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第二章 王立学院中等部一年生

70 新学期①

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Side:アシェル12歳 秋



10月に入り王立学院の後期がやってきた。

前期と授業時間は変わらないが、中等部一年生に限り、後期から家庭科の授業が増えた。
これは女子生徒は必須の花嫁修業だが、家政やお茶会の主催などについての講義の他、中には刺繍をする時間があり一部男子生徒も参加している。
リリアーデ方向音痴に付き添う、という名目でアシェルも受けることになっている。

家政関係やお茶会関係は覚えておいて損はないと思うし、刺繍も嫌いではないので家庭科の授業については参加することに異議はなかった。
デュークは刺繍をしたくないそうだ。

ただ、来年度から女子生徒には必須の音楽の授業が増えるのだ。
これだけは苦手なので、付き添いをデュークに押し付けてでも避けたいところだ。
来年度に相談しないとなと思う。

後期には12月に王立学院祭がある。

一週間かけて行われる文化祭のようなもので、初等部以外のそれぞれのクラスでの出し物が行われる。その他は有志や研究発表などがこまごまとだ。

最初の2日間は学院生のみ、4日間は学院を一般開放、最後の1日は後夜祭で学院生のみ。
という、生徒のみならず王立学院の外からも人が来るお祭りだった。

そのため、その準備も後期が始まった時から始まる。

アシェル達の中等部1年Aクラスも例外ではなかった。

「皆さんの中には初めて参加する人も、一般開放の日に見に来た事がある人もいるかもしれませんが、12月には王立学院祭があります。」

朝のホームルームの時間。
教壇にたったクライス先生が珍しく伝達事項を話す。いつもは挨拶をして終わりだ。

「各クラスで出し物を行うのですが、我々1年Aクラスも何をするのか決めなくてはいけませんし、授業の合間に準備をしなくてはいけません。何かやりたいことはありますか?」

何かやりたいことと言われても、普通はすぐに思い浮かばないだろう。
教室の中がざわざわとしだす。

意見の出てこない生徒達に、ちなみに。と先生は話し出す。

「研究発表のようなものは各授業主催で行われるかと思いますので、被りに注意してくださいね。あと、各種コンテスト、商店街エリアの店舗の出店などがありますね。開催場所はこの教室か空き教室ですね。というわけで、室内で出来ることでお願いしますね。」

クライス先生の言葉が終わると、また教室がざわめきだした。

そんな中一人の琥珀色の髪の女子生徒が手を挙げる。
その生徒はアシェルとリリアーデは時々喋る、【シーズンズ】会長のティエリアの妹、カナリアだ。

「はい、わたくし、執事喫茶が良いと思いますわ。」

教室の半分はどういうことをするの?という感じ、ごく一部我関せずといった感じ、残りが意味を理解して盛り上がる生徒達だ。

「具体的な内容を教えてもらえるかい、カナリア嬢。」

「えぇ。執事喫茶とは生徒が執事になり切って、お客様にティータイムと楽しいひと時を過ごしてもらえるようにするのですわ。とはいえ、執事になり切るというより、いつもの感じのままサーブだけしていただけた方が、十分すぎるほど魅力があると思いますわよ。執事役は見た目や印象重視で、あとは裏方や補助という形で、黒服や侍女姿に扮して喫茶店を運営するんです!」

想像以上に具体的に考えられている内容に、他の意見もないしそれでいいんじゃないかという流れになってきている。

「皆、執事喫茶になったら頑張って頂戴ね。確実に引っ張り出されるわよ。」

リリアーデが楽しそうに笑う。

「ねぇ、リリィ。カナリア嬢に入れ知恵したよね?僕、なんでかそんな気がするんだ。」

確実に“授け子”の入れ知恵だろうと、元凶にジトっとした目を向ける。

「元から喫茶の模擬店はあるみたいよ?ちょっと昔の知識を教えてあげただけだわ。それとも女装メイド喫茶とかの方が良かったかしら?」

「やっぱり……。女装メイド喫茶って誰得なのさ。女装で笑いものになるくらいなら、執事喫茶の方がマシに思えてくるじゃないか……。」

お仕着せメイド服を着たクラスメイトの男性陣を思い浮かべてげんなりする。
もちろんその笑いものにはアシェルも含まれる。女装が似合うのはシオンのような本当に一部の男子だけだ。

「うふふ、そうでしょう?」

「マシなだけ。普通の喫茶店でいいと思うんだけど。」

「それじゃあ面白くないじゃない。」

そんなことをリリアーデと話している間に、アシェル達のクラスの出し物は執事喫茶になってしまった。

具体的な役割分担などは、また明日のホームルームで行うようだ。
いつもより長いホームルームを終えたクラスメイト達は、1限目の授業の為に移動を開始したのだった。





5限目の魔法学応用の授業が終わり、生徒会執行部に向かうアークエイドとノアールにくっついて行ったアシェルは、その応接間セットのソファで紅茶を飲んでいた。

生徒会メンバーは現在会議中だ。

静かに紅茶を飲んで過ごしていると、会議を終えたアルフォードが隣に腰掛ける。

「アシェが俺に会いに来てくれるのは嬉しいな。でも、出来ればいつもの笑顔が見たかったな。」

優しく声を掛けたアルフォードは、イライラとした様子を隠しもしないアシェルの表情に苦笑する。

「外でアシェがそんな表情してるなんて珍しいな。何があったんだ?」

少し心配そうなアルフォードに、アシェルは口を開いた。

「アル兄様、学院祭の後夜祭。ラストダンスを僕と踊ってください。アビー様にはノアが居るので心配いりません。と、言うわけで、僕と踊ってください。」

「ラストダンスをか?いや、あれは婚約者とか恋人とか、好きな人と踊るやつだろ。」

困惑した様子のアルフォードに、アシェルは言い募る。

「えぇ、そう聞いてます。パートナーの居ない意中の相手を誘うとも……。確かに僕は婚約者も意中の相手もいませんよ?でもね、一体どれだけ断れば済むんですかっ。後夜祭のダンス自体は申し込まれたら踊ってやるって言ってるんだから、さっさと解放してよ!授業の移動の度に何度も何度も……なんで目の前の子断ってるの見て、断られるって思わないわけ?僕を授業に行かせたくないの?ふざけんなって思うよね。もうさ、同じセリフで断り続けるの面倒なんだ。めんどくさすぎて、しばらく授業休むことも考えるレベルだよ?休んでも全く困らないから、実験室に籠ってるほうが絶対楽しいよ。——ってわけで、アル兄様が申し出を受けてくれないなら、僕はしばらく授業サボって実験室に引きこもるから。」

いつもの微笑みはすっかり消え失せ、荒くなった口調で半ば脅しのようなセリフを吐いたアシェルに、アルフォードはココに連れてきた幼馴染二人を見た。

二人の表情は申し訳なさそうで、二人にもどうにもできなくて連れてきたことを悟る。

「兄上が怒った時と同じ状態のを俺に押し付けるなよ……。なぁ、アシェ?俺は生徒会の仕事があるから、後夜祭に踊りに行くつもりは——。」

「じゃあ実験室に籠ります。」

「いや、流石にそれは極端だろ。授業はちゃんと受けよう、な?」

アルフォードがどうしたものかと悩んでいる間に、クリストファーがアシェルの反対隣に座った。

「じゃあ僕と踊るのはどうだい?あぁ、でもアシェル君は女性パートは踊れる?僕、エスコートしかしたことないんだよね。」

そっとアシェルの手を取ろうとしたクリストファーの右手を、ペチンと叩き落す。
夏休みのストレス発散で、クリストファーを引っかけてアルフォードから目を逸らさせようとか考えていたが、しばらく保留だ。

「お断りします。なんで僕が先輩と踊らないといけないんですか、絵面が悪すぎるでしょ?アル兄様と僕なら、絶対見た目が綺麗な自信あるもの。アル兄様が女役じゃないのは残念だけど、アル兄様は女性パート踊れませんもんね。仕方ないから僕が女役やってあげます。」

「絵面で断られるのか。まぁ、アルフォード先輩と並んだ方が綺麗って言うのは分かるけど、妬けちゃうね。」

「まて、アシェ。なんで俺が女役じゃないのが残念なんだよ。その仕方ないから男役譲ってやるみたいな。」

肩をすくめるクリストファーと、アシェルの言葉に頭を抱えるアルフォード。

妹は歳を重ねるにつれ、発言や動作が増えていくのだが、これはこれで可愛いと思ってしまう。
だが、実の兄のことを女顔というのだけはどうにかならないだろうか。
これでも地味に気にしているのだ。

「兄弟で女性パート踊れないの、アル兄様だけなんですよ?女顔の癖に、婚約者がアビー様だからって……。グレイニール殿下のパートナーならアン兄様より、絵面的にアル兄様の方が絶対適任なのに。」

「いつも言うけど、女顔ってな……。別に俺が殿下の相手しなくても、兄上が居るからいいだろ。っていうか、別にメイディー家は女性パート踊れるかは必須じゃないだろうが。」

「女顔でしょう?少なくとも、アル兄様より僕の方がカッコイイ自信ありますもん。それに、パーティーなんて不特定多数の人が居る場所に赴くのに、王族の近くに居ないなんてありえないでしょう。パートナー役なら誰よりも近くにいたっておかしくないって考えると、どちらの姿でもきちんと役目をこなせるかは重要です。近くに居れば、ちゃんと毒見役もこなせますから。っていうか、そもそもアビー様の学食の毒見を怠ってるのもどうかと思います。」

イライラした様子でアルフォードに八つ当たりをするアシェルに、アビゲイルがフォローを入れる。

「アルは最初、毒見役を買って出てくれたわよ。わたくしが要らないからって断ったの。だからアルは悪くないのよ。」

「断られてもするべきです。僕だったらアークに断られてもやります。」

「やっぱり貴方たち兄妹は、物凄く過保護ね。わたくし達王族に、そこまで尽くさなくていいのよ?」

苦笑したアビゲイルに、アシェルは首を傾げる。

「尽くしていませんよ?メイディー家の役割と体質的に、王家の身体のことや、薬物の混入を気にするのは当たり前のことなので。」

「……ねぇ、アル。わたくし、どこかで同じようなことを聞いたことがある気がするわ。」

「大丈夫、気のせいじゃないぞ。この辺のことは兄上が教えたから、その……。」

「どうりで同じことを……それは物凄く過保護にもなるわね。」

「で、アル兄様。僕とラストダンス踊ってくれるんですか?踊ってくれないんですか??」

二人にしか分からない何かを話しているが、アシェルは話を戻す。

「いや、仕事で無理なんだよ。本当にごめんな。」

「どうしてもですか?」

「あぁ、無理だな。例年なら違ったかもしれないが、今年は無理なんだ。」

申し訳なさそうなアルフォードに、アシェルは引き下がることにした。
言い訳の用意が出来ないのは残念だが、アルフォードを困らせたい訳ではない。

「分かりました。無理言ってごめんなさい。」

「いいや、大丈夫だよ。俺の方こそごめんな。」

ポンポンと慰めるように頭を撫でられ、ささくれだった心が癒されるような気がする。

「ありがとうございます。はぁ……なんでベルとメルが学院に居ないんでしょう。癒しがアル兄様だけなんて、圧倒的に不足してます。」

甘えるようにぽふっとアルフォードの胸に頭を預ければ、ぎゅっと抱きしめて、よしよしと頭を撫でてくれる。

「イザベルは家のことだし仕方ないだろ。いつでも、ココにも俺の部屋にも来ていいから。今は全部、身の回りのことをアシェがやってるんだろう?疲れてるんじゃないのか??」

心配してくれる、目の前の優しい温もりを抱きしめ返す。

「分かってますもん、ベルも大変なこと。自分のことは髪と肌の手入れが大変なだけです。ベルの真似しなければ楽なんだけど、お手入れの手を抜いたら、絶対ベル怒るでしょ?」

「イザベルはアシェの綺麗に輝く髪も、きめの細かい柔らかい白肌も好きだから、手を抜いたら怒るだろうな。……せめて一人くらい——。」

「それだけは嫌。僕の侍女はベルだけだから。他の侍女寄越したら、アル兄様相手でも怒るよ?」

つい先ほどまで、どこか甘えたような声でアルフォードに抱き着いていたアシェルは、アルフォードの胸元に顔を埋めたまま冷たい声で言う。

「あぁ、もう言わないから。しっかり充電していけ。」

「うん。」





そんなイチャイチャし始めた兄妹を、生徒会メンバーは隣の応接セットに座って見ていた。

「ねぇ、アーク。なんでアシェルが人前でになってるのかしら?貴方何してたの?」

咎めるようなアビゲイルの声に、狼狽えながらアークエイドは答える。

「今、トラスト伯の娘が……侍女がいないんだ。多分それで疲れてるところに、今日のことがあって。」

「ホームルームが終わってから、ここに来るまで。一歩歩けば、誰かしらに話しかけられてラストダンスの誘いを……。それを全部笑顔で丁寧に対応して断ってたから、イライラしてたんだと思います。」

アークエイドの足りてない言葉を、ノアールが補足する。
それを聞いてアビゲイルはため息を吐いた。

「そう……なんとなく想像できたわ。アーク、貴方もっと頑張りなさいよ。こんな時くらい盾になってあげないと可哀想でしょ?」

「アビー様……いつもアシェが僕らの盾になってくれてるんです。今日は少し加勢しようとしたら怒られました。」

しゅんと眉を下げたノアールに、アビゲイルは何とかできないかと頭を悩ませる。

そんなアシェルをよく知る面々を眺めながら、ユリウスが口を開く。

「今日改めて、メイディー家は兄弟愛が強いって言うのを実感したよ。近い友人が誰も驚かないってことは、あの甘ったるい状態が普通なんだろう?」

「まるで付き合いたての恋人のような甘さだわ。」

そう言ってマチルダとユリウスが視線を向けた先では、まだ抱き締め合って頭を撫でている銀髪の兄妹が居る。

「あれで甘ったるいなんて言ってたら、末の義妹を三人がかりで甘やかしているのをみたら胸焼けしますわよ?溺愛ってこの兄妹のためにあるのかしらって思うくらい甘いし、過保護なんだから。」

「あーなんかエトから幼馴染の兄弟が凄いって聞いてたけど、アシェルのことだったのか。」

何をどう伝え聞いたのか分からないが、ダリルはアビゲイルの言葉に一人納得したようだ。

「うーん、先輩もアシェル君も欲しいけど、あれでもマシってことは落とすのには難儀しそうだね。」

「兄様には手に余る相手だと思いますよ、アシェル様は。難易度高すぎです。」

未だにアシェルを狙い続けるミルトン兄弟に、アークエイドのジロリとした睨みが突き刺さる。

「とりあえず……アーク、ノア様。アシェルの機嫌が悪いと思ったらココに連れてきなさい。アルしか適任が居ないみたいだしね。」

そんなアビゲイルの言葉に幼馴染二人は頷いたのだった。
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