黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
71 / 145
第四章 エレナと桃色の聖遺物

71:変わっていく日々

しおりを挟む

「聖遺物とは、神の統合ラグナロクの際に神々が天界から落とした神器のことを指す。しかしそのほとんどが主のいない長い年月によって朽ちていったとも言われている。ただのゴミだと思っていたものが実は聖遺物なんてこともあるのかもしれない、か。ふーん……」

 テネブリスの穏やかな午前中。エレナは図書室で書物を読みながら勉学に励んでいた。神話学の本を閉じると、隣に座っていた骸骨頭──魔王ににっこり微笑む。魔王はそんなエレナにこてんと首を傾げた。

「エレナ、そんなに愛らしく微笑んでどうしたのだ」
「うん、パパが一緒に本を読んでくれるのが嬉しくて。忙しいのに私の為に時間を作ってくれてありがとう」

 少し掠れて読みにくくなっている「神話学」のタイトルを撫でながら、エレナは胸がチクリと痛んだ。本来ならばこの本は授業で使用する教科書だったはずだ。……だがその授業を行うエレナの教育係──あの人懐っこいエルフはもういない。暗いエレナの表情に魔王の顔にも影が差した。

 あの日──セロが現れた日から既にふた月以上経過している。その間にテネブリスを取り囲む環境は大きく変わった。まず、テネブリスはシュトラール、スペランサの二か国と「対セロ・ディアヴォロス同盟」を結んだ。内容は文字通りセロとその従者の悪魔を打倒する為の同盟だ。テネブリスはその同盟のおかげで周囲からついに「国」として認められることとなり、人間の国々との貿易も夢ではない段階まできていた。その為にドリアードの力を借りて禁断の大森林に交易の為の通路を作る計画も進行中だ。
 ちなみにテネブリスの輸出品としては舌が焼けるほど辛いデビルトマトや人面魚の尿などが挙げられる。それらは少し不気味な品ではあるものの真実薬など魔法薬の希少な材料であるので、人間達が喉から手が出てくるほどの欲しい品物とも言える。

(でもねマモン。貴方がいたらそういう取引ももっとスムーズにいっただけじゃなくて、『魔族の奴隷解放』だって既に実現できていたかもしれないなってパパが嘆いていたよ)
(それに貴方の私室だって、皆片付けられないでいるんだから……)

 もう既にいない友人へ向けて心の中で語り掛けるエレナ。するとそんなエレナの心中を察したルーがエレナの膝の上に乗っかり、胸をふにふに叩く。

「きゅ、きゅきゅーう!」
「っ、ごめんルー。うん、私は大丈夫だよ」

 誤魔化す様に微笑むエレナを見て、魔王が何かを言おうとコツコツ口を開かせたが……その前にアムドゥキアスとアスモデウスが現れた。二人は魔王とエレナに恭しく礼をする。

「アム?」
「エレナ様、中庭にレイが来ております。今日もあのおたんこなす王子──こほん、失礼しました。と森で待ち合わせをしているのですか?」
「うん、そうだよ。……パパ、森に行ってもいいかな?」

 エレナは魔王の顔色を窺う。魔王はコクリと頷いた。エレナの頬がたちまち頬が桃色に染まる。そして彼女は軽い足取りでルーと一緒に図書室を飛び出して行った。静かになった図書室でアムドゥキアスは青筋を立てながら魔王へ提言する。

「いいのですか陛下! 森でエレナ様はあのノームとかいう男と会うつもりなのですよ!? しかもあの男、エレナ様のこっ、ここ恋人だとぬかしてやがるんですよ!? 彼とエレナ様を一緒にするのは少々危険かと!! 主にエレナ様の貞操の面で!!!!!」
「……よい。彼がそのような事を強引に進めるような人間でないことはわたしでも分かっている。それに我の下手な口では今のエレナを慰めることは出来ない。あの子が楽しそうにしてくれるなら、それでいい」
「へ、陛下……!」

 父親としての嫉妬を乗り越え、娘の幸せを願う魔王の姿勢に涙を流して感動するアムドゥキアス。しかしその言葉とは裏腹に魔王はそわそわと落ち着きがなく、その自慢の骸骨頭にも微かにヒビが入っていた。アムドゥキアスと共に魔王を呼びに来たアスモデウスはそんな魔王の“やせ我慢”を察し、ため息を溢したのだった。



***



「レイ、いつも運んでくれてありがとね」
「ぎゃう!」

 星の原っぱに着地すると、エレナはレイの首を撫でた。レイはそんなエレナに甘えるようにすりすり頭部を彼女に摩りつける。爬虫類特有のツルりとした感触が心地よい。
 ……と、ここでレイと戯れるエレナを後ろから強く抱きしめたのは──

「──エレナ! 遅いぞ!」
「うわっ! ……もう、重いよノーム!」

 ──エレナのであるノームだ。高身長な彼はエレナの身体をすっぽりと覆って彼女の髪に鼻を埋めた。レイがエレナとの戯れを邪魔したノームの頭を不満げに甘噛みするが、彼はそんなことよりも愛しい恋人に夢中の様子。しかしすっかり空いているエレナの正面に新たな刺客が現れる。豊満な二つの果実がエレナの顔面を潰した。

「おいノーム! 其方、いくら恋人だからといってもエレナを独り占めしすぎではないか!? 我は其方の魔法の師匠なのだから少しは遠慮せよ!!」
「すまないがドリアード殿。余はエレナのことに関しては一切譲らないことにしているのだ」
「んむぅうぅ!!?」

 睨み合う師弟に挟まれてしまったエレナは前後から圧迫され、呼吸が出来なくなる。
 そしてここでそんな彼女に救いの手が差し伸べられた。エレナの右腕が誰かに捕まれ、横からひょいっと引っ張ったのだ。そのおかげでエレナは圧迫地獄から抜け出せた。

「──まったく、ドリアードと兄上はこいつを窒息死させるつもりか」

 ため息まじりのその声にエレナが顔を上げると、そこには美しい深紅の髪に琥珀色の瞳を持つノームの弟──サラマンダーがいた。実はこのサラマンダーは例の事件以降ノームと共にテネブリスに訪れるようになっていたのだ。崩壊していた彼とノームの兄弟仲もなんやかんやで今は上手くいっているらしい(ノーム談)。エレナは救いの手を差し伸べてくれた友人ににっこり微笑む。

「ありがとうサラマンダー。助かったよ」
「っ、……別に。それよりもエレナ、枢機卿が近々テネブリスを訪れることをお前に伝えてくれと言っていたぞ」
「えっ、猊下が?」

 エレナは一瞬顔をキョトンとさせたが、次の瞬間に顔を青くした。枢機卿がどうしてわざわざテネブリスを訪れたがっているのか想像できたのだ。
 結局、例の婚約式で聖女と勇者一人を失った恩恵教はそれはもう荒れた。今まで自分達が信じてきた象徴が神の天敵そのものだったのだから荒れるのも仕方ないことだろう。中には絶望のあまり自殺した者もいたと聞いている。枢機卿はそこで恩恵教を一度解体し、新たな組織を作ろうとしているらしい。そしてその組織の信仰の象徴になってくれないかとエレナに度々持ち掛けてくるのだ。

「私、信仰の対象聖女とかもうこりごりだよ。そりゃ、セロ・ディアヴォロスとの戦いには協力するけどそれはあくまでテネブリス陣営としてだもん」
「あぁ、そういえば猊下は組織の名前もエレナ教にするつもりだったんだってな。お前の猛反対で黄金教になったと嘆いておられたぞ」
「そうそう。猊下がどうしてあんなに私を見込んでくれているのかは分からないけどね。どう考えても私は聖女とかいう柄じゃないのに」

 エレナが苦笑まじりにそう言うと、サラマンダーはそんなエレナをじっと見つめる。その視線に気づき、エレナはキョトンとした。

「サラマンダー?」
「……俺は猊下の気持ちも分かるけどな。お前は『助けて』と言われたら、誰彼構わず馬鹿みたいに一生懸命になるだろ。今の世にはそういうやつが必要なんだよ。自分を救おうとしてくれる人間がいるってことは、それ自体が大抵の人間の救いになるもんだ。それは俺も同──」

 ──と、ここでサラマンダーは自分はなんて恥ずかしいことを言おうとしているのだろうかと我に返る。そして不思議そうに自分を見上げるエレナに思わず頬が熱くなった。

「……っっ、ま、まぁ! 原っぱで平気で昼寝するような間抜け聖女がいてたまるかって話だけどな!」
「はぁ!? ちょっと何ソレ!? 今のは私を褒めてくれる流れじゃなかった!?」

 エレナの頬がみるみる膨らむ。しかしそこでノームが「そんな無防備なところがエレナの可愛いところじゃないか!」とエレナを再度抱きしめた。これにはドリアードも腕を組んでうんうん頷く。恋人に抱きしめられたエレナはすぐにしかめっ面をやめて照れくさそうに微笑んだ。

 ……そんなエレナを見て、サラマンダーは素直になれずにいつも思ってもないような事を言ってしまう自分を心の中で何度も殴りながら、密かに自己嫌悪に陥るのがもはやお決まりであった……。

 そしてその後、ドリアードの指導の下でエレナとノームとサラマンダーの三人は日課である魔法の修行を始めた。……今後の悪魔との戦いへ向けて。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

【完結】裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!

綺咲 潔
恋愛
クリスタ・ウィルキンスは魔導士として、魔塔で働いている。そんなある日、彼女は8000年前に聖女・オフィーリア様のみが成功した、生贄の試練を受けないかと打診される。 本来なら受けようと思わない。しかし、クリスタは身分差を理由に反対されていた魔導士であり婚約者のレアードとの結婚を認めてもらうため、試練を受けることを決意する。 しかし、この試練の裏で、レアードはクリスタの血の繋がっていない妹のアイラととんでもないことを画策していて……。 試練に出発する直前、クリスタは見送りに来てくれた騎士団長の1人から、とあるお守りをもらう。そして、このお守りと試練が後のクリスタの運命を大きく変えることになる。 ◇   ◇   ◇ 「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」 「お断りいたします」 恋愛なんてもう懲り懲り……! そう思っている私が、なぜプロポーズされているの!? 果たして、クリスタの恋の行方は……!?

魔法の薬草辞典の加護で『救国の聖女』になったようですので、イケメン第二王子の為にこの力、いかんなく発揮したいと思います

高井うしお
恋愛
※なろう版完結済み(番外編あり〼) ハーブ栽培と本が好きなOL・真白は図書館で不思議な薬草辞典と出会う。一瞬の瞬きの間に……気が付くとそこは異世界。しかも魔物討伐の軍の真っ只中。そして邪竜の毒にやられて軍は壊滅状態にあった。 真白が本の導きで辞典から取り出したハーブを使うと彼らはあっという間に元気になり、戦況は一変。 だが帰還の方法が分からず困っている所を王子のはからいで王城で暮らす事に。そんな真白の元には色々な患者や悩み事を持った人が訪れるようになる。助けてくれた王子に恩を返す為、彼女は手にした辞典の加護で人々を癒していく……。  キラッキラの王子様やマッチョな騎士、優しく気さくな同僚に囲まれて、真白の異世界ライフが始まる! ハーブとイケメンに癒される、ほのぼの恋愛ファンタジー。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...