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第四章 エレナと桃色の聖遺物
74:新しい家族に乾杯
しおりを挟むその日の夕方、エレナはとりあえず謎の少女をテネブリス城へ連れていくことにした。
理由は二つだ。一つは少女を宥めている間に彼女がエレナから離れなくなったから。そしてもう一つは、ドリアード曰く少女が膨大な魔力量を抱えているというのでノーム達が連れて帰るよりはテネブリスにいた方が安心だと考えたから。夕焼けの中、ノームとサラマンダーが帰っていくのをテネブリス城の中庭で見送ったエレナは少女ににっこり微笑んだ。少女の声はまだ出ない様子。己の気持ちを表現する術がないのはさぞ不安なことだろう。
「……大丈夫だよリリィ。テネブリスの人は皆優しいから」
「きゅう!」
「……、……」
少女はきゅっとエレナの服を握って、不安げにエレナを見上げている。エレナは彼女の視線に屈むと、優しくその頭を撫でた。ちなみに「リリィ」というのはエレナが考えた彼女の仮称だ。花のように愛らしい少女にぴったりの名前である。それにその名前を呼ぶと、リリィも不安げな表情を少し和らげるので彼女自身気に入っているらしい。リリィがエレナの手によってふにゃりと気持ちよさそうに顔を緩める。それがとても足らしくて愛らしくて、エレナはきゅんっと胸が昂った。
「じゃあ行こうリリィ。私のパパに会わせてあげる!」
そうしてエレナとリリィ、ルーはテネブリス城に入った。城の魔族達がそんなエレナとリリィを見て、ギョッとする。エレナはその視線には気付かずに大広間へ入った。魔王を始めとする魔族達がそこでエレナを待っているからである。勢いよく大広間の扉を開けると、エレナは満面の笑みで叫んだ。
「パパ!! 女の子が産まれたんだけどここで預かっていいかな!?」
「!?!?!?!?!」
しんっ。痛いほどの沈黙と視線がエレナに突き刺さる。リリィがエレナの腰にぎゅっと抱き付いた。不安そうに震えていたので、エレナは彼女をそっと優しく抱える。その二人の様子は初見の魔族達からすればどう見えるだろうか。魔王が立ち上がり、エレナとリリィにフラフラ歩み寄ってくる。彼の背後からは何故か暗黒のオーラが漂っていた。エレナはキョトンとする。そして魔王はエレナの両肩を強く掴んで、一言。
「エレナ、」
「え、な、なに? なんか怖いよパパ」
「……その子は、お前とノーム・ブルー・バレンティアとの子なのだな……?」
「……。……? ……はぁ!?」
そんな魔王の言葉と同時にその場にいた男性陣の顔が恐ろしいものになる。アムドゥキアスはあまりのショックに気絶してしまった。エレナはそんな男性陣に唖然とするしかない。そうしている間にも、彼らの勘違いはヒートアップしていく。
「あの男、強引に事を進めるような人間ではないと信頼していた私が愚かだったか……。まだ十四のエレナを、孕ませるとは……!!」
「え!? ちょ、ちょっと待って! ち、違うって!」
「彼を庇わなくていいエレナ。今すぐに転移魔法でシュトラールへ行ってこよう。彼に話を聞く必要がある」
「陛下! 俺らも連れて行ってくだせぇ! あのスカシ野郎、一発殴らねぇと気が済まねぇ!!」
エレナは弁解しようにも彼らの興奮は止まりそうにない。エレナが眉を下げて困っていると、そんなエレナに気づいたリリィは──ぎゅっと眉を吊り上げた!
そして──
「────っ!!」
竜巻と言える規模の暴風が、大広間に出現する。アドラメルク達コックの料理や魔王以外の魔族達の身体が吹き飛ばされ、大混乱。魔王は真っ先にエレナを守ろうとしたが、その竜巻の中心にいる彼女が無事であることに気づいた。竜巻はほんの数十秒で止んだ。すっかり散らかってしまった大広間。吹き飛ばされた魔族達は唖然としている。エレナもそんな大広間の様子とリリィと交互に見て、口をあんぐり開けていた。
「り、リリィ! 今のって貴女が?」
「……!」
リリィはにこっと微笑んで甘えるようにエレナの胸に顔を埋める。そんな彼女にエレナは「膨大な魔力を秘めている」というドリアードの言葉を今更ながら実感したのだった。しかし唖然としている場合ではない。皆が大人しくなった今こそがチャンスだ。エレナは魔王にリリィ誕生の経緯を話した……。
エレナの弁解により、リリィがエレナとノームの子供ではないと理解した魔族達が皆揃って安堵する。魔王は気まずそうにエレナの腕の中のリリィを見た。
「そうか、その……我の勝手な勘違いで怖がらせてしまったな。すまない」
「…………、」
リリィは素直に謝罪する魔王をキョトンと見上げると、すぐに破顔した。二人の仲直りに思わずエレナもにっこりである。先程の竜巻で吹き飛ばされそうになったルーがエレナの足元でぐったりしていた。
夕飯の仕切り直しだ。アドラメルク達の料理が再び大広間に並べられる。リリィは魔王とエレナの真ん中で見たこともない料理に目を輝かせていた。エレナはさっそく彼女にフォークとスプーンの使い方を教えると、彼女は不器用ながらも夢中で料理を口に運ぶ。頬をピンクに染めて口いっぱいに料理を頬張るリリィの姿は誰がどう見ても小動物のようで愛らしいものだろう。
「それでね、パパ。リリィの事なんだけど……この城に置いていいかな?」
「うむ。そうした方がいいだろうな。この子の魔力は得体がしれない。万が一この子が暴走してしまったら我が止めよう」
魔王の返事にエレナはぱぁっと笑みを咲かせる。そしてリリィの身体をぎゅうっと抱きしめた。抱きしめられたリリィはこてんと首を傾げる。
「じゃあ今日からリリィは私の妹だね! いい、リリィ? ここにいる魔族はみんなみーんな、貴女の家族なんだよ」
「……?」
「家族っていうのはね、ずっと一緒にいるの。もし貴女に寂しい時、怖い時、苦しい時が訪れても私達がずっと貴女の傍にいる。貴女を守ってあげる。だからこれから一緒に生きていこうね、リリィ!」
「!」
リリィは石のようになって、フォークを落とした。床にフォークが落ちる音が広間に響く。エレナがキョトンとすると──リリィがポロポロ大粒の涙を流し始めたではないか。戸惑うエレナ。魔王は床に落ちたフォークを拾うと、リリィをじっと見つめる。
「……もしかしたらリリィは、種の記憶があるのかもしれないな」
「え?」
「種は、ずっと長い間土に埋まっていたのだろう。なんとなく、我にはリリィの気持ちが分かる」
エレナの胸で泣きじゃくるリリィ。土の中。言葉で表現するのは簡単だが、そこはきっと何もない暗闇の世界。しかも魔王も一目置くほどの魔力を蓄えているとなると、千年単位であそこに埋まっていたのかもしれない。もしかしたら実はもっと深い所に埋まっており、種の身体をなんとか動かしてエレナが見つけたあの地点まで這い上がってきたのかもしれない。……必死に、光を探して。
エレナはそれを考えると、胸が苦しくなる。リリィをさらに強く抱きしめ、頭を撫でた。その横で魔王は静かにグラスを掲げる。魔族達が魔王に注目した。
「──新しい我らの家族に乾杯を!」
魔王の声が広間中に真っ直ぐはっきり届く。次の瞬間、魔族達も「乾杯!」と声を上げた。新しい家族へかけられる歓迎の掛け声と、優しい笑顔。それらが咲き誇るこの大広間の景色を、リリィは潤った瞳にしっかり焼き付けた。
ずっと暗闇にいた彼女に、光が差した瞬間である──。
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