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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
48:十四歳
しおりを挟むエレナが枢機卿を救ったあの日から約一カ月後。その頃になるとテネブリスにもシーズンフラワーが桃色に染まる季節──春がやってきた。そしてその季節はエレナにとって特別なものでもあったのだ。
マモンが「エレナの部屋」のプレートが掛かっているドアをノックする。そして部屋へ入ると、エレナは珍しく起きていた。マモンはそんなエレナににっこり微笑む。
「おはようございます、エレナ様。やはり今日という特別な日には流石のお寝坊さんでも目を覚ましましたか」
「えへへ。おはようマモン。うん、自然に目が覚めちゃった。だって今日は──私の十四歳の誕生日だから!」
「きゅう!」
そう、今日はエレナの十四歳の誕生日。テネブリス城では一週間ほど前に魔王が「エレナ誕生祭」を開催することを宣言した。故に皆がその準備を着々と進めており、エレナはこの日をとても楽しみにしていたのだ。窓からテネブリスの街並みを眺めながら、しみじみと今までの思い出が甦ってくる。
(私とパパが出会ってからもうすぐ一年。テネブリスは私にかけがえのない宝物を沢山くれた。そしてこれからも彼らと共に歳を重ねれたらいいな)
胸に抱いたルーを撫でながら、エレナはふとマモンに視線を向けた。
「マモン、」
「はい、なんでしょうか」
「……ありがと」
「!」
その言葉と共にエレナはマモンに手を差し伸べる。そんな彼女にマモンはキョトンとした。
「急にどうしたんです?」
「貴方から友人になろうって言われた時、本当に嬉しかったなぁって思い出してね。それにパパと打ち解けることが出来たのもマモンのおかげだし。貴方には本当に感謝してるの。……だからね、マモン。これからもよろしくね。大切な友人として!」
「──、……」
マモンは一瞬硬直したが、すぐに笑みを咲かせてその手を握る。エレナは照れくささを誤魔化すように「じゃあまた後で!」とマモンの脇を通り過ぎて部屋を飛び出していった。静かになったエレナの私室で、マモンは繋がれた己の右手を見つめる。
「……、……これからもよろしく、ですか。まったく、彼女は本当に不思議な人だ」
***
その後、ルーと共に城中を駆けるエレナ。ゴブリン、オーガ、サキュバスにラミア……様々な種族の従者達がエレナを見かけると「ハッピーバースデー!」と声をかけてくれる。その度に彼女の足は踊り、顔に笑みが咲いた。声を掛けられる度に幸せが自分の中に溜まっていく。これが誕生日なのだと、エレナは未知の幸せに溺れた。……と、浮かれたエレナは曲がり角で誰かと鉢合わせする。顔を上げるとそれはテネブリス城のコック長であるアドラメルクだった。
「お、お嬢じゃねぇか! 誕生日おめでとさん。今日の飯は最高傑作だから楽しみにしとけよ!」
「アドっさん! うん、ありがとう。ところでアドっさんがこの辺りにいるの珍しいね?」
「あー、ちょっと人探しをな。コックのシャックスとサブリーがいなくなっちまったんだよ。まったく、どこをほっつき歩いてるんだか……。じゃあ、今日は楽しめよ!」
「うん! もし私が二人を見つけたらアドっさんが探してるって伝えておくよ」
アドラメルクはヒラヒラ手を振りながら去っていく。エレナは階段を降りると皆で食事をする大広間へ向かった。そこでは森で採った植物や魔物の毛皮などで飾られたいつもとは違う光景が広がっている。エレナは目を輝かせた。
「エレナ、」
「! パパ……」
「──お誕生日おめでとう。そして、産まれてきてくれてありがとう」
優しい手がエレナの頭に落ちてくる。エレナは大好きな骸骨頭が少しだけ歪んで見えた。生まれてきてくれてありがとう。そんな言葉、彼女は今まで一度も言われたことがなかった。聖女としてならともかくエレナ自身の誕生日を祝ってもらうことも初めてだったのだ。故に、その言葉がどれだけ嬉しいことか。エレナは甘えるように魔王の手を握った。
「えっと、今日は国の視察とかもないんだよね? 一日中一緒にいてくれる?」
「あぁ、お前の望むままに。一瞬でも離れたくないというならそうしよう。どんな我儘でも応えてみせるぞ」
「パパが私の我儘を聞いてくれるのはいつもだと思うけど。でも、パパと一緒にいれるのは嬉しい!」
「!」
エレナのその言葉に魔王の周りにぽわんぽわんと黒いハートが浮かび上がってくる。それは魔王の魔力が彼の心情を表現していることによって起きる現象であり、これには周りの従者達もにっこりするしかなかった。
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