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第二章 王立学院中等部一年生

88 特別な好きは解らない⑤

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Side:アシェル13歳 冬



「……んっ……のど……ぃたい……。」

イキ狂い過ぎて落ちていた意識が浮上した。

声を出しすぎて喉が痛いし、声も掠れてしまっている。

いつの間にか脱がされたネグリジェは布団の端に転がっていて、布団の代わりにアシェルのお腹には、アークエイドの腕が巻きついている。
その腕が伸びている方を見れば、満足気な顔ですやすやと眠る漆黒の髪の持ち主が居た。

お互い下半身はドロドロだ。
寝る前に綺麗にしてくれても良かったのにと思うけれど、アークエイドだってあれだけ動いて射精してるのだ。疲れ切っていただろう。

アークエイドが無防備に眠る姿を観ながら考える。

……かぁ。アークと付き合っても良いけど、それだと婚約がセットだよね。するのにやっぱり別れるとかって言うのもできないし、前世より重い意味だよね。)

ノアールが悩んでいるのは、アビゲイルを危険に晒してしまうかもとか、王都から離れた生活をさせてしまうことに悩んでいた。

ということは、もうノアールの中でアビゲイルはなのだ。

きっとそれは、リリアーデが前世で結婚した相手に感じた感情と、同じか近しいモノなのだろう。

(結婚……したくないな。幸せな家庭って、どうしたら作れるのか分からないもの。)

アシェルに解るのは、施設の同士との家族愛と、今のメイディー家で与えられる愛情だ。

十分に幸せな家庭で育っているとは思うけれど、メアリーは後妻でアベルも忙しいことが多く、あまり両親と一緒に何かをした、という記憶はない。

幸せな家庭は家族と一緒に過ごし、お出掛けというものが頻繁な家、だと思っていた。
ただ貴族とはこういうものなのかもしれないので、メイディーは幸せな家庭なのかもしれないとも思う。

幸せな家庭が思い浮かばないのは、自分が同じことをしてしまいそうで怖いのだろうか。
——同じこと?

「いたっ!」

何故昨日から、記憶を手繰り寄せていると頭痛がするのだろうか。
今まで何かの単語から芋づる式に記憶を辿っても、頭痛がすることは無かった。

それに、靄の中にある蓋のようなものにも気付いてなかった。
ふとした時に見えるこの蓋のされた記憶が、手繰り寄せたい記憶に絡んでいるときに頭痛がしている……気がする。
これはアシェルの記憶ではないのだから思い出さなくて良いだろという、身体の防衛反応のようなものだろうか。

天蓋を眺めながらズキズキと痛む頭を押さえていると、ぎゅっと回されていた腕に力が入った。

「アシェ……大丈夫か?」

「……本当に朝まで、抱き潰されるとは思ってなかった。賢者タイムがあるって思ってたのに……絶倫の人って初めて見たよ。」

「性欲は強いし、朝まで抱き潰しても良いくらいだって、先に宣言してただろ。」

言いながらチュッと頬にキスをしてくれる。
アークエイドから出ている雰囲気が甘ったるい。

「うー薬の効果もあるとはいえ、悔しい。でも効果は素晴らしいし、絞ってたとはいえ、分解にかなり魔力もっていかないと駄目だし、やっぱり最高傑作と言っても過言じゃない出来だよね。……まぁ、効果が強すぎて実用向きじゃないけど。」

「俺の前でだけ飲んでくれるなら、実用品として使ってくれても構わないぞ?」

「……。アークに好き勝手されちゃうから止めとく。」

「迷うくらいセックスが良かったのか、薬を作る過程が楽しかったのか……。」

アシェルが言い淀んだ間の意味を、アークエイドはキッチリ理解していた。
そのどちらもだとは言わないが。

「ふふ、どっちだろうね。あーもう、べっとべとだよ。『クリーン』。うん、少しはスッキリしたかな。アークはどう?気持ち悪いところ残ってない?」

「あぁ、大丈夫だ。」

「僕はシャワー浴びるけど、アークはどうする?」

「洗ってやろうか?」

「僕はベルとサーニャ以外に、お世話してもらうつもりはないからね。っていうか、第二王子が人の世話できるの……?」

「やったことはないが、できるんじゃないのか。」

何とも曖昧な答えだ。

「却下。もし使うなら、応接間寄りの浴室使ってくれていいから。」

身体に回されていた腕からスルリと抜け出し、立ち上がる。
全身重怠いし、お腹は何度も激しく突かれたせいで鈍い違和感が残っている。

身体の中から、昨夜のアークエイドの欲が溢れ出てきて太腿を伝う。
それを『クリーン』で適宜綺麗にしながら、浴室へ向かった。

その姿を見送っていたアークエイドは、小さな溜め息を吐く。
先程のアシェルの中から溢れる自分の子種が、確かにアシェルに注がれたのだという実感をもたらすが。

「アッサリしすぎだろ……。」

恋人にはしてもらえなかったが、情事の後くらいはもう少しイチャイチャしても良いんじゃないだろうか。
そう思いつつ、アークエイドもシャワーを浴びるために立ち上がったのだった。



身体の中に残っている白濁をしっかりと掻き出して洗い、頭からつま先までしっかりと洗ってお風呂を上がった。

バスローブを着て、頭にタオルを巻いて寝室へ戻る。

アークエイドの姿はない。
シャワーを浴びに行ったのだろう。

スキンケアだけしてしまって、魔道ドライヤーと香油、ヘアブラシを持って応接間に向かう。
応接間のソファには、濡れた髪をタオルで拭いているアークエイドが座っていた。

「髪、乾かしてあげようか?」

「……なんでそんな恰好なんだ……。」

いつものように隣に腰を降ろしたアシェルの姿を見て、アークエイドは小さな溜め息を吐く。

「なんでって、お風呂上がりだもん。髪乾かしたら着替えるよ。ほら、後ろ向いて。そのままじゃ服が濡れてるでしょ。」

大人しく背を向けたアークエイドの髪に、掌に伸ばした香油をつけ、魔道ドライヤーで乾かしていく。
僅かな魔力で動くこのドライヤーはコードレスでとても便利だ。

「うん。やっぱり黒曜石を絹糸にしたみたいで、とても綺麗な髪だよね。こんなに綺麗な黒髪の人、僕はアークを見たのが初めてだよ。」

「初めて会った王族が俺だからだろ。漆黒の髪は王家の直系だけだ。」

前世むかしの僕が居た“日本”って国は、大体みんな黒髪だったんだよ。でも、こんなに綺麗な真っ黒は居なかったなって。光に透かすと茶色っぽく見えるものだったんだけど、アークの髪の毛は透けないし、綺麗な艶だし、触り心地は良いし。ふふ、こうやってると、チビ達の髪を乾かしてやってたのを思い出すなぁ。」

児童養護施設には様々な年齢の子供達がやってくる。
小さな子の面倒を見るのは大きな子の役目だ。

「チビ達?」

「あぁ、施設……孤児院出身だったんだ。だから年下の子の面倒見たり、料理だってしてたよ。だから野営も困らないってわけ。侍女が居なくても、大体のことは出来るしね。」

「大変……だったんだな。」

「そんなことないよ。……まぁ、虐めは大変だったかも?孤児の癖に、女の癖に、あとは……っ。……まぁ、そんな感じのこと言われてた。でも、家族同然の親友達が居てくれたから、大丈夫だったよ。」

また頭がズキンと痛む。
今度は一体何が引っかかっているのか。

それに、親友達が居たから大丈夫だった、と思えるのに。何が大丈夫だったのかまでは分からない。

「もしかして、やたらと人の視線に敏感なのはそのせいか?」

「うーん、多分ね。人の表情や声って演技でどうとでもなるでしょ。でも瞳だけは嘘つかないから。自然と人の顔色伺う時は、瞳を見るようになっちゃったんだよね。まぁ、処世術ってやつだね。はい、終わり。」

乾かした髪の足りてない場所に香油を足し、丁寧にブラッシングして仕上げた黒髪は、艶々のサラサラだ。

「ありがとな。」

「どういたしまして。あ、他に聞きたい事があるなら、今のうちに聞いておいて?ベルはこのこと知らないから。“授け子”みたいに完璧な記憶って訳じゃないから、リリィとデュークに流れで話しただけなんだよね。」

アークエイドはその時の会話を盗み聞きしていたとも、二人の兄も一緒に聞いていて知っているとも言えず、押し黙る。
自分の髪の毛を乾かしだすアシェルを眺めた。

「……恋人は?」

「いなかったと思う。少なくとも覚えている限りはいないね。前世むかしみたいに軽いノリで付き合って別れてが当たり前の世界なら、アークと付き合ってみても良かったけど、今世こっちは重さが違うからね……。が解らない限り、アークの気持ちには応えられないかな。」

「軽いノリの世界で恋人がいないのに、技術だけはあって……つまり、それなりに経験者だろ?それでも、俺のは伝わらないのか。解かってはいたが、難敵だな。」

「自分で言うのもなんだけど、アークの言うが、解かる気がしないんだよね。さっさとシャーロット先輩と婚約して、ヤらせてもらったら?」

アークエイドのことは好きだし、大切だとも思うけれど、それは家族や幼馴染達へのものと同じ好きだ。

もし学問であれば、勉強すれば理解できるようになる。
でも人の心は目に見えないし、学問と違って答えが決まっていない。常に移ろう不安定なものだ。
アシェルがそういうものがあると知ってはいても、理解はできない類のもの。
——何故、理解できないと思うのかも解らない。

ズキンと痛む頭に、アークエイドの声が聞こえる。

「あのな……俺はアシェのことが好きだと言ってるだろ?王家は執着心が強いんだ。アシェが分かるまで、いくらでもアタックするさ。ようやく俺の好きが、アシェの好きとは違うって伝わったんだからな。」

「頑張って、って言いたいところだけど。アークに素面で襲われるのは嫌なんだけど……僕が襲う側じゃないと。」

「素面でって……媚薬は酒の代わりか何かか。それに、なんでそこまで拘るんだ。別にいいだろ?」

呆れたようなアークエイドの声を聴きながらドライヤーを当て終わる。
——なんでと言われても答えようがない。嫌なものは嫌なのだ。

また、ズキンと頭が痛む。

男装して過ごす中で男性的な考えになったからだろうかと考えた事があるのだが、どうも、もっと根幹にある何かのような気がする。
頭痛がするということは前世に要因があるのだろうか。

最後にもう一度、香油を薄く追加しブラッシングする。

「それならアークが受け側でもいいじゃない。寝転がっててくれるだけで、良い思いさせてあげるよ?」

「自信たっぷりだな。それじゃ、アシェが気持ち良くならないだろ。」

「当たり前じゃん。僕は、それで満たされるから良いんだよ。」

「俺が満たされない。」

「それでも、襲われるのは嫌。」

「頑固だな。」

「なんとでも。」

ブラッシングを終えて、コトリとテーブルにブラシを置く。

それを待っていたかのように、アークエイドの指がアシェルの銀髪に絡んだ。

「綺麗だな。」

アシェルの銀髪が、部屋の灯のあたり具合で青味を帯びた輝きを見せる。

「僕もそう思う、ありがとう。僕は産みのお母様そっくりらしいよ。お母様の方が、もっと儚げでか弱い女性って感じがしたらしいけど。」

「くくっ、アシェはか弱くはないからな。」

「ふふ、か弱いなんて言われたくないからね。」

二人で笑い合う。

なんだかんだでアークエイドは、一緒に居る時間が長い、居心地の良い相手だなと思う。
戦友や護衛としてならば、いくらでも隣に立ってあげるのになとも。

「なぁ、アシェに特別な好きは返してもらえてないのに、身体だけは繋がっただろ。これからは、どこまでなら許される?」

「どういうこと?」

「俺としては、人目も気にせずキスしたり、抱きしめたりしたいんだが……。恋人にしてもらってないのに、それは流石に駄目かと思ってな。」

アークエイドに少し熱を持ち始めた瞳で言われる。

アークエイドはまさかのバカップル思考だったのか。
人前でもというのは、大量の所有印をつけてくるあたり、周囲への牽制も兼ねているのかもしれないが。

「恋人でも普通人前で、キスしたり抱きしめたりしないものなんじゃないの?」

「生徒会室で実の兄としてるだろ。俺がするのは駄目なのか?」

「僕にあれをしていいのは、アン兄様とアル兄様だけだよ。僕がしてあげるのはいいよ。メルやベルにしてるみたいに、一杯抱きしめて甘やかして欲しいっていうなら考えてあげるけど?」

「まずはその、甘やかしてあげる側になるのが課題か……。じゃあ、人前でなければ?」

「人前じゃなくても……って。今聞いてきた意味ある?」

返事の途中でひょいっと抱えられ、アークエイドに向き合う形で膝の上に乗せられてしまった。
高さが同じになったサファイアブルーの瞳が笑う。

「どうせ“僕がする側なら”って言うんだろ。」

「わかってるじゃない。っていうか、あれだけシたのに、また元気なんだけど?」

「仕方ないだろ。こんな煽情的な姿のまま、俺の前に出てくるのが悪い。」

ギュッと抱きしめられ、チュッと唇に啄むようなキスが降ってくる。

「どこが煽情的なのさ……。」

「寝間着と一緒だ。普通は人に見せる物じゃないからな。」

「ふぅん、面倒だね。寝支度始めたら、また着替えない限りどこにも行けないのか。」

「……まさかと思うが……。」

「寮に入ってから、リリィのところくらいしか行ってないからね。行く場所がないのに出掛けないよ。」

「それも問題だが……それ以上じゃなくて良かった。」

一体アークエイドは、人のことを何だと思っているのだろうか。

コンビニなどがあるわけでもないし、公爵家は基本的に外に出なくても必要なものは揃ってしまう。
なんなら自室で使用人とやり取りするだけで、ほとんどのものが手に入るのだ。

それにアシェルは元々引きこもり体質だ。
実験室と素材、もしくは本があればそれだけで十分楽しめるので、わざわざ外に出たいと思うことがない。

「ところで……するのシないの?シないなら着替えて、本の続き読みたいんだけど。」

「人を節操無しみたいに……何処で読むんだ?閨事はしないが、一緒に居る。」

「寝台に座って読もうかなって。」

「分かった。」

言うが早いか、アークエイドがアシェルを抱えたまま立ち上がり歩き出す。
普段されない抱き上げ方が怖くて、思わずアークエイドの首に腕を回してしがみつく。

「自分で歩ける。」

「知ってる。でもこうすればアシェが抱き着いてくれるだろ?」

落ちたら怖いし、安定感を求めて抱き着きもする。

「ねぇ……昨日から思ってたんだけど、何かアークが甘い気がする……。」

「くくっ、アシェでもそう思うのか?メイディー兄妹はいつもこんな感じか、それ以上だがな。」

「兄妹なんだから、甘いわけないでしょ。」

「言われても理解できないんだろうな。……流石に着替えまで見てたら、我慢できる自信がないからな。」

寝台の上に優しく降ろされたアシェルは、さっさと立ち上がりクローゼットを開けた。

シャツにスラックスだけというラフなスタイルに、広いクローゼットの中で手早く着替え、寝台に上がる。

「ドレスやワンピースじゃないんだな。」

少しだけ残念そうな声のアークエイドの隣に腰を降ろし、枕を立てかけたヘッドボードと壁に身体を預ける。

「似合わないのに、わざわざ着たくないよ。アル兄様みたいな女顔ならいいけど、僕の顔じゃ違和感しか仕事しないから。」

『ストレージ』から昨日読みかけていた本と、まだ手を付けていない本を数冊取り出す。

さぁ読むぞ、と意気込んだところで、アークエイドに抱き寄せられた。

「……何?」

「俺を背もたれ代わりにして読めばいいだろ。アシェの見てる本に興味がある。邪魔はしない。」

つまり、アシェルの後ろから本を覗き見たいということだ。
それならと、アシェルはアークエイドの脚の間に座り、座り心地のいい場所を探す。

思いのほかしっくりとくる場所が見つかり、動きを止めれば見計らったかのようにアークエイドの腕が巻き付いてくる。

「後ろから見てても良いけど、読むスピードの調整とかはできないから、勝手に見てね。」

「解ってる。」

返事を確認して、暖かい腕の中で読書を開始する。

一度文字を追いかけはじめれば、あっという間にアシェルの世界は本の中の情報と自分の記憶と思考だけになってしまう。

アークエイドはそんなアシェルを、愛おしそうに見つめながら抱きしめて過ごしたのだった。
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