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第四章 王立学院中等部三年生

231 女で記憶持ち③

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Side:アシェル14歳 夏



少し盛り上がりの落ち着いた女性陣に呼ばれる。

「ねぇ、アシェル様。ファンクラブイベントの名前はこちらで決めても良いかしら?あと、チョコレートはお好きかしら?折角だから少しルールを決めようと思いますの。」

カナリアの中でアシェルの人肌恋しさを埋めるための遊びは、ファンクラブイベントになってしまっているようだ。

「うん、チョコレートは好きだけど……食べれるかな?でもどうして?」

最近口にしているものと言えば、具のないコンソメスープにココア、牛乳、紅茶、それと週一の素麺だけだ。

口にするものも偏っているが、正直なところ、これだけ人と沢山話したのも久しぶりだと感じているくらいだ。

「アシェル様とキスをする条件に、チョコレートを口移しというのをいれたいんですの。チョコレートの味がしなくなったら、次の人と交代という形に。」

「なるほど。確かにそれは終わりが分かりやすくていいね。ただ、食べれるかどうか……。」

「じゃあ、わたくしと試してみませんこと?一応、くちどけの良いものをご用意していますわ。」

随分と準備が良い。噂話を聞いた時点で、既にそこまでは決めていたのかと思う準備の良さだ。

「まぁ、気持ち悪くなるとしても、ここでなら構わないけど……普通に食べるよ?それにカナリア嬢はファーストキスなんじゃないの?流石に友人のファーストキスを奪うのはどうかと思うんだけど。」

「自分で口にするのと、他人に口に押し込まれるのとでは感覚が違いますでしょう?確かにファーストキスですけれど……ファーストキスじゃなければ、わたくしともキスをしていただけるのかしら?」

「え、まぁ、うん。カナリア嬢がそれで良いって言うなら。」

でもファーストキスはいきなりどうこうできるようなものでも無いと思っていると、立ち上がったカナリアが近付いてくる。

どうするつもりだろうかと見守っていると、カナリアはいきなりイザークの唇を奪った。

突然の出来事に硬直していたイザークだが、状況を把握したのか一瞬で顔が真っ赤になる。

「なっ、なっ……カナリア嬢!?」

「あら、どうかしまして?わたくしがファーストキスの相手じゃ不服かしら?出来ればディープキスもお願いしたのだけれど。」

「不服とかじゃなくって!しかも、これ以上のキスも!?」

「えぇ、やり方はご存知でしょう?アシェル様とのキスはディープキスですもの。」

言うが早いか、またカナリアとイザークの唇が重なる。

イザークは顔を真っ赤にしたまま、それでもカナリアに言われた通り舌を絡めているようだ。

上手く息が続かなかったようで、ぎこちなく絡められた舌は離れていく。

「……っはぁ……はぁ……。アシェル様、これでよろしいかしら?」

「カナリア嬢がそれでいいって言うなら良いけど……。ディープキスの時は鼻で息しないと、息が続かないよ?」

「なるほど、了解しましたわ。早速お願いしても良いかしら?」

カナリアは『ストレージ』から取り出した一口サイズのチョコレートを、その小さな口に咥える。

背後でイザークが「俺もファーストキスなのに……。」と顔を手で覆ってうつむいてしまっているが、カナリアは全く気にしていないようだ。

「良いよ。おいで?キスするなら、ぎゅってさせてほしいから。」

ぽんぽんと膝の上を叩くと、カナリアは頷いて膝の上に乗ってくる。

その身体を抱き寄せて口付けすると、体温で溶けたチョコレートの甘さが口に広がる。

たっぷりと舌を絡めて、カナリアの口の中と温もりを堪能する。

吐き気がするんじゃないかと少し心配だったが、口の中で蕩けてくれるチョコレートは、危惧していた吐き気はでなかった。
チョコレートが大丈夫なら、具のないヨーグルトも食べれたりするのだろうか。

チョコレートの風味が無くなるまで口付けして、唇を離す。

アシェルの腕の中で、顔を真っ赤にしてくたっと力の抜けたカナリアが可愛い。

「ごちそうさま。甘くてすごく美味しかったよ。」

ちゅっと耳元にリップ音を立ててキスすると、またカナリアの頬が一段と赤くなる。

「……アシェル様が、すっごくテクニシャンですわ……。気分が悪くなられたりはしていませんか?」

「うん、大丈夫みたい。」

「良かったですわ。こんな感じで、キスの際には1人一つチョコレートを持たせますわ。もしチョコレートが無くなってしまったのに帰らなかったり、嫌なことをされた時はベルを鳴らして呼んでくださいませ。お渡ししておきますわね。」

気を取り直したのか、いそいそと膝の上から降りたカナリアは『ストレージ』から卓上用のサーヴァントベルを取り出した。
それをアシェルの『ストレージ』に仕舞う。

ユーリとミルル、パトリシアはせっせと模写をしていたようだ。

そんなユーリが『ストレージ』の中からいくつかのものを取り出した。

「次はわたくしから説明しますわね。アシェル様はお気に召した方をお部屋にお招きするのでしょう?その日誰が選ばれたのか分かるように、こちらをお使い頂きたいの。鍵はこちらに。」

まず手渡されたのは、真っ赤なものと真っピンクなもので、ハート形の錠前のついた首輪だった。
何故これが、ユーリのストレージから出てくるのだろうか。

「一つは予備としてお使いいただけたら良いですわ。専用の鍵が無いと簡単には開かない仕組みになっていますから。お誘いする子の首に付けてあげてくださいませ。その首輪を確認したら、その日はそれ以上アシェル様にお誘いをお掛けしないように、こちらで通達しますわ。錠前の下の輪っかにリードもつけれますけど……必要かしら?」

相変わらず鈴のなるような声とお淑やかな笑みだが、さらりと口にする内容はやっぱり少しマニアックだ。

「いえ、リードは要らないです。別にお散歩するわけじゃないですから。」

「あら、アシェル様は首輪もリードも使う意味もご存知なのね。ふふふ、良いことを聞きましたわ。」

ユーリは絶対に勘違いしていると思うが、前世では飼い犬の首に首輪をつけるのも、散歩の時にリードをつけるのも当たり前のことだ。

断じて人間のペットを飼う為に知っているわけではないが、こちらには愛玩動物はいない。良くてテイムされた魔物だ。説明しても伝わらないのだろう。

ここで前世ではと口にしようものなら、前世で人間を飼っていたと思われそうだ。

とりあえず苦笑して誤魔化したアシェルに、パトリシアだけが「ご愁傷さまですぅ。」と小さく呟いた。

「アシェル様の元へお伺いする子は、全員リボンもネクタイも外させて、学年だけでも分からないように致しますわ。もちろんお部屋へお伺いする際も。お部屋へお伺いする際には、こちらの仮面をつけて頂いたらどうかしらと思うのだけれど、如何かしら?」

手渡された5枚の仮面は、目元だけが隠れる装飾のついたものだ。全て装飾が違うが煌びやかだ。
仮面舞踏会なんかで使うようなものなのだろう。
取っ手が付いているわけではなく、ちゃんと眼鏡のように耳にかけられるようになっている。

「これだけだと、顔は意外と分かりますよね?術式……はついてないのか。」

受け取った仮面を隈なく調べてみるが、魔道具という感じでもない。
ただ単に目元を隠すだけの機能のようだ。

「そちらは差し上げますので、アシェル様の良いように改良していただいて構いませんわ。」

それなら少し強めの認識阻害をかけてしまおう。
ご令嬢をお誘いした場合、男子寮に忍び込んでいるという噂が出回ってしまうと可哀想だ。

「仮面の返却は翌日こちらで受け付けるけれど、その日の終わりに首輪は鍵で外して差し上げてくださいね。それとお部屋では最初と最後にチョコレートの口移しで終わっていただきたいの。それがプレイ開始と終了の合図ですわ。」

「分かりました。とりあえず、部屋に招く子には首輪をつけて、仮面を一枚渡せばいいんですね?」

「えぇ、そういうことですわ。もしお気に入りの子がいらっしゃったら、ずっと首輪をつけたまま飼っていただいても良いですわよ?」

「いえ、流石にそれは……。」

「ふふふ、冗談ですわ。」

本当に冗談なのだろうか。
ユーリのことだから、割と本気で言っていたのではないかと思う。

「でも、こんなに準備が必要ですか?確かにイベントだって言ってやるなら、これくらいの方が催し物感があっていいかもしれないですけど……。」

「アシェル様ほどイケメンなら、間違いなく長蛇の列ができますから!それにさっきカナリアさんにしていたみたいなキスをしていただけるのなら、トキメキ不足のご令嬢が押し掛けると思いますよ。閨事まではしたくないけど、ドキドキしたい乙女は沢山居ますから。」

ミルルが握りこぶしを作って力説してくれる。
キス一つでドキドキしてもらえるかは分からないが、それで楽しんで貰えるのならお互いwin-winの関係だろう。

それに補足するようにユーリも口を開く。

「わたくしが知っている子は、アシェル様のお部屋にさえお招きいただければ、ソレだけで楽しめるって言っていたわ。アシェル様にお相手していただいても、していただかなくても、自由にさせていただけるならって。」

アシェルの部屋で何を楽しむのだろうか。

「招いてもこの応接間までですよ?時間も18時半から19時半までの予定ですし……。それより先に入らせるつもりもありませんし……。」

「えぇ。でもここでしたら人目があるでしょう?」

人目と言われても、アシェルとイザベルが居るだけだ。
余計に疑問が深まる。

「実際の人影はいらないのよ。ただここが、殿下たちの護衛に見られている範囲である可能性がある、それも男子寮だというだけで良いんですの。それだけで彼女たちは楽しめますわ。アシェル様がお疲れの時は、同じ部屋に居て、放っておいていただければ大丈夫ですから。」

つまりは視姦されているであろう状況でお楽しみしたいということかと、ようやく合点がいく。

どうやらユーリには、マニアックな趣味を共有する知人が居るようだ。

「そういうことですね、分かりました。」

「ご理解いただけたようで何よりですわ。あぁもしご希望なら、観客が増えるのは悦ぶと思いますわ。子供が出来る行為は嫌がると思うけれど、彼女達の相手をする時はご友人もお誘い頂いても良いと思いますわよ。」

「流石にそんなことしませんからね?友人達にハードな趣味があるとは聞いたことが無いですし。もし誰かを招くのなら、本人に確認を取ってからです。」

「あら、そう?面白そうだと思ったのに残念だわ。」

これは確実に知人からプレイ内容を聞くやつだろう。
というより、さっきから複数人を指しているようだが、そういう趣味を共有できる知人が一体何人いるんだろうか。

苦笑するしかないアシェルに、カナリアが時計を見てお開きを告げた。

「これでイベントの打ち合わせは終わりましたわね。アシェル様公認公式イベント。腕が鳴りますわ。今日は有意義な時間をありがとうございました。」

「ううん。こちらこそ。皆の時間を割いてくれてありがとう。」

「構いませんわ。では失礼いたしますわ。」

カナリアの言葉を皮切りに、皆口々に挨拶をして部屋を出て行く。

久しぶりに賑わった応接間が静けさを取り戻すと、急に疲れが出てくる。
でも、久しぶりに色々な話が出来て楽しかった。

「アシェル様、お疲れ様です。お時間はありますし、少しお休みになられますか?」

「ベル、ありがとう。そうだね……30分したら起こしてくれる?少し眠たいかも。」

広くなったソファに身を預ければ、睡魔に襲われる。
これならうとうとではなく、少しはゆっくり眠れそうだ。

「30分と言わず……それに寝台で。」

「ううん。それ以上経ったら、またダニエル殿に心配かけちゃうかもしれないから。それに、もう動きたくない。」

「承りました。」

言うが早いか、すぅすぅとアシェルの規則的な寝息が聞こえてくる。
時折うなされているが、全く眠れないよりはマシだろうとイザベルは片付けをする。

噂が事実だったことも、それがアークエイドへの恋心に気付いた後に流れ始めた噂だったことも心配だが、正直なところ【シーズンズ】があって良かったとイザベルは思った。

あのチョコレートは食事を摂れていないアシェルの為に、なんとかカロリーを摂らせようとしていることが伺える。

先日リリアーデに今アシェルは何を口にしているかを聞かれたので、知恵を絞って出してくれたアイディアなのだろう。

少しばかり不穏な単語が聞こえていた気がしないでもないが、アシェルは特に嫌がった様子でも無かったし、イザベルが口を挟むことではない。
これでアシェルの心が疲弊する速度が緩やかになるのなら、イザベルはそれを受け入れて支えるだけだ。



後日、このファンクラブイベントは【甘いくちどけとトキメキ】という名前で、【シーズンズ】の全ファンクラブ会員達にルールと共に周知されたのだった。
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