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第五章 エレナと造られた炎の魔人
99:サラマンダーの自覚
しおりを挟むずっと、自分は生まれてはいけない存在なんだと思っていた。
自分さえいなければ、あんなに優しかった兄達まで実験材料にされることはなかったのだから。
何度も何度も自分で自分を責め続けた。毎晩のように悪夢を見た。十二人の兄達から恨めしそうに罵倒されながら殺される夢を。
……いつからだろうか、そんな己の闇に光が差したのは。明日という存在が楽しみに感じるようになったのは。自分は生きていてもよかったんだと、生きている価値があるんだと、そう思えるようになったのは。
──『私が、貴方にはその価値があると判断したから、そうしたんだと思いますよ……っ』
──『貴方にどんな過去があったって、貴方の誕生を、私は祝わずにはいれないんだよ!』
──『サラマンダー、貴方の誕生に祝福を。生まれてきてくれて、本当にありがとう!』
今でもはっきりと脳内で再生できるほどに焼き付いた、エレナの言葉たち。それらはサラマンダーの中で何物にも代えられない宝物となっていた。テネブリスでの“サラマンダー誕生祭”がようやく落ち着いた真夜中。サラマンダーは一人、テネブリス城のバルコニーで果実酒を嗜んでいた。ちなみに魔族達やノームは騒ぎ疲れて大広間で雑魚寝している。
空を見上げれば、星が空一面をロマンティックに飾っていた。ほどよい冷気は今までのパーティで上がった体温を落ち着かせてくれる。サラマンダーの唇が弧を描いた。
しかし。
「!? がはっ、ごほっ、」
突然の発作。サラマンダーは息苦しくなって、その場で膝をつく。手を口に当てると、真っ赤な何かが手を濡らした。それを見て、サラマンダーは唇を噛み締める。彼の心臓は幸福に浸る彼をあざ笑っているかのように暴れていた。……その時だ。
「サラマンダー? 大丈夫?」
「っ、」
背後から聞こえた声にサラマンダーはすかさず赤く染まった手を服の内側で拭う。そして平然を装い、立ち上がった。振り向けば案の定大広間からエレナが顔を覗かせている。
「起きたのかエレナ。……なに、酒が鼻に入って咳きこんでしまっただけだ」
「ふふふ、そっか。それならよかった」
エレナがサラマンダーと並んで、ベルコニーの柵に手を置いた。そしてその瞳に星空を映す。彼女の頬は未だパーティの余韻に浸っているのか若干赤い気がした。
「今日は楽しかったね。サラマンダーも同じ気持ち?」
「あぁ。心の底から、今日ほど楽しいと思えた日は他にないさ」
「! ……なんか今日のサラマンダー、素直すぎてサラマンダーじゃないみたい」
そんなエレナの言葉に対しサラマンダーは心外だと言いたげにそっぽを向く。
「お前の中で俺は素直に礼も言えないヤツだという立ち位置なのはわかった」
「もう、そういうことじゃないんだって。変なところで拗ねないでよ!」
「……、……お前や兄上はどうして何も聞いてこないんだ」
サラマンダーがふと質問を投げかける。エレナはキョトンと首を傾げた。数秒後にその質問の意図を理解する。つまりサラマンダーはエレナとノームが数か月前のウィンの誕生祭の時に「自分が人を殺した」という発言をしたにも関わらず、今日までそのことについて何も触れてこない理由を尋ねているのだ。
「別に、サラマンダーが話したくないなら私もノームも聞く気はないってだけだよ。さっきも言ったけど私は貴方にどんな過去があったとしても貴方の傍にいる。これはノームも同じ気持ちだよ」
「……。……、そうか」
二人の間に沈黙が佇む。しかしサラマンダーにとってこれは気まずいものではなく、むしろ居心地がよかった。先ほどまではっきり見えていた星が、どういうわけかぼやけて見える。嗚咽が喉の奥から込みあがってきた。
──ああもう、これ以上……!!
──これ以上、お前を好きになりたくないというのに!!
サラマンダーは胸を抑える。きゅんきゅんと実際に鳴っているはずがない謎の音が胸から聞こえてきた。制御しきれなくなった感情に対し、ついにサラマンダーは己の気持ちを素直に認めることしかできなくなる。自分はエレナを愛しているのだと、彼女に焦がれているのだと、サラマンダーの細胞の一つ一つが吠えていた。
……気づけば、溢れ出てくるその感情が理性に勝ってしまっていた。華奢なエレナの体をサラマンダーは抱きしめてしまったのだ。腕の中からエレナの声がする。
「さ、サラマンダー? 急にどうしたの?」
「……っ、……どうもこうもないだろう、いつもお前は、俺を振り回しやがって……っ、くそ、どうしようもないじゃないか、こんなの……っ、」
何度も何度も心の中で「好きだ」と呟いた。
こんな自分を身を挺して守ってくれた上に「貴方にはその価値がある」と言ってくれた人。
こんな死にぞこないに「生まれてきてくれてありがとう」と心の底から微笑んでくれた人。
そんな彼女に惹かれないはずがないのだ。しかしサラマンダーの中ではエレナと同じくらいに自分を赦してくれたノームへの感謝や尊敬が生まれていた。……故に、彼はその言葉をエレナに打ち明けることはない。黙って彼女を己から引き離す。
「……、エレナ。俺は──、……、」
「本当にどうしたの? どこか体調でも悪いの?」
サラマンダーは己がエレナに抱いている感情を告白するつもりはなかった。その代わり、長年胸に秘めていた自分の過去を彼女になら話してもいいと思ったのだ。それが彼にとってエレナへの信頼を示す方法だったし、何より彼女に知ってもらいたかった。
──が。
「──探したぜ、サテイ!!」
「!!」
サテイ。その名前にサラマンダーの体が大袈裟に揺れた。慌ててエレナとサラマンダーが振り返れば闇の中から現れる三つの影。一人は悪魔ベルフェゴール──エレナも知っている人物だった。しかし後の青年二人は見覚えがない。すると急にサラマンダーの呼吸が荒くなる。顔は真っ青だ。どうやら彼はこの二人を知っているらしい。二人の青年の方もサラマンダーに熱い視線を送っていた。
「レブン、サテイだなんて彼に失礼だよ。今の彼はサテイなんていう古臭い名前じゃない。炎の勇者であり、この王国の第二王子である偉大なるサラマンダー殿下とお呼びしないとね」
「あぁ、そうだったな。すいませんねぇ、サラマンダー殿下ぁ?」
「……っ、レブン兄さん、トゥエル兄さん、どうしてここに……っ、」
「え? 兄さん……?」
悪魔ベルフェゴールとサラマンダーの兄だという青年達。そんな彼らの登場にエレナは混乱するしかなかった……。
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