黄金の魔族姫

風和ふわ

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第三章 魔族姫と白髪の聖女編

58:破壊の申し子

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 悪魔というものは、大罪を犯した人間の魂の集合体によって構成されている。この場合の大罪とは──。つまり悪魔というものは生前人間を殺した者の人格が基盤となっているというわけだ。

 エレナの前に現れた黒髪の彼も実はその一人である。名は憤怒の悪魔サタン。生前の名前は覚えてはいないというのに、それが今の自分の呼称であることだけは本能的に分かっていた。
 彼が「憤怒の悪魔」の基盤に選ばれたのは勿論、生前に殺人を犯したから。
 生前の彼はトロールの血でも混ざっているかのように人一倍巨大で、人一倍怪力であった。故に同じ村の住民から化け物扱いされ、彼の居場所はどこにもない。自分の家族でさえも彼を恐れていた。
 しかし──一人だけ。たった一人だけ、彼に寄り添う物好きもいた。それは彼の幼馴染の少女だ。彼はそんな少女を「光」と呼び、心を許していた。例えこの先何があろうとも、少女の笑顔だけは守ろうと。化け物である自分の傍でその華やかな笑顔を咲かす少女が愛しくて堪らなかった。

 しかし。

 少女と少女の家族が、王都へ出かける途中に盗賊に襲われた。彼はそれを知るとすぐにその盗賊の住処へ向かう。そして、そこで彼が見たものは──

 ああ、ああああああ、あああああああああああ。

 ──盗賊に凌辱され、無残な姿の──

 あああああああああ、ああああ、あ、あ、あ、あ、ああ、あああああああ。

 ──少女の顔には、もはや笑みの種すらも見当たらず──

 ああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああ。

 頭が真っ白になる。息ができない。心臓がこれほど昂ったのは初めてだった。彼はを見た瞬間、我を失った。そして今まで自分を追いつめてきた「化け物」という言葉通りの存在へと変貌したのだ。

 ころした。とにかく、ころした。まもれなかった。すくえなかった。なにもできなかった。このてでは、だれかをころすことしかできないのだ──。

 ようやく自分を取り戻した彼が視界に入れたものは、死体の山。そしてその中には──



 ──まだ息があった、少女の姿もあった。



***



「悪魔、サタン……」
「あぁ。それが私の名前だ。実のところ、どうやって私が産まれたのかは私自身も知らない。魔王の血液が君の体内に入った瞬間に私は自我を得たので彼が鍵を握っているというのは確かだが」

 エレナは黙った。そんな彼女に彼──否、悪魔サタンは目を伏せる。生前の自分の大罪を思い出し、唇を噛みしめた。まさか自分が悪魔としてその大罪を背負うことになるとは。大切な者も守れず、何も救えないこの破壊の申し子のような自分が悪魔であることは大層お似合いだなと自嘲するしかなかった。

「つまり君は知らず知らずの内に私という悪魔をその身に宿していたわけだ。気味が悪くて仕方ないだろう? だから私はこれを君に話したくなかったんだ。知らなければ気分を害することもなかっただろうに」

 サタンは拳を握りしめる。エレナもきっと自分の事を化け物と呼び、怯えるだろう。先程、いとも簡単にキメラの頭を潰してみせた存在が己の中にいる恐怖に震えはじめるに違いない。だから今まで彼女に自分の存在を隠していたというのに……。

 ──しかし、そんなサタンの予想は簡単に裏切られてしまう。

 エレナはキョトンと瞬きを繰り返した後──

「?? どうして私が気味悪がると思ったの?」

 ──と、それが本当に不思議なことのように尋ねてきたのだ。これにはサタンも目を丸くする。

「はぁ? いやだから、私の話を聞いていたのか? 君は先程、私と同種族の悪魔達に酷いことをされたばかりじゃないか!」
「貴方自身は私に酷いことしていないでしょ? 私は同じ悪魔だからって全員が悪い存在だとは決めつけてないよ」
「っ!? そ、それに私は一瞬でキメラを潰してみせたんだぞ!? そんな力を持つ存在が自分の魂に植え付けられていることを理解しているのか!? 恐ろしくて仕方ないだろう!」
「でもそれって私を助けるためだからだよね? 命の恩人にどうして恐ろしいなんて感情を抱かなきゃいけないの?」
「い、今だって君の瞳が赤くなっているだろう! それは私がこうして現界してしまったことで完全に私との魔力が君と繋がった証拠だ!! 君はこれから私の力を使う度に悪魔の証である赤い瞳が己に宿る!」
「へー。赤い瞳なんてかっこいいじゃん! 私のパパとお揃いだし、特に気にしないよ」
「…………っ、!!」

 自分の言葉をことごとく否定され、サタンはポカンとした。エレナの方もそんなサタンに首を傾げている状態だ。サタンは考える。考えて考えて、今目の前のエレナがどうしてこうも自分の存在を肯定するのか考える。そして、必死に知恵を絞った結果──

「あぁ、なるほど。わ、私に〝武器〟としての価値を見出したんだな? それなら納得がいくさ。確かに私は兵器として優秀だ。多少魔力消費は激しいが、いいだろう。私を君の好きにするといい。私の力はきっと他の悪魔にも負けない。あの憎たらしいレイナとかいう女も、裏切り者のエルフも私が潰してみせよう」

 ……と、早口に言葉を綴った。どうせ、自分には何かを破壊することしかできない。ならばこのエレナの武器になろう。今まで見守ってきた彼女の武器にならなってもいい。サタンはそう思ったのだ。

 しかしここでまたもやサタンの予想が外れてしまう!

「──
「っ、は、」

 何を言っているんだ。サタンはまたもや口をあんぐり開ける。エレナはそんなサタンににっこり微笑む。

「だって、貴方、戦うの嫌いなんでしょ?」
「!? な、なんで……」
「なんでって、顔見たら分かるよ。キメラを潰した時も今も苦しそうな顔しているもの。それに君が別に戦わなくても、私は君を必要とするのだけど」
「必要? 私が? 破壊をすること以外で?」

 サタンは訳が分からなかった。エレナは己の手の平を見て、ぼんやりと想い耽っている。

「私の友達が言ってたんだ。私が治癒魔法を使うには私一人の力では到底無理だって。おそらく私が飲んだパパの血がなんらかの奇跡を引き起こして膨大な魔力リソースを私の中に生み出したんだって。それを聞いた時は意味が分からなかったけれど、今分かった。その奇跡こそが貴方なんだ。悪魔サタン、貴方が魔力リソースになってくれていたおかげで私は今まで人を治癒することが出来ていたんだよ。貴方は既に私や私の友人達を救ってくれていたんだ!」
「!」
「──だからこそ、私は貴方を必要とするよ。破壊するためじゃない、、貴方の力を貸してほしい! 悪魔サタン。これからも私の相棒として、私の中にいてくれないかな?」

 ──『貴方の手は、いつだって私をあの憎たらしいいじめっ子達から守ってくれる魔法の手なのよ』

 サタンは一瞬、懐かしい少女の面影とエレナを重ねた。どうやら悪魔でも涙とは流れるものらしい。子供のように泣きじゃくりながら、魔王サタンはなんとか差し出された小さな手を握りしめた。

 もうこの手で、何かを破壊しなくていい。自分でも誰かを救えるかもしれないと、守れるかもしれないと──そんな希望を涙として流しながら、サタンはエレナの言葉に頷いたのだ──。
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