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第一章 非公式お茶会
39 レストラン【ウォルナット】①
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Side:アシェル12歳 冬
2月のとある日、メイディー公爵家のタウンハウスの前に王家の家紋が入った馬車が止まった。
そこに乗り込んだアシェルは、アークエイドと向かい合うように座り。ガタゴトと音を立てながら進む馬車で高級商業エリアに向かっていた。
「レストランの名前は、ウォルナットって言ったっけ?行くのは初めてだな。」
「あぁ、俺も行ったことはないな。」
「料理美味しいといいね。最近冒険帰りはサクラばかり寄ってたから、外で和食以外って久しぶりだよ。」
「確かにな。」
そんな他愛のない話をしながら目的地に到着し、店の前で降ろされる。
馬車はこのまま停留所へ向かうようだ。
お互い魔道具は着けずに普段の色のまま訪れている。
アークエイドには護衛もついているが中までついてくることはなく、店の入り口で警備員のような感じで待機するようだ。
赤レンガの外装のお洒落な洋館の扉を潜ると、燕尾服を着た老齢の男性に案内をされる。
店内は入り口から正面に少し空間を区切った先にテーブルの並んでいるフロア、左手には二階へ昇る階段がある。右手には魔道エレベーターの入り口があった。
その魔道エレベーターの方へ案内され、ふわっとした乗り心地に身を任せると数字は4を示す。
「この階はVIPのお客様専用フロアになっております。本日は殿下のみのご案内になっております。」
老齢の店員はそう話しながら真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を進む。
失礼にならないように店舗の外から『探査魔法』で軽く中を確認しておいたが、店員の言う通り4階には誰もいなかった。
廊下に並ぶ一つの扉を開けてくれ、中に入るように促された。
ゆったりとした室内は、部屋の中央に真っ白なクロスのかかったテーブルがある。
調度品も置かれているが、そのどれもに見事な細工が施されており、壁際に主張しすぎない程度に飾られていた。
大きな3枚の窓から光が射しこみ、扉からテーブル付近まで伸びる模様の入った絨毯と、その周囲のつるりとした大理石の床を照らしている。
ふんわり甘い香りのする室内に入り、店員に椅子を引かれアークエイドと向かい合うように席に着く。
(なんだろ。体内魔力が反応してる?)
アシェルが部屋に入ってすぐからの違和感に首を傾げていると、店員が説明を始める。
「こちらの部屋は防犯のため、魔法が発動しないような術式を組んであります。もしかしたら違和感があるかもしれませんが、お身体に影響はございませんのでご安心ください。」
そう言って水差しからグラスへ水を注いでくれる。
違和感はそのせいかもしれないと納得し、話の続きに耳を傾ける。
「お料理ですが、ランチタイムはメインを決めていただき、前菜からメインまで最初にサーブさせていただきます。お食事が終わりのころにデザートと、お飲み物の提供をさせていただきます。スープは最初のサーブの際に数種類ワゴンで運んできますので、その中からお好きなものをお選びください。」
説明を終えペコリと頭を下げた店員から、メインの書かれたメニューを渡される。
「牛フィレ肉のポワレ、赤ワインソースを。」
「僕は鴨のロースト、ベリーソースで。」
「承りました。お飲み物は、赤葡萄を使ったジュースを提供させていただきます。」
メニューは回収され、店員は扉の外へ消えていった。
室内はゆったりとした、落ち着いたメロディーの音楽が小さく流れている。
会話をすれば邪魔をせず、静かであれば耳を楽しませてくれる。
「雰囲気のいいお店だね。」
「そうだな。防犯にも力を入れているようだし。」
「アークは違和感とか感じてない?」
「違和感?」
「うん。なんか体内の魔力の感じが、いつもと違うんだよね。」
「いや、俺は感じないな。普段から、特別魔力の流れを気にしてるからじゃないか?」
「んーそうかも?もう職業病のようなものだよね。」
苦笑して見せればアークエイドもクスリと笑う。
コンコンと扉を叩く音と共にワゴンがやってくる。
女性の給仕がカトラリーを並べてくれ、テーブルの中央にはバケットが盛られたバスケットが置かれた。
それぞれ目の前に前菜、メイン、サラダ、チーズが置かれる。そしてワイングラスに赤ワイン——ではなく、葡萄ジュースが注がれる。
ボトルはワインクーラーの中に沈められ、水差しの隣に置かれた。
「スープですが、4種類の中からお選び頂けます。」
そう言って女性は、ワゴンの上に置かれた湯気の立ち昇る鍋を指し示す。
「こちらからミネストローネ、ポトフ、コーンスープ、枝豆のポタージュとなっております。」
「ミネストローネを。」
「枝豆のポタージュをお願いします。」
注文を聞いた給仕の女性は目の前でスープボウルに注いでくれ、スープもテーブルに並べられた。
「御用の際はテーブルの上のベルを鳴らしてお呼び下さいませ。失礼いたします。」
ペコリと頭を下げ、ワゴンを押しながら女性は出て行った。
「とりあえず乾杯をしようか。」
「うん。」
乾杯、といってジュースの入ったワイングラスを軽くぶつけ合う。
「ん、結構濃厚で美味しいね。」
「だな。」
「ワインが飲めたら、ジュースじゃなくてワインだったんだろうなぁ。」
「未成年だから、こればかりは仕方ないな。」
「だね。じゃあ、一通り少しずつ頂くね?」
「あぁ。」
問題ないと思いつつも、それぞれほんの少しずつ頂いていく。
一品当たりの量がそこまで多くないので、少し気を遣う。
「大丈夫だよ。」
そう伝えれば食事が始まる。
フルコースであればサーブされた順番に食べ進めるが、ついついバケットにチーズを乗せたら美味しそうだよなぁと思ってしまう。
ちらちらチーズを見ているのが気になったのか、アークエイドが首を傾げた。
「どうした?」
「いや、お行儀悪いかもだけど、バケットにチーズ乗せて食べたいなぁって。ちょっと思っただけ。」
「二人だけなんだ、気にせずに食べていいと思うぞ。」
行儀が悪いと注意されるかと思っていたのに、あっさりと許可がでてしまう。
「いいの?」
「プライベートだし、咎める者はいない。」
「ありがとう。」
前菜を早々に食べ終え、スープの合間にバケットへ手を伸ばす。
ブルーチーズに蜂蜜をたっぷりかけて口に入れれば、じゅわっとした甘さとブルーチーズのピリッとした辛味が美味しい。
「んー幸せ。」
自然と顔が綻ぶ。
「チーズは好きなのか?」
「うん、結構好きだよ。癖のあるものもないものも美味しいって思うよ。好みは分かれるんだろうけど。」
「確かに分かれるだろうな。……成人して皆で酒を飲むことがあれば、チーズも用意するか。」
「いいね、それ。王立学院に居る間に成人を迎えるし、誰かの部屋とかで飲み会みたいなのができたら楽しいだろうね。」
「くくっ、そうだな。」
そう言って笑うアークエイドのワイングラスが空いてるのをみて、ボトルからジュースを注ぐ。
アークエイドはアシェルの真似をして、バケットにブルーチーズと蜂蜜を乗せているところだ。
その顔が心なしか赤い気がする。
「アーク、部屋暑い?」
「ん?あぁ、少し火照るような気はするが、暑いというほどではないな。」
「そっか、もし暑いなら上着脱いじゃってもいいからね。それこそ他の人はいないんだし。」
室内は程よく暖かいのでスープで身体が温まったのだろう。
まだ半分ほどしかスープを飲んでないアシェルに対して、アークエイドはあと少しというところまで飲んでいた。
ポタージュが冷め切る前にと、残りのスープを口にする。
メインの皿には選んだお肉とフォアグラが乗っていて、とても豪華だ。
「食事も美味しいし、いいところだね。……アーク?」
「ん……?あぁ、そうだな。」
アシェルに合わせてメインに手を付け始めたアークエイドの顔が、先ほどよりも赤く熱を帯び、心なしか息が荒くなっている気がする。
「熱っぽい?風邪でも引いた??」
急に熱が上がったのだろうかと思いそう問いかけるが、首を振られる。
「いや、違う。多分これは……。なぁ、アシェ。スープとジュース。少しだけ舐めてくれないか?」
その言葉に何か混ざっていたのかと慌てて、まずはアークエイドのグラスを手に取る。
グラスを傾け液体を嚥下すれば、違和感のある体内魔力が解毒しようと働きだすのが解る。
致死毒や麻痺毒の類ではないようだが判別はつかない。
続いてスープを一口飲めば、こちらはグラスよりも強い働きを感じる。
グラスの中の液体と同じ成分が含まれているらしい。
最初に毒見をした際には感じなかったはずなのに。
「なん……で?ごめん、アーク!どっちも何か入ってる、私の落ち度だ。しかも、これが何か分からない。本当にごめん。」
「いや、恐らく器に付着させていたか何かで、時間で溶けるようになってたんだろう。」
そう言って深呼吸して息を整えながらアークエイドは続ける。
「コレには心当たりがある。命に危険があるようなものではないから気にするな。だが、もう店は出たほうがいい。」
アークエイドはその成分に心当たりがあるらしい。
「当たり前だよ。会計済ませて帰ろう。」
チリンチリンとベルを鳴らす。
2度、3度と鳴らすが人の気配がない。
「まさか……。」
アシェルは席を立ち、扉に手をかけるが鍵がかかっている。
ガチャガチャという音に「閉じ込められたか。」という声が背後から聞こえた。
「クソっ。」
思わず悪態をつき、今度は窓ガラスに近寄る。
4階なら魔力を使えば脱出は可能なはずだ。
室内では使えなくても、窓の向こうであれば魔法が発現するだろう。
そう思い窓を開こうとしたのだが。
「なにコレ……。」
その手の平から伝わってくるのは窓のつるりとした感触ではなく、ごつごつとした感触だった。
視覚からの情報と、手の平からの情報の違いに頭が混乱する。
少なくとも、部屋の中は見たままの状態ではないようだ。
他の窓は?そう思いさらに足を動かそうとしたところで、部屋の中に第三者の声が響いた。
『我がレストランでのお食事は、お楽しみいただけておりますかな。そろそろお気づきのころかと思いますが、その部屋から出ることは敵いませんよ。一時間の後にお迎えにあがりますので、せいぜいその間楽しんでくださいね。あぁそうそう、その部屋は魔法が使えないのではなくて、魔法に対する障壁を壁や床に張り巡らせておりますので、力技でどうにかするのは無駄ですよ。それでは。』
ウォレン侯爵の声が一方的に言いたいことを述べて途絶えた。
声を届ける魔道具が部屋のどこかにあるのだろう。
そして声が消えると同時に部屋の中に濃い靄がかかったようになり、部屋に入った時に感じた甘い香りが濃厚に漂ってくる。
その香りにまた体内魔力が反応する。
「……ぅ……。はぁ……はぁ……。」
シーンと静まり返った室内にアークエイドの荒い息が響く。
アシェルの身体も熱を持ち始めたのが分かった。
「アーク、盛られた薬はなんなの?この部屋、見た目と構造が違うみたいなんだ。窓からの脱出も期待できそうにない。」
そう言って大きな窓に見える部分を触っていくが、やはりどこもごつごつとしていた。
(魔法が使えないわけではないと言っていたっけ。)
意識して『探査魔法』を発動すると、すんなりと魔法は発現した。
魔力の波を部屋の中に広げていくが、3つあるように見える窓の一番左端の上部にだけ、空気穴のような小さな隙間があった。
規則的に並んだごつごつは、レンガの壁がむき出しになっているように感じる。
あとは絨毯とテーブルがあるのみで、周囲に見えている調度品も存在しなかった。
舌打ちしたくなる気持ちを抑えてテーブルに戻ると、椅子の上で自身の身体を抱き込むようにしたアークエイドが目に入る。
——どこかで似た光景を見たことがある気がした。
「待て……この、テーブル以上は。近づくな……っ、はぁ……。」
「そうは言っても……解毒するなら身体に触れないと無理だよ。」
火照った体を冷やそうと水を飲んだアシェルは、向かいに座るアークエイドを見やる。
「……だめだ……。多分、食事に混ざっていたのも。……はぁはぁ……この香も、媚薬だ。」
「媚薬……。」
その言葉に、以前見た光景はリリアーデだと思い至った。
そしてわざわざウォレン侯爵がアークエイドに、毒薬ではなく媚薬を盛る理由を考える。
「娘と既成事実を作りたい……の?」
「あぁ、恐らく、な……。」
ウォレン侯爵、ウォレン嬢、甘い香り。
そう考えて、以前焼き菓子から感じた謎のハーブも同じ香りがしていたことや、同じように魔力が反応したことを思い出す。
今と全く同じ反応ではないが、媚薬の成分だとすれば知識と糸は繋がり、該当する薬草が判明する。
(もっと早く気が付いていれば……!)
まずは幼馴染を相手の思惑から助けなくてはいけない。
「アークエイド殿下、一番左の窓。あの上には通気口があります。あの窓の辺りで、床に座っていただくことはできますか?あそこが一番空気の流れがあって、香の影響が少なくなると思います。」
「……あぁ。」
そういって、アークエイドはのろのろと移動を始める。
アシェルはホルスターからマナポーションを取り出し飲んだ後、体内の魔力を絞った。
自身の解毒は最小限にして、室内を調べ。まずは香をどうにかできないか調べる。
その上で、アークエイドの解毒作業に魔力を割かねばならない。
もう一度『探査魔法』で室内を確認するが、香炉のようなものの反応はない。
その間に幻視の窓際にアークエイドが腰を下ろしたのをみて、アシェルはそこ向かう。
中身を一旦絨毯にぶちまけて『水魔法』で中身を満たした水差しと、同じようにしたワインクーラーのバケツを持ってだ。
「殿下。お辛いでしょうが聞いてください。あとで解毒に来ますが、私は香炉がどこかにないか、一度室内を探してまいります。そのあいだ毒素を可能な限り、汗として出してください。水を用意してますので、無理のない範囲で飲んでください。殿下の周囲の温度を上げさせていただきますね。解毒については、戻ってからまた説明します。」
アークエイドの隣に水を満たした容器を置いて、『火魔法』でアークエイドの周囲を真夏日くらいの温度に調整する。
返事も聞かずに部屋の壁に沿って手で探りながら、空気の流れや色濃く香の立ち込める場所がないか確認しながら歩いていく。
(身体が……熱い…。)
部屋に入った瞬間から微量ながらこの香の臭いを嗅ぎ続け、食事にも媚薬を盛られていたアークエイドの身体は相当辛いだろう。
香炉の確認のために時間をかけすぎるわけにはいかなかった。
ぐるりと室内を一周するが、どこから香が立ち込めているのか分からない。
『探査魔法』を部屋の外まで伸ばすものの、それでも目ぼしい結果は得られない。
(タイムリミットまで、あと50分程度かな。)
あまり意味はないかもしれないが、マナポーションをもう一つ飲んで、扉に向かって「『爆破』。」と唱える。
出現した熱源は扉にぶつかると同時に霧散した。
力技での脱出もできないのを確認して、アークエイドの元へ戻る。
2月のとある日、メイディー公爵家のタウンハウスの前に王家の家紋が入った馬車が止まった。
そこに乗り込んだアシェルは、アークエイドと向かい合うように座り。ガタゴトと音を立てながら進む馬車で高級商業エリアに向かっていた。
「レストランの名前は、ウォルナットって言ったっけ?行くのは初めてだな。」
「あぁ、俺も行ったことはないな。」
「料理美味しいといいね。最近冒険帰りはサクラばかり寄ってたから、外で和食以外って久しぶりだよ。」
「確かにな。」
そんな他愛のない話をしながら目的地に到着し、店の前で降ろされる。
馬車はこのまま停留所へ向かうようだ。
お互い魔道具は着けずに普段の色のまま訪れている。
アークエイドには護衛もついているが中までついてくることはなく、店の入り口で警備員のような感じで待機するようだ。
赤レンガの外装のお洒落な洋館の扉を潜ると、燕尾服を着た老齢の男性に案内をされる。
店内は入り口から正面に少し空間を区切った先にテーブルの並んでいるフロア、左手には二階へ昇る階段がある。右手には魔道エレベーターの入り口があった。
その魔道エレベーターの方へ案内され、ふわっとした乗り心地に身を任せると数字は4を示す。
「この階はVIPのお客様専用フロアになっております。本日は殿下のみのご案内になっております。」
老齢の店員はそう話しながら真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を進む。
失礼にならないように店舗の外から『探査魔法』で軽く中を確認しておいたが、店員の言う通り4階には誰もいなかった。
廊下に並ぶ一つの扉を開けてくれ、中に入るように促された。
ゆったりとした室内は、部屋の中央に真っ白なクロスのかかったテーブルがある。
調度品も置かれているが、そのどれもに見事な細工が施されており、壁際に主張しすぎない程度に飾られていた。
大きな3枚の窓から光が射しこみ、扉からテーブル付近まで伸びる模様の入った絨毯と、その周囲のつるりとした大理石の床を照らしている。
ふんわり甘い香りのする室内に入り、店員に椅子を引かれアークエイドと向かい合うように席に着く。
(なんだろ。体内魔力が反応してる?)
アシェルが部屋に入ってすぐからの違和感に首を傾げていると、店員が説明を始める。
「こちらの部屋は防犯のため、魔法が発動しないような術式を組んであります。もしかしたら違和感があるかもしれませんが、お身体に影響はございませんのでご安心ください。」
そう言って水差しからグラスへ水を注いでくれる。
違和感はそのせいかもしれないと納得し、話の続きに耳を傾ける。
「お料理ですが、ランチタイムはメインを決めていただき、前菜からメインまで最初にサーブさせていただきます。お食事が終わりのころにデザートと、お飲み物の提供をさせていただきます。スープは最初のサーブの際に数種類ワゴンで運んできますので、その中からお好きなものをお選びください。」
説明を終えペコリと頭を下げた店員から、メインの書かれたメニューを渡される。
「牛フィレ肉のポワレ、赤ワインソースを。」
「僕は鴨のロースト、ベリーソースで。」
「承りました。お飲み物は、赤葡萄を使ったジュースを提供させていただきます。」
メニューは回収され、店員は扉の外へ消えていった。
室内はゆったりとした、落ち着いたメロディーの音楽が小さく流れている。
会話をすれば邪魔をせず、静かであれば耳を楽しませてくれる。
「雰囲気のいいお店だね。」
「そうだな。防犯にも力を入れているようだし。」
「アークは違和感とか感じてない?」
「違和感?」
「うん。なんか体内の魔力の感じが、いつもと違うんだよね。」
「いや、俺は感じないな。普段から、特別魔力の流れを気にしてるからじゃないか?」
「んーそうかも?もう職業病のようなものだよね。」
苦笑して見せればアークエイドもクスリと笑う。
コンコンと扉を叩く音と共にワゴンがやってくる。
女性の給仕がカトラリーを並べてくれ、テーブルの中央にはバケットが盛られたバスケットが置かれた。
それぞれ目の前に前菜、メイン、サラダ、チーズが置かれる。そしてワイングラスに赤ワイン——ではなく、葡萄ジュースが注がれる。
ボトルはワインクーラーの中に沈められ、水差しの隣に置かれた。
「スープですが、4種類の中からお選び頂けます。」
そう言って女性は、ワゴンの上に置かれた湯気の立ち昇る鍋を指し示す。
「こちらからミネストローネ、ポトフ、コーンスープ、枝豆のポタージュとなっております。」
「ミネストローネを。」
「枝豆のポタージュをお願いします。」
注文を聞いた給仕の女性は目の前でスープボウルに注いでくれ、スープもテーブルに並べられた。
「御用の際はテーブルの上のベルを鳴らしてお呼び下さいませ。失礼いたします。」
ペコリと頭を下げ、ワゴンを押しながら女性は出て行った。
「とりあえず乾杯をしようか。」
「うん。」
乾杯、といってジュースの入ったワイングラスを軽くぶつけ合う。
「ん、結構濃厚で美味しいね。」
「だな。」
「ワインが飲めたら、ジュースじゃなくてワインだったんだろうなぁ。」
「未成年だから、こればかりは仕方ないな。」
「だね。じゃあ、一通り少しずつ頂くね?」
「あぁ。」
問題ないと思いつつも、それぞれほんの少しずつ頂いていく。
一品当たりの量がそこまで多くないので、少し気を遣う。
「大丈夫だよ。」
そう伝えれば食事が始まる。
フルコースであればサーブされた順番に食べ進めるが、ついついバケットにチーズを乗せたら美味しそうだよなぁと思ってしまう。
ちらちらチーズを見ているのが気になったのか、アークエイドが首を傾げた。
「どうした?」
「いや、お行儀悪いかもだけど、バケットにチーズ乗せて食べたいなぁって。ちょっと思っただけ。」
「二人だけなんだ、気にせずに食べていいと思うぞ。」
行儀が悪いと注意されるかと思っていたのに、あっさりと許可がでてしまう。
「いいの?」
「プライベートだし、咎める者はいない。」
「ありがとう。」
前菜を早々に食べ終え、スープの合間にバケットへ手を伸ばす。
ブルーチーズに蜂蜜をたっぷりかけて口に入れれば、じゅわっとした甘さとブルーチーズのピリッとした辛味が美味しい。
「んー幸せ。」
自然と顔が綻ぶ。
「チーズは好きなのか?」
「うん、結構好きだよ。癖のあるものもないものも美味しいって思うよ。好みは分かれるんだろうけど。」
「確かに分かれるだろうな。……成人して皆で酒を飲むことがあれば、チーズも用意するか。」
「いいね、それ。王立学院に居る間に成人を迎えるし、誰かの部屋とかで飲み会みたいなのができたら楽しいだろうね。」
「くくっ、そうだな。」
そう言って笑うアークエイドのワイングラスが空いてるのをみて、ボトルからジュースを注ぐ。
アークエイドはアシェルの真似をして、バケットにブルーチーズと蜂蜜を乗せているところだ。
その顔が心なしか赤い気がする。
「アーク、部屋暑い?」
「ん?あぁ、少し火照るような気はするが、暑いというほどではないな。」
「そっか、もし暑いなら上着脱いじゃってもいいからね。それこそ他の人はいないんだし。」
室内は程よく暖かいのでスープで身体が温まったのだろう。
まだ半分ほどしかスープを飲んでないアシェルに対して、アークエイドはあと少しというところまで飲んでいた。
ポタージュが冷め切る前にと、残りのスープを口にする。
メインの皿には選んだお肉とフォアグラが乗っていて、とても豪華だ。
「食事も美味しいし、いいところだね。……アーク?」
「ん……?あぁ、そうだな。」
アシェルに合わせてメインに手を付け始めたアークエイドの顔が、先ほどよりも赤く熱を帯び、心なしか息が荒くなっている気がする。
「熱っぽい?風邪でも引いた??」
急に熱が上がったのだろうかと思いそう問いかけるが、首を振られる。
「いや、違う。多分これは……。なぁ、アシェ。スープとジュース。少しだけ舐めてくれないか?」
その言葉に何か混ざっていたのかと慌てて、まずはアークエイドのグラスを手に取る。
グラスを傾け液体を嚥下すれば、違和感のある体内魔力が解毒しようと働きだすのが解る。
致死毒や麻痺毒の類ではないようだが判別はつかない。
続いてスープを一口飲めば、こちらはグラスよりも強い働きを感じる。
グラスの中の液体と同じ成分が含まれているらしい。
最初に毒見をした際には感じなかったはずなのに。
「なん……で?ごめん、アーク!どっちも何か入ってる、私の落ち度だ。しかも、これが何か分からない。本当にごめん。」
「いや、恐らく器に付着させていたか何かで、時間で溶けるようになってたんだろう。」
そう言って深呼吸して息を整えながらアークエイドは続ける。
「コレには心当たりがある。命に危険があるようなものではないから気にするな。だが、もう店は出たほうがいい。」
アークエイドはその成分に心当たりがあるらしい。
「当たり前だよ。会計済ませて帰ろう。」
チリンチリンとベルを鳴らす。
2度、3度と鳴らすが人の気配がない。
「まさか……。」
アシェルは席を立ち、扉に手をかけるが鍵がかかっている。
ガチャガチャという音に「閉じ込められたか。」という声が背後から聞こえた。
「クソっ。」
思わず悪態をつき、今度は窓ガラスに近寄る。
4階なら魔力を使えば脱出は可能なはずだ。
室内では使えなくても、窓の向こうであれば魔法が発現するだろう。
そう思い窓を開こうとしたのだが。
「なにコレ……。」
その手の平から伝わってくるのは窓のつるりとした感触ではなく、ごつごつとした感触だった。
視覚からの情報と、手の平からの情報の違いに頭が混乱する。
少なくとも、部屋の中は見たままの状態ではないようだ。
他の窓は?そう思いさらに足を動かそうとしたところで、部屋の中に第三者の声が響いた。
『我がレストランでのお食事は、お楽しみいただけておりますかな。そろそろお気づきのころかと思いますが、その部屋から出ることは敵いませんよ。一時間の後にお迎えにあがりますので、せいぜいその間楽しんでくださいね。あぁそうそう、その部屋は魔法が使えないのではなくて、魔法に対する障壁を壁や床に張り巡らせておりますので、力技でどうにかするのは無駄ですよ。それでは。』
ウォレン侯爵の声が一方的に言いたいことを述べて途絶えた。
声を届ける魔道具が部屋のどこかにあるのだろう。
そして声が消えると同時に部屋の中に濃い靄がかかったようになり、部屋に入った時に感じた甘い香りが濃厚に漂ってくる。
その香りにまた体内魔力が反応する。
「……ぅ……。はぁ……はぁ……。」
シーンと静まり返った室内にアークエイドの荒い息が響く。
アシェルの身体も熱を持ち始めたのが分かった。
「アーク、盛られた薬はなんなの?この部屋、見た目と構造が違うみたいなんだ。窓からの脱出も期待できそうにない。」
そう言って大きな窓に見える部分を触っていくが、やはりどこもごつごつとしていた。
(魔法が使えないわけではないと言っていたっけ。)
意識して『探査魔法』を発動すると、すんなりと魔法は発現した。
魔力の波を部屋の中に広げていくが、3つあるように見える窓の一番左端の上部にだけ、空気穴のような小さな隙間があった。
規則的に並んだごつごつは、レンガの壁がむき出しになっているように感じる。
あとは絨毯とテーブルがあるのみで、周囲に見えている調度品も存在しなかった。
舌打ちしたくなる気持ちを抑えてテーブルに戻ると、椅子の上で自身の身体を抱き込むようにしたアークエイドが目に入る。
——どこかで似た光景を見たことがある気がした。
「待て……この、テーブル以上は。近づくな……っ、はぁ……。」
「そうは言っても……解毒するなら身体に触れないと無理だよ。」
火照った体を冷やそうと水を飲んだアシェルは、向かいに座るアークエイドを見やる。
「……だめだ……。多分、食事に混ざっていたのも。……はぁはぁ……この香も、媚薬だ。」
「媚薬……。」
その言葉に、以前見た光景はリリアーデだと思い至った。
そしてわざわざウォレン侯爵がアークエイドに、毒薬ではなく媚薬を盛る理由を考える。
「娘と既成事実を作りたい……の?」
「あぁ、恐らく、な……。」
ウォレン侯爵、ウォレン嬢、甘い香り。
そう考えて、以前焼き菓子から感じた謎のハーブも同じ香りがしていたことや、同じように魔力が反応したことを思い出す。
今と全く同じ反応ではないが、媚薬の成分だとすれば知識と糸は繋がり、該当する薬草が判明する。
(もっと早く気が付いていれば……!)
まずは幼馴染を相手の思惑から助けなくてはいけない。
「アークエイド殿下、一番左の窓。あの上には通気口があります。あの窓の辺りで、床に座っていただくことはできますか?あそこが一番空気の流れがあって、香の影響が少なくなると思います。」
「……あぁ。」
そういって、アークエイドはのろのろと移動を始める。
アシェルはホルスターからマナポーションを取り出し飲んだ後、体内の魔力を絞った。
自身の解毒は最小限にして、室内を調べ。まずは香をどうにかできないか調べる。
その上で、アークエイドの解毒作業に魔力を割かねばならない。
もう一度『探査魔法』で室内を確認するが、香炉のようなものの反応はない。
その間に幻視の窓際にアークエイドが腰を下ろしたのをみて、アシェルはそこ向かう。
中身を一旦絨毯にぶちまけて『水魔法』で中身を満たした水差しと、同じようにしたワインクーラーのバケツを持ってだ。
「殿下。お辛いでしょうが聞いてください。あとで解毒に来ますが、私は香炉がどこかにないか、一度室内を探してまいります。そのあいだ毒素を可能な限り、汗として出してください。水を用意してますので、無理のない範囲で飲んでください。殿下の周囲の温度を上げさせていただきますね。解毒については、戻ってからまた説明します。」
アークエイドの隣に水を満たした容器を置いて、『火魔法』でアークエイドの周囲を真夏日くらいの温度に調整する。
返事も聞かずに部屋の壁に沿って手で探りながら、空気の流れや色濃く香の立ち込める場所がないか確認しながら歩いていく。
(身体が……熱い…。)
部屋に入った瞬間から微量ながらこの香の臭いを嗅ぎ続け、食事にも媚薬を盛られていたアークエイドの身体は相当辛いだろう。
香炉の確認のために時間をかけすぎるわけにはいかなかった。
ぐるりと室内を一周するが、どこから香が立ち込めているのか分からない。
『探査魔法』を部屋の外まで伸ばすものの、それでも目ぼしい結果は得られない。
(タイムリミットまで、あと50分程度かな。)
あまり意味はないかもしれないが、マナポーションをもう一つ飲んで、扉に向かって「『爆破』。」と唱える。
出現した熱源は扉にぶつかると同時に霧散した。
力技での脱出もできないのを確認して、アークエイドの元へ戻る。
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