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最終章 エレナと黄金の女神編
119:全てを打ち明ける
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その日の夜、ノームは部屋の窓を開けて、夜風に当たっていた。部屋から出るのは賢明ではないが、窓を開けるくらいならいいだろう。むしろ、外の空気でも吸わないと気が狂いそうだった。
夜のスぺランサ王国の風景は一見何もおかしなところはない。寝静まった街がぼんやりと見える。まるで現実のようだ。仮想世界と言っても、ここに住んでいる人間達はちゃんと生きているように思える。悪魔が作り出した幻覚とは到底思えなかった。だからこそ、その事実はノームを悩ませる。
(一刻も早く余はエレナを連れて帰らねばならない。それは分かっている。だが……)
もし、ノームがエレナを正気に戻せば、ウィンとエレナの子供──サリュはどうなるのだろうか。子供特有の無邪気な笑顔がノームの頭を過った。あの笑顔は母親似だ。余計に胸が締め付けられる。
──『頼んだぞ』
……と、不意に魔王の声がノームの中で響いた。実際に言われてはいないが、確かに聞こえた想い。ノームは己の両頬を思いきり叩く。悩みを振り払うように夜空を見上げた。
「そうだ。余は魔王殿やサラマンダー、皆に託されてここにいるのだ。それに虚像の中で生きる事をエレナが望むはずがない。エレナに全てを話そう。きっと彼女なら話を聞いてくれる……」
そこで、控え目なノック音が響く。振り向けば案の定エレナがいた。手にはパンとサラダ、スープが乗ったプレートを持っていた。
「ごめんなさい、お腹がすいたでしょう。夫がなかなか眠らなくて」
「エレナ……王妃、」
「夜風は冷えるわ。あんまり当たらない方が、」
「エレナ王妃は、もし余が貴女の重要な秘密を知っていると言ったら、どうしますか?」
エレナはプレートをテーブルに置くなり、キョトンとする。質問の意図が分からないままノームを見れば、月光に照らされた彼の姿にどういうわけか心臓が昂っていることに気づいた。
「今といい、さっきといい、貴方は変な質問ばかりするのね。私をどうしたいの?」
「余は貴女を攫うつもりです。貴女が本当にいるべき世界へ」
エレナが困惑しているのにも関わらず、ノームは我慢できずに彼女を抱きしめた。数年後の彼女とはいえ、体格のいいノームの腕の中にすっぽりと収まる。脳裏に酷く冷えたエレナを思い出して、ノームは泣きそうになるのを堪えた。
震えるノームの身体の中で、エレナもじんわりと全身に熱が宿っていくのを感じる。まるで、生き別れた恋人と再会したように、身体が、魂が、自分の意思とは関係なく喜んでいるようだった。
「……実は私、ウィン陛下と結婚してから城を出たことがないのよ。それどころか他国の話が一切入ってこないし、他国からのお客様をお出迎えしたこともないの。そんなの、明らかにおかしいでしょ? 国際情勢を全く把握していない王妃なんて笑っちゃうわ」
「そうだな。貴女には魔族の子供達やドラゴンの相棒と野原で駆けまわっている方がお似合いだ」
「! ふふ、なんなのそれ。とっても素敵じゃない。ねぇ。貴方のお名前は? どうせ記憶が曖昧だっていうのは嘘なんでしょう?」
ノームはクスリと笑って腕の中のエレナと見つめ合う。
「ノーム・ブルー・バレンティア。この国の隣国、シュトラール王国の第一王太子であり、大天使ミカエル様に選ばれた土の勇者であり、君の恋人でもある」
目をまん丸とするエレナ。ノームはそんな彼女に全てを話した。ここが架空の世界であること、エレナはウィンに攫われてしまったこと、本当のエレナは魂を失い眠り続けていること……。他にもテネブリスの話や、二人で冥界に行ったときの話まで、全部。次第にエレナの瞳に涙が溢れていた。
「そう。そうなのね。本当の私は……そんな御伽噺みたいな素敵な人生を送っていたのね」
「エレナ、」
エレナの涙を拭うノーム。しかし、思わず動きを止めた。エレナの視線が自分ではなく、その後ろに向いている事に気づいたからだ。
「──どうやらこの城にネズミが紛れていたらしい。でかしたぞ、ルシファー」
背後を見る。声の主はウィンだった。そして彼は自分にひっついている我が子──サリュの頭を撫でながら確かに「ルシファー」と言った。するといつの間にか、ノームの足場が砂となり、朽ちていく。そのまま滑り台のように砂の壁を滑り、城の外に投げ出された。影が差し、訳の分からないまま顔を上げれば剣を持って不気味に笑うウィン。城のバルコニーから、エレナとサリュがこちらを見下ろしていた。エレナはこちらに手を伸ばし、大声で叫んでいる。
「ウィン陛下! どうか、どうか彼を傷つけないでっ!!」
「見ていてくれ、エレナ。最愛の夫が、この薄汚れた泥棒ネズミを負かす瞬間をな!」
ウィンはエレナの声が耳に入っていないらしい。ノームは舌打ちをし、ウィンを睨みつけた……。
夜のスぺランサ王国の風景は一見何もおかしなところはない。寝静まった街がぼんやりと見える。まるで現実のようだ。仮想世界と言っても、ここに住んでいる人間達はちゃんと生きているように思える。悪魔が作り出した幻覚とは到底思えなかった。だからこそ、その事実はノームを悩ませる。
(一刻も早く余はエレナを連れて帰らねばならない。それは分かっている。だが……)
もし、ノームがエレナを正気に戻せば、ウィンとエレナの子供──サリュはどうなるのだろうか。子供特有の無邪気な笑顔がノームの頭を過った。あの笑顔は母親似だ。余計に胸が締め付けられる。
──『頼んだぞ』
……と、不意に魔王の声がノームの中で響いた。実際に言われてはいないが、確かに聞こえた想い。ノームは己の両頬を思いきり叩く。悩みを振り払うように夜空を見上げた。
「そうだ。余は魔王殿やサラマンダー、皆に託されてここにいるのだ。それに虚像の中で生きる事をエレナが望むはずがない。エレナに全てを話そう。きっと彼女なら話を聞いてくれる……」
そこで、控え目なノック音が響く。振り向けば案の定エレナがいた。手にはパンとサラダ、スープが乗ったプレートを持っていた。
「ごめんなさい、お腹がすいたでしょう。夫がなかなか眠らなくて」
「エレナ……王妃、」
「夜風は冷えるわ。あんまり当たらない方が、」
「エレナ王妃は、もし余が貴女の重要な秘密を知っていると言ったら、どうしますか?」
エレナはプレートをテーブルに置くなり、キョトンとする。質問の意図が分からないままノームを見れば、月光に照らされた彼の姿にどういうわけか心臓が昂っていることに気づいた。
「今といい、さっきといい、貴方は変な質問ばかりするのね。私をどうしたいの?」
「余は貴女を攫うつもりです。貴女が本当にいるべき世界へ」
エレナが困惑しているのにも関わらず、ノームは我慢できずに彼女を抱きしめた。数年後の彼女とはいえ、体格のいいノームの腕の中にすっぽりと収まる。脳裏に酷く冷えたエレナを思い出して、ノームは泣きそうになるのを堪えた。
震えるノームの身体の中で、エレナもじんわりと全身に熱が宿っていくのを感じる。まるで、生き別れた恋人と再会したように、身体が、魂が、自分の意思とは関係なく喜んでいるようだった。
「……実は私、ウィン陛下と結婚してから城を出たことがないのよ。それどころか他国の話が一切入ってこないし、他国からのお客様をお出迎えしたこともないの。そんなの、明らかにおかしいでしょ? 国際情勢を全く把握していない王妃なんて笑っちゃうわ」
「そうだな。貴女には魔族の子供達やドラゴンの相棒と野原で駆けまわっている方がお似合いだ」
「! ふふ、なんなのそれ。とっても素敵じゃない。ねぇ。貴方のお名前は? どうせ記憶が曖昧だっていうのは嘘なんでしょう?」
ノームはクスリと笑って腕の中のエレナと見つめ合う。
「ノーム・ブルー・バレンティア。この国の隣国、シュトラール王国の第一王太子であり、大天使ミカエル様に選ばれた土の勇者であり、君の恋人でもある」
目をまん丸とするエレナ。ノームはそんな彼女に全てを話した。ここが架空の世界であること、エレナはウィンに攫われてしまったこと、本当のエレナは魂を失い眠り続けていること……。他にもテネブリスの話や、二人で冥界に行ったときの話まで、全部。次第にエレナの瞳に涙が溢れていた。
「そう。そうなのね。本当の私は……そんな御伽噺みたいな素敵な人生を送っていたのね」
「エレナ、」
エレナの涙を拭うノーム。しかし、思わず動きを止めた。エレナの視線が自分ではなく、その後ろに向いている事に気づいたからだ。
「──どうやらこの城にネズミが紛れていたらしい。でかしたぞ、ルシファー」
背後を見る。声の主はウィンだった。そして彼は自分にひっついている我が子──サリュの頭を撫でながら確かに「ルシファー」と言った。するといつの間にか、ノームの足場が砂となり、朽ちていく。そのまま滑り台のように砂の壁を滑り、城の外に投げ出された。影が差し、訳の分からないまま顔を上げれば剣を持って不気味に笑うウィン。城のバルコニーから、エレナとサリュがこちらを見下ろしていた。エレナはこちらに手を伸ばし、大声で叫んでいる。
「ウィン陛下! どうか、どうか彼を傷つけないでっ!!」
「見ていてくれ、エレナ。最愛の夫が、この薄汚れた泥棒ネズミを負かす瞬間をな!」
ウィンはエレナの声が耳に入っていないらしい。ノームは舌打ちをし、ウィンを睨みつけた……。
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