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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
43:卑怯な王太子
しおりを挟む「どうしようレガン~」
「ぐるる?」
シュトラール城の裏庭にてエレナはグリフォンのレガンを撫でながら、戸惑う心中を落ち着かせていた。もふもふしたグリフォンの触り心地がエレナを癒す。パーティ会場とは違って人気のないここでエレナはようやく身体が軽くなった。
(ウィン様、どういうつもりなんだろう。どうして私をダンスに誘ったの? 多分私がエレナだとは気づいてはいないはず。だって、もし気づいていたら即拘束するだろうし、処刑できるほど情を持たない私をダンスに誘うはずがないもの……)
(それに私が一番モヤモヤしているのはノームのことだ。あんなに華やかな女の人達に囲まれて……。素顔を晒したノームを周りの貴族王族の女性達がもう放っておくわけない。ノームはきっとあの人達のような誰かといずれは結婚するのだろう)
(……その時、私は彼の友人としておめでとうと微笑むことが出来るのだろうか。いや、無理だ。どうしてだろう、泣きたくなる)
この胸のわだかまりの正体をエレナは知らなかった。レガンを抱きしめながら、鼻を啜る。レガンはそんなエレナにこてんと首を傾げた。
しかしその時だ。レガンが突然エレナの背後に威嚇する。エレナは不思議に思って振り向くと──
「──ヘレン、といったか」
「っ!」
暗闇でも分かる深紅の髪にエレナは両眉を吊り上げた。どういうわけかそこにはノームの弟であるサラマンダーがいたのだ。レガンの威嚇がさらに激しくなる。
「ぐるるるるるっっ!!」
「おい、平民。こちらへ来い。話がある」
「い、嫌です!」
エレナはサラマンダーの鋭い視線に後ずさった。レガンが翼を広げ、そんなエレナを守ろうとする。するとサラマンダーは舌打ちをし、背後で彼に侍っていた執事の胸倉を掴んだ。
「ひぃ!? サラマンダー殿下!? 突然何を、」
「平民。こいつの顔を丸コゲにしたくなかったら俺の言う通りにしろ。そのグリフォンの鎖が届かないこちらまで来い」
「!?」
ガタガタと震える男性の眼前にサラマンダーは手の平を掲げる。エレナはそんなサラマンダーの言動に愕然とした。彼は炎の勇者であるので、その脅しを実現することは可能だろう。拳を握りしめ、彼を睨みつける。
「──最低ね、貴方。それでも一国の王太子なの? その人は貴方が守るべき存在でしょう!」
「御託はいい。さっさと来やがれ。二度はねぇぞ」
「──、──っ、」
言葉を失い、こちらに懇願の瞳を向ける男にエレナは唇を噛みしめた。そしてサラマンダーの言う通りに彼の傍へ歩み寄る。レガンがそんなエレナを止めようとしたが、エレナは「大丈夫だから」と優しい声で彼を宥めた。そしてサラマンダーがすぐに手が届く距離で立ち止まると彼を見上げる。
「これでいい?」
「……はっ。お人よしかよ。おい、てめぇはもう消えやがれ。この事は誰にも話すんじゃねぇぞ」
「は、はぃいいいい!!」
執事は転びそうになりながらも必死に裏庭を去っていった。エレナはそんな彼を見守っていたが、サラマンダーの顔が近づいてきたのでそちらに集中する。
「王太子なのに随分と口が悪いこと。それが素ですか?」
「生憎、俺は元々王太子って柄じゃねぇんでな。だというのに、このクソッタレな王族社会に無理矢理上がらせられた存在だ」
「?」
サラマンダーの意味深な言葉にエレナは眉を顰めた。しかしサラマンダーは「俺のことはいい」と言うなり、にぃっと口角を上げて今度はエレナの胸倉を掴む。そのまま壁にエレナの身体を押し付け、足の間に己の太ももを潜り込ませた。
「な、なにを、」
「さぁて、ここで俺からお前へ一つ提案があるんだが」
「て、提案?」
「──俺の女になれ」
エレナはサラマンダーに顎を掴まれながら、キョトンとする。
「おんな?」
「俺の愛人になれって言ってんだよ。金ならいくらでも払ってやる。なんなら貴族にでもしてやろうか? お前の望むものは大体叶えてやろう」
「??? それって、貴方にメリットあるの?」
単純な質問にサラマンダーはくつくつ笑った。
「あぁ、勿論ある。大嫌いなあの兄貴を絶望させることだ」
エレナはその意味をよく理解できなかったが、とにかくサラマンダーがノームを陥れようとしていることは察する。ぷいっと顔を逸らして拒否を示した。
「私は別にお金なんか欲しくないし、地位もいらない。貴方が何を考えているのかは分からないけど、なにより私はノーム殿下に絶望なんて味わってほしくもない。彼は……私の大切な人ですから……!」
「っ!」
エレナは瞼の裏にノームの笑顔を思い出し、無意識に頬を緩める。サラマンダーはそんなエレナにぎりっと歯を鳴らした。
「……ほんっとに、あいつだけずるいじゃねぇか。俺が焦がれて焦がれて仕方なかったものを、いくつも持っているだなんてよ」
「? それってどういう──、?」
──と、ここでだ。エレナはサラマンダーの背後に動く何かを見つける。よく目を凝らしてみるとそれは──今にもサラマンダーに襲い掛かろうとする大きな灰色の狼だった……。
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