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本編
チェルナーム孤児院の日常2
しおりを挟む空は、満天の星空で満月の月明かりが暗い闇を優しく照らす夜…………
静寂の暗闇は、いつもは不気味さを放つが、このような夜は、何処か幻想的で、美しいと思える光景を作り出す
そんな光景を窓から見ていた俺だが、時計を確認した後、部屋を出れば、鍵を閉めた
子供達が寝静まった頃、こうして孤児院を歩き、何処かに異常はあるか、寝ぼけて部屋から出歩いてる子が居ないかを確認するのが、俺の日課である
まぁ、それが原因で毎朝、鼻と口を押さえられてるんだけどな…………
これは、ティア達に任せる訳には、行かねぇしな
ティア達だって、女性なんだ
もっと気を使ってもいいと思うんだけど、当の本人達は、『『『そんなのやってる暇あったら、子供達を優先する!!』』』って、堂々と言ったしな…………
せめて化粧品くらいは、贅沢してもいいと思うんだよな………
一応、給料は、払ってるけど………、いや………、ティアに至っては、給料を貰っても俺と同じインベントリを共有してるから、俺に預けてくるしな…………
っと、くだらない悩みは、置いといて、俺は、孤児院の外に出た
月明かりが照らす中、入口の門の鍵がかかってるのを、確認すれば、その足で畑の方へと向かった
畑は、新たに実った実を夜風が揺らすだけで、静かだ
そして時折、聞こえてくる虫の囀りが心地よく感じられる
ふと、畑の真ん中に誰かが、立ってるのが見えた
「……………よぉ、静かで過ごしやすいな
【マリア】」
「あっ、ノア様」
近付いて、確認し、声をかければ、マリアは、俺に気付いて、頭を下げた
そんな事をしなくてもいい、と、前に伝えたのだが、なかなか直してくれず、毎回、苦笑いを浮かべてしまう
マリア・キャスタニア
彼女は、このチェルナーム孤児院の建物を買う前にここで出会った
栗毛の髪が夜風で揺れるのを見ながら、ふと、彼女の足元を見れば、彼女の足首から下は、消えていた
いや、正確には、彼女も薄らと半透明になっている
そう…………、彼女は、生きている人間では無く、死んでいる人間………
いわゆるゴーストと言っていいだろう
いや、正確的には、ゴーストも違うが、それは置いておこう
「畑で何してんだ?」
「今日は、月が綺麗でしたから、少し眺めてました」
俺が聞けば、彼女は、また月を仰ぎ、楽しそうに見ていた
それに釣られて、月を見れば、雲ひとつもない夜空に、満月が優しく光っていた
「そういや、満月だったな」
「はい、こんなに綺麗な満月は、久しぶりですね」
「そうだな」
俺は、そう返事をしながら、マリアを見た
マリアは、夜にしか、姿を現さない
いや、昼でも居るが、普通の人とかは、見えていない
だが、ここでは、違う
孤児院の周辺に魔法陣を展開しているから、普通の人でも、マリアを見ることがある
まぁ、マリアの意識次第で、発動するようにしてるから、本人が姿を見せたくない場合は、常に消えた状態だけどな
だけど、そんな彼女だが、夜に関しては、彼女の独断場だ
夜、彼女はこの孤児院を見回ったり、畑で仕事を引き継いだり、寝ぼけたり、トイレに行こうとした子供達に声をかけ、一緒に居てくれる
だがら、子供達は、[夜にしか会えない優しいお姉ちゃん]、と、認識していて、懐いている
ティア達とも、夜遅くまで話していて、彼女達が眠たくなれば、自分は、部屋から出て行く事を繰り返したりしている
本当ならマリアもちゃんと睡眠取れるように出来るが、本人が望んでないからしていない
「あら?」
「どうした?」
そんな事を思っていれば、ふと、マリアが声を出して、孤児院の方を見ていた
「こんな時間に部屋から出るなんて…………、方向的には、トイレね」
「子供達か?」
「えぇ、【アマンダ】と【オスカル】ね
ちょっと行って来ますね」
そう言い、マリアは、俺に頭を下げてから孤児院の方へ、駆けていき、壁をすり抜けて、孤児院に入っていった
マリアが去った後、畑は、いつものように静寂が訪れ、少し寂しさがある
そう感じ、俺も裏口の扉の確認をしてから、孤児院に戻れば、自室に戻り、寝ようと欠伸を噛みしめながら廊下を歩いていれば、ふと、目の前の扉の隙間からランタンの明かりが漏れてるのが見えた
(こんな時間まで…………、何してんだ?)
扉前に立ち、迷ったが、ノックを数回すれば、中から何かを置いたのか、小さく「カチャン………」、と、聞こえて来た
そして足音が扉に近付いてくれば、扉が開いた
「やっぱりノアだった」
「夜遅くまで何やってんだ?
【ネビア】」
扉から出てきたネビアは、アラクネの特徴である4本の手の内の一つで、部屋奥を指さした
指さした方を見れば、山のように積み重なった服や下着が、置かれていた
「子供達の服、そろそろ替え時かと、思って
集中してたら、こんなになっちゃった」
「お前の集中力………
何処から出てくるんだよ………」
「うーーん…………、わかんない♪」
ニッカリと笑うネビアに、俺は溜息を吐きながら頭を掻いた
ネビア・チェルナーム
ティアと同じ難民で、俺が孤児院をやると、相談した時、真っ先に手伝いを名乗り出てくれた一人である
アラクネ族と言う種族にしか、出来ない事という事で子供達、そしてティア達の服を作ったりしてくれている
元々、魔族の肌に人族の服は、合わないみたいだから、ネビアが居てくれたお陰で、子供達の服を揃えられている
『男っぽいって、言われるけど、こういうの得意なんだよねぇ♪』、と、得意げに服を縫っていたのを、思い出した
確かにネビアの性格は、何処か男っぽい所があるが、それは仕方ない事だ
彼女が居た難民のグループには、男が数人と、男に育てられた女が数人だった
自然と男っぽい性格になるのは、仕方ない事だと、言える
「ノア、そろそろノアの服も作ってあげようか?
ボクが一から、ノアの隅々までぴったりの服を」
「あー、と、それは今度な
今は服に困ったことは無いから」
「ちぇー………、いつになったらノアの服を作れるんだろ………
早くしないと、我慢できなくて襲っちゃう…………」
ネビアが拗ねて、ボソボソと呟いてるが、小さすぎて聞こえない…………
まぁ、気にしなくていい内容だろう
「今は、どんなの作ってるんだ?」
「見てく!?」
俺が積み重なってる服に興味を持てば、目を輝かせながらネビアが、手を取り、部屋に引っ張り込んできた
そしてソファに俺を座らせると、前に来れば、様々な服を持ってきた
「ほら!! どぉ!?
このデザイン!!
男の子が好きなのを、イメージして作ってみたんだ!!」
「へぇ……………、寒さとかは?」
「もちろん完全に防げる!!
とは、いかないけどある程度なら厚着しなくてもいいよ」
ネビアが作った服を手に取り、肌触りを確かめながら、防寒の効果を聞けば、ネビアが頭を掻きながら、言ってきた
ネビアは、他のアラクネ族と違い、魔力を帯びた糸、【魔糸】を出せる
魔糸は、文字通り、魔力が込められてる糸
しかもその魔力は、糸自身が魔力を生成続ける為、魔力切れにならない
本来の使い方ならば、騎士や魔導士の防寒の装備に使われたりしてるが、今となっては、普通に市販で売られている服にも使用されている
何故、ネビアが他のアラクネ族と違うというと、その魔糸の生成方法だ
本来ならば、ある程度、魔力を込めたラクリマを錬金術で先ずは溶かし、それを糸状にする工程がある
だが、ネビアは、違う
普通に糸を出すだけで、それが魔糸になっている
だが、その魔糸の効力は、耐熱と耐寒の二種………
そしてソレが原因か、ネビアは、魔法を使えない
簡単な初級の魔法すら、使えずにいる
最初の頃、ネビアは、ソレで不安に駆られ、泣いたり、塞ぎ込んでいたが、俺と話す内に、元気と自信を取り戻してくれて、今に至る
「それでね、って、ノア?
聞いてる?」
「ん? あぁ、聞いてるよ」
昔を思い出してれば、ネビアに気付かれ、聞かれたから、返事を返せば、ネビアがジトー、と俺を見てきた
「嘘、どうせ、昔のボクを思い出してたんでしょ?」
「バレたか、悪い」
「いいよ
ボクに自信をくれたのは、ノアなんだから、感謝してるし」
「俺は、何もしてないけどな」
「そんな事ないよ
だって、ボクの話をずっと聞いてくれて、ボクの為に色々と力になってくれたじゃん
それだけでも嬉しいのに、こうしてボクの仕事もくれて、本当にノアには、感謝しかないよ」
ネビアは、嬉しそうな笑顔を浮かべながら言ってきてくれた
そんなに力になったって、思ってないけどな………
ただネビアの為にと、やってきただけだが、そう言われると嬉しいな
そんな事を考えてれば、自然とネビアの頭に右手を置き、撫でていた
ネビアは、最初は、いきなりの事で驚いてたが、すぐに目を細めれば、俺の手を取り、甘え出した
そういう所は、昔と変わらないんだな
「………………」
「ノア?」
ふと、俺の変化に気付いたのか、不思議そうな顔で、ネビアが見てきた
だが、そんな事を気にしてる場合では、ない
俺は窓から外を見ていたが、ネビアの方へ、視線を戻した
「ネビア、この時間帯、マリアが巡回してる
マリアに言って、子供達を部屋から出すな
それとティア達には、悪いが数人………
起きれる奴だけ、起きててくれると助かる」
そう伝えれば、ネビアは、俺の声音で気づいてくれたのか、頷けば、部屋を出て、マリアと合流しに向かった
それを見送った後、俺は、魔法陣を展開し、距離と場所を定めてから、転移をした
ゴンゴン!!
「んーー……………?」
突然、乱暴に扉がノックされる音に気付いて、目が覚めれば、壁にかかってる時計を見れば、まだ早朝とも言えない時間だった
(もー…………、誰?)
寝ぼけた思考を起こしながら、ベットにしている桶から出れば、体を震わせて、形を整えてから、扉を開けた
「ごめん!! アン!!」
「…………ネビア?」
扉を開ければ、まだあの子達の服を作って、夜更かしでもしてたのだろうか、ネビアが、そこに居た
けど、その表情を見れば、寝ぼけた思考が一気に目を覚ましてきた
その表情は、切羽詰まっていたから
「緊急事態!!」
「分かってる
ノアは、もう向かってるんだね」
「うん!!
えっと、休憩室に集まってだって」
「分かった」
私が頷くと、ネビアは、「早く!!」と、言わんばかりに急かしてくる
廊下を進み、兎のドアプレートがかかってる部屋、そこは、私達が休憩に使う部屋で、ノアが、不便の内容に色々と揃えてくれた
勿論、私達だけの会話を、漏らさない為にわざわざ防音の結界を張ってくれてるし、ホント…………
ノアは、凄いね
部屋に入れば、ここで住んでる皆が、そこに居た
「あれ?
ロシュネは?」
「村の警備隊の所
この時間でも、数名は、起きてるはずだから、警戒だけでも、してもらえるように行ってもらってるの」
ロシュネの姿が見えないから聞けば、ティアが簡単に説明してくれた
確かにあの村は、手練れが多いから問題ないかもしれないけど、油断したらダメだからね
それにロシュネに行ってもらってるなら、問題ないね
ロシュネは、あぁ見えて、ハーピィーの中でもトップクラスの飛行力と技量がある
それに飛ぶ速度は、随一の腕前だから、ここからなら、すぐに村に着くね
「それでマリア、もう補足はしてるね?」
「えぇ、ここから離れた森の方
ここからだと距離的に一時間は、かかる位置
そこに反応があるわ
ノアは、まだ様子見をしてるみたいだけど」
ティアがマリアを見て、すぐにマリアは情報を言ってくれた
ここから一時間くらいの所だと、アソコね
確かにあの森は、人の手が入ってないから、木々が多く茂っていて、魔獣が住み着くなら最適ね
でも、ここら辺の魔獣は、ノアが近づかないように結界を張って、更に危険な魔獣とかは、その前に討伐してるから、流れてきたのか、それとも…………
考えていれば、ティアがセフィレナを見た
「セフィレナ、アンは、私と共に警戒して、その他の人は、子供達部屋の前で待機してて」
「分かったわ」
ティアが指示を飛ばせば、セフィレナは、頷いて、休憩室から出て行った
多分、孤児院の上空で、見張ってるね
(さーて、私も見張るか)
私も持ち場に着こうと、休憩室から出ようとすると、ティアが近付いてきた
「アン」
「ん?
なーにー?」
振り返れば、少し不安そうな表情をしていた
「気をつけてね?」
ティアがそう言ってくれば、私は思わず、笑いを我慢できず、吹き出せば、ティアに抱きついた
「大丈夫だよ
それに………、ノアなら、すぐに終わらせるよ」
「………ふふふ、そうね
だって…………」
ティアは、思い出したように微笑めば、窓の外…………
これからノアが、何をやろうとしてるかを理解してるから彼の無事を祈りつつ、そしてノアを信じてるからハッキリと言い切った
「ノアは…………、私達の王様だからね」
月光に照らされる中でも、木々深い森は、薄暗く不気味さが漂っていた
そんな暗闇を蠢く大勢の影があった
大きさは、子供程の背丈だが、明らかに異質………
中には大きな影がチラホラ…………
そして…………、それらを指揮する影が一つ…………
葉の隙間から光が差し込む所を影が通り抜ければ、その姿がハッキリと見えた
それは、ゴブリンと呼ばれる魔物………
ゴブリンは、常に群れで行動しているが、今回の群れは、その数が異常だ
その数は、ざっと五百………
国に匹敵する程の数だった
「幾つかの群れが合流し、その中で殺し合いに勝ったゴブリンキングがその群れを統括してるのか………………」
奴らから離れた上空で、俺は、ジッとその群れを見ていた
奴らの中では、ゴブリンの上位種であるボブゴブリン、更には、ゴブリンヴィショップ、ゴブリンナイト等、様々なゴブリンが居る
探知を発動し、群れに探りを入れれば、捕らえられ、孕み袋とされている女性の反応は、無い
どうやら捕らえられた女性は居ないと見ていい…………
「ちっ…………、これだから増魔共は…………」
探知にかかるゴブリンの数を知りながら俺は、無意識に舌打ちをした
理性のある魔族は、居る
そしてその中には、友好的な魔物も居る
だが、その中には、ゴブリンのように友好的では、無く、ただ敵を殺して、女を捕らえ、孕ませ、数を増やし、また敵を殺す………
そんな下らねえ事を繰り返す理性無き魔物が居る
そんな奴らを【増魔種】と呼ばれている
増魔種は、遙か昔、魔族の王…………
ハルオウの遙か先祖が作った生物兵器だ
何故、そんなモノが作られたかは、知らないが、今では、魔族、人族の間で、問題となり、協力し合い、討伐をしている
そして数が多ければ、その分、どれだけの女性が犠牲になったか………
「そろそろ目標地点か」
ゴブリン達の群れが森を抜けようとした瞬間、突然、何かにぶつかり、どんどんと押し寄せ、詰まって、溜まっていく
ゴブリンキングが、何か指示を飛ばしてるが、次の瞬間には、その頭が弾け飛んだ
ゴブリン達は、突然の死に驚きながら、その中の一人が木の上を指差して、叫んでいる
まぁ、俺だがな………
そしてここら一帯に、【防音、遮断、激震】の結界を張った
これで【何が起きても、外には、漏れない】
「任務安全領域…………、生成完了…………
殲滅を開始する…………」
ゴブリン達が見上げる中、俺は、感情の無い声を響かせながら静かに言い、杖を構えた
空が白み出し、太陽が顔を出し始めた
懐に手を忍ばせ、懐中時計を取り出して、時間を確認すれば、丁度、子供達が起きる頃合いだろう
早朝の爽やかな風が頬を撫でる
俺は、孤児院に続く道をゆっくりと歩いていた
疲れたからでも、怪我をしたわけでもない
ただ…………、気持ちを落ち着かせる為に直接、孤児院に帰るのでは、無く、わざわざ離れた所に転移した
やはり戦闘後は、あの頃に戻ってしまう
もう必要のない思考が、あの頃の俺が戻ってしまっている
過去を否定は、しない
過去の俺があるから、今の俺が、あの子達の未来がある
だけど、だからと言って、今の俺の顔をあの子達に見せるわけにはいかない
この冷たすぎる表情を…………
そう考えていれば、孤児院が見えてきた
近付くにつれ、門の前に人が立ってるのが見えた
「……………ティア、アン」
二人は、俺が見えたのか、アンは、俺を見て、事が終わった事を悟ったのか、笑っていて、ティアは、こちらに駆けてきていた
「ノア、お帰りなさい」
「…………あぁ、ただいま」
ティアが笑顔で言えば、俺も自然と笑みを浮かべて返事を返していた
そしてティアが足並みを揃えて、門まで来た
「おかえり、疲れたでしょ?
子供達には、私から夜まで仕事という事にしとくから、寝たら?」
「あぁ、子供達は?」
「全員、ぐっすりだったよ」
とりあえず子供達が無事だった事を確認すれば、俺は、ホッとして欠伸が出た
それを見て、ティアとアンが顔を見合わせば、クスッと笑ってから俺の手を引いて、中へ、入れた
その翌日、森で大量のゴブリンの死体が発見されたと新聞に載った事は、言うまでも無い
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