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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
53:消えた魔族達
しおりを挟むその後、テネブリスに急いで戻ったエレナとサラマンダーはノームにかけられた魔法の正体を掴むためにテネブリス城の図書室へ向かおうとした。そこには豊富な魔法の知識を持つエルフ達が常駐しているからである。しかしいつもは魔族で賑わっているはずの城の廊下がやけに静かなことにエレナは違和感を覚えた。そして曲がり角で出会ったのは──
「──リリスさん?」
「っ、エレナ様! よかった! 突然貴女が飛び出したなんて聞いたから騒ぎになってたのよ! アムドゥキアスは発狂するし!」
そう、リリスだ。リリスはエレナを見てほっと胸を撫で下ろしたが、エレナの傍にいるサラマンダーに気づくと打って変わって眉を顰める。彼女は基本的に分かりやすい敵意を他人に向けたりしないのだが──と、ここでエレナはあることに気づいた。
「大丈夫だよリリスさん。私、もう知ってるよ」
「っ!」
リリスの目が丸くなる。おそらくリリスはレイナとノームの婚約を前から知っていた。彼女はテネブリスの諜報員──むしろ大々的に発表されているらしいノームの婚約話を知らないわけがない。おそらく魔王も、アムドゥキアスも、アスモデウスも、マモンも、城の主要人物達は皆知っていたのだろう。だが、彼らは敢えてそれをエレナに話さなかった。……話せなかったのかもしれない。しかしリリスだけはその上でエレナがノームへの恋心を自覚するように導いてくれたのだ。
エレナは戸惑うリリスに心から微笑んだ。
「リリスさん、ありがとう。昨晩の貴女の言葉がなかったら、きっと私はノームの婚約を知っても自分の気持ちに気付けないままだったと思う。いや、傷つきたくなくて口に出さないまま心の奥に隠してしまったかもしれない。そうして訳の分からない感情に散々悩まされて、彼に会いに行かない可能性だってあり得たよ」
「エレナ様……」
リリスが眉を下げて微笑する。しかし今はそういう話をしている場合ではなかった。それはどういうわけかリリスも同じようだ。エレナがどうして城の魔族達の姿が見えないのか尋ねてみると──
「──マモンがいない?」
「えぇ。昨晩からね。アドラメルクはコックが二人いないっていうし、ラミアも数人……ゴブリンなんて数十人消えたそうよ。しかもあんなに大きなトロールまで消えたって。だからひとまず城の従者たちは玉座の間に集まって魔王様から離れないようにしているの」
「!?」
エレナはふと、誕生祭前にアドラメルクがコックを探していたのを思い出した。確かに昨晩からそんな大人数が突然消えるなんて明らかにおかしい。
(どういうこと? もしかして誘拐? ……いや、でもそんな大勢を同時に誘拐できるはずがない。ましてや、この城には沢山の影お化けさん達がいるのだし、見慣れない人物がいたらすぐに分かるはず。……でもそれって──)
エレナはハッとする。己の愚かな推測を掻き消す様に首を振った。ノームの魔法の正体を明かすのも重要だが、大切な家族が行方不明だというこちらも大問題だ。ここでダラダラ考えていても埒が明かない。ひとまずリリスとサラマンダーと共に魔王のいる玉座の間へ向かう。玉座の間では魔族達が不安な表情を浮かべながら、身を寄せ合っていた。
「パパ!」
「っ、エレナ!」
魔王が玉座から立ち上がる。その声色からして心配を掛けたのだろう。エレナは彼を安心させるように彼の腕の中に飛びこんだ。
「パパ、マモンがいなくなったって本当? ドワーフ、ラミア、ゴブリン、トロール……色んな種族の人達もいなくなっているって……」
「あぁ。お前が出ていった後に発覚してな。……勝手にテネブリスを飛び出すなとあれほど言っているだろう馬鹿者」
「ご、ごめんなさい」
珍しく本気で怒る魔王にエレナは苦虫を噛み潰したような顔になった。しかし次の瞬間には「無事でよかった」と頭を撫でられる。魔王はやはりエレナにとことん甘い。その場にいた者全員の心の呟きがそうシンクロした瞬間である。
……と、ここでエレナの耳に聞き慣れた鳴き声が入ってきた。
「きゅーう!!」
「ルー! 今朝見かけないと思ったらどこに行っていたの?」
ルーは玉座の間に軽快な走りで飛びこんでくると、エレナの足元でピタリと止まる。そしてエレナを意味ありげに見上げた後、玉座の間の扉に鼻を向けて尻尾を振った。まるでついてこいと言っているかのように。エレナは旧友の意図を察して頷いた。
「もしかしたらルー、魔族達を攫った犯人を知っているのかもしれない」
「!」
「きゅ! きゅきゅきゅーう!」
ルーに導かれエレナは走る。それを魔王、サラマンダーが追った。アムドゥキアスとアスモデウスもそれに倣おうとしたのだが、玉座の間の魔族達を守る為に魔王に待機を命じられてしまう。魔族達は去っていく魔王と魔族姫の後ろ姿を祈る様に見守るしかなかった……。
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