【短編版】お腐れ令嬢、最推し殿下に腐バレしてしまったので切腹しようと思います。

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
2 / 2

後編

しおりを挟む



***



 ディア・ムーン・ヴィエルジュは前世の記憶がある。「日本」という国で「オタク」だった記憶が。
 彼女はその余りある愛を形にするべく、三日徹夜で同人誌の執筆に当てたところ──過労で死亡した。
 そして彼女は「アニメ」も「ゲーム」も「同人誌」もないこの世に生を受け、誰にも知られる事なく「オタ活」をすると強く誓ったのだった。

 ──そう、誓ったはずだったのに。

「も、もう死ぬしかありませんわ!! ぐすっ……」

 あの後。本音薬の効果が切れたディアは全速力で走りだし、女子寮の自室に閉じこもった。
 ここならばここならばクリスが来る心配もないし、思いきり感情を吐露することができるからだ。

 ディアにとってオタ活とは、推し本人や公式に迷惑のかからない形でやるべきだと思っている。
 故に、今回の自身の自白は彼女にとって一生の不覚であったのだ。

(お、オタ活という生き甲斐を失ってしまっては私は生きていけないわ! 最推しクリス様にも気持ち悪い想いをさせてしまったし……せ、切腹しかありませんわ!! 今すぐ氷魔法で刃を作って、腹を切りましょう……)

 ──と、そんな物騒なことをディアが考えていると、部屋のドアがノックされる。

「ディア? いるかい?」
「っ!? この声は……クリス様!? どうしてここに!? ここは女子寮のはず!」
「先生に事情を話して許可をいただいたんだ。安心して、僕が強引にこの部屋に入る事はないよ。このまま話を聞いてほしい」

 ディアは恐る恐るドアに近寄る。ドア越しだというのに、どういうわけか、クリスがこちらを見ているような気がした。

「先ほどは悪かった。君を強引に暴くような事をして。でも、どうしても知りたかったんだ、君のこと。婚約者として僕は君の事を全然知らないから」
「…………っ、」

 クリスの真剣な言葉にディアはやはり唇を噛み締める。
 胸をぎゅっと抑えて、「てぇてぇ」と変な鳴き声が出た。

(──ダメ。こんなところで、萌えてしまう自分が憎い……!! たった今、禁忌を犯してしまったばかりだというのに!! その気になれば簡単にこの部屋に入る事ができるのにそうはせず、真剣に私なんかのくさったゴミの話を聞こうとしてくれる最推しが……王太子でありながら私なんかに謝罪する推しが……解釈一致すぎて鳴き声が漏れてしまう! 今までわざと避けていたのは私の方だというのに……っ)

 ……と、そこで、クリスの声が若干沈む。

「ディア。やはり君は僕の事が嫌いなんだろう? 憎んで、いるんだろう?」

 ディアの目が丸くなった。頭の中で「?」のマークが無数に浮かぶ。

「君は、きっと僕のような落ちこぼれよりジェイド兄さんのような優秀な男性の婚約者でありたかったんだろう。だから、僕を辱めるような絵を、描いたんだろう……」

 ──何を。

「いいんだ。僕は怒っていない。むしろ君のような素敵な女性が今まで僕の婚約者であったことが嬉しいくらいなんだ。無理はしなくていい。今からでも遅くないのならば、婚約破棄……しても、いいから……」

 ──何を、言っていますの? クリス様は……!

 ディアはぐっと拳を握り締めた。その手には血管がはっきり浮かんでいる。
 そしてわなわなと震えると──目の前のドアノブを握りつぶす勢いで掴んだ。その表情は、鬼のごとしである。

(オタクには、絶対に許せない時がありますのよ……!)

 ドアが開く。その瞬間、ディアはクリスの両手を掴んで、その瞳を真っ直ぐ打ち抜いた。
 強い怒りの籠ったディアの瞳にクリスは戸惑う。

(それは──自分の愛してやまない最推しが、馬鹿にされた時ですわ──!!)

「でぃ、ディア?」
「私がっ!! ……私が、あの絵を描いたのは、クリス様を愛しているからです!! 心の底から愛していて、だからこそ色んな角度からクリス様を愛でたくなって、あんな絵を……! クリス様は私の生きがいなのです! だから、そのクリス様を貶める言葉はご自身であっても許せませんわ!! いかに貴方が私にとって尊いお方なのかお伝えする必要があるようですわね!!」

 そこでディアは、ペンと手帳を取り出した。目にも止まらぬ速さで様々な表情、年齢のクリスを描いていく。その絵を指しながらディアは早口で語った。自分がいかにクリスを愛しているのかを。
 これはディアが前世で培った“技術”である。

 その名を──【オタク奥義 止まることのない布教エンドレス・プレゼン】。

 自分が推しているコンテンツを周囲に布教する際に使う技だ。強く推しすぎると逆に敬遠されてしまう可能性があるため、加減が非常に難しい。また、ゆっくり話した方が相手にも内容が伝わりやすいというのに、愛が止まらずに早口になってしまうのが特徴である。
 これの上級技に【オタク奥義 ようこそ沼へイン・スワンプ】というものがあり、それは布教と同時にDVDや漫画、ゲームを直接相手に渡して、強制的に恐ろしい技である。

 いつもはほんわかと疲労も苦労も悟らせないというのに、その陰では人並みならぬ努力を重ねていること。
 兄へのコンプレックスを抱えながらも、そんな兄本人を妬むことなく尊敬していること。
 周囲の大人達の勝手な陰口に気づいていながらも、それを恨んだりせずに受け入れた上で──その大人達をも国民だからと守ろうとしていること。
 ……挙句は初めてクリスがお漏らしをした時や一人で転んでディアに泣きついてきた時の事まで、それはもう隅々と。

 幼い頃から婚約者だったディアだからこそ知りえるクリスの魅力を惜しげもなく、唾を散らして三時間は語った。
 そう、この技の名前の所以は語るに集中しすぎて、時間をわすれてしまう事からきている。故に──

「も、もう、いいよぉ……っ」

 ぐすっぐすっと顔を真っ赤にして半泣きのクリスが、気づけばディアの目の前にいた。
 推しの泣き顔、ドチャシコビッグバン。そんな言葉がディアの中で爆発したのは言うまでもない。
 クリスは慌てて涙をハンカチで拭く。しかしその真っ赤な顔は収まる様子がないようだ。彼の人生の中でこんなに誰かに褒められることは初めてだったのだろう。

「こ、この手帳が、ぐすっ、君にとって僕への愛だって事は分かったからぁ……。こ、これからも僕以外の人間に迷惑をかけないのならば、この趣味を続けていい。だ、だから……これからは僕の事を避けずにちゃんと二人の時間を作ってほしい。お願いだよ、ディア……」
「はうわっ!?!?!?」

 くーん、くーん。ディアの脳内にこちらに申し訳なさそうにおねだりしながら上目遣いをしてくるコーギーの姿がはっきり見えた。

「ディア? あれ……ディア? 顔が真っ青だぞ!? テルキス、テルキスーッッ!! 助けてくれ!! ディアが、ディアが今にも死にそうな顔をして……!!」
「クリス様、覚えておいてください……。オタクとは、推しの動作一つで、死ぬんです、のよ……。推しのウインク一つで一コマ一コマをスクリーンショットして、狂い踊ることもある……ので……す……がくッ」
「!? ディアの心臓が、止まった……!? でぃああああああああああああああああああああああああああああああ!! 死ぬなぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 その日、ディアは一時期瀕死状態になったものの(※ちなみにこれは【オタク奥義 心臓穿つ推しからの雷デス・ハート・ライトニング】というオタクが推しからの供給により感情の許容範囲を超えて仮死状態になる技である)──なんとか公式に(?)認定されたことで無事にオタ活を続ける事ができるようになったのである。


終わり(?)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……? タイトルそのままのお話。 (4/1おまけSS追加しました) ※小説家になろうにも掲載してます。 ※表紙素材お借りしてます。

処理中です...