黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
117 / 145
第五章 エレナと造られた炎の魔人

104:ノームの怒り

しおりを挟む
「今のって……」

 エレナはそう呟きながら己の脳内に流れてきた幻覚の男──ヘリオスを見る。彼自身も同じ幻覚を見せられたようで、ヘリオスは顔を真っ赤にしてぶるぶる震えていた。そしてエレナはふと先日のサラマンダーの言葉を思い出す。

 ──『俺は、人を見殺しにした、しかも一人じゃない、十人だっ! う、……くく、なぁ、お前はそれでも俺を優しいと言うのか? 俺のことなんて、何も、なんにも、知らないくせに──っ』
 ──『俺は彼らの言う通り大罪を犯してしまっている。罪は、償わなければいけない。俺の命を懸けてでも……』

(幻覚の中でヘリオス王がウロボロス計画のために攫った十三人の子供が見えたけど……子供達の中にサラマンダーとトゥエル、レブンがいた。つまりトゥエルとレブンの正体はサラマンダーの実のお母さんが引き取った血のつながっていない兄弟だったんだ!)
(きっとサラマンダーが“殺した”と言っていたのはその兄弟達。自分がヘリオス王の庶子であるが故に、ウロボロス計画なんて恐ろしいものに兄弟達を巻き込んでしまったからってことだ。しかも自分だけ生き延びてしまったのだから余計に苦しんだのだろう……。サラマンダー……)

 エレナはずっと彼が抱えてきた重みを感じた。ウロボロスの移植に失敗、それはきっと死を表している。移植に失敗したサラマンダーの兄弟達はウロボロス計画の犠牲になってしまったのだ。サラマンダーは己のせいで一緒に暮らしていた兄弟達が死んだのだと、ずっと自分を責め続けていたのだろうか。
 またエレナはサラマンダーの「人一倍魔力消費が激しい体質」を思い出す。それは十中八九ウロボロスの魔力回路によるものだ。ウロボロスが寄生した生物の生命力を吸い続ける魔獣とするならば彼はエレナやノームと話している時も、誕生祭で嬉しそうに微笑んだ時だって──常に、体内に潜むウロボロスに命を喰われ続けていたというわけだ。ただでさえウロボロスにエネルギーを吸い取られ続けているのだから魔法を使った彼が気を失ったりしたのも今思えば当然と言える。それを理解して、思わず血が出てしまうくらいに唇を強く噛み締める。

 ──するとその時。ノームが動いた。エレナはノームの体が震えていることに気づく。そしてその震えが、もはやヘリオスへの怯えによるものではないことにも。

「以前、母上がウロボロス計画の名を口にしていたことを思い出しました。その時の母上はとても悲しそうな顔をしていた。当時の余は何故母上がその名を悲しそうに呟いたのか分からなかったが、今はっきりした。……今見た幻覚は、きっと事実だ。そうなのですね、父上」
「っ、だっ、だからなんだ! そのおかげでシュトラールは炎の勇者という駒を手に入れることができたのだ! サラマンダーはシュトラールの造られた奇跡であり最高傑作!! 余は、何も間違ってはいない! ペルセネは本当に馬鹿な女だった!!」
「駒? 最高傑作? 母上が馬鹿? ……冗談は大概にしろよ、父上!」
「!!!」

 鈍い衝突音。後に、ヘリオスが地面に尻をついた。ノームを見上げ、唖然とするヘリオス。エレナもハッとなって息を飲みこむ。何故なら──

「の、ノーム殿下!? なんてことを! こ、国王を、!!」

 ……そう。ノームは今、ヘリオスを全力で殴ったのだ。

 死刑になってもおかしくない彼の行動にその場にいた全員が石になる。ヘリオスも殴られた頬と血でにじむ口内をしばらく認識できないでいた。

「な!?!? ……ノーム!! 貴様ぁ!!!」
「貴方が苦しめた母上とサラマンダーの痛みはこんなものではなかったはずです、父上」
「ノーム……」

 ノームの体の震え。それは紛れもなく、目の前のヘリオスへの“怒り”であった。彼は心の底から怒りで震えていたのだ。大好きだった母親を城に閉じ込め続け、弟のサラマンダーにはその心に大きな重荷を背負わせたヘリオスへの、怒り。殴られたことで逆上したヘリオスはノームの胸倉を掴む。しかしノームは彼に怯えない。黙って彼に鋭い瞳を向けるだけだ。……ペルセネと同じ色の。ヘリオスはペルセネにもそんな怒りと軽蔑が籠った目で拒絶されたことを思い出す。

「……っ! その目で、あの女と同じ目で、余を見るな!!」

 感情が爆発したヘリオスの拳がノームに襲い掛かった。しかしノームは軽くそれを受け止める。ヘリオスはあっさりと自分の拳を包むノームの手に彼がもう自分に怯えるだけの子供ではないことを今更ながら思い知った。

「父上、貴方は自分勝手で愚かな人間だ。何事も自分中心に判断し、行動する。もっと周りを見てください。人の立場に立って考えることを知ってください。そんな貴方だから、母上は嫌っていたのです!」
「っ、黙れ、黙れ黙れ!!」
「母上に愛されたかったのなら貴方は彼女自身を見るべきだった。彼女の気持ちを考えるべきだった。分からないのなら話し合って知ろうとするべきだった。ウロボロス計画という過ちに手を出すべきじゃなかった。余は貴方を赦せない。母上だけではなく、余の大切な弟まで苦しめた貴方を。絶対に、赦さない!!!」
「っ……」

 ノームの言葉がようやく届いたのか。ヘリオスはフラフラと後ずさり、そのまま動かなくなった。ノームは拳を震わせ、ギリッと歯を食いしばる。やるせない巨大な感情が彼の中で暴走してしまっているのだろう。それに気づいたエレナはそっとその拳を両手で包んだ。

「ノーム、今はサラマンダーを探さないと」
「っ! ……そうだな。そうだった」

 ……と、その時だ。激しいノックの後にノームの従者であるイゾウが部屋に入ってきた。彼らしくもない慌ただしい様子からして異常事態らしい。

「ノーム様! 大変です! 首都の中心に、巨大なトカゲの化け物が出現しました!!」
「トカゲの、化け物……!?」
 
 エレナとノームはすぐさま顔を見合わせる。ついに悪魔ベルフェゴール達が動き出したのではないかと推測できたからだ。そしてすぐに二人は部屋を飛び出した。イゾウと枢機卿もそれに続く。魔王もまたそれに倣おうとしたが、ピタリと足を止め、未だ動かないヘリオスに振り返る。

「──ヘリオス王よ。貴方は確かに人間として、男性として、夫として、父親として最低なことをしてしまった。その罪は一生消えることはないだろう」
「っ、お前に余の何が分かる。醜いバケモノの、分際で……!!」
「あぁ、何も分からないさ。だが一つだけ言えることがある。……貴方は亡き王妃の“夫”にはもうなれないが、ノームやサラマンダーの“父”には。貴方の中に、あの子達を想う気持ちが一欠けらでもあるというのなら」

 魔王の言葉にヘリオスの目が大きく見開かれた。しかしすぐに彼は視線を落とす。

「……それは、無理だ。余は子の愛し方を知らん。そんなものは、今まで誰にも教わっておらぬ。それこそ余の父にすら、教わっておらぬ……。そんな余が今更父親になれるはずがない……」

 ヘリオスはふと今は亡き父の顔を思い出した。常に自分に厳しい瞳と言葉を向けてきた父。母が若くに亡くなっていたこともあり、幼いヘリオスだって本当はそんな父に愛されたかったはずなのだ。だがいつからだろうか。王になるために、強くなるために心の中でそんな自分自身を殺し続けてきたのは。
 ……ヘリオスはたった今、自分が己の父と同じことをノームとサラマンダーに繰り返してしまっていることに気づいた。
 そんなヘリオスの変化に、魔王は彼に背を向ける。

「知らないなら、これから学べばいい。子供が親から学び成長していくように、親が子供から学び成長することだって沢山ある」
「…………」

 魔王が去っていく。ヘリオスは打たれた頬の痛みをじんわり感じながら、己の手をひたすら見つめていた……。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

処理中です...