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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
57:赤い瞳
しおりを挟む迫りくる獣の唸り声が、内臓に響く。エレナは呼吸が荒くなり、必死に身体を捻った。しかし鎖がエレナを解放することはない。どうすることも出来なかった。ルーが必死に檻から抜け出そうと柵と柵の間に身を押し込ませるが、柵に塗られた毒により徐々にその動きが弱くなっていく。
獣の吐息が、エレナの腹に掛かった。
「ぐるる……」
「ひっ、」
(やだ、やだやだやだ!! 死にたくない死にたくない! 私はまだ、ノームとの約束を果たしていないのに!! 自分の気持ちを伝えていないのに!!)
涙が溢れる。生きたいと叫び続けた。しかしエレナの治癒魔法では現状をどうすることもできない。そもそも今はレイナに抉られた腹を回復するので精いっぱいだというのに。キメラが牙を剥く。エレナは我慢できずに目を瞑った。そして──
「……っ、パパ、ノーム……っ、嫌、嫌だぁ!! 私は、私はまだ、ここで──」
──諦めたく、ない!!
そう叫んだ刹那。
ビチャッ。
何かが凄い勢いで砕かれた鈍い音と共にエレナの頬に生ぬるい液体が飛び散った。すぐ傍に感じた獣の気配がパッタリと消える。代わりにしん……っと鋭い沈黙がエレナを襲った。恐る恐るエレナが目を開けてみると──
「──あな、たは……」
「────、」
漆黒の長髪に、輝き蠢く赤い瞳がまず目に入った。そうして整った顔とうっすらと闇でぼやけている全身の輪郭も認識できた。エレナは知っている、目の前の青年を。エレナが気を失ってしまった時に度々現れる彼で間違いない。キメラはそんな彼の足元で無残に頭部を潰されていた。辺りはそのキメラの真っ赤な血液で汚れており、エレナの頬についたのもそれだったようだ。エレナは言葉を失う。唖然とするエレナを見て、彼は目を伏せた。
「……今、そこから降ろしてやる」
「あ……」
ぐしゃっと強引に握りつぶされた枷が地面に落ちる。彼は素手でエレナの拘束具を破壊したのだ。なんという怪力。エレナはそんな彼にキョトンとするしかない。しかし黙ったままでいるわけにもいかず、どう声を掛けようかと迷った挙句──
「あり、がとう」
「!」
青年の身体がビクリと揺れる。エレナは安堵からかポロポロ涙の雫が溢れた。何度も何度も彼にお礼を言う。青年はそんなエレナに動揺していた。号泣するエレナをどう宥めるか手を迷わせている。
「ありがどう……ありがどう……ご、ごわがっだぁ……っ」
「……っ、もう大丈夫だ。光よ、泣かなくていい」
その言葉と共に、頭に重みを感じる。エレナはピタリと涙が止まった。慣れない手つきで、彼がエレナの頭を撫でていたのだ。エレナは涙を拭うと、ようやく冷静になる。そうして状況確認よりも先にイゾウとルーを解放することにした。ルーが自由になった途端、エレナの胸に飛び込む。
「きゅーう!!」
「ルー! ごめん、心配かけたね。柵の毒は? 大丈夫なの?」
「きゅきゅ!」
ルーは元気よく尻尾を振った。彼女の身体を凝視したが、どうやら毒のダメージは大したことなさそうだ。ひとまず安堵するエレナ。するとイゾウが割れた眼鏡を掛けた途端、エレナを見て目を見開かせる。
「っ、エレナ様、その瞳は一体──?」
「え?」
エレナは瞼の感触を確かめながら、「どうにかなってるの?」とイゾウに尋ねた。イゾウはまじまじとエレナの瞳を覗きこむ。
「なんと言いますか、とても赤く輝いております。まるで血に染まっているような──」
「──それは、私のせいだな」
青年がそんなことを言うので、皆そちらに目を向けた。エレナとイゾウ、ルーの視線を一身に受けた彼は気まずそうに俯く。注目されるのが苦手なのか、キョロキョロと目を泳がせ始めた。
「エレナ様、彼は一体……」
「私もよく分からないんです。一応知り合いではあるんですが──。ねぇ貴方、結局のところ貴方は何者? 私の夢の中によく現れるのも貴方よね?」
「きゅ!」
「あ……う……い、言っただろう。私のことは君の魂にできたカビのようなものだと思ってくれ、と。私のことは放っておいてくれ。わ、私がこのまま現界していると君の傷が癒えないし、私はそろそろ君の中に戻──」
「駄目。今までも教えてくれなかったじゃない。お願い、教えて! 貴方、私の中に住みついてるってこと? それならば私に貴方の事を知る権利があると思うんだけど!」
「!」
青年は己を両手を掴み、真っ直ぐ見つめてくるエレナにたじたじだった。しばらく落ち着かない様子でそわそわしていたものの、諦めたようにため息を吐く。
そうして彼は語った、己がエレナの中で誕生した経緯を──。
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