黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
54 / 145
第三章 魔族姫と白髪の聖女編

54:魔法陣の罠

しおりを挟む

「ここって……」

 エレナ達がルーに導かれた場所──そこはなんとマモンの私室だった。エレナと魔王は顔を見合わせる。そして魔王が念のためエレナとサラマンダーを下がらせるとそのドアノブを捻った。マモンの部屋は相変わらず綺麗に整えられていた。ズラリと並ぶ本棚に丸眼鏡のコレクションが彼の個性を表現している。そして魔王がその塵一つ落ちていなさそうな床をじっと見つめた。屈んで、コツコツ感触を確かめている。

「パパ?」
「……転移魔法の魔法陣が仕掛けられているな」
「え?」
 
 それはあり得ないとエレナは両眉を吊り上げた。サラマンダーがどういうことだとエレナに尋ねる。

「転移魔法ってすっごく高度な闇魔法なんだよ。魔力消費も尋常じゃないから、これを扱えるのはこの地上ではパパ以外にありえないと思う。だからパパ以外の誰かの転移魔法の形跡があるのはおかしいの」
「……なるほど」
「この魔法陣は罠だ。エレナ、サラマンダーも下がっていなさい。我がこの魔法陣の術者と決着をつけてくる。我の大切な部下達を取り戻すために」

 そんな魔王の黒いマントをエレナは思い切り引っ張った。魔王がエレナに振り向く。

「駄目。私も行く」
「それこそ駄目だ。子供は大人しく皆がいる玉座の間まで行きなさい」
「でももし、その罠の向こうで誘拐された魔族達が酷い怪我を負っていたら?」

 犯人の目的が分からない以上、それもあり得ない話ではない。その際、魔王の闇魔法では魔族達を治癒することは出来ない。しかしそれでも魔王はエレナを危険な目に巻き込みたくなかった。

「その際は我が転移魔法で怪我人をすぐに城に送る。そもそもこの転移先に魔族達がいるとも限らないだろう」
「で、でも……」

 魔王の正論にエレナはへにゃりと眉を下げる。本当は魔王が心配だというのが一番の理由である。もしも魔王を失ってしまってはテネブリスは崩壊する。それに何より、自分が正気を保てるか分からない。それほどエレナの中では彼の存在が大きいものとなっていた。骨がむき出しになっている魔王の手がエレナの頭を撫でる。何度この手に愛しさを感じたことだろう。エレナはそっと魔王を見上げた。

「……行ってくる」
「っ、必ず、帰ってきてねパパ」
「あぁ、約束しよう」

 ──しかし、その時だった。

「っ!?!? えっ?」
「っ、なんだ!?」

 エレナの視界がガクンッと揺れる。足の裏に地面の感触を感じられなかった。魔王がすぐにエレナに手を伸ばしたが──その手が繋がれることはない。エレナとサラマンダーは、このたった刹那の間に魔法陣に吸い込まれてしまったのだった……。



***



「いてて……」
「っ、おい、大丈夫か!」

 エレナは地面にしては柔らかい感触にキョトンとする。目を開けてみると、眼前にサラマンダーの端正な顔があった。どうやら落下する際、彼がエレナのクッションになってくれていたらしい。目が合うなり、サラマンダーの顔が真っ赤に染まる。

「ごめん! 私の下敷きにしちゃって!!」
「~~っ、いや、そ、そんなことはいい。そ、それよりもさっさと降りろ。……色々と辛い」

 エレナは慌ててサラマンダーの上から降りた。そんなエレナの膝にルーがぴょんっと乗り掛かる。

「きゅ!」
「ルー! 貴女も来ていたのね。でもあれ、パパは……?」
「ここに転移させられたのは俺とお前とその小動物だけのようだな。それよりも見てみろ、周りを……」
「!」

 糞と尿特有の臭み。見回しても鉄の柵が視界を阻む。周りから気味の悪い獣の唸り声が聞こえてきた。エレナはハッとする。自分達が鉄の檻の中にいることに気付いたのだ。鉄の檻には血や糞がこびりついており、とても不潔だ。周囲にも自分達のように檻に閉じ込められている魔族や魔物の姿があった。どういうことだと口をあんぐり開けるエレナは隣の鉄の檻から声を掛けられる。

「──エレナ、様?」
「!? イゾウさん!? どうしてここに!?」

 そう、隣の檻で横たわっていた影はノームの側近であるイゾウであったのだ。イゾウは弱弱しく半身を起こすと、割れた眼鏡の位置を整える。あんなにきっちり着こなしていた燕尾服は酷い有様だ。

「わ、私もいつの間にかここに閉じ込められていたクチです。ノーム殿下がある日突然あの恩恵教聖女を愛していると言い出して、様子がおかしいと色々と調べていたらこの始末ですよ。エレナ様は一体どういった経緯で──いや、まずは何故エレナ様がサラマンダー殿下と一緒にいるのかお聞きしても?」

 エレナはサラマンダーを見て混乱しているイゾウに事の顛末を話す。イゾウは顎に手を宛がうと、きつく眉を顰めた。

「──やはり、ノーム殿下には何らかの記憶障害がありましたか。その原因は分かっているのでしょうか?」
「それがさっぱり。でもレイナがノームを洗脳できるはずがないんです。彼女の光魔法ではそんなことできるはずがない。そもそも洗脳魔法なんて聞いたことありませんよ。サキュバスが使う魅了魔法の亜種かもしれませんが、それは記憶を弄れるようなものでもないし……」

「──正確には魔法ではありませんよ、

 ピクリ。エレナの身体が揺れる。エレナは冷や汗が垂れたのが分かった。声の方に向きたくないと心が叫ぶ。この声は、知っている。いや、。そもそも予感はしていたのだ。どうして魔族の誘拐犯が城の見張り番である影お化けに気づかれなかったのか。どうしてあの魔法陣があそこあったのか。魔王も敢えてその可能性を口にしなかったはずだ。だって彼は優しいから、疑いたくなかったのだろう。

 ──信頼する部下の、裏切りに。

「──マモンっ、」

 恐る恐るそちらを見るとマモンがいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。エレナは思わず柵を握って、彼をより近くで見ようとする。しかし柵に触れた瞬間、エレナの手に高温が走った。エレナは反射的に後ろへ下がる。

「危ないですよ。その檻には毒が塗られていますから」
「マモン! 貴方、どうしてここに!? どうして……そんな、」
「はい、エレナ様が想像している通りだと思います」

 マモンはあっさりとそう言った。いつものように少しからかっているような、友人に向けるような笑みで、残酷に肯定したのだ。そして、その背後には──

「はぁい。さっきぶりですね? 先程は痛かったですよぅ、負け犬姫さん?」

 サラマンダーが「嘘だろ」と呟いた。エレナは言葉が出てこないほど混乱する。呼吸も忘れそうだった。エレナの前に現れた──レイナ・リュミエミルはそんなエレナを見て、それはそれは満足げに口角を上げていたのだった……。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

処理中です...