黄金の魔族姫

風和ふわ

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第四章 エレナと桃色の聖遺物

80:突然の出会い

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 リリィが家族になってもうすぐひと月。その間、どういうわけかセロは影を潜めていた。彼の真意がどうであれ、怯えているだけでは何も解決しない。と、いうことでエレナは今日も禁断の大森林で長距離走と魔花法に励むのだった。

 ──が。

「きゅ! きゅきゅっ! きゅーう!?」
「……なんだろアレ」

 エレナがルーと共に(気まぐれのルーがエレナの長距離走に付き合うのは珍しい)いつもの獣道を走っていたところ、まるで洗われた毛布のように何かが木の枝に引っかかっていることに気づいた。それは──なんと、である。女性はむにゃむにゃと小さな寝言を漏らしながらも、身体をもぞもぞ動かし──そのまま、木から滑り降りた。エレナは慌てて女性の元へ駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」
「……? ……んー……?」

 とろんとした瞳で欠伸をしながら、女性が起き上がる。エレナはその巨大に実り過ぎた胸に唖然とした。それは前が肌蹴ている彼女の服から今にもポロンと零れ落ちそうである。そんな女性らしい彼女の胸とは相反して、彼女の晒された肌には大量の傷があり、手足には固い筋肉の存在が見るだけで感じ取れる。大雑把に一束に纏められている彼女の茶髪ややや揃っていない前髪が彼女の性格を表していた。それに一番エレナが目を引いたのは彼女の背中だ。彼女の背中には背中からはみ出でているほどの大槌が括りつけられていた。

「あ、あの……どこか痛みはありますか?」
「んあ? あぁ、わりぃわりぃ! ちょい寝ぼけてたわ!」

 女性はエレナと目が合うと、にっと歯を見せる。その太陽のような強気な笑みにエレナもほっと一安心だ。しかし問題はどうして人間の彼女がこんな所にいるのかということ。まだ禁断の大森林の通路開発は行われていないので、人間が迷い込むなんてことはないはずなのだが……。

「オレはサラ。ここ、テネブリスだろ? 色々あってフェニックスの足に捕まって、この森に落っこちてきたんだよ。んで、そのまま力尽きて寝てた」
「は、はぁ。フェニックスに捕まって……」

 そういえば以前にエレナが友人になったオリアス達がスペランサに迷い込んできたのも鳥の魔物に捕まって落っこちてきたのが原因である。それと似たようなものなのだろうか。しかしサラの口ぶりは自らの意思でこのテネブリスにやって来たという意味にも聞こえる。

「……テネブリスに何か御用が?」
「あぁ、まぁな。ちょいと探しモンを。てかお前の方は何者だ? どうして魔国に人間がいる?」
「私はエレナ・フィンスターニスと申します。一応このテネブリスの王の娘で──」

 そこまで言うと、サラが「ああーっ!」と叫びながらエレナを指差した。そしてエレナの手を掴み、まじまじとエレナを観察する。

「そうかそうか! 見慣れねぇ髪色だと思ったら! お前が巷で噂になっている“黄金の魔族姫”サマか! よく考えれば今テネブリスにいる金髪の女って言ったらお前しかいねぇもんな! すっげぇな! こんな有名人に会えるなんてちょい感動だ!」
「ちょ、ちょちょちょ!? 巷で噂になってるって、その辺りもっと詳しく聞きたいんですけど! 黄金の魔族姫!? なんですかそれ!」
「ん? そのままの意味だぜ。あの獰猛な魔族共をその慈愛で包み込み、シュトラールでの婚約式では勇者を癒して共に原初の悪魔に立ち向かった伝説の聖女……だっけか。勇者や怪我人を癒した時にはお前の身体からそれはそれは美しい黄金の輝きが溢れてきて、その姿は女神のようだってな。恩恵教──あぁ、今は黄金教か。その信者達が大陸のあちこちでそんな話を声高に語ってたり、お前と勇者を想った歌とか歌ってるぜ」
「はぁ!?」

 初めて知った事実にエレナは目を丸くする。何か弁解の一つでも返そうかとパクパク口を開閉させたが、丁度そこでエレナの言葉を遮るほどの音が辺りに響いた。

 ぐぅううううううううぅぅ……。

 サラが豪快に笑い出す。そしてエレナに両手を合わせた。

「お前、姫さんなんだろ? 飯を食わせてくれないか!? オレ、実は旅人でよ。ここ三日はろくなもん食ってねぇんだ! 頼む!!」
「え!? あぁ、は、はい。それは構いません」

 エレナが了承するなり、サラの豊満な胸が顔面に飛び込んでくる。強く抱きしめられ、顔中にその柔らかな禁断の感触が襲ってきた。エレナは窒息する前にどうにかその暴力的な果実から逃れると、息を整える。

「本当にありがとな魔族姫サマ! 流石伝説の聖女様だぜっ!!」
「わ、私は聖女なんかじゃありませんっ! その呼び方もちょっと照れくさいのでやめてください!」
「おう! じゃあエレナな!」
「はい、それでお願いします。……それじゃあひとまず私の弟と友人達が向こうの原っぱで私を待ってくれているはずですので合流しましょう。……それで、ずっと気になっていたのですが、」

 エレナが視線を向けたのはサラの背中にある大槌だ。大分古い代物であるのか、所々が欠けていたり錆びている。しかしそれでもそれには触ってはいけないと本能で感じてしまうほどの異常な雰囲気を感じてしまうのだ。サラは口角を上げた。

「こいつはロイ。オレの相棒だよ。所詮はってやつさ」
「!? せ、聖遺物って!!」
「そう。神が空から落としたと言われているモンさ。こいつは破壊神アステッカの大槌。まぁオレがそのアステッカ本人ではないのとこいつが長い間眠ってたのとでその威力はほとんど虫の息だけどな。それでも、オレ達人間からしたら強大すぎる力だ」
「……でもサラさんはそれがどうして破壊神アステッカのものだと分かるんですか? 絶対神デウス以外の神々の記録や書物はあまり残されていないのに」
「ロイが教えてくれるんだよ。なんとなく伝わってくるっつーかな」

 聖遺物と心を通わせる不思議な女性、サラ。エレナは彼女の存在に興味が湧く。

「じゃあサラさんはどうしてそのロイと一緒に旅をしているのですかっ?」

 キラキラと好奇心で目を輝かせるエレナにサラは愁いを帯びた表情を浮かべる。何か遠い記憶を思い返しているようなその瞳にエレナは首を傾げた。

「サラさん? ごめんなさい、私いけないことを聞いてしまいましたか?」
「いいや、んなことねぇよ。ちょっと昔を思い出しちまった。オレが旅を始めたのは……オレの夢を叶えるためだよ」
「夢?」
「あぁ。オレの夢は──この大陸中に散らばっているとされる聖遺物をこいつでことだ。今回このテネブリスに来たのもその聖遺物の反応がここにあるとロイが言っていたからで──」

 ──と、ここでエレナとサラの視界が開かれる。星の原っぱに到着したのだ。
 そしてそこにはノームとサラマンダーに悪戯をして逃げ回る無邪気なリリィの姿があった……。
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