59 / 145
第三章 魔族姫と白髪の聖女編
59:不穏な婚約式
しおりを挟むもうすぐ、レイナとノームの婚約を記念した式が始まろうとしている。二つの国の王太子が関わっている前代未聞の婚約発表だけあって、シュトラール王都ではこれまでにない賑わいを見せていた。
「いよいよですわね、ノーム殿下」
「……あぁ」
シュトラール王国、サマルク広場。レイナとノームは婚約式が始まると同時にその広場を決まった道順で数周した後、広場正面のサマルク宮殿のバルコニーにてスピーチを行うことになっていた。髪と同じ純白のドレスに身を包むレイナを眺めて、ノームは目を細める。
「似合っているよレイナ。綺麗だ」
そう言うと、頬を赤らめ顔を綻ばせるレイナ。そんな彼女にノームも幸せな気持ちに浸る一方、そんな幸せを拒絶したくてたまらない謎の衝動に駆られた。脳裏に焼き付いて離れないのは昨日のエレナの言動だ。
──『待っていてノーム。私、こんなアホ聖女に負けないから。絶対に貴方を元に戻してみせるから! 約束だよ』
……あれはどういう意味だったのだろうか、とノームは気になって仕方がない。そもそも自分はエレナという恩恵教元聖女とそこまで会話をしたことがないはずだ。しかし彼女は自分を「ノーム」と呼び、親し気に話しかけてきた。彼女は王太子の自分にそんな無礼な態度をとるような人間ではないはずなのだが……。それに一番不思議なのは、己がそんな彼女の態度を心地よく思っている点だった。
──どこか、変だ。
──余は何かを忘れているのか? エレナ嬢の言っていた「余を元に戻す」とはどういう意味なのだろう。
──あの暗い青色の髪飾りだって初めて見たものであるはずだ。だから余は「知らない」とはっきり彼女に伝えた。
──あの時、どうして彼女は今にも泣きそうな顔をしたのだろう……。余も余でどうして勝手に涙が出てきたのだ? 嗚呼、考えれば考えるほど分からなくなってくる。
──まるで、自分が自分ではないみたいだ。
ノームが心のわだかまりを持て余していると、彼の腕に柔らかい感触が絡まった。ノームは我に返る。
「……ノーム殿下? どうかしましたか?」
「っ、いや、なんでもない。馬車が広場に着いたか。……行こう」
ノームとレイナがサマルク広場に到着した馬車から降りると一斉に民からの歓声が上がった。肌をビリビリと刺激してくるそれにノームは驚く。落ちこぼれ王太子の自分にここまで脚光が浴びせられたのは初めてではないだろうか。皆が、自分の幸せを祝福してくれている。そして隣には愛しい想い人の笑顔。幸せでないはずがなかった。しかしどういうわけかノームは強引に笑みを作る。心から笑えなかったのだ。何かが足りないと、これは違うんだと、心の奥底では分かっているはずなのに──。
ノームは自分達の晴れ姿を国民達に見せつけるように広場を周ると、ようやくサマルク宮殿へ足を踏み入れた。少しの休憩だ。宮殿には共にバルコニーへ出る枢機卿やスペランサ国王がいた。ちなみにサラマンダーはやむを得ない事情があり今日は出席しないと聞かされている。彼は常日頃からノームを嫌悪しているのでこれは予想できたことだった。ノームが宮殿に入って来るなり、枢機卿が足早に近づいてくる。
「の、ノーム殿下! この度はご婚約おめでとうございます。……しかしその、今回の婚約は本当に貴方の御意思なのでしょうか?」
「! どういう意味ですか猊下」
コソコソと耳打ちをしてくる枢機卿にノームはキョトンと首を傾げた。枢機卿はそんなノームに眉を顰める。
「いえ、先日の親交パーティではエレナ様と大変親しげな様子だったものですから……。特に、あんなに素敵なお二人のダンスを見た身としては今回のお話に耳を疑ってしまいましたよ」
「? ダンス、ですか……。親交パーティでは余はレイナと踊ったはずなのですが……」
いや、違う。
そう言い掛けて、ノームは頭痛に襲われた。枢機卿がノームの瞳を見て、目を丸くする。しかし彼がノームの異変を指摘する前に──
「驚きましたよ、ノーム殿下。まさか貴方と僕が同じ妻を娶ることになるとは」
彼の肩に手を置いたのは群青色の髪に眼鏡を掛けた美丈夫──ウィン・ディーネ・アレクサンダーだ。ノームは己の肩にやけに強く彼の指が喰いこんでいることに気づいた。
「ウィン、殿下……?」
「ふふ。貴方がレイナの方に目を向けてくれてよかった。これで気兼ねなく僕はエレナを取り戻すことが出来るわけだ」
「とり、戻す?」
ウィンのその言葉は不自然そのものだった。何故ならその元婚約者を処刑しようとしたのは彼自身ではないか。しかしそこを疑問に思ったところで、レイナがノームの腕を掴む。どうやらもうバルコニーへ出る時間のようだ。
再び脚光に包まれるノーム。民の歓声は異常なほどにヒートアップしていた。そしてヘリオスのスピーチに続き(歯を食いしばりながら、苦々しそうな様子だった)、ノームが式に集まった民たちへ感謝の意を述べた……はずだ。ノームは違和感が拭えないまま考え事をしていたので、自分がどんなスピーチをしたかは覚えていなかった。そして次はレイナだが──。彼女がスピーチ台に立つと、急に空の雲行きが怪しくなっていく。それに反比例するかのようにレイナは今にも踊りだしそうな程の笑顔だった。
「──ずっと、この時を待ってました」
しんっと静まる中、レイナの高い声は声を拡大させる魔石を通して広場によく響く。しかしそこで言葉がなかなか続かないと思えば、彼女は感激の涙を流していた。傍から見れば愛する相手と結ばれて心から幸せそうな少女、だが──。
次の彼女の言葉によって事態が、急変する。
「これでようやく、あたしも、セロ様も、絶対神デウスへと復讐を遂げられます。手始めにその一歩として──皆さん、死んでください」
0
お気に入りに追加
3,058
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。
でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。
果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる