黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
56 / 145
第三章 魔族姫と白髪の聖女編

56:絶望と血の味

しおりを挟む

(どれくらい、時間が経ったのだろうか……)

 エレナの体力は限界だった。何故なら、ひっきりなしに己の身体を治癒しているから。エレナは今──鎖に繋がれ、壁に張り付けられている。レイナはそれはそれは楽しそうにエレナの身体にナイフで傷をつけていく。エレナには痛みで叫ぶ余裕もなかった。それほど疲弊している。数時間、彼女はレイナに傷つけられては気を失い、また傷つけられてその痛みで覚醒するを繰り返されていた……。

「はぁ、はぁ、うっ……っ、はゅ、ひゅっ、」
「苦しそうね。エレナ・フィンスターニス。可哀想。でもどうせ傷は治っちゃうんでしょう?」

 エレナはレイナを睨む。それが気に障ったのか、レイナは眉を顰めてエレナの腹にナイフを突き立てた。エレナの弱弱しい掠れた叫びがその場に響く。口内に血の味が滲んだ。……と、ここでレイナの足を誰かが掴む。

「……っ、おい、それ、以上、そいつを、傷つけやがったら……っ俺が、お前を殺すぞ……っレイナ・リュミエミル……っ!!」

 サラマンダーは虫の息だった。弱弱しくレイナの足にしがみつく。レイナは虫を見るような目で彼を見下ろすと、その顔面を思い切り蹴り上げた。

「汚い、近寄らないでくれる? 勇者のくせにもう魔法は使えないゴミ虫ごときが」
「っ、がっ、」

 実はこの数時間でエレナと共にサラマンダーも虐げられていた。彼は誰のものかも分からない魔族の血を飲まされてしまったのだ。魔族や魔物の血を飲むことは一応医療行為ではあるが、もしその血に込められた魔力が飲んだ対象の魔力回路に合わないものであれば──魔力回路は暴走、後に破裂する。飲む相手の魔力回路に合う魔力を持ち合わせる確率はその者の家族でなければ低いと言っていい。故に今のサラマンダーは己に合わない魔力を無理やり流され、魔力回路を破壊されてしまっているのだ。だから魔法は使えない。彼は口から大きな血の塊を吐き出す。エレナはそんなサラマンダーを瞳に映した。

「さら、まんだ……」
「っ、ぐ、」

 彼は返事をしなかった。限界なのだろう。エレナは唇を噛みしめる。

「……っ、レイナ、貴女は私が嫌いなのでしょう! ならサラマンダーなんかに構わず私だけに目を向けなさい!」
「呆れた。ほんっとにアンタって無類のお人よしなのね。こういう状況でそんな事言える人間ってアンタくらいじゃないかな」

 レイナはエレナに突き立てたナイフを掴み、ぐりぐりと捻った。エレナは拳を握りしめ、その痛みに耐えるしかない。血が顎を伝う。視界が曖昧なものになっていく。

「ふふ、それにしてもよくここまで耐えたわねー。そんなに丈夫なのも治癒魔法のおかげなの? まぁいいけど。耐えたご褒美にまた一つ情報をあげちゃいます! 知ってる? 悪魔っていうのはね、魔法とは別に自分だけの特別な能力を持っているの。あたしが所有している能力はね、『再定義リフェクション』」
「……り、ふぇく……?」
「そうそう。対象者が大切に想っている相手への感情をあたしへのものに再定義できるってこと。ノーム殿下の場合はノーム殿下からアンタへの感情をあたしへの感情ということに再定義したわけ。つまり簡単に言うと今のノーム殿下はあたしを貴女だと思っているの。それについて矛盾になる記憶は強制的に忘却するようになっているわ」
「……さ、い、……ていな能力ね……あなたには、お似合い、うぁっ!!!」

 ナイフに肉を抉られ、エレナは痛みに脳内を支配される。レイナはそんなエレナに舌打ちをした。……と、ここでマモンが再びエレナの前に姿を現す。マモンはレイナにやれやれと肩を竦めていた。

「まだやってたんですか。飽きませんか? もう朝ですよ?」
「飽きないわよ。飽きるもんですか。あたしはこういう周りからチヤホヤ愛されて、綺麗ごとに塗れた女が一番嫌いなの。反吐が出るわ」
「はいはいそうですか。それでは時間も近づいてきましたし、サラマンダーを回収しますよ。彼には婚約式で一役買っていただきませんと」
「っ、婚約、式……?」

 意識が朦朧とする中、エレナは確かにその単語を拾った。レイナは何かを思い出したような仕草をすると、レイナの頬を掴む。

「そういえばまだ答えていない質問があったわね? ほら、あたし達がどんな目的で~ってやつ。あたし達はこれからアンタの愛しいノーム殿下との婚約式で、
「!?」

 レイナが言うにはこうだ。シュトラールとスペランサ。二つの王国の恩恵教信者を筆頭に婚約式にはそれはもう大勢の人間が集まる。シュトラールの国王演説や祭事等で使用されるサマルク大広場にて行われるその式の開始と同時にテネブリスの魔族達や捕らえている魔物を放つという。ちなみに魔族達はレイナの能力により彼らの中の魔王の存在をレイナに再定義しているので、レイナに絶対的に服従している状態となっているらしい。エレナはレイナとマモンの求めている未来が想像できなかった。

「そんな、ことをして、一体何を、目指しているの?」
「まだ分からないの? セロ・ディアヴォロス様は憎き絶対神デウスに復讐を誓う御方。でも今のままじゃデウスは地上に現れないわ。デウスの力が強すぎて、顕現しているだけで世界を滅ぼしかねないもの。ならどうしたらデウスは現れるようになるのか。簡単よ。。その上で、ヤツ自身が地上に降りざるを得ない状況を作る」
「神の力を、弱くする? そ、そんなこと……」
「できるわよ。そもそもおかしいじゃない。どうして神が勇者や聖女を作ったりして人間を守らなければいけないと思う? 人間なんて放っておけばいいのよ。神様は神様らしく天界で優雅に贅沢に過ごしているだけでいいじゃない。でも神には人間を守らなければいけない。何故なら──人間の信仰心こそが、神の力に直結するから!」
「!」

(じゃあ、レイナ達の目的は……そのデウスの力の源である恩恵教信者達を殺して、デウスの力を弱めるってこと!?)

 レイナは気を失っているサラマンダーの前髪を掴むと、その端正な顔を撫でる。

「ふふ。このサラマンダーやウィン様──勇者を信者達の前で痛めつけてやれば、信者達は絶望する。そうしてこう思うの、『嗚呼、デウス様では原初の悪魔セロ・ディアヴォロスに敵わないんだ』って。そうして絶対神デウスの信仰を削いで削いで、殺してやる!」
「っ、貴女、ウィン様って……自分の婚約者でしょう!? 自分が何を言っているか分かっているの!?」
「えぇ。アンタに指摘されなくても分かってるわ。その上で言ってるのよ?」

 クスクス笑う彼女にエレナは「正気じゃない」と呟いた。心外だ、と言いたげにレイナは両眉を吊り上げる。

「ふふ、変なの。悪魔のあたしが正気であるはずがないじゃない。……それじゃ、もうアンタとはお別れしなくちゃね」
「っ!」
 
 するとマモンがズラリと並ぶ檻の中で一番大きなものを開けた。そこから現れたのは──三つの獅子の頭に蛇の尾、背中には鷲の翼を生やした怪物──キメラ。キメラはエレナの血の匂いで興奮しているようだった。ダラダラ涎を流し、エレナに熱い視線を送っている。レイナはサラマンダーを担いだマモンと共にエレナに背を向けた。

「それじゃあさようなら、エレナ・フィンスターニス。貴女の想い人はあたしの好きにさせてもらうからどうか安心して死んでくださいな」

 檻の中のイゾウとルーが必死にエレナの名を叫ぶ。エレナはひたりひたりと近寄ってくる獣に、全身が恐怖で震えた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...