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第三章 王立学院中等部二年生
196 王立学院の来訪者④
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Side:アシェル14歳 冬
ようやく騒動がひと段落付き、アビゲイルが話題を変えるように話しを続ける。
「ムーラン様は違ったようだけれど、もしかしてモーリス様は、術式には目が無い方なのかしら?流石にお一人残していくわけにはいかないのだけれど。」
「お恥ずかしい話ですが……。兄弟全員母親が違うのですが、母と祖父は術式研究者でして。そんな二人に育てて頂いたので、どうしても新しい術式や論文を見ると没頭してしまうんです。国では近い年頃で同じように語り合える人もいないので、私は純粋に今日の論文展示を楽しみに——あ、いや。勿論国同士の友好を深めるための外交であることも承知していますが。それでも、新しい発見があるのではないかと、楽しみにしてきたのです。皇子としては失格かもしれませんがね。」
モーリスは苦笑しているが、アビゲイルとアークエイドは身近に同じような人種が居るので、明らかに外交がついでで、本命が論文展示だということは分かってしまう。
それでも素直に理由を明かしてくれたモーリスに、悪い気はしなかった。
「素晴らしいことだと思いますわ。それに、同じような感性の持ち主を、わたくし達は知っていますから。でも、そうね。せっかくだから展示はゆっくり見て頂きたいわ。ねぇ、アル。アークの幼馴染にわたくし達を預けるのなら、誰が居たら良いかしら?」
問われた意味が分からずアルフォードが首を傾げていると、アビゲイルは説明をしてくれる。
「アルもアシェルも論文が見たいんじゃなくて?無駄な護衛も居なくなったし、相手方で残っているのはそこの護衛と、もう一人戻ってくる予定の護衛だけなのでしょう?だったら、ユリウス会長に確認は取らなくてはいけないけれど、貴方たちも一緒に論文を見ると良いわ。」
「でもそれは……。」
「これも接待の内だと言えば納得するかしら?モーリス様。術式に関してわたくし達には分かりませんけれど、この二人ならばきっと話し相手として満足いただけるのではないかと思うのだけれど。如何かしら?」
アビゲイルの思わぬ申し出に、モーリスの表情がパァっと輝いた。
「それは!本当によろしいのですか!?あの、ちょっと考え混みすぎて、気持ち悪いとか言われたこともあるのですが……。それでも本当に大丈夫ですか?」
「それを言ったのはムーラン嬢かしら?メイディーは確実に同種だから、気にしなくて良いわ。」
「アビゲイル様……流石にそれは酷くありませんか?……否定はできませんけど。」
「あら。じゃあアルは論文を見なくても良いのかしら?折角面白そうな知識を持っている人間が居るっていうのに。」
「うっ、それは……。」
「貴方が羨ましそうにモーリス様を見ていたのを、気付かないと思って?それで、誰を呼べばいいのかしら?」
「……マリクとエラートを。」
「アシェルもそれで良いかしら?」
話しを振られたアシェルはアークエイドを見る。
いくらアビゲイルが良いと言ってくれても、アークエイドの許可を貰わないわけにはいかない。
「アシェも羨ましそうに見ていたのは分かっている。モーリス殿も喜んでおられるし、一緒に見たら良い。出来れば、私にも教えてくれ。」
「皆様本当に仲が良いんだね。陛下から、それぞれ幼馴染で実力者だろうと伺っているよ。僕は堅苦しいのは苦手なんだ。呼び方も含め、皆普段通り喋ってくれると嬉しいんだけれど、どうかな?あ、僕の護衛達はそういうの気にしないから。」
「それは助かる。俺は二人ほど術式に詳しくないが、一緒に見せて貰っても良いか?」
「勿論!願ってもいない申し出だよ。」
にこやかに笑うモーリスの傍ら、アビゲイルが自身の護衛達にそれぞれ伝言を託し走らせた。
「多分少し待てば結果が届くわ。アルもアシェルも、それまで論文を見に行ってはダメよ。貴方たちは、一度没頭するとわたくしの話なんて耳に届かないでしょう?」
それから程なくして、ユリウスとメルティーからの了承と、マリクとエラートがやってくる。
そしてノアールもだ。
「先に紹介しておくわね。ノア様はもう紹介済みだから。獣人の方がマリクで、もう一人がエラートよ。わたくしの護衛も付いているし、好きなだけ語り合っていただいて構わないわ。」
紹介を受けたマリクとエラートがペコリと頭を下げる。
三人ともしっかり制服に着替えて来てくれていた。
「三人とも……お休みなのにごめんね。」
「気にすんなって。暇してたしな。」
「そーだよー。それに論文見るんでしょー?俺もちょっと見せて貰うけど、しっかり警戒しておくから気にしないでー。あっちは一人だけー?」
「いや。もう一人、ダーガという護衛が戻ってくる。不審者じゃ無いし、肌の色を見ればわかるはずだ。それ以外に警戒してもらったら良い。」
「りょーかい。ゆっくり楽しんでー。」
「僕は探査魔法を使えば良いの?アシェ達の魔力は分からないから、余計なことになっちゃうかな?」
「ノア様はわたくしの癒し要員ですわ。それに、二人とも観なくて良いわ。ねぇ、アシェル。椅子を出してもらえるかしら?」
探査魔法を止めたアシェルは、アビゲイルの希望に合わせて、椅子を四脚出しておく。
アビゲイルがどう座るかはこのあと攻防戦が行われる気がするが、多い分には問題ないだろう。
「モーリス殿の護衛にも用意しましょうか?ずっと立ちっぱなしは辛いでしょうし。」
「いえ、わたくし共は——。」
「折角のご厚意なんだ。受け取っておくと良いよ。それに、ほとんど出歩いている生徒は居ないんだろう?姉上も居ないし、ゆっくりしててくれ。」
「では、有り難く。」
モーリスの言葉にクーフェが頷いたので、追加で二脚の椅子を出しておく。
モーリスはもう既に論文を見たくてうずうずとした様子が隠しきれていない。
アシェルにもとても分かる感覚だ。
「一番端の論文からで良いですか?」
モーリスに連なるようにアシェル達も移動し、それぞれ論文に目を通す。
「なぁ、アシェ。ここはどうなってるんだ?」
「ここ?あぁ、これはこっちの術式の補助だよ。ほら、ここが繋がってるでしょ?これがあることで、こっちの術式と干渉しないようになってるんだ。」
アークエイドの問いに答えながら、アシェルは該当の術式を指で指し示す。
それを一生懸命理解しようとしているアークエイドの隣で、アルフォードは感嘆の声を漏らした。
「へぇ、なるほどな。確かに、この二つだけなら干渉しあうな。」
「アシェル殿は術式への造詣が深いのですね。いやー本当に大海を渡ってきたかいがありました。そうだ。アシェル殿なら、ここは他のモノに置き換えるとしたらどうしますか?僕的には、少しここが残念な気がしていて。あ、紙とペンはここに。」
「ここは……そうですね。僕ならここには、こっちじゃなくてこの術式を選びます。」
アシェルがノートに書いた術式を見て、モーリスが他の術式と見比べながら考察する。
「なるほど。こっちの方が魔力消費量も抑えられるし、一部の術式が不要になりますね。となると、ここがこうなって……。変更点はこんなところでしょうか?」
「えぇ、僕もその方が良いと思います。でももっと良くするなら、ここを……。」
「おぉ!確かに!じゃあ逆にここをこうしたら……。」
二人の万年筆が、ページを黒く染め上げていく。
楽しそうに一つの論文で静かに盛り上がる二人を、アークエイドはどこか落ち着かない気持ちで見つめる。
少しでもアシェルが見ている世界が観たくて一緒にと申し出たものの、既にアシェルはアークエイドのことなど意識の外側だろう。
一般公開でもなく、マリクとエラートが来たことで遠慮なく論文に集中できているのは好ましいことだが、話しに加われないことが少し悔しい。
「アルフォードは、二人の会話は分かるか?」
「じっくり読み解けって言われたら分かるかもしれないが、あのスピードであの二人の話についていくのは無理だな。ほんと、アシェの才能が羨ましいよ。それに、表向き三男で良かったと思うな。」
アルフォードの言葉の意味が分からずにアークエイドが首を傾げていると、アルフォードは苦笑した。
「メイディーの男は探求心も強くて知識に貪欲だが、稀に産まれる女はそうじゃないらしい。一般的にメイディーらしいっていう言葉は、男の為にある言葉なんだよ。知らない人間も多いかもしれないが、貴族なら割と知っててもおかしくない話だ。アシェが俺達と同じものに興味を示してくれて、正直ちょっとホッとしたくらいだからな。」
そういえばアークエイドも、アシェルの邸でそんな話を聞いたなと思い至る。
「そんなに違いがあるのか。」
「らしいぜ。実際にお目にかかったことは無いけどな。でも、アシェの才能が埋もれることが無くて良かった。俺よりも遥か高みに居る父上でさえ、小さい時からアシェのことは一目置いていたからな。」
「メイディー卿が?」
「あぁ。前にアスラモリオンの論文の話してただろ。こっちじゃ手に入りにくいのに、わざわざ毎年、アシェのためだけに取り寄せてるんだ。うちでそれを見るのはアシェだけだからな。アシェの実験小屋も見たんだろ?あれだって父上と兄上が相談して、アシェが思う存分錬金に打ち込めるように建てたんだ。羨ましいくらいの才能を持ってるからな。アシェの観ている世界は、俺にはきっと一生見れないんじゃないかなって思うよ。」
「アルフォードがか?」
「俺はメイディーの中では落ちこぼれだからな。どう頑張っても、兄上ですら越えられる気はしない。ま、俺は俺に出来ることをするだけだけどな。あ、移動するみたいだぞ。」
満足いくまで語り合ったのか、次の論文へ足を向ける二人を見て、アルフォードとアークエイドも移動する。
そこでもやはり二人は、あーでもないこーでもないとノートの空白を埋めていく。
アルフォードとアークエイドも論文を一通り見終え、また二人が満足するまで待機する。
「そういえば……イザベルとはどうなったんだ。」
なんでもないことのようにアークエイドが口にした言葉に、アルフォードが分かりやすいくらい動揺する。
「なっ。なんでアークエイドがソレを知ってるんだよ?」
「ノアが姉上にプロポーズするために、アシェのところへ相談に来たところに居合わせた。イザベルも途中から居合わせて、ノアが帰った後にアルフォードが好きだと話していった。薄々アレリオンかアルフォードを好きなんだろうとは思っていたから、別に驚きはしなかったが。充電だと言いつつ一緒に食卓を囲むことも増えたし、何か進展があったのかと思ってな。」
「そっか……アシェも知ってんのか。いや、イザベルのことだから、そりゃアシェに言うよな。……今のところ返事は保留してる。卒業までには答えを出してやりたいって思うけど、アシェの言うところの“特別な好き”が分からないってやつだな。」
「別にイザベルのことが嫌いではないんだろう?」
「そりゃあ、赤ん坊のころから世話してた大切な義妹だからな。今までそういう目で見たことも無かったし。ただ、真剣に想いを伝えてくれたんだ。中途半端な答えを出すわけにはいかないだろ?イザベルは想いを伝えるだけで良い。出来ればお慈悲だけって言われたけど……そんな無責任なこと出来るわけないだろ。」
困ったように口にするアルフォードは、本当に悩んでいるようだ。
「お慈悲って……下着姿で攻められでもしたか?」
「うっ……なんでそこまで分かるんだよっ。あーそーだよ。しかも、うちの使用人達全員グルだったからな。イザベルから夜這いされるとか、予想できるわけないだろ。」
どうやら、イザベルはアルフォードの部屋に居る使用人達を味方に付けて、告白ついでに夜這いしたらしい。
恐らく、以前カタログで見せられたエリュシオンの下着でも着けて行ったのだろう。
その時のことを思い出したのか、アルフォードの顔が真っ赤に染まった。
「俺としては予想の範疇だ。まぁ、どちらに転んでも、アルフォードが悩んで出した答えなら、イザベルも納得するんじゃないか?」
「そうはいうけどなぁ……。仮に俺と婚約ってなったら、アシェの侍女をどうするかって問題もあるだろ?サーニャは邸に居て貰わないと困るし。」
「そこに関しては、イザベルはアシェの世話をすると言い張ると思うぞ。アルフォードが嫌じゃなければ、だが。」
「あぁ、それもそうだな。なら、それはそこまで気にしなくて良いのか。……どちらにしても、俺がどうするかだよな。アシェが悩むのも分かる気がする。」
「イザベル曰く。メイディーの大切なモノからその上の“特別”になるのは、かなり難しいらしいからな。」
「なんでアークエイドが、イザベルとそんな話をしてるんだよ。」
「アシェとのことで色々と手間を掛けさせてしまってるからな。次に行くみたいだぞ。」
じとっとしたアルフォードの視線を避けるように、移動を始めたアシェル達の後を追いかけていく。
結局この日は予定していた五時間丸まる、術式の論文発表を見て過ごしたのだった。
その間ノアールを独り占めしていたアビゲイルが、とても上機嫌だったのは言うまでもない。
ようやく騒動がひと段落付き、アビゲイルが話題を変えるように話しを続ける。
「ムーラン様は違ったようだけれど、もしかしてモーリス様は、術式には目が無い方なのかしら?流石にお一人残していくわけにはいかないのだけれど。」
「お恥ずかしい話ですが……。兄弟全員母親が違うのですが、母と祖父は術式研究者でして。そんな二人に育てて頂いたので、どうしても新しい術式や論文を見ると没頭してしまうんです。国では近い年頃で同じように語り合える人もいないので、私は純粋に今日の論文展示を楽しみに——あ、いや。勿論国同士の友好を深めるための外交であることも承知していますが。それでも、新しい発見があるのではないかと、楽しみにしてきたのです。皇子としては失格かもしれませんがね。」
モーリスは苦笑しているが、アビゲイルとアークエイドは身近に同じような人種が居るので、明らかに外交がついでで、本命が論文展示だということは分かってしまう。
それでも素直に理由を明かしてくれたモーリスに、悪い気はしなかった。
「素晴らしいことだと思いますわ。それに、同じような感性の持ち主を、わたくし達は知っていますから。でも、そうね。せっかくだから展示はゆっくり見て頂きたいわ。ねぇ、アル。アークの幼馴染にわたくし達を預けるのなら、誰が居たら良いかしら?」
問われた意味が分からずアルフォードが首を傾げていると、アビゲイルは説明をしてくれる。
「アルもアシェルも論文が見たいんじゃなくて?無駄な護衛も居なくなったし、相手方で残っているのはそこの護衛と、もう一人戻ってくる予定の護衛だけなのでしょう?だったら、ユリウス会長に確認は取らなくてはいけないけれど、貴方たちも一緒に論文を見ると良いわ。」
「でもそれは……。」
「これも接待の内だと言えば納得するかしら?モーリス様。術式に関してわたくし達には分かりませんけれど、この二人ならばきっと話し相手として満足いただけるのではないかと思うのだけれど。如何かしら?」
アビゲイルの思わぬ申し出に、モーリスの表情がパァっと輝いた。
「それは!本当によろしいのですか!?あの、ちょっと考え混みすぎて、気持ち悪いとか言われたこともあるのですが……。それでも本当に大丈夫ですか?」
「それを言ったのはムーラン嬢かしら?メイディーは確実に同種だから、気にしなくて良いわ。」
「アビゲイル様……流石にそれは酷くありませんか?……否定はできませんけど。」
「あら。じゃあアルは論文を見なくても良いのかしら?折角面白そうな知識を持っている人間が居るっていうのに。」
「うっ、それは……。」
「貴方が羨ましそうにモーリス様を見ていたのを、気付かないと思って?それで、誰を呼べばいいのかしら?」
「……マリクとエラートを。」
「アシェルもそれで良いかしら?」
話しを振られたアシェルはアークエイドを見る。
いくらアビゲイルが良いと言ってくれても、アークエイドの許可を貰わないわけにはいかない。
「アシェも羨ましそうに見ていたのは分かっている。モーリス殿も喜んでおられるし、一緒に見たら良い。出来れば、私にも教えてくれ。」
「皆様本当に仲が良いんだね。陛下から、それぞれ幼馴染で実力者だろうと伺っているよ。僕は堅苦しいのは苦手なんだ。呼び方も含め、皆普段通り喋ってくれると嬉しいんだけれど、どうかな?あ、僕の護衛達はそういうの気にしないから。」
「それは助かる。俺は二人ほど術式に詳しくないが、一緒に見せて貰っても良いか?」
「勿論!願ってもいない申し出だよ。」
にこやかに笑うモーリスの傍ら、アビゲイルが自身の護衛達にそれぞれ伝言を託し走らせた。
「多分少し待てば結果が届くわ。アルもアシェルも、それまで論文を見に行ってはダメよ。貴方たちは、一度没頭するとわたくしの話なんて耳に届かないでしょう?」
それから程なくして、ユリウスとメルティーからの了承と、マリクとエラートがやってくる。
そしてノアールもだ。
「先に紹介しておくわね。ノア様はもう紹介済みだから。獣人の方がマリクで、もう一人がエラートよ。わたくしの護衛も付いているし、好きなだけ語り合っていただいて構わないわ。」
紹介を受けたマリクとエラートがペコリと頭を下げる。
三人ともしっかり制服に着替えて来てくれていた。
「三人とも……お休みなのにごめんね。」
「気にすんなって。暇してたしな。」
「そーだよー。それに論文見るんでしょー?俺もちょっと見せて貰うけど、しっかり警戒しておくから気にしないでー。あっちは一人だけー?」
「いや。もう一人、ダーガという護衛が戻ってくる。不審者じゃ無いし、肌の色を見ればわかるはずだ。それ以外に警戒してもらったら良い。」
「りょーかい。ゆっくり楽しんでー。」
「僕は探査魔法を使えば良いの?アシェ達の魔力は分からないから、余計なことになっちゃうかな?」
「ノア様はわたくしの癒し要員ですわ。それに、二人とも観なくて良いわ。ねぇ、アシェル。椅子を出してもらえるかしら?」
探査魔法を止めたアシェルは、アビゲイルの希望に合わせて、椅子を四脚出しておく。
アビゲイルがどう座るかはこのあと攻防戦が行われる気がするが、多い分には問題ないだろう。
「モーリス殿の護衛にも用意しましょうか?ずっと立ちっぱなしは辛いでしょうし。」
「いえ、わたくし共は——。」
「折角のご厚意なんだ。受け取っておくと良いよ。それに、ほとんど出歩いている生徒は居ないんだろう?姉上も居ないし、ゆっくりしててくれ。」
「では、有り難く。」
モーリスの言葉にクーフェが頷いたので、追加で二脚の椅子を出しておく。
モーリスはもう既に論文を見たくてうずうずとした様子が隠しきれていない。
アシェルにもとても分かる感覚だ。
「一番端の論文からで良いですか?」
モーリスに連なるようにアシェル達も移動し、それぞれ論文に目を通す。
「なぁ、アシェ。ここはどうなってるんだ?」
「ここ?あぁ、これはこっちの術式の補助だよ。ほら、ここが繋がってるでしょ?これがあることで、こっちの術式と干渉しないようになってるんだ。」
アークエイドの問いに答えながら、アシェルは該当の術式を指で指し示す。
それを一生懸命理解しようとしているアークエイドの隣で、アルフォードは感嘆の声を漏らした。
「へぇ、なるほどな。確かに、この二つだけなら干渉しあうな。」
「アシェル殿は術式への造詣が深いのですね。いやー本当に大海を渡ってきたかいがありました。そうだ。アシェル殿なら、ここは他のモノに置き換えるとしたらどうしますか?僕的には、少しここが残念な気がしていて。あ、紙とペンはここに。」
「ここは……そうですね。僕ならここには、こっちじゃなくてこの術式を選びます。」
アシェルがノートに書いた術式を見て、モーリスが他の術式と見比べながら考察する。
「なるほど。こっちの方が魔力消費量も抑えられるし、一部の術式が不要になりますね。となると、ここがこうなって……。変更点はこんなところでしょうか?」
「えぇ、僕もその方が良いと思います。でももっと良くするなら、ここを……。」
「おぉ!確かに!じゃあ逆にここをこうしたら……。」
二人の万年筆が、ページを黒く染め上げていく。
楽しそうに一つの論文で静かに盛り上がる二人を、アークエイドはどこか落ち着かない気持ちで見つめる。
少しでもアシェルが見ている世界が観たくて一緒にと申し出たものの、既にアシェルはアークエイドのことなど意識の外側だろう。
一般公開でもなく、マリクとエラートが来たことで遠慮なく論文に集中できているのは好ましいことだが、話しに加われないことが少し悔しい。
「アルフォードは、二人の会話は分かるか?」
「じっくり読み解けって言われたら分かるかもしれないが、あのスピードであの二人の話についていくのは無理だな。ほんと、アシェの才能が羨ましいよ。それに、表向き三男で良かったと思うな。」
アルフォードの言葉の意味が分からずにアークエイドが首を傾げていると、アルフォードは苦笑した。
「メイディーの男は探求心も強くて知識に貪欲だが、稀に産まれる女はそうじゃないらしい。一般的にメイディーらしいっていう言葉は、男の為にある言葉なんだよ。知らない人間も多いかもしれないが、貴族なら割と知っててもおかしくない話だ。アシェが俺達と同じものに興味を示してくれて、正直ちょっとホッとしたくらいだからな。」
そういえばアークエイドも、アシェルの邸でそんな話を聞いたなと思い至る。
「そんなに違いがあるのか。」
「らしいぜ。実際にお目にかかったことは無いけどな。でも、アシェの才能が埋もれることが無くて良かった。俺よりも遥か高みに居る父上でさえ、小さい時からアシェのことは一目置いていたからな。」
「メイディー卿が?」
「あぁ。前にアスラモリオンの論文の話してただろ。こっちじゃ手に入りにくいのに、わざわざ毎年、アシェのためだけに取り寄せてるんだ。うちでそれを見るのはアシェだけだからな。アシェの実験小屋も見たんだろ?あれだって父上と兄上が相談して、アシェが思う存分錬金に打ち込めるように建てたんだ。羨ましいくらいの才能を持ってるからな。アシェの観ている世界は、俺にはきっと一生見れないんじゃないかなって思うよ。」
「アルフォードがか?」
「俺はメイディーの中では落ちこぼれだからな。どう頑張っても、兄上ですら越えられる気はしない。ま、俺は俺に出来ることをするだけだけどな。あ、移動するみたいだぞ。」
満足いくまで語り合ったのか、次の論文へ足を向ける二人を見て、アルフォードとアークエイドも移動する。
そこでもやはり二人は、あーでもないこーでもないとノートの空白を埋めていく。
アルフォードとアークエイドも論文を一通り見終え、また二人が満足するまで待機する。
「そういえば……イザベルとはどうなったんだ。」
なんでもないことのようにアークエイドが口にした言葉に、アルフォードが分かりやすいくらい動揺する。
「なっ。なんでアークエイドがソレを知ってるんだよ?」
「ノアが姉上にプロポーズするために、アシェのところへ相談に来たところに居合わせた。イザベルも途中から居合わせて、ノアが帰った後にアルフォードが好きだと話していった。薄々アレリオンかアルフォードを好きなんだろうとは思っていたから、別に驚きはしなかったが。充電だと言いつつ一緒に食卓を囲むことも増えたし、何か進展があったのかと思ってな。」
「そっか……アシェも知ってんのか。いや、イザベルのことだから、そりゃアシェに言うよな。……今のところ返事は保留してる。卒業までには答えを出してやりたいって思うけど、アシェの言うところの“特別な好き”が分からないってやつだな。」
「別にイザベルのことが嫌いではないんだろう?」
「そりゃあ、赤ん坊のころから世話してた大切な義妹だからな。今までそういう目で見たことも無かったし。ただ、真剣に想いを伝えてくれたんだ。中途半端な答えを出すわけにはいかないだろ?イザベルは想いを伝えるだけで良い。出来ればお慈悲だけって言われたけど……そんな無責任なこと出来るわけないだろ。」
困ったように口にするアルフォードは、本当に悩んでいるようだ。
「お慈悲って……下着姿で攻められでもしたか?」
「うっ……なんでそこまで分かるんだよっ。あーそーだよ。しかも、うちの使用人達全員グルだったからな。イザベルから夜這いされるとか、予想できるわけないだろ。」
どうやら、イザベルはアルフォードの部屋に居る使用人達を味方に付けて、告白ついでに夜這いしたらしい。
恐らく、以前カタログで見せられたエリュシオンの下着でも着けて行ったのだろう。
その時のことを思い出したのか、アルフォードの顔が真っ赤に染まった。
「俺としては予想の範疇だ。まぁ、どちらに転んでも、アルフォードが悩んで出した答えなら、イザベルも納得するんじゃないか?」
「そうはいうけどなぁ……。仮に俺と婚約ってなったら、アシェの侍女をどうするかって問題もあるだろ?サーニャは邸に居て貰わないと困るし。」
「そこに関しては、イザベルはアシェの世話をすると言い張ると思うぞ。アルフォードが嫌じゃなければ、だが。」
「あぁ、それもそうだな。なら、それはそこまで気にしなくて良いのか。……どちらにしても、俺がどうするかだよな。アシェが悩むのも分かる気がする。」
「イザベル曰く。メイディーの大切なモノからその上の“特別”になるのは、かなり難しいらしいからな。」
「なんでアークエイドが、イザベルとそんな話をしてるんだよ。」
「アシェとのことで色々と手間を掛けさせてしまってるからな。次に行くみたいだぞ。」
じとっとしたアルフォードの視線を避けるように、移動を始めたアシェル達の後を追いかけていく。
結局この日は予定していた五時間丸まる、術式の論文発表を見て過ごしたのだった。
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