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第四章 王立学院中等部三年生

267 スクロール④

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Side:アシェル14歳 秋



本来であれば時間が解決すると言っていたし、さっき見たストレージの中には、食料もキャンプ用品のようなものも入っていた。
火と水があれば煮炊きは出来るし、きっと魔法で出せるはずだ。

魔の森での野営の仕方も覚えている。といっても、一人で木の根元か、木の上で眠るだけだ。

一番奥まで入れば、広くて状態異常を起こしやすい森の中へ、追ってこれる人間がかなり少ないという記憶もある。あるというか、芋づる式で思い出してきている。

そこはアシェルには相性のいいエリアだという記憶もあるが、薬でも持っているのだろうか。何故相性が良いのかまでは覚えていなかった。

「少し考えたいの。一人にしてくれるかしら。」

流石に校舎内を歩くには物騒な剣は、詠唱して『ストレージ』に仕舞い、目的地に向かう為に踵を返す。

でもこの王立学院は外に出るために、手続きが必要だった気がする。
さっきは思い出せなかったのに、いざ外に出ようと思うと思い出したようだ。

めんどくさい。と思うので、きっと楽しいことや嬉しかったことという記憶には該当しなかったのだろう。どうでも良すぎて忘れていただけのようだ。

逆にほとんどの人生は、それに該当するとても良い人生だということだ。

引き戸ではなく両開きの扉を開け、あと一歩で教室を出る瞬間。ドンっと背中側から抱き着かれた。

「メルちゃんっ!!」

マリクの注意する声がする。

一人だけ大人しく口を開いていなかったメルティーが、アシェルに抱き着いてきたらしい。

「マリクお義兄様は黙っててくださいっ!アシェ義兄様っ。そんな状態で一人にしたりなんかしませんわっ。アシェお義兄様が覚えていないとしても、わたくしはアシェお義兄様のことを大切に思っているし、離れたり嫌ったりしませんわ。それはお義父様達や、お義兄様達もです!だから……そんなパニックを起こす寸前の状態で、どこかにお一人で行かれたりしないで下さいませ。わたくしはアシェお義兄様ほど強くはないけれど、頑張ってアシェお義兄様が怖いと思ったことや、不安に思ったことから守って見せますわ。」

確かにパニックを起こしそうだとは思ったが、灰色の世界に居る訳ではない。もし起こすとしても猶予はあると思う。

それよりも、メルティーの発した言葉の方が問題だ。

「私に……妹が居るの?」

胸と、頭を触ってみる。

背は高めだしズボン姿だが、上半身にはしっかり主張する柔らかい膨らみがついているし、頭にケモミミはついていない。
ついでにズボンの上から股間も確認して、こちらもついてないことを確認する。

「ぷっ……あはははっ。メルちゃん、流石にアシェが混乱してるわ。笑っちゃダメだとは分かってるけど、アシェが混乱してるのって凄く新鮮だわ。」

いきなり笑い出したリリアーデに、周囲が首を傾げている。

いや、パトリシアはあまり不思議に思っていなさそうだ。

「ねぇ、リリィ。私が今日聞いた話の中で、今の話が一番分からなかったわ。」

答えを持っていそうなリリアーデに問いかけると、ちゃんと椅子に座ったらそれも含め色々と教えてあげると言われてしまう。

理由が気になったまま他の場所に行くことも出来ず、思い出すきっかけになるかもしれないとも思い、仕方なく指示された椅子に腰を降ろした。

左右にリリアーデとパトリシアが座る。残りは一つ前と後ろの席に座ったようだ。

「まず最初に、アシェは間違いなく女の子よ。ふたなりとか、こっちの性別の概念が反転してるわけじゃないからね?」

どうやらちゃんと女だったらしい。
そしてふたなりという、両性具有を指す言葉はこちらには無いらしい。
周囲が首を傾げている。

理解したと頷く。

「次は……まずはココに居る人たちとの関係性を説明するわ。シオン君はクラスメイトで同じ生徒会役員。パティは前世の記憶を持っている一つ下の後輩。モーリス様は留学生で、さっきのムーラン様の弟ね。わたくし、アーク、マリクはアシェが5歳の時からの幼馴染よ。その頃からアシェはもう男装していたし、わたくし達も男の子だとずっと思ってたくらい、とってもイケメン男子だったわ。わたくしと、わたくしの双子の弟のデュークは皆より早く教えて貰ったけど、アシェが幼馴染皆に伝えたのは、この学校で生活するようになってから。それと、世間的に実は女だったって言ったのが、今年の夏の話よ。幼馴染は今言ったほかに、エラート、双子のノアールとエトワールが居るわ。エトと、双子がノアとトワね。合計七人が、お茶会で出会ったアシェの幼馴染よ。お茶会って言うのは、まぁお喋りしたりオヤツを食べて交流するって思ってもらったら良いわ。」

男装の理由は分からないまでも、幼馴染が沢山居るらしいことは分かった。
でもマリクが幼馴染というのなら、妹だというメルティーのお兄さん発言はなんなんだろうか。

「次に家族構成だけど。アシェには血の繋がったお父さんと、お兄さんが二人。それから後妻さんのお母さんに、連れ子だった義妹が一人いるわ。」

「それがメル?」

「そう。家族仲は良好。少し後妻さんと折り合いが悪いのかなって思うところはあるけど、薫に両親はいなかったでしょう?あまりお父さんと会話をしているところも見たこと無いし、単純に親というものにどうやって関わって良いのか分かってないだけって感じがするわ。兄妹仲はベタ甘なくらい、皆シスコン・ブラコンよ。アシェやメルちゃんも含めてね。充電って言って、普通に人前でも抱き着いたりするし。お兄さん達なんて、それぞれアーク以外の王族が幼馴染なんだけど、王族の命令より兄妹が第一なくらいよ。」

とりあえず、とても仲が良いことは分かったが、王族の命令を無視して良いのだろうか。
そしてアシェルもその括りに入っているのだろう。

というよりも、恋人は王族だったらしい。
家族ぐるみの付き合いのようなので、一緒に過ごす事が多かったのだろうか。

「だから、メルちゃんは義妹だけど、アシェは本当の妹だと思ってるし、メルちゃんもそう思ってると思うわ。呼び方はアシェがドレスを着てたらお義姉様で、ズボンを履いて男装してたらお義兄様って呼び分けてるのよ。今でこそ発表してるけど表向き三男なのに、お義姉様って呼ぶとおかしいでしょう?あ、それと薫のことは家族に話してるって言ってたわ。ちゃんと薫のことを受け入れてくれたって聞いてるわよ。」

確かに男装で通してるのに姉扱いされると、よく分からないことになってしまう。
今はズボンをはいているので、お兄さん扱いされたのだと理解した。

そして家族も薫のことを知っているのかと思う。
だが友人達だって知っていたのだ。なにもおかしいことはない。

「メルちゃんは、わたくし達が出会ったお茶会に途中から参加してたのよ。王都に普段住んでるアシェ達は毎月。わたくしとデューク、ノアとトワは遠いところに住んでたから、年に一回だけ。メルちゃんがそのお茶会に参加するようになった時に、わたくしたちのことをお義姉様、お義兄様って呼び始めたの。だから、メルちゃんとマリクは血が繋がってないし、もちろんアシェとの繋がりもないわ。アシェに耳が付いてなくても何もおかしくないからね?」

コクコクと頷く。
どうやら頭を触ったのが、耳が付いていないか確認したのだとバレていたようだ。

「違う遺伝子を汲んでいるのなら、お妾さんの沢山いる家なのかと思ったわ。もしくは、今回も孤児なのかなって。」

「こっちは一夫一妻制よ。まぁ、愛妾を抱えてる貴族も居るかもだけど、滅多にいないんじゃないかしら?あと、こっちにも一応遺伝の法則みたいなのはあるけど、一部の家系については前世の法則が当てはまらないのよね。血液型もないみたいだから、輸血とかその辺りがどうなってるのか分からないんだけど。アシェの家はメイディー公爵家なんだけど、あ、公けの方ね。メイディー公爵家の直系の瞳の色は、必ずアメジスト色なの。メルちゃんは連れ子だから違うけどね。鏡見てみる?」

頷けば、『ストレージ』から取り出した手鏡を渡してくれる。
というか、今、公爵家と言っただろうか。貴族籍でもかなり高位貴族だ。というより貴族では最上位ではなかっただろうか。

鏡を覗けば、確かに瞳はアメジスト色だ。
色白の肌に、青みがかって見える銀髪で全体的に淡い色合いだ。目元は性格がきつく見えそうな吊り目である。

「確かにメルと眼の色が違う。それに……無駄にイケメンね。女装なんてしたら、ただの悪役令嬢だわ。」

「ふふっ、それ、アシェがよく言ってるのと同じセリフよ。まぁ、見た目の問題も、生活の楽さもあって、女だって公表したけど、未だに男の子の格好と喋り方で過ごしてるって感じかしら。こっちの女性がズボンを履くのは、乗馬やよくて冒険者くらいだわ。わたくしもズボンで過ごしたいのに、デュークが許してくれないのよね。」

どうやら普段からアシェルが同じことを言っているらしい。
同じ人間なのだから特別おかしなことではないのだろうが、なんだか不思議な感覚だ。

「アシェの瞳の色は直系に出る特徴なんだけど、逆に言うと分家や傍流。それに他の家には絶対に出ない色なの。だから、跡取りであるアシェのお兄さんの子どもには瞳の色は受け継がれるけど、アシェの子どもに瞳の色が遺伝することは絶対に無いわ。もし出る可能性があるとしたら、お兄さんが死んじゃったとかで、他に家を継ぐ直系が居なくなってしまったらじゃないかしら。そういう特殊な家以外は、基本的に遺伝の法則が当てはまるんだけど、両親と同じ色を受け継ぐ場合もあれば、混ざった色が産まれることもあって、必ずしもってわけじゃないのよね。だから、こっちで遺伝云々を考えるのは時間の無駄よ。」

これにも頷いて答える。

「今までの話で、他に分からなかったところとかない?」

フルフルと首を振ったアシェルに、良かったわと笑ったリリアーデは、じゃあ本題に入りましょうと話題を変える。

それから、黙っていると皆に伝わらないから、出来るだけ思ったことは言葉にしてねとも。

確かに、アシェルのことを話すのに、そのアシェルが無口では周りが困ってしまうだろう。咲と健斗に話していたように、なるべく言葉は口にしなくてはいけない。
ここにいるのが家族や友人達ならば、話せるはずだ。

アシェルが気になったことで呼び止めた説明は、前置きのようなものだったようだ。
色々と教えてくれると言っていたが、本題とは何を話すつもりなのだろうか。

「結局アシェの記憶が封印されたってことは分かったけど、確実に戦い方は覚えてるわよね?それに、ストレージって単語だけで、使って見せたわ。普段のように無詠唱じゃないから、ちゃんと思い出したっていうよりも、単語からイメージを引っ張って来たって感じかしら。それに教室を出て、どこに行こうとしてたの?記憶がないんじゃ、迷子になっちゃうわよ??」

今の状態を知るための質問攻めだった。

「ここが自分の教室だってことも、校舎の構造も分かるわ。どうやって敷地の外に出る手続きをするのかが分からないけれど……手続きがいることも。門番に聞けば分かるかなって。戦い方は、さっき逃げた時に思い出したの。先に身体が動いて、剣で魔物と戦ってたって。その時使ってたから剣も、身体強化も使い方は分かるわ。ストレージを使った時に思ったけれど、咄嗟に身体強化をつかっていたみたい。……時間が経つまで、魔の森に行こうかと思ってたの。ストレージに食事はあったし、夜の超え方は記憶にあるから。」

「ダメだ。」

リリアーデの質問に答えたのに、何故かアークエイドからダメ出しを受けてしまった。

「……どうして?戦い方は分かるわ。」

「記憶にあるのは剣での戦いなんだろう?さっきのストレージと、身体強化以外。現状覚えてる魔法は?」

多分火や水も出せると思うが、現状自信を持って使えるのはその二つだけだ。

「……ないわ。」

「だからダメだ。普段のアシェは剣だけで戦うことは無いから、恐らく残っている記憶については心当たりはあるが……どちらにせよ、使ってたのはそれだけじゃない。魔法名は教えない。教えて使える様になったら、じゃあ良いだろうって言って、アシェは魔の森に行ってしまいそうだからな。」

どうやら思い出した記憶は、普段とは違う状況だったようだ。

そしてアークエイドは、アシェルの性格をよく知っているんだなと思う。
確かに使える様になったら、止められる理由は無いだろうと思う。

「……つまり、今の私ではレベル不足なのね。」

アークエイドが首を傾げている。
ファンタジー世界だが、レベルという概念はないらしい。

「そうですねぇ。今のアシェ先輩はぁ、むかーしやってたゲームを新規で始めたばっかりの状態ですからぁ。例え昔はクリアできたとしてもぉ、レベルも足りないし知識も曖昧な状態では危ないですからねぇ。アシェ先輩が強いのは知ってますけどぉ、わたくしも魔の森に行くのは賛成しませんねぇ。」

聞き慣れない喋り方に声の主を見れば、パトリシアが口を開いていた。
普段のパトリシアは、どうやら間延びしたような喋り方をするらしい。

そしてその説明に納得した。

「分かったわ。今は魔の森に行ったりしない。行くとしたら、レベル上げをしてからにする。」

「レベルが分からないが、せめて記憶が戻ってからにしてくれ。」

そうは言われても記憶が戻ってしまったら、もう魔の森に用は無いのだが。
記憶が戻ってくるまでの間、森に籠ろうと思っていたのだから。

「まぁ、つまりよ?アシェの記憶は封印されてるって言っても、ものすごーくどうでも良いこととか、とっても嫌だったことは覚えていて。封印されているものも、きっかけがあれば時間が経つ前に思い出せるんじゃないかしら?家族と幼馴染、魔法を覚えてないなら、確実に錬金は覚えてないだろうし……。」

「その可能性は高いと思うよ。本来であれば、時間経過で解ける程弱い封印なんだ。きっかけがあれば思いだす要因になるだろうし、確実に時間経過で記憶が戻り切るか分からない今。少しでもそのきっかけを刺激していくべきだと思う。姉上は、前と同じなら明日の朝には全部思い出してるはずだから、今日一晩だけの嫌がらせのつもりだったって言ってたけど……。前に使ったのは、効果時間が終わった時点で術式が消えてるんだ。比べられないから、全く同じものだとは言い切れない。」

モーリスが見解を述べながら、紙切れに視線を落として時折ブツブツと言っている。

「そういえば……アシェの言っていたことを伝えてなかったな。術式を見ながら言っていたことは全部伝えるが、それがどこを指していたのかまでは分からない。アスラモリオンらしい術式。ダミーを描いた人間はひねくれもので意地悪で、分かりやすい性格。対象はスクロールを使った本人。効果時間は長いらしい。使い切ったら消える細工がしてあったから、効果時間内なら何度でも使えるものだと思ったようだった。メイン術式は闇系で、内容的に恐らく精神干渉系だが不明。それと……ムーラン嬢の様子がおかしくなった時、“三日で使えなくなるのは勿体ない”と言っていた。だから、本来であれば効果時間は三日だったんじゃないかと思う。」

モーリスの瞳が驚きで見開かれる。

「アシェル殿は、メイン術式以外全て読み取っていたんですか?これを??」

モーリスの持っている紙切れには、図形のような落書きのような。緻密な線や文字のようなものが刻まれた模様が描かれていた。

「あぁ。闇系の術式はあまり資料がないからな。見覚えが無いから分からなかっただけだと思うが、確実に、そのダミーの奥に正解の術式が見えていたと思うぞ。」

「あぁ、やっぱり羨ましい才能だ……。それに、アシェル殿が言ってるんだ、恐らく三日で間違いないと思うよ。効果が切れたかどうかは、スクロールを見てれば分かると言えば分かるけど……。アークエイド殿下。申し訳ないのですが、メイディー公爵家への取次ぎをお願いできないでしょうか?」

一瞬アシェルに羨望の目が注がれた後、表情を引き締めたモーリスがアークエイドに向き直った。

「行ってどうする。張本人は、連れて行ったところで頭を下げないだろう。」

「火に油を注ぐだけなので連れて行きません。ですが、姉上のしたことは私の責任であり、我が国の責任です。外交問題にはなるかもしれませんが、せめて現状の説明と謝罪だけでもさせていただきたいのです。」

「約束を取り付けてやりたいところだが駄目だ。アシェが傷ついたのが分かったら、例えモーリス殿のせいではないとしても、身の安全は保障できない。そしてモーリス殿に何かあった場合、傷つくのは記憶が戻ったアシェだ。まぁアシェのことだから、ムーラン嬢に何かあっても悲しむだろうがな。」

どうやらアシェルはムーランだけでなく、モーリスとも仲が良いらしい。

「ねぇ、マリクお義兄様。モイちゃんを貸して下さる?それとタカモリさんも呼んでほしいわ。お部屋の窓は少し開けてるから、出てこれるはずよ。」

「いーよー。今の時間なら、まだ飛べると思うからー。でもタカモリさんには、公爵家の場所教えてないよー?」

メルティーに誰かを貸してほしいと言われたマリクが外を見て、了承を告げる。

「タカモリさんのほうが校舎内にも、人にも詳しいでしょう?タカモリさんはイザベルのところに飛ばしてほしいの。今ならまだ調理室に居ると思うわ。モーリス殿下。アークお義兄様の言う通り、我が家に来るのはお勧めしませんわ。わたくしだって腸が煮えくり返る思いだったんだもの。いくらアシェお義兄様が自身の意志でスクロールを使ったのだとしても、割り切れないものがあるわ。でも、直接元凶の顔を見なければ、抑えは効くはずだから……。だからアシェ義兄様の現状と、使ったスクロールの内容とその原本。それと、ムーラン皇女の考えも書いていただける?モーリス殿下の予想でしかないことでも構わないわ。」

義妹はしっかりものらしく、何が必要かを述べていく。

「だが、それでは……。」

「もし我が家にいらっしゃるなら、ありとあらゆる責め苦を与えられながら命を捨てることと。戦争か、アスラモリオン帝国の皇族・魔導士全員の暗殺が起こることを前提にいらしていただくしかないですわよ。民を巻き込まないように、戦争ではなく暗殺が有力候補かしら。脅しじゃないわよ。わたくしでも、最低限その術式をムーラン皇女に渡して唆した魔導士を、この手で殺してやりたいと思いますもの。多分良いように使われたムーラン皇女は、反省次第ってところだけれど。」

なんだかよく分からないが、とても物騒で大掛かりな話になってきた。
そしてメルティーはとても可愛らしい女の子で、今もとても可愛い笑顔なのに、言ってることが物騒すぎて怖い。

戦争とか言っているし、魔物も居るし、元の世界よりは命の軽い世界なのかもしれない。

「モーリス殿。メルティーの言ってることは本気だと思った方が良い。メイディーが本気になれば一晩で、皇族と皇族に少しでも縁がある人間は消されるだろうな。護衛がどれだけいようと関係なく。少しでも刺激しないように、手紙の方が無難だろう。」

「……分かりました。ですが、可能であればお会いして謝罪できないかも書かせていただきます。」

「そこは好きにしたらいい。」

物騒な話は決着がついたらしく、メルティーとモーリス、そしてアークエイドも手紙を書き始めた。

その間に二羽の鷹が窓から入ってきて、マリクの両肩に止まる。

「モイちゃんもタカモリさんも、遅い時間にごめんねー。まだ飛べるかなー。手紙が出来たら、モイちゃんはメイディー公爵家に、タカモリさんは調理室にいるベルちゃんに手紙を届けて貰えるー?あー食事まだだったのー?ちょっと待ってねー。」

モイちゃんとタカモリさんは鷹の名前だったようだ。
『ストレージ』から取り出した肉塊を爪で器用に小さくして、二羽の鷹に餌付けをしている。

「鷹?……それに獣人は、動物と会話ができるの?犬なのに鳥と??」

呟くようなアシェルの疑問に答えてくれたのは、リリアーデだった。

「あぁ、あれはマリクがテイムしてるフォレストイーグルっていう魔物よ。テイムしてるから意思疎通が出来るって感じね。あと、マリクは獣人の血が少し濃いみたいだけど、ハーフよ。大型犬にしか見えないけど、一応狼獣人。それに、こっちに動物はいないわ。動物に見えるものは、皆魔物よ。」

「マリクはテイマーなのね?それと、戦争とか暗殺とか物騒な話があったわ。魔物も居るし、危険な国なの?」

「うーん……魔物が居る分危険ではあるし、冒険者も人によっては気性が荒いから平和とは言えないけど……国同士の戦争はないわ。起こったって話も聞いたことが無いし、どの国とも関係は良好なはずよ。暗殺とかも大事な家族を傷つけられてそれくらい怒ってるって話だから、アシェは気にしなくて良いわ。それより……咲さんのハンドルネーム。なんち言ったっけ?なんか聞き覚えある気がするんよね。」

不意にリリアーデの喋り方が前世のものになる。
その問いにアシェルが答える前に、パトリシアが興奮気味に口を開いた。
——平和な国で暮らしていた薫の為に、明らかにリリアーデが話題をずらしたのだが、アシェルはそれに気付かなかった。
家族がアシェルの為に殺人を犯すかもしれないという話は、例え可能性であっても聞かせるべきではないと思ったのだ。

「咲山六花や。BL界隈で知らんもんはおらへんのとちゃうかってくらい、有名な同人作家やってんで。うちが死ぬ頃には、PCゲームのシナリオライターとコラボの依頼も来とったらしいで。学生のうちは一応年齢制限的なもので、六花はんが描いたやつを、眠り猫はんのサークルが代理販売しとったけどな。もしくは、年齢制限ギリギリを攻めた作品やな。代理販売のことは、知っとる人には有名な話やったで。」

「六花のこと……知ってるの?」

先程の柔らかい京都弁で嫌味を言っていたのとは違う、割と関西弁と言えば、という早口めな話し方だ。
あの明らかに京都弁ですって言葉は、嫌味専用だったのかもしれない。

「知ってるも何も!腐女子界隈じゃ、超有名人やで!物凄くドエロい展開に、リアリティ溢れる絵に表現!!決してリアル調のイラストやないのに、読んでると目の前で二人が絡んでるのが見えるような気すらするっちゅう。うち、咲山六花の大ファンで、デビューからうちが死ぬまで、毎年新刊買いに行っとったわ。それにしても、まさかアシェ先輩の言っていた咲はんが、咲山六花やなんて思わんかったわ。」

イベントの売り子としてファンの子を見たことはあるが、即売会の関りなんてほんの少しの時間だ。
こうやってダイレクトに咲の作品が褒められて、嬉しくて自然と笑みが零れる。

「六花のファンだったの。嬉しいわ。」

「アシェ先輩の無表情からの控えめな微笑みっ、貴重過ぎてかわえぇわ。なぁ、アーク先輩。三日間だけでえぇから、お持ち帰りしたらあかん?せっかくやから、六花はんのこと色々聞きたいわ。」

咲を褒めて貰ったことが嬉しくて、心がぽかぽかして。少し笑ったのだが、パトリシアにがばっと抱き着かれた。
のだが、アークエイドの手によってべりっと剥がされる。

「良いわけないだろ。多分メイディーから呼び出しがかかるし、俺は傍を離れるつもりはない。」

「アシェ先輩は愛されとるなぁ。なぁなぁ、六花はんは何を資料にして描いとったか知ってはる?分からへんかもしれへんけど、描写とかほんますごかってん。」

傍を離れるつもりはないというが、学校も自分の家も……いや、全寮制だった。どちらにしても家に呼び出されたら、ずっとは無理じゃないだろうか。

引き剥がされたパトリシアは、残念そうにしながらも質問を投げ掛けてくる。

「資料……?咲の資料は私と健斗よ。時々、咲相手にもシてたけど。出来上がった作品も全部読んだし、ちゃんと皆でおかしくないかの確認もしていたわ。体勢とか、指示されたまま動きを止めるとかして、それを模写してた。」

「ほ、ほんまに……?神様仏様、この世界に生まれ変わらせてくれて、ほんまおおきに。乙ゲーと漫画がないんは酷すぎるなんて、散々文句いうてごめんな。」

パトリシアが拝むように手を合わせる。
でも、拝むのであれば外を向いて拝んでほしい。これだとアシェルを拝んでいるようにしか見えない。

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