黄金の魔族姫

風和ふわ

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最終章 エレナと黄金の女神編

115:何かのはじまり

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 ──数日後 シュトラール王国僻地 トループにて。

「サラマンダー、ここに置いていい?」
「あぁ、」

 細い両腕からこぼれていきそうなほどの大きな花束をエレナが十二の墓の前に置く。ノームとサラマンダーも自分の抱えていた花束をそっと並べた。その後サラマンダーは唇をきゅっと噛み締め、改めてその墓石を見つめる。そう、この墓はサラマンダーの十二人の兄達のものである。レブンとトゥエルが亡くなってから一か月が経過した今日、サラマンダーは初めて十二人の兄達の墓を訪れたのだ。
 ……と、ここでサラマンダーは自分達のものとは別の花束が既に置かれていたことに気づいた。

「兄上、この花は……」
「あぁ、それは……父上が置いていったものだろう」
「!」

 サラマンダーはあのヘリオスが墓参りをするなど想像すらしていなかったので目を丸くする。

「実はその時連れ添った兵士に話を聞いてな。父上はここに頭を下げ、長時間動かなかったそうだぞ」

 そんなノームの言葉にサラマンダーは返事を言えなかった。しばらくして「すまない、独りにしてくれ」とだけ言った。ノームとエレナが頷いて、ここから離れてくれる。独りになったサラマンダーはその場で墓を覗き込むように膝をついた。

 ──サラマンダーはエレナとノームに自分の我儘をぶつけたあの後、レブンとトゥエルがサラマンダーを生き返らせる代償として互いの胸を貫いたことを教えてもらった。ザグレスはレブンとトゥエルの覚悟に圧倒されていたものの、断固としてサラマンダーを生き返らせようとしなかったという。
 ……しかし、エレナの傍にいたルーが突然ザグレスに歩み寄ったことで事態は急変する。
 ザグレスはルーを見た途端、ルーを抱きしめて子供のように泣き喚き始めたらしい。理由は分からない。しかし彼にとってルーの存在は何か特別で大切なものだったようだ。そうして、ひとしきり泣いた彼はどういうわけか素直にサラマンダーに自分の心臓を捧げてくれたのである……。

 ふと、サラマンダーは己の胸に手を当てる。ウロボロスに喰い散らかされたサラマンダー自身の心臓はもうそこにはない。今の彼の体内では代わりに宿ったザグレスの心臓がドクンドクンと正常に作動しているのだ。つまり、サラマンダーはもうウロボロスに怯えなくてもいいということ。勇者の加護はそのままに、常人並みの寿命を得たというわけだ。
 サラマンダーは鼻の奥がつぅんと痛むのを感じながら、微笑む。そして自分の決意を目の前の兄達に語り始めた。

「兄さん、ありがとう。俺、兄さん達が繋いでくれた未来を大切にするよ」

 優しい風がサラマンダーの深紅の髪を撫でていく。

「俺は、ずっと俺の傍にいてくれると誓ったエレナと兄上、二人の幸せを守るためにこれから生きることにした。二人が笑い合っている未来こそが俺の幸せだと思うからだ」

 それでいいのか。自分のエレナへの想いを察しているレブンとトゥエルは納得のいかない顔を浮かべていそうだなとサラマンダーは思った。

「ああ。いいんだ。確かに俺はエレナを愛しているよ。どうしようもなく好きだ。この腕で、あいつを抱けたらどんなに幸せか……。だけどな、。それは一番俺がよく分かってる。この想いは一生、俺は彼女に伝えることはない。そう決めたんだ」
 
 サラマンダーはそこで立ち上がる。花束から溢れた花弁が風に流され、彼の行く先を導いた。そこではエレナとノームが、離れた場所でサラマンダーを見守っているのが見える。

「──じゃあ、また来るよ。今度は兄さん達好みの美味い酒でも持ってこよう」

 そう言い残して、サラマンダーは軽い足取りでエレナとノームの元へと駆けた。そんな彼の背中を十二の墓が穏やかに見守っていた……。



***



 一方その頃、スぺランサ王国の中央に聳えるスぺランサ城の私室にてエレナの元婚約者──ウィンがノームの肖像画にナイフを突き立てていた。何度も何度も狂ったように絵を切り裂くウィンに従者達が冷静を装いつつも怯えるのは無理もないことだろう。

「くそ、くそ、クソ!! エレナは、エレナは僕のものなのに! ノーム・ブルー・バレンティア!! お前さえっ、お前さえいなければ!! くそ、エレナ、嗚呼エレナっ、君が欲しい、ほしい、ホシイ!! もう一度僕の隣に戻ってきてくれよ! あの時みたいに、もう一度僕に微笑んでくれ!! 嗚呼、もう一度過去に戻って……!!」
「──それじゃあ、そうしてみたら?」

 場に合わない陽気な声に、ウィンは動きを止めた。その場にいた従者達がたちまち顔を青ざめる。いつのまにか部屋の窓の縁にとある人物が座っていたからだ。原初の悪魔、セロ。悪の元凶その人の登場に流石のウィンも動揺し、後ずさった。

「なっ!? 何故ここにセロが……!? おいお前達! すぐにここを離れろ!!」
「まぁまぁ、少しでいいからボクの話を聞いてよ。これでもボクは君を気に入ってるんだ。だから君の恋路を応援してあげようと思ってね? 君、エレナとやり直したいんだろう?」
「っ、」

 ウィンはピタリと動きを止める。セロは跳ねるようにそんな彼の傍まで近づいた。そしてその耳に唇を寄せる。

「簡単な話だ。君がエレナとやり直すためには──一から、を作ればいいんだよ。ボクには君にそんな夢のような力を与えることができる。君はこの世の何よりも、エレナを愛しているんだろう?」
「……、……」

 ウィンはセロの言葉を黙って聞いていた。その間に思い浮かんだのは、エレナとノームが幸せそうに笑い合っている姿だ。

 そして、彼は無意識に──ニタリ、と口角を上げていた──。
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