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第四章 エレナと桃色の聖遺物
89:一件落着?
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「エレナ、」
優しい低音に目が覚めた。ちゅ、とリップ音がしたかと思えば額にほんのりと何かが当たる。目を開ければ見慣れた部屋。しかし目の前にいる彼が自分の部屋にいるのはなんとなく見慣れないな、とエレナは思った。
「……ノーム、いてくれたんだ」
優しく繋がれた手に心臓が昂る。窓から見える空模様から、今は昼らしい。自分が気絶した時は真夜中だったはずだが……。
「お前、丸一日半寝ていたんだぞ」
「え、本当に!? ……じゃあその間ノームはここにずっといたの!?」
「勿論一回シュトラールに帰ったぞ。だがお前が心配でまた城を抜け出してきたんだ。……ったく、いつもいつも無茶をしすぎだ、お前は」
ノームがエレナの頭を軽く叩いた。「あいてっ」とエレナは声を上げ、叩かれた箇所を抑える。しかしその言葉とは反対にエレナの顔は破顔していた。嬉しくてたまらないといった彼女にノームは眉を顰め、その両頬を反対の方向に伸ばす。
「おい。余は本当に心配しているというのに何故笑っているのだ」
「……ふふっ。だからだよ。大好きな人に心配してもらえることは幸せだなぁって思ったの。助けに来てくれてありがとねノーム。凄くカッコよかった」
「っ!」
そんなことを言われたら怒れないじゃないか。そうため息をこぼしながら呟くノームにエレナはさらに頬が緩んだ。ニマニマと幸せそうなエレナにノームも思わず笑みを浮かべてしまう。そしてこつん、と己の額をエレナの額に宛がった。ノームの吐息がエレナの唇に掛かる。エレナは突然の展開に間抜けな声を漏らした。
「ひゃ!? の、のーむさん??」
「いやな。よく考えたらリリィが生まれてから二人きりの時間が減ったじゃないか。今のうちに余のエレナを堪能しておくべきだと思ってな。ここ一週間キスもしていない。正直我慢できん」
「そ、そうだったっけ……。あー、でも、その、ほら、私、リリィのこととか色々気になるからひとまず大広間に行こうかなぁって思うんだけど……」
「! ……そうか。……そうだよな。すまない」
そう明らかにしょんぼりするノーム。エレナはそんな彼の様子に理由の分からない罪悪感に襲われた。思わず離れていくノームの両頬を己の両手で引き留める。頬を押し潰され、唇を尖らせるノームはそんなエレナに目を丸くした。
「……えーな? どうひたのは?」
「いや、その! こ、今回、ノームには助けてもらったわけだし、そ、そのお礼ではないけど……っ、わ、私も、貴方と一緒にいたいって気持ちはあるというか……。……あーもう! とにかく、わ、私もノーム不足だからっ! もう少し二人きりでいたいっ! ……かも」
「!!」
暗かったノームの表情が一瞬で輝き出す。エレナはそんな分かりやすい彼の反応にきゅんきゅん胸を鳴らしながら、恥ずかしさで俯いた。しかしノームがすぐにエレナの顔を引き上げる。少しでも動いたら、キスをしてしまう距離にノームの顔があった。
「エレナ、好きだ。……いいか?」
「……うん」
ノームはいつも口づけの前に必ずエレナの意思を確かめる。その時の、いつもより低く掠れた声色にエレナが毎回ときめいてしまっているのは彼女だけの秘密だ。より唇に集中する為に目を閉じる。ノームの気配が近づいてきた。
──が!
「──ノーム!! エレナはまだ起きないの!!?」
「!!?」
唇が触れ合う直前、突然の乱入者に二人の甘い時間があっさりと終わりを告げる。顔を赤らめたまま、二人の顔が名残惜しそうに離れていった。エレナの部屋にノックもなしに入って来た乱入者の正体は当然お転婆少年リリィである。その後ろには口元はにっこり笑っているはずなのに目が笑っていないサラマンダーがいた。
「はっはっはっ、いやぁすまないな兄上! ちんちくりんがどうしてもエレナに会いたいと言うから連れてきちまった」
「サラマンダー、貴様……」
ノームの唇がひくりと引き攣る。しかしそんなノームを余所にリリィは意識を取り戻したエレナに満面の笑みを浮かべてベッドに飛び乗った。勢いのある抱擁をエレナは苦笑しながら受け止める。
「エレナ! よかった!! 目が覚めたんだね! 痛い所はない? 大丈夫? ごめんね、リリィのせいで……っ」
「痛い所はないよ。寝すぎてちょっと身体が重いくらい。……それとリリィ、私は『ごめんね』より『ありがとう』って言ってもらえた方が嬉しいかな」
「! ……うん、そうだね。エレナ、ありがとうっ! リリィを離さないでくれて……リリィを、悪い悪魔から助けてくれてっ! エレナ、大好き……!」
そう言うリリィの目尻から綺麗な雫が溢れた。エレナは「どういたしまして」と言いながら、その目尻を拭ってやる。するとここでリリィの肩に黄金色の宝石獣──ルーが乗っかってきた。
「きゅ!」
「ルー! 貴女も無事だったんだね! よかった……」
エレナはルーを見て、リリィからセロの魔力を追い出す際に自分の身体が意図せず治癒されたことを思い出す。エレナの身体が治癒されたのはルーがエレナに触れてからのことだ。つまりそれは──と、そこまで考えを巡らせたところでふっと微笑む。
「……いや、貴女から何も言わないなら私も追及はしないよ。とりあえずお礼だけは言っておくねルー。ありがとう!」
「きゅ! きゅーう!」
ルーは尻尾を大袈裟に振ってエレナの頬を舐めた。
その後、エレナは禁断の大森林が無事に消火を終えたことを聞きながら、リリィと手を繋いで大広間へ向かった。一日半もろくに食べていないのでエレナは空腹だったのだ。大広間へ行くと、丁度昼食を取ろうとしていた魔族達が一斉にこちらを見る。
「──エレナ!」
エレナに気づいた魔王が真っ先に立ち上がった。エレナはそんな父の胸に勢いよく飛び込む。……と、同時に魔族達がエレナ復活に喜び、騒ぎ始めた。
「エレナ、どこも異常はないか? 腹が減っただろう。すぐにアドラメルクに料理を持ってこさせよう」
「うん! ありがとうパパ」
魔族達がエレナに優しい言葉を掛けてくれる。エレナはニコニコして皆にお礼を言うと席に着いた。サラマンダーとノームも含めて、城の皆揃っての昼食の始まりだ。
しかしそこで──エレナは向かい側にとんでもない量の空の皿が既に積まれていることに気づいた。その皿の間から陽気な声が聞こえてくる。
「よっ! エレナ! しばらくここで世話になるぜ!」
「サラさん!」
サラがにっと笑って、包帯だらけの腕で手を振る。実はサラはリリィがエレナと魔王へ助けを求めた際──魔王の転移魔法を宿したロイをリリィのところまで投げ飛ばすという奇策を提案した本人だった。とはいえ、あれは非常事態故にサラが協力してくれただけである。リリィからセロの魔力は消えたとはいうもののこれからも暴走する可能性は残っているのだ。その可能性がある限りサラはリリィを破壊するつもりなのだろう。……だが、例えリリィが暴走したとしてもエレナの治癒魔法でどうにか抑えることはできることは分かっている。それをエレナは真剣な表情でサラに説明しようとしたのだが──なんと彼女はそんなエレナの不安を知らずに「そのことは既に解決済みだぜ」と言ってのけたのだ。首を傾げるエレナに対しサラがリリィの首元を指差す。リリィの首には何か黒いものが巻かれていた。それは首飾り──いわゆるチョーカーと呼ばれる代物だった。
「リリィ? その首にあるのは?」
「あぁ、これはサラがくれた聖遺物だよ。リリィの力を無効化してくれる布なんだって!」
「え!?」
「オレが旅の途中で見つけた神殺しヘルクレスの布をこの城のドワーフが首飾りにアレンジしたんだ。今までは戦闘時以外、ロイに巻き付けてたんだが……お前らになら譲ってやってもいいと思ってな。感謝しろよ」
エレナの目が点になる。リリィはもじもじと手を弄りながら、不安げにエレナを見上げた。
「それでね、この聖遺物のおかげでもうリリィは暴走しない代わりに魔法使えないんだ。だからね、その……エレナは、リリィがただのリリィになっても、家族でいてくれる?」
「……っ、~~っ!! 当たり前だよ!! むしろ、嬉しい! もう、リリィは暴走しなくていいってことだよね? もうリリィが苦しむ必要はないってことだよね……? ……私、本当に、心配してて……っ、うっ、」
エレナが「よかったぁ」としゃくりあげ、リリィを強く抱きしめる。リリィはエレナの腕の中でサラと顔を見合わせると、へにゃりと顔を綻ばせた。
さて。不安の種がさらに一つ解決したところで、エレナはさっそくアドラメルクの料理に手を付けようとするが──
「……ところでこの沢山のお皿の山はサラさんが?」
「んなわけねーだろ! 隣のコイツだよコイツ!」
「となり?」
エレナの視線がサラの隣に映る。そしてあんぐりと口を開かせた。何故ならサラの隣にいたのは、
「──悪魔ベルゼブブ!? なんでここに、」
「んあ?」
丸い獣耳に、酷い隈。そこにいたのはやはりあの悪魔ベルゼブブだった。たしかエレナがリリィに治癒魔法を掛ける直前、彼は悪魔ベルフェゴールと仲間割れをしていたようだが……。
「ふん! ベルフェゴールには逃げられちまったけど、俺っちはヤツに襲い掛かってセロを裏切った。それならもうセロのところには帰れねーじゃんよ。……つーわけで、しばらくテネブリスでお世話になるじゃん。ここの飯、結構旨いしな」
「えーっと……どうしてベルフェゴールと仲間割れしたのか理由を聞いても?」
「言いたくないね。……まぁ、安心するじゃんよ。お前がその“弟”の傍にいる限りは、俺っちもお前の味方じゃん」
そう言って一切の遠慮も知らない食べっぷりを見せるベルゼブブ。エレナはそんな彼の存在に複雑な思いではあったが、彼がベルフェゴールと仲間割れをしてくれたおかげでリリィを無事に奪還することができたのは事実なので何も言えなかった。それにリリィもどういうわけか彼を「ブブ」と呼んで慕っている。彼も彼でそんなリリィに「変なあだ名つけんじゃねー!」とは言いつつも、どこか優しい目を向けていた。
(──ま、いっか。テネブリスが賑わうのはいいことだ)
エレナはそこでようやくアドラメルク特製料理にありつくことが出来たのだった……。
***
第四章はこれで完結です。
第五章の更新は18日から。二日ほどお休みいただきます。
第五章のタイトルは「エレナと不屈の魔導士たち」です。乞うご期待~。
優しい低音に目が覚めた。ちゅ、とリップ音がしたかと思えば額にほんのりと何かが当たる。目を開ければ見慣れた部屋。しかし目の前にいる彼が自分の部屋にいるのはなんとなく見慣れないな、とエレナは思った。
「……ノーム、いてくれたんだ」
優しく繋がれた手に心臓が昂る。窓から見える空模様から、今は昼らしい。自分が気絶した時は真夜中だったはずだが……。
「お前、丸一日半寝ていたんだぞ」
「え、本当に!? ……じゃあその間ノームはここにずっといたの!?」
「勿論一回シュトラールに帰ったぞ。だがお前が心配でまた城を抜け出してきたんだ。……ったく、いつもいつも無茶をしすぎだ、お前は」
ノームがエレナの頭を軽く叩いた。「あいてっ」とエレナは声を上げ、叩かれた箇所を抑える。しかしその言葉とは反対にエレナの顔は破顔していた。嬉しくてたまらないといった彼女にノームは眉を顰め、その両頬を反対の方向に伸ばす。
「おい。余は本当に心配しているというのに何故笑っているのだ」
「……ふふっ。だからだよ。大好きな人に心配してもらえることは幸せだなぁって思ったの。助けに来てくれてありがとねノーム。凄くカッコよかった」
「っ!」
そんなことを言われたら怒れないじゃないか。そうため息をこぼしながら呟くノームにエレナはさらに頬が緩んだ。ニマニマと幸せそうなエレナにノームも思わず笑みを浮かべてしまう。そしてこつん、と己の額をエレナの額に宛がった。ノームの吐息がエレナの唇に掛かる。エレナは突然の展開に間抜けな声を漏らした。
「ひゃ!? の、のーむさん??」
「いやな。よく考えたらリリィが生まれてから二人きりの時間が減ったじゃないか。今のうちに余のエレナを堪能しておくべきだと思ってな。ここ一週間キスもしていない。正直我慢できん」
「そ、そうだったっけ……。あー、でも、その、ほら、私、リリィのこととか色々気になるからひとまず大広間に行こうかなぁって思うんだけど……」
「! ……そうか。……そうだよな。すまない」
そう明らかにしょんぼりするノーム。エレナはそんな彼の様子に理由の分からない罪悪感に襲われた。思わず離れていくノームの両頬を己の両手で引き留める。頬を押し潰され、唇を尖らせるノームはそんなエレナに目を丸くした。
「……えーな? どうひたのは?」
「いや、その! こ、今回、ノームには助けてもらったわけだし、そ、そのお礼ではないけど……っ、わ、私も、貴方と一緒にいたいって気持ちはあるというか……。……あーもう! とにかく、わ、私もノーム不足だからっ! もう少し二人きりでいたいっ! ……かも」
「!!」
暗かったノームの表情が一瞬で輝き出す。エレナはそんな分かりやすい彼の反応にきゅんきゅん胸を鳴らしながら、恥ずかしさで俯いた。しかしノームがすぐにエレナの顔を引き上げる。少しでも動いたら、キスをしてしまう距離にノームの顔があった。
「エレナ、好きだ。……いいか?」
「……うん」
ノームはいつも口づけの前に必ずエレナの意思を確かめる。その時の、いつもより低く掠れた声色にエレナが毎回ときめいてしまっているのは彼女だけの秘密だ。より唇に集中する為に目を閉じる。ノームの気配が近づいてきた。
──が!
「──ノーム!! エレナはまだ起きないの!!?」
「!!?」
唇が触れ合う直前、突然の乱入者に二人の甘い時間があっさりと終わりを告げる。顔を赤らめたまま、二人の顔が名残惜しそうに離れていった。エレナの部屋にノックもなしに入って来た乱入者の正体は当然お転婆少年リリィである。その後ろには口元はにっこり笑っているはずなのに目が笑っていないサラマンダーがいた。
「はっはっはっ、いやぁすまないな兄上! ちんちくりんがどうしてもエレナに会いたいと言うから連れてきちまった」
「サラマンダー、貴様……」
ノームの唇がひくりと引き攣る。しかしそんなノームを余所にリリィは意識を取り戻したエレナに満面の笑みを浮かべてベッドに飛び乗った。勢いのある抱擁をエレナは苦笑しながら受け止める。
「エレナ! よかった!! 目が覚めたんだね! 痛い所はない? 大丈夫? ごめんね、リリィのせいで……っ」
「痛い所はないよ。寝すぎてちょっと身体が重いくらい。……それとリリィ、私は『ごめんね』より『ありがとう』って言ってもらえた方が嬉しいかな」
「! ……うん、そうだね。エレナ、ありがとうっ! リリィを離さないでくれて……リリィを、悪い悪魔から助けてくれてっ! エレナ、大好き……!」
そう言うリリィの目尻から綺麗な雫が溢れた。エレナは「どういたしまして」と言いながら、その目尻を拭ってやる。するとここでリリィの肩に黄金色の宝石獣──ルーが乗っかってきた。
「きゅ!」
「ルー! 貴女も無事だったんだね! よかった……」
エレナはルーを見て、リリィからセロの魔力を追い出す際に自分の身体が意図せず治癒されたことを思い出す。エレナの身体が治癒されたのはルーがエレナに触れてからのことだ。つまりそれは──と、そこまで考えを巡らせたところでふっと微笑む。
「……いや、貴女から何も言わないなら私も追及はしないよ。とりあえずお礼だけは言っておくねルー。ありがとう!」
「きゅ! きゅーう!」
ルーは尻尾を大袈裟に振ってエレナの頬を舐めた。
その後、エレナは禁断の大森林が無事に消火を終えたことを聞きながら、リリィと手を繋いで大広間へ向かった。一日半もろくに食べていないのでエレナは空腹だったのだ。大広間へ行くと、丁度昼食を取ろうとしていた魔族達が一斉にこちらを見る。
「──エレナ!」
エレナに気づいた魔王が真っ先に立ち上がった。エレナはそんな父の胸に勢いよく飛び込む。……と、同時に魔族達がエレナ復活に喜び、騒ぎ始めた。
「エレナ、どこも異常はないか? 腹が減っただろう。すぐにアドラメルクに料理を持ってこさせよう」
「うん! ありがとうパパ」
魔族達がエレナに優しい言葉を掛けてくれる。エレナはニコニコして皆にお礼を言うと席に着いた。サラマンダーとノームも含めて、城の皆揃っての昼食の始まりだ。
しかしそこで──エレナは向かい側にとんでもない量の空の皿が既に積まれていることに気づいた。その皿の間から陽気な声が聞こえてくる。
「よっ! エレナ! しばらくここで世話になるぜ!」
「サラさん!」
サラがにっと笑って、包帯だらけの腕で手を振る。実はサラはリリィがエレナと魔王へ助けを求めた際──魔王の転移魔法を宿したロイをリリィのところまで投げ飛ばすという奇策を提案した本人だった。とはいえ、あれは非常事態故にサラが協力してくれただけである。リリィからセロの魔力は消えたとはいうもののこれからも暴走する可能性は残っているのだ。その可能性がある限りサラはリリィを破壊するつもりなのだろう。……だが、例えリリィが暴走したとしてもエレナの治癒魔法でどうにか抑えることはできることは分かっている。それをエレナは真剣な表情でサラに説明しようとしたのだが──なんと彼女はそんなエレナの不安を知らずに「そのことは既に解決済みだぜ」と言ってのけたのだ。首を傾げるエレナに対しサラがリリィの首元を指差す。リリィの首には何か黒いものが巻かれていた。それは首飾り──いわゆるチョーカーと呼ばれる代物だった。
「リリィ? その首にあるのは?」
「あぁ、これはサラがくれた聖遺物だよ。リリィの力を無効化してくれる布なんだって!」
「え!?」
「オレが旅の途中で見つけた神殺しヘルクレスの布をこの城のドワーフが首飾りにアレンジしたんだ。今までは戦闘時以外、ロイに巻き付けてたんだが……お前らになら譲ってやってもいいと思ってな。感謝しろよ」
エレナの目が点になる。リリィはもじもじと手を弄りながら、不安げにエレナを見上げた。
「それでね、この聖遺物のおかげでもうリリィは暴走しない代わりに魔法使えないんだ。だからね、その……エレナは、リリィがただのリリィになっても、家族でいてくれる?」
「……っ、~~っ!! 当たり前だよ!! むしろ、嬉しい! もう、リリィは暴走しなくていいってことだよね? もうリリィが苦しむ必要はないってことだよね……? ……私、本当に、心配してて……っ、うっ、」
エレナが「よかったぁ」としゃくりあげ、リリィを強く抱きしめる。リリィはエレナの腕の中でサラと顔を見合わせると、へにゃりと顔を綻ばせた。
さて。不安の種がさらに一つ解決したところで、エレナはさっそくアドラメルクの料理に手を付けようとするが──
「……ところでこの沢山のお皿の山はサラさんが?」
「んなわけねーだろ! 隣のコイツだよコイツ!」
「となり?」
エレナの視線がサラの隣に映る。そしてあんぐりと口を開かせた。何故ならサラの隣にいたのは、
「──悪魔ベルゼブブ!? なんでここに、」
「んあ?」
丸い獣耳に、酷い隈。そこにいたのはやはりあの悪魔ベルゼブブだった。たしかエレナがリリィに治癒魔法を掛ける直前、彼は悪魔ベルフェゴールと仲間割れをしていたようだが……。
「ふん! ベルフェゴールには逃げられちまったけど、俺っちはヤツに襲い掛かってセロを裏切った。それならもうセロのところには帰れねーじゃんよ。……つーわけで、しばらくテネブリスでお世話になるじゃん。ここの飯、結構旨いしな」
「えーっと……どうしてベルフェゴールと仲間割れしたのか理由を聞いても?」
「言いたくないね。……まぁ、安心するじゃんよ。お前がその“弟”の傍にいる限りは、俺っちもお前の味方じゃん」
そう言って一切の遠慮も知らない食べっぷりを見せるベルゼブブ。エレナはそんな彼の存在に複雑な思いではあったが、彼がベルフェゴールと仲間割れをしてくれたおかげでリリィを無事に奪還することができたのは事実なので何も言えなかった。それにリリィもどういうわけか彼を「ブブ」と呼んで慕っている。彼も彼でそんなリリィに「変なあだ名つけんじゃねー!」とは言いつつも、どこか優しい目を向けていた。
(──ま、いっか。テネブリスが賑わうのはいいことだ)
エレナはそこでようやくアドラメルク特製料理にありつくことが出来たのだった……。
***
第四章はこれで完結です。
第五章の更新は18日から。二日ほどお休みいただきます。
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