黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
119 / 145
第五章 エレナと造られた炎の魔人

106:怠惰の呪い

しおりを挟む

 人間は弱い生き物だ。独りでは生きてはいけない脆弱な存在だ。
 悪魔ベルフェゴールは誰よりもそれを理解していた。何故なら、彼こそ──

 恋人に振られ、
 己の絵を周囲に認めてもらえず、
 貧困でどうしようもなくなって、
 唯一無二である親友の死に絶望し、……。

 生物にとっての最大の勤労が“生き続けること”だとするならば、対して怠惰に値するのは自ら命を絶つこと──“自殺”だと定義できる。つまりは怠惰の悪魔ベルフェゴールは生前に自ら命を絶った者達の集まりなのである。故に彼は誰よりも人間の弱さを理解しているのだ。



***



「エレナ・フィンスターニス。私は貴女に興味がある。生意気で憎たらしい貴女がどこまで私の呪いに耐えられるのか」
「のろ、い……?」
「そう。呪いですよ」

 エレナがベルフェゴールの言葉に惑わされている間に魔王の呻き声がどんどん大きくなる。そうして次第に彼の背中から闇が漏れ始めた。みるみる膨らんでいく闇はしばらく上空で歪に蠢くと──突然鋭い刃となって魔王の体を貫いていくではないか。エレナは悲鳴を上げる。

「パパ!? 何してるの!? どうして自分で自分自身を、」
「安心してください。エレナ・フィンスターニス。彼がいくら己を傷つけたからといって、今の彼は
「! パパがおかしくなったのは貴方の呪いなの?」
「まぁ、そうですね。私の能力は『怠惰の呪い死にたがり』。この呪いに掛かってしまうと己の内側に存在しているトラウマや負の感情が増幅され、それはそれは怠惰したくなる死にたくなるという大変迷惑なものです。そして、その代わり──」

 ベルフェゴールが魔王を顎で指した。エレナがハッとなって魔王に駆け寄ると、彼の体にとある変化が起きていることに気が付く。闇の刃で無惨に貫かれたはずの彼の体が凹凸を繰り返し、治癒魔法もなしに凄い勢いで回復し始めたのだ。その治癒の速さはエレナの治癒魔法以上のものだった。言葉を失う。つまり、ベルフェゴールの『怠惰の呪い』とは──

「──どうしようもなく死にたいのに、絶対に死ねない。この能力がこの私に宿るなんて、これ以上の皮肉がありましょうか」
「っ、なんて能力、なの……」

 ベルフェゴールが一歩一歩、エレナと魔王に近づいてくる。魔王は未だに唸り、己の身を傷つけては呪いによって回復させられていた。そんな父にエレナは唇を噛み締め、ベルフェゴールに立ち塞がる。護身用にとアムドゥキアスに持たされていたナイフを両手で握り締めながら。背中から聞こえる父の声が彼女を奮い立たせていた。

「悪魔ベルフェゴール! 私は貴方からパパを守る。何があっても、絶対に守ってみせる」
「ふふ、そうですか。それはそれは……とても楽しみです。さぁ、貴女も共に怠惰しましょう。その美しく気高い顔が絶望に沈む瞬間を私は見たい」
「!! ……えっ?」

 ベルフェゴールは舌なめずりをするなり、己の影に沈むように消えた。エレナは唖然とする。あちこち見渡しても、ベルフェゴールはいない。……と、次の瞬間。
 エレナの耳元で、彼の声が囁かれた。

「貴女だけでは、何もできませんよ。ほら、こんなに簡単に貴女に触れることができた」

 エレナはすぐに振り向く。だができなかった。振り向く直前にベルフェゴールが背後からエレナの体に巻き付いてきたからだ。瞬間、エレナの視界が反転し、闇に侵食される。そしてそこで見えたのは──いつかの夢で見た、大切な者達の死骸だった。そして死骸達がエレナを指さして一斉に言う。「お前が救えなかったせいだ」と。エレナの頭が、真っ白になった。

「あ、ああ、あぅ、私が、私は……皆を、守れ、なかった、の? 違う、私が、私が殺したんだ……」
「貴女には特に念入りに呪いをかけてあげますよ。何度も何度も怠惰するといい。そして苦しむ貴女に私が満足すれば、その時点で貴女は本当の意味で私達と仲間です」
「う、うあ……っ、いや、いやだ、たすけて、こんなの、こんなの……!!」

 ──いっそ、死んでしまった方が、マシだ!!

 エレナはあっさりと崩れた。エレナには魔王同様この呪いの餌となる守りたいものが多すぎたのだ。そして、人一倍優しすぎた。そんな彼女の弱みに付け込むように、呪いはエレナを絶望に引きずり込む。何度も何度も何度も、大切な人が死んでいく幻覚を強制的に見せられる。治癒魔法を使おうとしても、発動できないまま家族や友人、恋人を失っていく。その時の絶望がどれほど彼女の心を抉っていくことか。

 ……と、そこでエレナは手に持っていた護身用ナイフの感触に気づく。正気ではない今の彼女にはそのナイフが救世主のように見えた。そして、エレナは怠惰したくて死にたくてたまらなくなって──泣き叫びながら、己の体にナイフを突き立て始めたのである……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

処理中です...