黄金の魔族姫

風和ふわ

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第四章 エレナと桃色の聖遺物

82:覚悟

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「かく、ご?」
「そうだ、覚悟だ。聖遺物ハンターしているオレだから知っていることだが、長い間主を失った聖遺物が暴走するってのは珍しい話じゃねぇ。知恵の神の髪飾りを身につけた女はその膨大な知識量に脳がパァになっちまった。軍神の神の剣を持った男は闘争心が抑えきれなくなり、己の子供や妻を含め村人全員殺しちまった。獣の神の角笛を吹いた男は森中の獣に発情され、目を覆ってしまうほどの有様だったよ。……なぁ、エレナ。そのリリィは本当にお前のテネブリスに牙を剥かないと誓えるのか?」
「っ!!」

 エレナは息を呑む。リリィは違う、暴走なんかしない。ハッキリ言い放つべきだと分かってはいるのに──エレナは、何も言えなかったのだ。リリィが己の両手を見て、唇を噛みしめる。

「……エレナ、リリィは怖い存在、なの?」

 エレナはハッとした。しかし気づいた時にはリリィはエレナの腕から逃れていた。己の身体を抱きしめて、エレナから距離をとったのだ。

「り、リリィ! リリィは怖くなんかない! 大丈夫だから、落ち着いて!」
「違うだろエレナ。お前がそのリリィを本当に家族とするならば、!!」
「──っ!」

 エレナはサラの言葉にまたもや硬直する。
 一方リリィは頭を抱えて、その場で膝を崩した。リリィの中でドクンドクンと鼓動が激しくなっていく。己の中で数多の声が聞こえてきた。男、女……聞こえてくる声の高さは様々だ。彼らが何を言っているのかは分からない。でもリリィにはなんとなく分かった。自分の中には何かが、いる。小説で主人公を殺そうとする化け物みたいな得体のしれないものが、自分の中には数えきれないほど存在しているのだと。涙が零れる。未知の感覚にリリィはパニックに陥った。エレナがそんなリリィに駆け寄るが──

「リリィ、」
「っ!! 来るな!!! 来ないで、エレナぁ──!!!」
「──あっ、」

 エレナの身体が宙を舞った。ノームが叫ぶ。リリィがエレナを拒絶した瞬間──複数の風の刃がエレナを四方八方から襲ったのだ。切り裂かれた皮膚から血がはじけ飛ぶ。リリィの瞳に血とともに舞うエレナの姿が映し出された──。

「エレナ、エレナ!!」

 ドリアードとノームがエレナに駆け寄る。するとそこで、原っぱに魔法陣が浮かび上がった。そこから現れたのはアスモデウスと魔王だ。二人は血だらけのエレナを見るなり、動揺する。リリィは魔王と目があった。

「リリィ、どうしたのだ。何を怯えている……?」
「こ、来ないでパパ! パパまで傷つけたくない! り、リリィは、今、エレナを……っ」

 魔王がリリィとエレナを交互に見る。そして今の状況を理解したらしい。サラが物怖じせずに魔王に立ち塞がる。

「お前が、テネブリスの王でエレナの父親で間違いないか? んでもって、リリィの父親でもあるんだよな?」
「いかにも。あの子は我の息子だ」

 魔王ははっきりとそう言ってみせた。サラはそんな魔王に眉を顰める。

「ならどうしてもっと早く来なかった。たった今リリィはエレナを傷つけたぞ!」
「……返す言葉もない」

 魔王はそっとリリィに顔を向けた。そしてゆっくり近づいていく。リリィは首を振った。

「パパ、駄目だ! 来ないで、来ないでよぉおお!!!!」
「大丈夫だ。我の闇は全てを打ち消す。リリィ、我を信じろ。お前の父の胸に飛び込んで来い」
「────っ!!」

 リリィは泣きながら魔王を見上げる。だが──血だらけのエレナがノームの腕でぐったりとしている様子を見てしまい、ぐっと唇を噛みしめた。そして、魔王に微笑む。

「パパ、ありがとう──」
「っ!!」

 リリィが己の胸に触れた。そして、こう叫んだのだ。「燃え盛れフィアドーム!」と。炎が舞う。エレナが皮膚に感じた炎の熱に思わず目を開ける。そして息を呑んだ。

「リリィ!!!」

 リリィの身体を魔王が覆っていた。闇が炎を打ち消していく。魔王は腕の中で気を失ったリリィに言葉がでなかった。リリィは今、自殺しようとしたのだ。その意味を魔王は噛みしめる。己はまだ、彼に完全に信頼されていないのだと。そしてそれはエレナも同じだった。サラがエレナと魔王に警告を放つ。

「オレは今夜、二十四のタイムバードが鳴く日までこの原っぱにいる。それまでにリリィとの別れを済ませておけ。そしてオレの前に連れて来い。破壊してやる。もし来なかったらこっちから破壊しに行くからな」
「っ!」
「……もしその聖遺物が今のように暴走した時、一番傷つくのはだろうよ。聖遺物の暴走ってのはいつ来るか予想がつかない。突然牙を剥くもんなんだ。つまり常にそのリリィはこれから自分が暴走するかもしれないという恐怖と共に暮らすことになる。大切なもんが傍にいるなら尚更だ。破壊してやった方が楽なんじゃねぇか? 今のリリィの行動を見たら、余計にそう思ってしまうぜ、オレはな」

 そんなサラの言葉にエレナはまた言葉が出なくなった。そうかもしれない、と思ってしまったのだ……。
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