、ご期待には添えると思うけど。」
にこにこと可愛い笑みを浮かべていたシオンの表情が、一瞬で真っ赤に染まった。
それから先程までよりも強く抱きしめてきて、うるうるとした大きな瞳に上目遣いに見つめられる。
「……あぁ……アシェル様は、やっぱりアシェル様だ……。えぇ、僕がアシェル様で気持ちよくなりたいんです。アシェル様のキスはすっごく上手だから、アシェル様とまたキスしたいし、もっといっぱいアシェル様に可愛がって欲しいです。アークエイド様との婚約式はまだですから、許可を取らなくても、婚約式までなら僕と遊んでも問題ないんですよ。もし観察が目的なら、リリアーデ様とパトリシア嬢が同席してても構いませんよ?証人が居れば、アシェル様と子供が出来るようなことはしていないって分かりますから。」
アークエイドは恋人なのだから、浮気になってしまうのではないだろうか。
よく分からなくて、アークエイドの口を塞いでいるリリアーデとパトリシアを見る。
アークエイドが口を挟まないと思ったら、二人がかりで取り押さえられていた。
「あー貴族っち、お付き合いと婚約と結婚がセットなんよね。だき、恋人が出来ましたー別れましたー他の人とお付き合いしますーっちいうのが無理なんよ。んで、何を基準に周りが二人がつきあちょうか判断するんは、婚約式を済ませちょるかどうかなんよね。」
「婚約式をするまでは、例え身体の関係があろうとなかろうと、一応他人やねん。本人同士は恋人同士やって思ってても、周りから見たらいつでも略奪できるし、遊び相手にもできる相手やな。せやから婚約の噂が出た時点で、それまでの秘めた恋心を告白して、噂の相手じゃない人と婚約・結婚したとか、よーある話みたいやで?まぁ、結婚まで純潔推奨やけど、絶対やあらへんしな。」
「……つまり、アークと婚約式をしてない現在。お互いに誰と遊んでいても、婚約式までは文句を言える相手ではないし、浮気にはならない。……セフレか、親友以上恋人未満ってやつかしら?」
「「そういうこと。」」
二人の言葉を理解した内容を話せば、声を重ねてお墨付きを貰えた。
アークエイドがとても苦しそうなのだが、呼吸は大丈夫なのだろうか。
「浮気や不倫にならないなら構わないわ。一度見てみたかったの。二人も観たいなら一緒に。」
「ほんとですか!?やったぁ。僕物凄く嬉しいです。」
「シオンはさっきまでの笑顔より、今の笑顔の方が可愛いわ。きっと今の笑顔でアプローチしたら、男なんてイチコロだと思う。」
女の場合は相手を選びそうだが、シオンの恋愛対象が男なら誰でもコロッといきそうだ。
それくらいシオンの心の底から出たであろう笑顔は、それまでの作られたと感じる笑顔よりも可愛いかった。
「あぁ……さっきからアシェル様が反則過ぎます……。やっぱり、無理やりにでも手に入れれば良かったかなぁ。でも、あの時のアシェル様、絶対分かってたもんなぁ……。」
作り笑いよりも、心底微笑んだ方が可愛いと言っただけなのに、何故かシオンが照れてしまった。
それにシオンは受けだと言っていたし、アプローチのかけ方も自分が可愛いことを分かっていて、狙ってそう見せている小悪魔系の受けだ。
どうやらキスをしたことのある関係らしいが、シオンの言う無理やりという言葉に引っかかりを感じる。
「っはぁっ、はぁっ……シオンっ!アシェに余計なことを言うなっ。アシェが良くても、俺は許さないからな。リリィとパティもだっ。」
「アーク先輩はぁ、わたくしたちが意地悪してるって思ってるんですよねぇ。でも今のを見て、久しぶりだなぁって思いませんでしたかぁ?」
「アークは浮かれてたし、ムーラン様の対応もあったしで、絶対気付いてないわよ。」
「僕もそう思います。あんなのアシェル様じゃありません。記憶はないって言うけど、今の方がよっぽどアシェル様らしいですし、記憶が無くても僕の大好きなアシェル様と一緒です。」
三人に責められてアークエイドが言葉に詰まる。
何の話か分からないということなのだろうが、アシェルにも何の話なのか分からない。
——アークエイドが他の人との触れ合いや口説くような言葉を嫌がるので、アシェルは自然と周囲と距離を取っていた。
ムーランが留学して来てから今まで、女子生徒への甘い言葉や仕草どころか、シオンとの軽口のようなじゃれ合いすらなかったのだ。
それよりもだ。
「ねぇ、シオン。ここに、仰向けに寝そべってもらうことは出来る?……嫌だったらしなくていいから。」
嬉しそうな顔でこちらを見たシオンが、アシェルに言われた通り、長机の上に寝転がる。
なんだか子犬が、今から遊んでもらえるからと尻尾を振りながら近づいてきたみたいだ。
そのシオンの顔の横に両手をついて、覆いかぶさってみる。
「……違う……。キス、しても良い?」
「シて欲しいです。って言いたいところですけど……もしかして、あの時のこと、思いだそうとしてますか?」
あの時が分からないが、シオンには心当たりがあるのだろう。
頷きを返せば、ふわりとした浮遊感と共に、一瞬で体勢を入れ替えられる。
それも、両手を頭上に拘束された状態で。
「多分、こっちだと思いますよ。」
さっきまでの甘えるような声とは違う、少しだけ男らしいシオンの声がする。
「これ……だと思う。私はシオンに襲われたの?」
「正確には襲われかけた、です。キスはしましたけど、それ以上は未遂ですので。」
「そう、それで……ダメ……かな?……あと少しなのに、自分だけじゃ無理で……もどかしいの。シオンと、キスしたい……。」
「っ!煽るような事、言わないでください。僕だって男なんですよ。ギャラリーが少し気になりますけど、これもアシェル様の為です……。あの時と同じように喋りますからね?」
こくんと頷くと、頬を染めたままシオンの顔が近づいてくる。
「アシェ……アークエイド様なんて忘れて、僕と一緒になりましょう。僕はアシェが好きなんです。性別なんて関係ない。僕の上辺だけじゃなく、僕自身を見てくれるアシェと一緒に居たいんです。」
返事はしなかった。
——今みたいに口付けされたから。
珍しくシオンの方から押し込まれた舌に、アシェルも舌を絡め返す。
でも、いつものように押し返しはしなかった。
——この時のアシェルは、やり返さなかったはずだ。
シオンのキスが上手いからだろうか。こちらから攻めようとしていないからだろうか。それとも、慣れ親しむほど唇を重ねた相手なのか。
健斗としていた時みたいに、ちょっとだけ背中がゾクリとする。
離れた唇は首筋に落とされる。
舌が這うぬるりとした感触に、その時はなんとも思わなかったはずなのに、下腹部に響くような甘い痺れが背筋を駆け抜けた。
「んぅっ……。」
「アシェル様?……そうか、あの時と違うから。あとは、なるべく触れないようにしますね。それでも良いですか?」
シオンも違ったことに気付いたようだ。
こくこくと頷けば、何事もなかったかのように動作は続けられ、そのままベストのボタンを外され、ズボンのベルトを外され、チャックを下ろされる。
「ねぇ……もしかしてアシェは、僕が本気で襲わないって思ってる?確かに男好きって言われてるけど、これでも僕、ちゃんと女性も愛せる男なんだけど。僕に襲われて、子供が出来ても良いわけ?それともアークエイド様とエッチするために、避妊薬飲んでるから気にしないとか?」
この時のアシェルは、避妊薬を飲むのを止めていた。
身体の不調もあったし、好きな人の子供が欲しいと思っていたから。そして、もし子供が出来ていたら、育てたかったから。
「知ってる。本当にする気だって。それでシオンの気持ちが楽になるなら良いよ。もう、今ならどっちの子供か分かるから。もしできても、邪魔で認知したくなければ認知しなくて良いし。欲しいならあげる。」
「分かってて……分かっててなんで抵抗しないんですか?アシェはそれで良いの?好きでもない相手の子供が出来るかもしれないんだよ!?」
「シオンのことは好きだよ。それに僕が拒否したら、そのまま止めちゃうつもりでしょ?……だから良いよ。シオンの好きにして。——うん、あの時のこと。思い出したわ。ありがとう、シオン。嫌な事思い出させてごめんね。」
結局この後、身体を大事にして欲しいということと、無理をしているアシェルの姿を見たくないと言って、これ以上のことは何もせずに出て行った。
アシェルはあの時、何もかもがどうでも良くなっていたのだ。
そんな奇跡的なことは無いと知りつつも、お腹にアークエイドとの子が宿れば良いと思っていた。
——アシェルは思い出せていないが、時期的にはイベントにアークエイドが来た時よりも後で、廊下の襲撃者の事件が起きる前だった。
きっとあの時のシオンもとてもつらかったはずなのに、アシェルの都合で思い出させてしまった。
アシェルを見下ろしたまま、少しだけ泣きそうに歪んでしまった可愛い唇に、チュッとキスをする。
シオンは謝罪よりも、こっちの方が喜んでくれると思うから。
シオンとどんな関係だったかを全て思い出したわけではないが、そう思った。
そのキスと、教室のドアが勢いよく開かれたのは、ほぼ同時だった。
「アシェル様っ!!お身体はっ……。」
新しい女性の声は途切れ、上に乗っていたシオンが引き剥がされた。
視界に入った物凄くお怒りの女性に、身体がびくりと震えてしまう。
「アシェル様……怖がらせたい訳ではありませんし、なるべく怒鳴らないようにしますが……。私がお聞きしたのは、アシェル様がムーラン様から渡されたスクロールを使って、アシェル様という人生の記憶がほぼほぼ封印されたらしいこと。本来なら三日で戻る予定だが、アシェル様の場合、元の効果通りに全てが戻るか分からないと聞いております。……合っていますか?」
もしかしてこの女性はシオンを好きだったりするのだろうかと思いながら、コクコクと頷く。
「……今どうでも良いことを考えていらっしゃるでしょう?私の名前はイザベルで、婚約者はアルフォードというアシェル様のお兄様です。シオン様とは何の関係もありません。そうではなくて……何故そんな重大な事件の中で、シオン様とイチャついているのですか?もしかして薫様のお好みは、クールに見えても執着心の強いアークエイド様より、シオン様のような可愛い系の男の子がお好きだったのですか?だとしてもです。アシェル様ご自身があれだけ悩んで、ようやくアークエイド様と婚約する決意をしたのですよ??そのアークエイド様の前で、一体何をしているのですかっ。どうせアシェル様のことですから、何か煽るようなことをおっしゃったんでしょうけど……。シオン様にちょっかいを掛けるなら、せめてアークエイド様の居ないところでしてあげてください。それと、アシェル様は貴族令嬢なんですよ?何で大人しく押し倒されているんですか。跳ね除けて逃げてくださいませっ。」
「ご、ごめんなさい、ベル。でもシオンは悪くないわ。私が思いだすために、手伝ってもらっただけ。ごめんなさい。」
寝ころんで謝るのはダメだと身体を起こし、イザベルに謝る。
「……アシェル様……わたくしの事が分かりますの?」
「えっと……何度も怒られた事があるのと、ベルって呼んでたのは。今ので思い出したわ。ずっと一緒に居た気がするのに、何で怒られてたかまでは分からないの。ごめんなさい。」
ぎゅっと、イザベルの腕に抱きしめられる。
「いいえ、そこまで分かれば十分です。怒られた記憶というのが腑に落ちませんが、良い記憶ではないということでしょうしね。わたくしはアシェル様の乳兄妹で、アシェル様の侍女ですわ。」
「乳兄妹??」
首を傾げたアシェルにリリアーデが、イザベルの母親とアシェルの乳母が同一人物で、兄妹同然に育ったのだと教えてくれる。
母親は後妻だと言っていたし、乳母が必要だということは、この世にもう産みの親はいないのだろう。
「それだけでも、アシェル様が覚えていてくれて嬉しいです。さっきはいつものアシェル様の眼でしたのに、今は薫様の眼なのですね。」
温かい腕の中から解放され、じっと瞳を覗き込まれる。
「……何か違うのかしら?」
「意識している人格の問題かと思われます。今のアシェル様は、薫様の記憶を思い出す時のアシェル様と同じ眼をしておられますので。」
眼が違うと言われても、よく分からない。
さっき鏡で見た時は、ただイケメンが映っていると思っただけだった。
そういえばと、イザベルにも心配されていたアークエイドを見る。
気付けば女性二人からではなく、マリクに羽交い絞めにされていた。
ご丁寧に鼻は塞がず、でも大声は出せないように、ちょっとだけ隙間を開けて手で口を抑えられている。
離せ。メルちゃんのお願いだから無理。の応酬をちょこちょこしている。
引き剥がされたシオンはパトリシアが慰めているようで、椅子に座ってもシオンの方が背が高いはずなのに、パトリシアの胸に顔を埋めて、ぽんぽんと優しく背中を叩かれていた。
思い出せそうだと思ったことを試していただけなのに、周囲に甚大な被害を振りまいてしまったなと、少し反省した。
アシェルに向かって拝みだしたパトリシアの反対隣から、リリアーデも話に加わってくる。
「薫と健斗君が資料っちことは、どっちかは後ろの経験があるん?BLなんて結局は男同士のAFやから、資料にするなら手順を知らんと無理やろ?準備とか割と面倒なんよねぇ。」
「リリィも男同士の手技は知ってるのね。私はされたことないけど、健斗にシてあげたことなら沢山あるわ。モノが無いから、挿入までは無理だけど。でも、ところてんとメスイキはさせてあげられなかった。どういう感じなのか興味あったけど、咲曰く、攻め手の技術だけじゃどうにもならないから、仕方がないって言われたわ。」
BL漫画にはよくある描写だが、そればかりは受け側の適性も必要なようだ。
もしくは、じっくり時間をかけたらどうにかなったのかもしれないが、絡みだって模写の為にちょくちょく中断しながらだった。
プレイに集中するわけではないのも理由だったのだろう。
「内容は理解できないが、教室でする話じゃないことは分かる。というか、三人とも、少しは恥じらいや慎みを——。」
「アシェル様っ。それって、今も気になってたりしますか?」
お小言を言い始めたアークエイドに、リリアーデとパトリシアが「貴重な話の邪魔をするな。前世じゃ教室でこれくらい話すのは普通だ。もっとエロくて生々しい話が良いの?」(別の方言のため要約)と笑顔で言っている。
……普通なのだろうか?
その隙に、シオンが後ろから抱き着いてきた。
当たり前のように抱き着いてきたということは、きっと普段からこうなのだろう。
「気にはなってるけど……相手が居ないわ。」
「その相手、僕なんてどうですか?アシェル様は忘れちゃってるかもしれないですけど、これでも僕。アシェル様に遊んでほしくてアプローチしてたんですよ。せめて一晩くらい遊んでいただけたらなって思ってたんです。結局タイムリミットで、寝台では遊んでいただけなかったですけど……僕は受けですし、アシェル様の性別は気にしませんし。相手が上手ければ、ところてんもメスイキも出来ます。どうですか??」
どうやらシオンは、健斗と違って才能があるタイプの受けらしい。
それにアシェルに提案しているように見えて、これはシてほしいとおねだりしているように感じる。
「興味はあるし、恋人が構わないのなら、私は構わないわ。でも……そのおねだりは私のためじゃなくて、シオンがシてほしいのよね?そんなに気持ち良いの?私は上手いらしいから、ご期待には添えると思うけど。」
にこにこと可愛い笑みを浮かべていたシオンの表情が、一瞬で真っ赤に染まった。
それから先程までよりも強く抱きしめてきて、うるうるとした大きな瞳に上目遣いに見つめられる。
「……あぁ……アシェル様は、やっぱりアシェル様だ……。えぇ、僕がアシェル様で気持ちよくなりたいんです。アシェル様のキスはすっごく上手だから、アシェル様とまたキスしたいし、もっといっぱいアシェル様に可愛がって欲しいです。アークエイド様との婚約式はまだですから、許可を取らなくても、婚約式までなら僕と遊んでも問題ないんですよ。もし観察が目的なら、リリアーデ様とパトリシア嬢が同席してても構いませんよ?証人が居れば、アシェル様と子供が出来るようなことはしていないって分かりますから。」
アークエイドは恋人なのだから、浮気になってしまうのではないだろうか。
よく分からなくて、アークエイドの口を塞いでいるリリアーデとパトリシアを見る。
アークエイドが口を挟まないと思ったら、二人がかりで取り押さえられていた。
「あー貴族っち、お付き合いと婚約と結婚がセットなんよね。だき、恋人が出来ましたー別れましたー他の人とお付き合いしますーっちいうのが無理なんよ。んで、何を基準に周りが二人がつきあちょうか判断するんは、婚約式を済ませちょるかどうかなんよね。」
「婚約式をするまでは、例え身体の関係があろうとなかろうと、一応他人やねん。本人同士は恋人同士やって思ってても、周りから見たらいつでも略奪できるし、遊び相手にもできる相手やな。せやから婚約の噂が出た時点で、それまでの秘めた恋心を告白して、噂の相手じゃない人と婚約・結婚したとか、よーある話みたいやで?まぁ、結婚まで純潔推奨やけど、絶対やあらへんしな。」
「……つまり、アークと婚約式をしてない現在。お互いに誰と遊んでいても、婚約式までは文句を言える相手ではないし、浮気にはならない。……セフレか、親友以上恋人未満ってやつかしら?」
「「そういうこと。」」
二人の言葉を理解した内容を話せば、声を重ねてお墨付きを貰えた。
アークエイドがとても苦しそうなのだが、呼吸は大丈夫なのだろうか。
「浮気や不倫にならないなら構わないわ。一度見てみたかったの。二人も観たいなら一緒に。」
「ほんとですか!?やったぁ。僕物凄く嬉しいです。」
「シオンはさっきまでの笑顔より、今の笑顔の方が可愛いわ。きっと今の笑顔でアプローチしたら、男なんてイチコロだと思う。」
女の場合は相手を選びそうだが、シオンの恋愛対象が男なら誰でもコロッといきそうだ。
それくらいシオンの心の底から出たであろう笑顔は、それまでの作られたと感じる笑顔よりも可愛いかった。
「あぁ……さっきからアシェル様が反則過ぎます……。やっぱり、無理やりにでも手に入れれば良かったかなぁ。でも、あの時のアシェル様、絶対分かってたもんなぁ……。」
作り笑いよりも、心底微笑んだ方が可愛いと言っただけなのに、何故かシオンが照れてしまった。
それにシオンは受けだと言っていたし、アプローチのかけ方も自分が可愛いことを分かっていて、狙ってそう見せている小悪魔系の受けだ。
どうやらキスをしたことのある関係らしいが、シオンの言う無理やりという言葉に引っかかりを感じる。
「っはぁっ、はぁっ……シオンっ!アシェに余計なことを言うなっ。アシェが良くても、俺は許さないからな。リリィとパティもだっ。」
「アーク先輩はぁ、わたくしたちが意地悪してるって思ってるんですよねぇ。でも今のを見て、久しぶりだなぁって思いませんでしたかぁ?」
「アークは浮かれてたし、ムーラン様の対応もあったしで、絶対気付いてないわよ。」
「僕もそう思います。あんなのアシェル様じゃありません。記憶はないって言うけど、今の方がよっぽどアシェル様らしいですし、記憶が無くても僕の大好きなアシェル様と一緒です。」
三人に責められてアークエイドが言葉に詰まる。
何の話か分からないということなのだろうが、アシェルにも何の話なのか分からない。
——アークエイドが他の人との触れ合いや口説くような言葉を嫌がるので、アシェルは自然と周囲と距離を取っていた。
ムーランが留学して来てから今まで、女子生徒への甘い言葉や仕草どころか、シオンとの軽口のようなじゃれ合いすらなかったのだ。
それよりもだ。
「ねぇ、シオン。ここに、仰向けに寝そべってもらうことは出来る?……嫌だったらしなくていいから。」
嬉しそうな顔でこちらを見たシオンが、アシェルに言われた通り、長机の上に寝転がる。
なんだか子犬が、今から遊んでもらえるからと尻尾を振りながら近づいてきたみたいだ。
そのシオンの顔の横に両手をついて、覆いかぶさってみる。
「……違う……。キス、しても良い?」
「シて欲しいです。って言いたいところですけど……もしかして、あの時のこと、思いだそうとしてますか?」
あの時が分からないが、シオンには心当たりがあるのだろう。
頷きを返せば、ふわりとした浮遊感と共に、一瞬で体勢を入れ替えられる。
それも、両手を頭上に拘束された状態で。
「多分、こっちだと思いますよ。」
さっきまでの甘えるような声とは違う、少しだけ男らしいシオンの声がする。
「これ……だと思う。私はシオンに襲われたの?」
「正確には襲われかけた、です。キスはしましたけど、それ以上は未遂ですので。」
「そう、それで……ダメ……かな?……あと少しなのに、自分だけじゃ無理で……もどかしいの。シオンと、キスしたい……。」
「っ!煽るような事、言わないでください。僕だって男なんですよ。ギャラリーが少し気になりますけど、これもアシェル様の為です……。あの時と同じように喋りますからね?」
こくんと頷くと、頬を染めたままシオンの顔が近づいてくる。
「アシェ……アークエイド様なんて忘れて、僕と一緒になりましょう。僕はアシェが好きなんです。性別なんて関係ない。僕の上辺だけじゃなく、僕自身を見てくれるアシェと一緒に居たいんです。」
返事はしなかった。
——今みたいに口付けされたから。
珍しくシオンの方から押し込まれた舌に、アシェルも舌を絡め返す。
でも、いつものように押し返しはしなかった。
——この時のアシェルは、やり返さなかったはずだ。
シオンのキスが上手いからだろうか。こちらから攻めようとしていないからだろうか。それとも、慣れ親しむほど唇を重ねた相手なのか。
健斗としていた時みたいに、ちょっとだけ背中がゾクリとする。
離れた唇は首筋に落とされる。
舌が這うぬるりとした感触に、その時はなんとも思わなかったはずなのに、下腹部に響くような甘い痺れが背筋を駆け抜けた。
「んぅっ……。」
「アシェル様?……そうか、あの時と違うから。あとは、なるべく触れないようにしますね。それでも良いですか?」
シオンも違ったことに気付いたようだ。
こくこくと頷けば、何事もなかったかのように動作は続けられ、そのままベストのボタンを外され、ズボンのベルトを外され、チャックを下ろされる。
「ねぇ……もしかしてアシェは、僕が本気で襲わないって思ってる?確かに男好きって言われてるけど、これでも僕、ちゃんと女性も愛せる男なんだけど。僕に襲われて、子供が出来ても良いわけ?それともアークエイド様とエッチするために、避妊薬飲んでるから気にしないとか?」
この時のアシェルは、避妊薬を飲むのを止めていた。
身体の不調もあったし、好きな人の子供が欲しいと思っていたから。そして、もし子供が出来ていたら、育てたかったから。
「知ってる。本当にする気だって。それでシオンの気持ちが楽になるなら良いよ。もう、今ならどっちの子供か分かるから。もしできても、邪魔で認知したくなければ認知しなくて良いし。欲しいならあげる。」
「分かってて……分かっててなんで抵抗しないんですか?アシェはそれで良いの?好きでもない相手の子供が出来るかもしれないんだよ!?」
「シオンのことは好きだよ。それに僕が拒否したら、そのまま止めちゃうつもりでしょ?……だから良いよ。シオンの好きにして。——うん、あの時のこと。思い出したわ。ありがとう、シオン。嫌な事思い出させてごめんね。」
結局この後、身体を大事にして欲しいということと、無理をしているアシェルの姿を見たくないと言って、これ以上のことは何もせずに出て行った。
アシェルはあの時、何もかもがどうでも良くなっていたのだ。
そんな奇跡的なことは無いと知りつつも、お腹にアークエイドとの子が宿れば良いと思っていた。
——アシェルは思い出せていないが、時期的にはイベントにアークエイドが来た時よりも後で、廊下の襲撃者の事件が起きる前だった。
きっとあの時のシオンもとてもつらかったはずなのに、アシェルの都合で思い出させてしまった。
アシェルを見下ろしたまま、少しだけ泣きそうに歪んでしまった可愛い唇に、チュッとキスをする。
シオンは謝罪よりも、こっちの方が喜んでくれると思うから。
シオンとどんな関係だったかを全て思い出したわけではないが、そう思った。
そのキスと、教室のドアが勢いよく開かれたのは、ほぼ同時だった。
「アシェル様っ!!お身体はっ……。」
新しい女性の声は途切れ、上に乗っていたシオンが引き剥がされた。
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「アシェル様……怖がらせたい訳ではありませんし、なるべく怒鳴らないようにしますが……。私がお聞きしたのは、アシェル様がムーラン様から渡されたスクロールを使って、アシェル様という人生の記憶がほぼほぼ封印されたらしいこと。本来なら三日で戻る予定だが、アシェル様の場合、元の効果通りに全てが戻るか分からないと聞いております。……合っていますか?」
もしかしてこの女性はシオンを好きだったりするのだろうかと思いながら、コクコクと頷く。
「……今どうでも良いことを考えていらっしゃるでしょう?私の名前はイザベルで、婚約者はアルフォードというアシェル様のお兄様です。シオン様とは何の関係もありません。そうではなくて……何故そんな重大な事件の中で、シオン様とイチャついているのですか?もしかして薫様のお好みは、クールに見えても執着心の強いアークエイド様より、シオン様のような可愛い系の男の子がお好きだったのですか?だとしてもです。アシェル様ご自身があれだけ悩んで、ようやくアークエイド様と婚約する決意をしたのですよ??そのアークエイド様の前で、一体何をしているのですかっ。どうせアシェル様のことですから、何か煽るようなことをおっしゃったんでしょうけど……。シオン様にちょっかいを掛けるなら、せめてアークエイド様の居ないところでしてあげてください。それと、アシェル様は貴族令嬢なんですよ?何で大人しく押し倒されているんですか。跳ね除けて逃げてくださいませっ。」
「ご、ごめんなさい、ベル。でもシオンは悪くないわ。私が思いだすために、手伝ってもらっただけ。ごめんなさい。」
寝ころんで謝るのはダメだと身体を起こし、イザベルに謝る。
「……アシェル様……わたくしの事が分かりますの?」
「えっと……何度も怒られた事があるのと、ベルって呼んでたのは。今ので思い出したわ。ずっと一緒に居た気がするのに、何で怒られてたかまでは分からないの。ごめんなさい。」
ぎゅっと、イザベルの腕に抱きしめられる。
「いいえ、そこまで分かれば十分です。怒られた記憶というのが腑に落ちませんが、良い記憶ではないということでしょうしね。わたくしはアシェル様の乳兄妹で、アシェル様の侍女ですわ。」
「乳兄妹??」
首を傾げたアシェルにリリアーデが、イザベルの母親とアシェルの乳母が同一人物で、兄妹同然に育ったのだと教えてくれる。
母親は後妻だと言っていたし、乳母が必要だということは、この世にもう産みの親はいないのだろう。
「それだけでも、アシェル様が覚えていてくれて嬉しいです。さっきはいつものアシェル様の眼でしたのに、今は薫様の眼なのですね。」
温かい腕の中から解放され、じっと瞳を覗き込まれる。
「……何か違うのかしら?」
「意識している人格の問題かと思われます。今のアシェル様は、薫様の記憶を思い出す時のアシェル様と同じ眼をしておられますので。」
眼が違うと言われても、よく分からない。
さっき鏡で見た時は、ただイケメンが映っていると思っただけだった。
そういえばと、イザベルにも心配されていたアークエイドを見る。
気付けば女性二人からではなく、マリクに羽交い絞めにされていた。
ご丁寧に鼻は塞がず、でも大声は出せないように、ちょっとだけ隙間を開けて手で口を抑えられている。
離せ。メルちゃんのお願いだから無理。の応酬をちょこちょこしている。
引き剥がされたシオンはパトリシアが慰めているようで、椅子に座ってもシオンの方が背が高いはずなのに、パトリシアの胸に顔を埋めて、ぽんぽんと優しく背中を叩かれていた。
思い出せそうだと思ったことを試していただけなのに、周囲に甚大な被害を振りまいてしまったなと、少し反省した。
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