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第四章 王立学院中等部三年生

259 ムーランの気持ち①

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Side:アシェル14歳 秋



アベルを訪問した後自室に戻ったアシェルは、そのまま入浴を済ませ早々に寝台に入った。
早々と言っても、アシェルにとってはいつも通りである。

そしてアベルと話した内容をアークエイドに伝え、明日からは寮に戻ると伝えたアシェルは、いつものように数秒で寝息をたてた。

そのアシェルが寝ている間に、イザベルの訪室があったことも。
取り上げられていた合鍵が、アークエイドの手元に戻ったことも知らずに。

6時を過ぎたあたりでいつものように目が覚める。

今までだったらさっさと起きてしまっていたが、今はアシェルの身体を包む温もりをもっと堪能していたかった。

この温もりに包まれて眠るのも半年ぶりなのだ。
今日の予定は急ぐものでもないし、少しくらい微睡んでも罰は当たらないはずだ。

もぞもぞと寝心地の良い場所を求めて身体を動かし、もっと温もりを感じるために脚を絡める。

そうしているとギュッと抱きしめられた。
相変わらず、アークエイドはアシェルよりも早く起きていたようだ。

「まだ眠たいのか?昨日は早く寝たと思ったが……。」

「ううん。でも、もう少し。こうしてたい。……ダメ?」

「駄目なわけ無いだろ。」

嬉しそうな声が聞こえたと思ったら、チュッチュとキスが降ってくる。
やっぱりアークエイドはキス魔なんじゃないかと思う。

時折アシェルからも唇へとキスをお返しすれば、蕩けそうな笑顔が返ってくる。

心がぽかぽかして、幸せだと感じる。

恋愛については、良い話しも悪い話しも沢山聞いた事がある。
でも、自分で体験してみて思う。

愛しいと思う人との時間は、触れ合いは。何物にも代えがたいくらい幸せな時間なんだと。

でも唇が触れるだけのキスでは、どこか物足りない。

ぐっと舌を押し込み絡めれば、アークエイドからも舌を絡ませ返してくる。
それと共に、抱きしめられる腕の力が強まった。

「っはぁ。ソレは、シても良い時だけにしてくれって言っただろ?これでも我慢してるんだぞ。」

「だって……こっちのキスの方が好きだから。ねぇ、もっとシよ?」

「今日から寮に戻るんだろ?またそこでな。」

チュッと窘めるように優しいキスと共に言われ、渋々承諾する。

丁度7時を過ぎたのか、部屋の扉が叩かれた。

「おはようございます。ゆっくりお休みになられましたか?」

「おはようございます。もうすぐ朝食ですので、朝のお支度を。」

「おはよう、サーニャ。ベルも。朝ご飯は部屋でも良いの?」

「旦那様からそう伺っております。」

微睡タイムは終わりだと温もりの中から抜け出して、顔を洗いに行く。
名残惜しそうに伸ばされたアークエイドの腕に気付いたのは、二人の侍女だけだった。

今朝は珍しくアシェルの方から甘えて来たのに、結局はさっくり腕の中から逃げられてしまった。
アークエイドとしては嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだ。

部屋に運ばれてきた朝食を終え、帰り支度を終えたアークエイドを見送る。

アークエイドは来た時同様煌びやかな服装だが、アシェルの方はズボン姿の普段着にジャケットを羽織っただけだ。

「世話になったな。また夜に部屋に行く。」

「うん。実験室に籠ってたら気付かないかもだから。前みたいに自由にしてて。」

「あぁ。またな。」

チュッと頬にキスをされ、アシェルもお返しをする。
お別れの挨拶なのだろうか。恋人っぽい。

アークエイドを見送った足でそのまま実験小屋に向かい、寮へ戻る為の準備を始める。

短くなってしまったが、イザベルには今日から休暇を与えた。
アシェルのお世話をしているとアルフォードとのデートどころではない。二人でゆっくりしてくれればと思う。

アベルは仕事で居ないのでメアリーに寮へ戻る挨拶をして、今度はアシェルが使用人達のお見送りを受ける。

「いいですか、アシェル様。寮にお戻りになるからと、無茶はなさらないようにしてください。」

「無茶なんてしないってば。ベルはゆっくりしてね。普段からお休みをあげれてないから。じゃあ、いってきます。」

そう思うのであれば使用人の数を増やしたらいいという言葉をグッと飲み込み、イザベルは他の使用人達と一緒に頭を下げた。



寮に戻り荷物を開封した後、早速実験室に籠ったアシェルは、部屋に漂ってきた良い香りでアークエイドの来訪に気が付いた。

角部屋なのでこの部屋にもついている窓の外へと目を向ければ、外はもう真っ暗になっていた。

「いらっしゃい。今着いたの?」

あと少しで完成なのでキリの良いところまで作業を続けながら問えば、着いたのは少し前だという。
頃合いを見て食事を用意してくれたらしい。

応接間にあるダイニングテーブルで、二人だけの夕食を摂る。

王宮の料理人が作ったのだろう。
ストレージのお陰で保温されている美味しい料理に、舌鼓をうちながら雑談をする。

「アスラモリオンの使者は帰ったが、二人の留学はこの一年だけは確定だそうだ。片付いたらその時点で終了の話もあったんだがな。本人たちの強い希望らしい。」

「モーリス殿はこっちの方が気楽だって言ってたけど。ムーラン嬢も?」

「あぁ。確かに、国のしがらみに捕らわれないという意味では気楽だろうと思うからな。」

「アークも留学したいって思うの?」

「思うわけ無いだろ。アシェも友人も居ない場所で、ある程度は人当たりよく過ごさないといけないんだぞ?気楽とはいえ、国のイメージというものがあるからな。」

「人当たりの良いアーク……想像つかないや。」

どうにかして人当たりの良いアークエイドを思い浮かべようとするが、辛うじてムーランの傍にいたアークエイドが思い浮かぶくらいだ。

それすらも人当たりが良いかと聞かれれば、答えは否だろう。
いつもよりはマシだったというだけだ。それに未だにアークエイドは授業の手合わせの申し込みだって、幼馴染の誰かを間に挟むことが多い。

公務だと割り切っていたはずなのにアレであれば、例え留学したとしてもアレが限界なのではないだろうか。

「良いんだ。公務として失礼に当たらない程度であれば。そういうのは兄上に任せればいい。」

「王子様がそれで良いの?」

「俺は兄上の補佐が出来れば十分だからな。王族としての責務を放り出す気はないが……無駄に担がれる必要も無いだろ。」

昔から一貫して、アークエイドは意図的に愛想の悪さを演じているところがあった。

きっとそれが演技ではなく普通になってしまったのだろうと思うけれど、既に王太子としてグレイニールが任命されたのだ。
それでも未だにこうやって言うということは、一生アークエイドには命の危機が付き纏うんだろうなと思う。

それこそ、グレイニールとシルフィードの子供が王位を継ぐまで付き纏いそうだ。

「必要だったら社交界では僕が頑張るから。遠慮なく頼ってよね。」

「……ちゃんとドレスで参加してくれるんだよな?」

何故そこを確かめる様に聞いてくるのか。

「当たり前でしょ。女だって発表したし、お父様からだってそう言われてるし。そもそも、うちの家はわざわざパートナー役になるために女装してるくらいだよ?アル兄様はアビー様が婚約者候補だったからしたことないけど……。この前久しぶりにアン兄様がドレスを着たのを見させてもらったけど、凄く美人さんだったよ。」

「この前。あの夜会の時か。シルフィード嬢は未成年で、まだ夜会には出れないからな。」

「婚約発表してからもシルフィード嬢のデビュタントまでは、デイパーティーもアン兄様がパートナー役務めることも多かったらしいもんね。場合によっては、男装の方が都合のいいパーティーもあるらしいけど……。僕には判断が付かないから、多分男装した方が良い時はお父様やアン兄様から言われるんじゃないかな?そうじゃない限りドレスだよ。」

第二王子と。いや、貴族と婚約・結婚するのならば、各種パーティーやお茶会が漏れなく付いてくるのは仕方がないことだと分かっている。
分かってはいるが、これから参加することが増えると考えると少しばかり憂鬱だ。

そもそもメイディー公爵家は家格の割に出席するパーティなどが少なすぎるのだが、それでもドレスを着るということは、化かしあいのような会話の最中に放り込まれるのだ。
デビュタントの日にメアリーと話していたご婦人方のような。

アシェルは知人・友人ともいえるような貴族との付き合いしかない。

そのためほとんどの場合男だろうが女だろうが、そして友人であったとしても化かしあいのような会話をすることを。
例えばクリストファーと喋る時のような、表面上の会話ばかりであることをまだ知らない。

ごちそうさまをしてソファへ移動し、卓上の魔道ポットで沸かしたお湯で食後の紅茶と珈琲を淹れる。

「そんなにドレスは嫌か?あんなに綺麗だったのに。」

いつものように隣にぴったりと座ったのに、少しだけ拗ねたような声のアークエイドにひょいっと抱えられ膝の上に乗せられる。

もしかして実家では遠慮してくれていただけだろうか。

「綺麗って……僕には似合わないでしょ?悪役令嬢感満載だよ?」

「それは性格が悪そうって事か?確かに黙ってると近寄り難いかもしれないが……それでも綺麗すぎて近寄り難いだけだろうな。いつものように笑っていれば、そんなことも無いと思うぞ。……それはそれで心配だが。」

「心配って。何を——んっ。」

むしろ人当たりが良くないと社交界では困るのではないかと首を傾げていると、唐突に首筋にピリッとした甘い刺激が走る。

「アシェは自覚が薄いが、かなりモテるんだ。それなのに無防備に愛想を振りまいて……。どうしても婚約発表まで時間がかかる。アシェは俺のモノだって見せつけ続けないと、それまでに他の奴に襲われないかが心配だ。」

言いながらプチプチとボタンを外し、首筋や鎖骨付近にたっぷりと所有印キスマークを付けてくる。
相変わらず独占欲が強すぎる。

「っん、無防備にって……。そんなこと、ないでしょ。レディ達だって、僕が公爵家の三男だと思ってたから、あれだけ、っ……騒いでいたんだろうし。それに、見えるところに付けないでってば。」

所有印を付けるために強く吸い付く度にビクビクと跳ねるアシェルの姿を楽しみながら、アークエイドはアシェルの弱い首筋や背中、太腿を撫でていく。

「しばらく休みだ。その間くらい良いだろ?男に襲われて抵抗もしないのを……そもそも男に襲われるような状態を、無防備と言わずに何と言うんだ?何も無かったとは言うが、イベントで馴染みのない人間を部屋に招いたのだって危険なんだぞ。手を出してこんな反応を見せられたら、襲ってくれと言ってるようなものだ。」

そんなことを言われても、キスで身を委ねて良いと思うのも。こうして触れられて気持ち良いと思うのも。アークエイドが相手だからだ。
他の誰かを相手に優位を譲るつもりなんて一切ない。

やっぱり昨日のイベントについての話は、アークエイドに嫉妬の炎を点けてしまったのだろうか。
あの後イチャイチャした時には見えなかった嫉妬の色が、アークエイドの瞳に垣間見える。

「アークが、アークが僕の弱いところばっかり攻めるからでしょっ。んんっ。アークがするから気持ち良いんだもん。っふ……アーク、口も……寂しい……。」

唇を重ねたいと思ったが、アークエイドの顔はアシェルの首筋や胸元に埋もれてしまっている。

迷ったがキスをねだれば、嬉しそうに微笑んだアークエイドと目が合った。

「本当にアシェはキスが好きだな。いくらでも。」

柔らかい唇が重なり、ぬるりと舌を押し込まれる。
そのアークエイド優位のキスを、幸せな気持ちで受け入れた。
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