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第五章 エレナと造られた炎の魔人
95:“元”婚約者
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「う、うぅ……」
「サラマンダー……」
「…………」
スぺランサ城の一室でサラマンダーは唸る。どうやら悪夢でも見ているらしい。エレナは少しでも彼が楽になるようにと彼の手をずっと握っていた。それを見て、眉を顰めるウィン。するとそこで部屋のドアがノックされる。どうやらウィンが呼んだ城専属の医者が来てくれたようだ。診察にエレナがいては邪魔だろう。大人しく退散してノームに事情を話すことにしよう。そう思い、エレナは医者にサラマンダーを託して部屋を出た。
しかし──
「エレナ」
「っ、」
腕を掴まれる。エレナは大袈裟なほどに飛び跳ねた。
「──少し、話があるんだが」
エレナは思わず振り向く。ウィンはいつもの無表情を崩し、今にも泣きそうな顔でエレナを一心に見つめている。
「君と話す資格なんてないのは、僕が一番分かっている。だが、僕は君にどうしても伝えたいことがある。……頼む、少しでいいから僕の話を聞いてくれないか」
吐息と感情が入り混じった強い言葉にエレナは唇を結んだ。己の胸に手を当てる。一刻も早くノームと合流しなければいけないことはわかってはいるのだが、サラマンダーを助けてもらった手前、無下にすることもできなかった。それに……
(ウィン様がどういうつもりなのかは分からない。でも、私も彼とこのままの関係で終わるのは嫌だと思う。長年ずっと一緒だったってこともあるけれど……オリアス達の為とはいえ私が先にスペランサ王国を、そしてウィン様を裏切ったことは事実なのだ。私は彼に向き合うべきだろう)
己の考えを決めたエレナはウィンを真っ直ぐ見つめ返した。彼の話とやらを聞くことにしたのだ。
「……っ、その、まずは君に謝罪したい。僕は君に酷いことをした。謝罪で許されることではないと分かっているが──」
「酷いこと、とはスペランサが私を処刑しようとしたことでしょうか」
ウィンの口がぐっと閉じた後、小さく「その通りだ」と聞こえてくる。エレナは目を伏せた。
「そのことならばウィン様が謝罪する必要はありません。あの時の恩恵教にとって魔族とは罪そのものだったのですから。私はそんな恩恵教に所属していながらも魔族の子供を逃がしたことは紛れもない事実。私は恩恵教を裏切ったんです。あの婚約破棄と処刑は正当なものであったと理解しています」
「……それでも、長年僕を支えてくれた君への恩を忘れて僕が君を殺そうとしたことには変わらない」
「!」
このウィンの言葉には驚いた。ウィンが自分に“恩”を感じているとは夢にも思っていなかったのだ。
「謝って許されるとは思っていない。だがそれは謝らない理由にもならない。……すまなかったな、エレナ。僕は恩恵教から君を守れなかった。本当に、すまない……!!!」
ウィンがエレナに深く頭を下げる。ポタリポタリとウィンの瞳からこぼれた雫が地面に落ちた。エレナはそれが広がっていくのを見て──自分も頭を下げる。
「私の方こそ、申し訳ございません」
ウィンが戸惑う息遣いが聞こえた。エレナは彼に断罪されようとした時の彼の言葉を思い出す。
──『どうして僕より自分の信条を優先した?』
(そうだ、私は身分の剥奪や処刑を覚悟の上でオリアス達を助けた。つまりそれは、ウィン様と共に歩む未来よりもあの子達を選んだということ。あの時、ウィン様は泣きそうだった。恋愛対象ではなかったとはいえ、長年一緒にいた婚約者に裏切られて傷ついたのかもしれない。そのことに対しては謝らないと)
「……貴方の言う通り、私は貴方との未来よりも友達を助けたいという自分の信条を選んだ。魔族の子供達を助けたこと自体は謝るつもりもありませんし、後悔もしておりません。けれど貴方を裏切り、傷つけたことには謝ります。申し訳ございません」
顔を上げると、ウィンは言葉を詰まらせていた。瞬きをし、その際に綺麗な涙がまた彼の頬を流れる。そして穏やかに微笑するとエレナに手を差し出した。これで、終わりにしよう。彼はそう言った。エレナも頷いて、その手を握る。
……その時、だった。
「──はは、これで長かった君の反抗期も終わりだな。君がノーム殿下やサラマンダー殿下を誘惑していると知った時は流石に動揺したよ。僕の嫉妬を促すなんて、君は本当に可愛いらしい」
「……、……は?」
エレナは口をあんぐりと開ける。身の危険を察し、握った手を引こうとしたがウィンがそれを許さなかった。皮膚が歪むほど、強く手首を捕らえられてしまった。ウィンは顔が赤く染まっており、吐息が荒い。もう片方の腕がエレナの背中に回り、引き寄せられる。
「君を一度殺そうとしたのはすまない。僕は断固拒否したんだが、父上と大臣達がどうしても君を許さなかったんだ。レイナという厄介な存在が現れたのもあって君を処刑するしかなかった。でも勿論、それでも僕は君を愛するつもりだった。君の死体は僕のものにしていいと父上は言ってくれたからな……」
「っ、ウィン、様? 何を言って……」
「?? 何って、僕が一度も君を手放したつもりはないという話だが?」
「!!」
エレナは暴れた。しかしウィンの腕が強くエレナに巻き付いている。エレナの頭は混乱していた。断罪前はエレナが話しかけてもいつも無表情だった彼が突然エレナに執着を見せるようになったのだから無理もないだろう。それに彼はエレナに「好き」だと一度も言ってきたことはない。それ故にエレナには今のウィンの言葉が過剰に不気味で気色の悪いものに感じられたのだ……。
***
本日は二話更新するので、没案とあんまり展開変わっていないではないかというツッコミは許してほしい。
「サラマンダー……」
「…………」
スぺランサ城の一室でサラマンダーは唸る。どうやら悪夢でも見ているらしい。エレナは少しでも彼が楽になるようにと彼の手をずっと握っていた。それを見て、眉を顰めるウィン。するとそこで部屋のドアがノックされる。どうやらウィンが呼んだ城専属の医者が来てくれたようだ。診察にエレナがいては邪魔だろう。大人しく退散してノームに事情を話すことにしよう。そう思い、エレナは医者にサラマンダーを託して部屋を出た。
しかし──
「エレナ」
「っ、」
腕を掴まれる。エレナは大袈裟なほどに飛び跳ねた。
「──少し、話があるんだが」
エレナは思わず振り向く。ウィンはいつもの無表情を崩し、今にも泣きそうな顔でエレナを一心に見つめている。
「君と話す資格なんてないのは、僕が一番分かっている。だが、僕は君にどうしても伝えたいことがある。……頼む、少しでいいから僕の話を聞いてくれないか」
吐息と感情が入り混じった強い言葉にエレナは唇を結んだ。己の胸に手を当てる。一刻も早くノームと合流しなければいけないことはわかってはいるのだが、サラマンダーを助けてもらった手前、無下にすることもできなかった。それに……
(ウィン様がどういうつもりなのかは分からない。でも、私も彼とこのままの関係で終わるのは嫌だと思う。長年ずっと一緒だったってこともあるけれど……オリアス達の為とはいえ私が先にスペランサ王国を、そしてウィン様を裏切ったことは事実なのだ。私は彼に向き合うべきだろう)
己の考えを決めたエレナはウィンを真っ直ぐ見つめ返した。彼の話とやらを聞くことにしたのだ。
「……っ、その、まずは君に謝罪したい。僕は君に酷いことをした。謝罪で許されることではないと分かっているが──」
「酷いこと、とはスペランサが私を処刑しようとしたことでしょうか」
ウィンの口がぐっと閉じた後、小さく「その通りだ」と聞こえてくる。エレナは目を伏せた。
「そのことならばウィン様が謝罪する必要はありません。あの時の恩恵教にとって魔族とは罪そのものだったのですから。私はそんな恩恵教に所属していながらも魔族の子供を逃がしたことは紛れもない事実。私は恩恵教を裏切ったんです。あの婚約破棄と処刑は正当なものであったと理解しています」
「……それでも、長年僕を支えてくれた君への恩を忘れて僕が君を殺そうとしたことには変わらない」
「!」
このウィンの言葉には驚いた。ウィンが自分に“恩”を感じているとは夢にも思っていなかったのだ。
「謝って許されるとは思っていない。だがそれは謝らない理由にもならない。……すまなかったな、エレナ。僕は恩恵教から君を守れなかった。本当に、すまない……!!!」
ウィンがエレナに深く頭を下げる。ポタリポタリとウィンの瞳からこぼれた雫が地面に落ちた。エレナはそれが広がっていくのを見て──自分も頭を下げる。
「私の方こそ、申し訳ございません」
ウィンが戸惑う息遣いが聞こえた。エレナは彼に断罪されようとした時の彼の言葉を思い出す。
──『どうして僕より自分の信条を優先した?』
(そうだ、私は身分の剥奪や処刑を覚悟の上でオリアス達を助けた。つまりそれは、ウィン様と共に歩む未来よりもあの子達を選んだということ。あの時、ウィン様は泣きそうだった。恋愛対象ではなかったとはいえ、長年一緒にいた婚約者に裏切られて傷ついたのかもしれない。そのことに対しては謝らないと)
「……貴方の言う通り、私は貴方との未来よりも友達を助けたいという自分の信条を選んだ。魔族の子供達を助けたこと自体は謝るつもりもありませんし、後悔もしておりません。けれど貴方を裏切り、傷つけたことには謝ります。申し訳ございません」
顔を上げると、ウィンは言葉を詰まらせていた。瞬きをし、その際に綺麗な涙がまた彼の頬を流れる。そして穏やかに微笑するとエレナに手を差し出した。これで、終わりにしよう。彼はそう言った。エレナも頷いて、その手を握る。
……その時、だった。
「──はは、これで長かった君の反抗期も終わりだな。君がノーム殿下やサラマンダー殿下を誘惑していると知った時は流石に動揺したよ。僕の嫉妬を促すなんて、君は本当に可愛いらしい」
「……、……は?」
エレナは口をあんぐりと開ける。身の危険を察し、握った手を引こうとしたがウィンがそれを許さなかった。皮膚が歪むほど、強く手首を捕らえられてしまった。ウィンは顔が赤く染まっており、吐息が荒い。もう片方の腕がエレナの背中に回り、引き寄せられる。
「君を一度殺そうとしたのはすまない。僕は断固拒否したんだが、父上と大臣達がどうしても君を許さなかったんだ。レイナという厄介な存在が現れたのもあって君を処刑するしかなかった。でも勿論、それでも僕は君を愛するつもりだった。君の死体は僕のものにしていいと父上は言ってくれたからな……」
「っ、ウィン、様? 何を言って……」
「?? 何って、僕が一度も君を手放したつもりはないという話だが?」
「!!」
エレナは暴れた。しかしウィンの腕が強くエレナに巻き付いている。エレナの頭は混乱していた。断罪前はエレナが話しかけてもいつも無表情だった彼が突然エレナに執着を見せるようになったのだから無理もないだろう。それに彼はエレナに「好き」だと一度も言ってきたことはない。それ故にエレナには今のウィンの言葉が過剰に不気味で気色の悪いものに感じられたのだ……。
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本日は二話更新するので、没案とあんまり展開変わっていないではないかというツッコミは許してほしい。
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