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第五章 エレナと造られた炎の魔人
94:サラマンダーとエレナ
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「サラマンダー、大丈夫?」
サラマンダーの足取りは覚束なかった。エレナがすぐに体を支えるために彼の腰に腕を回す。サラマンダーは密着してきたエレナに唖然とするしかない。
「お、おい! おま、なにして……!!」
「なにって、一人で立てないでしょ。無理しないで。そこにベンチがあるから連れていくよ」
そうして近くのベンチにサラマンダーを座らせた。サラマンダーはぼぉっとエレナの顔を見つめるだけだった。やけに大人しい彼にエレナは首を傾げる。
「サラマンダー? 大丈夫? やっぱり気分悪い?」
「!! ……いや、人混みに酔ってしまっただけだ。世話をかけたな」
彼が素直に礼を言うあたり、相当参っているのだろう。心配なのでエレナはサラマンダーの調子が戻るまで付き添うことにした。
「ところでどうやって会場抜け出してきたの? あんなに沢山の女性達に囲まれていたんだから大変だったでしょう」
「兄上に押し付けてきた。限界、だったからな。……うっ、」
するとサラマンダーは苦しげに心臓を押さえる。エレナはギョッとした。以前、サラマンダーが魔力の使い過ぎにより倒れてしまったことを思い出したのだ。もしかしたら魔法を使用しなくとも彼の発作は起こるものなのかもしれない。それならば、魔力供給をしなければ。エレナはそっとサラマンダーの両手を己の両手で包んだ。サラマンダーがさらに動揺する。
「え、は!? おい……」
「黙って。魔力供給するから」
──癒せ。
いつもの呪文と共に黄金の光。そしてサラマンダーの体内にエレナから伝わった熱が流れ込んでいく。それと共に苦痛が走る彼の全身が楽になっていった。サラマンダーはひゅっひゅっと浅く荒い呼吸を繰り返していたが、次第に息がしやすくなり落ち着いていく。揺れていた視界も回復し、黄金の光に包まれるエレナがはっきり彼の目に入った。エレナが顔を上げ、サラマンダーと目が合う。彼の落ち着いたはずの心臓が再度警告を鳴らし始めた。
「サラマンダー、もう大丈夫?」
「あ、あぁ」
「そう。よかった」
ニコッと微笑むエレナがそっとサラマンダーの手を離そうとする。サラマンダーにとってそれがどうにも我慢できなかった。いつもはノームに抱きしめられているその体が、ノームを映しているその瞳が、ノームに包まれているその小さな手が、今この瞬間では自分だけが独占している。そう思うと、できるだけそれを維持したいという欲望がサラマンダーの中でムクムクと湧き上がったのだ。思わずエレナの手を握ってしまった。エレナがポカンと間抜け面になったので、サラマンダーはがしがし頭を掻く。
「……もう少し、こうしていろ。お前の魔力は心地いい。勘違いするなよ。俺はお前を利用しているだけだからな」
「そ、そう。もう、驚かせないでよ。そういうことならいくらでも利用されてあげる。貴方は私の大切な友達、だからね!」
エレナがそう無邪気な笑みを浮かべた。「友達」という単語にサラマンダーの手がピクリと反応する。魔力供給のおかげでもう発作は収まったはずなのに、彼の胸がチクリと痛んだ。
──サラマンダーがエレナを前にするといつもこうだ。彼女の行動一つで一喜一憂してしまう。その感情の起伏の原因がなんであるのか、彼は薄々気づいていた。しかし認めるわけにはいかない。知らないフリをするしかない。何故ならエレナは──
──『つれないことを言うなサラマンダー。余らは兄弟だろう』
──『ちゃんとお前の身体のことは話しておけ!!』
──『サラマンダーはどうする? 寂しいなら一緒に来るか?』
──例の婚約式から、今まで散々虐げてきた自分を弟として認めてくれた馬鹿で心優しい兄ノームの恋人なのだから。サラマンダーは唇を噛み締めた。溜まりにたまったエレナへの巨大な感情と、同じくらい膨らんでいく兄への感情が彼の中で拮抗している。
「そろそろウィン様の誕生祭に戻らないとね。……あ、そういえばノームは夏生まれだったけどサラマンダーの誕生日はいつ頃なの?」
「!」
サラマンダーがぶっきらぼうに教えてくれた日はエレナの誕生日の直前であった。つまりは春生まれ。エレナの目が輝いた。
「じゃあ結構もうすぐなんだね! その日になったら皆で祝わないと!」
「っ──そんなこと、するなっ!!!!」
サラマンダーの鋭い声が中庭の静かな空気を割く。手を振り払われたエレナはビクリッと体が震えた。怒鳴られ、怯えた表情で自分を見上げる彼女にサラマンダーは己の昂る感情を抑えようとしたが、我慢できなかった。
「サラマンダー、」
「俺なんかの誕生を祝うとか、そんなこと二度と言うな!! お前や兄上が俺にそんな優しさを向けてくるのは、どうせ俺のことを何も知らないだけなんだよ!! 俺はお前らが思っているよりも醜くて、汚くて……っ、お前らみたいな眩しい存在とは、隣にいても許されないほどの、くずで……!!」
「ちょ、どうしちゃったのサラマンダー? そんなことないよ。貴方はクズなんかじゃない。ちょっと素直になれないだけの優しい男の子だよ!!」
「はは、俺は、人を殺したんだぞ……?」
エレナの呼吸が止まる。動揺して瞳が揺らいだ。サラマンダーはそんなエレナに口角を上げる。ドクンドクンと彼の心臓が暴走を始め、全身へ苦痛を走らせた。
「っ……。そうだ……俺はお前や兄上に蔑まれるべき存在なんだよエレナっ……。俺は、人を見殺しにした、しかも一人じゃない、十人だっ! う、……くく、なぁ、お前はそれでも俺を優しいと言うのか? 俺のことなんて、何も、なんにも、知らないくせに──っ、」
「!! サラマンダー!」
サラマンダーはそこでこと切れたように地面に倒れる。エレナはサァッと顔を青ざめた。すぐに助けを呼ぼうと駆けだそうとしたが、
「エレナ?」
その声にハッとする。どういうわけか、目の前にはウィンがいた。もうこの際誰でもいいとエレナはウィンに縋る。ウィンはサラマンダーが倒れているのを見ると今の状況を理解したようだ。すぐに彼を抱き上げ、城内へと運んでくれた……。
サラマンダーの足取りは覚束なかった。エレナがすぐに体を支えるために彼の腰に腕を回す。サラマンダーは密着してきたエレナに唖然とするしかない。
「お、おい! おま、なにして……!!」
「なにって、一人で立てないでしょ。無理しないで。そこにベンチがあるから連れていくよ」
そうして近くのベンチにサラマンダーを座らせた。サラマンダーはぼぉっとエレナの顔を見つめるだけだった。やけに大人しい彼にエレナは首を傾げる。
「サラマンダー? 大丈夫? やっぱり気分悪い?」
「!! ……いや、人混みに酔ってしまっただけだ。世話をかけたな」
彼が素直に礼を言うあたり、相当参っているのだろう。心配なのでエレナはサラマンダーの調子が戻るまで付き添うことにした。
「ところでどうやって会場抜け出してきたの? あんなに沢山の女性達に囲まれていたんだから大変だったでしょう」
「兄上に押し付けてきた。限界、だったからな。……うっ、」
するとサラマンダーは苦しげに心臓を押さえる。エレナはギョッとした。以前、サラマンダーが魔力の使い過ぎにより倒れてしまったことを思い出したのだ。もしかしたら魔法を使用しなくとも彼の発作は起こるものなのかもしれない。それならば、魔力供給をしなければ。エレナはそっとサラマンダーの両手を己の両手で包んだ。サラマンダーがさらに動揺する。
「え、は!? おい……」
「黙って。魔力供給するから」
──癒せ。
いつもの呪文と共に黄金の光。そしてサラマンダーの体内にエレナから伝わった熱が流れ込んでいく。それと共に苦痛が走る彼の全身が楽になっていった。サラマンダーはひゅっひゅっと浅く荒い呼吸を繰り返していたが、次第に息がしやすくなり落ち着いていく。揺れていた視界も回復し、黄金の光に包まれるエレナがはっきり彼の目に入った。エレナが顔を上げ、サラマンダーと目が合う。彼の落ち着いたはずの心臓が再度警告を鳴らし始めた。
「サラマンダー、もう大丈夫?」
「あ、あぁ」
「そう。よかった」
ニコッと微笑むエレナがそっとサラマンダーの手を離そうとする。サラマンダーにとってそれがどうにも我慢できなかった。いつもはノームに抱きしめられているその体が、ノームを映しているその瞳が、ノームに包まれているその小さな手が、今この瞬間では自分だけが独占している。そう思うと、できるだけそれを維持したいという欲望がサラマンダーの中でムクムクと湧き上がったのだ。思わずエレナの手を握ってしまった。エレナがポカンと間抜け面になったので、サラマンダーはがしがし頭を掻く。
「……もう少し、こうしていろ。お前の魔力は心地いい。勘違いするなよ。俺はお前を利用しているだけだからな」
「そ、そう。もう、驚かせないでよ。そういうことならいくらでも利用されてあげる。貴方は私の大切な友達、だからね!」
エレナがそう無邪気な笑みを浮かべた。「友達」という単語にサラマンダーの手がピクリと反応する。魔力供給のおかげでもう発作は収まったはずなのに、彼の胸がチクリと痛んだ。
──サラマンダーがエレナを前にするといつもこうだ。彼女の行動一つで一喜一憂してしまう。その感情の起伏の原因がなんであるのか、彼は薄々気づいていた。しかし認めるわけにはいかない。知らないフリをするしかない。何故ならエレナは──
──『つれないことを言うなサラマンダー。余らは兄弟だろう』
──『ちゃんとお前の身体のことは話しておけ!!』
──『サラマンダーはどうする? 寂しいなら一緒に来るか?』
──例の婚約式から、今まで散々虐げてきた自分を弟として認めてくれた馬鹿で心優しい兄ノームの恋人なのだから。サラマンダーは唇を噛み締めた。溜まりにたまったエレナへの巨大な感情と、同じくらい膨らんでいく兄への感情が彼の中で拮抗している。
「そろそろウィン様の誕生祭に戻らないとね。……あ、そういえばノームは夏生まれだったけどサラマンダーの誕生日はいつ頃なの?」
「!」
サラマンダーがぶっきらぼうに教えてくれた日はエレナの誕生日の直前であった。つまりは春生まれ。エレナの目が輝いた。
「じゃあ結構もうすぐなんだね! その日になったら皆で祝わないと!」
「っ──そんなこと、するなっ!!!!」
サラマンダーの鋭い声が中庭の静かな空気を割く。手を振り払われたエレナはビクリッと体が震えた。怒鳴られ、怯えた表情で自分を見上げる彼女にサラマンダーは己の昂る感情を抑えようとしたが、我慢できなかった。
「サラマンダー、」
「俺なんかの誕生を祝うとか、そんなこと二度と言うな!! お前や兄上が俺にそんな優しさを向けてくるのは、どうせ俺のことを何も知らないだけなんだよ!! 俺はお前らが思っているよりも醜くて、汚くて……っ、お前らみたいな眩しい存在とは、隣にいても許されないほどの、くずで……!!」
「ちょ、どうしちゃったのサラマンダー? そんなことないよ。貴方はクズなんかじゃない。ちょっと素直になれないだけの優しい男の子だよ!!」
「はは、俺は、人を殺したんだぞ……?」
エレナの呼吸が止まる。動揺して瞳が揺らいだ。サラマンダーはそんなエレナに口角を上げる。ドクンドクンと彼の心臓が暴走を始め、全身へ苦痛を走らせた。
「っ……。そうだ……俺はお前や兄上に蔑まれるべき存在なんだよエレナっ……。俺は、人を見殺しにした、しかも一人じゃない、十人だっ! う、……くく、なぁ、お前はそれでも俺を優しいと言うのか? 俺のことなんて、何も、なんにも、知らないくせに──っ、」
「!! サラマンダー!」
サラマンダーはそこでこと切れたように地面に倒れる。エレナはサァッと顔を青ざめた。すぐに助けを呼ぼうと駆けだそうとしたが、
「エレナ?」
その声にハッとする。どういうわけか、目の前にはウィンがいた。もうこの際誰でもいいとエレナはウィンに縋る。ウィンはサラマンダーが倒れているのを見ると今の状況を理解したようだ。すぐに彼を抱き上げ、城内へと運んでくれた……。
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