黄金の魔族姫

風和ふわ

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第二章 エレナと落ちこぼれ王子

36:土の勇者誕生

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「────、」

 ミカエルの言葉に、ノームもエレナもポカンとする。土の勇者。確かに彼はそう言ったのだ。数十秒経っても、ノームは自分が選ばれたことを理解できないでいた。ミカエルは何も反応しないノームに対してじれったいとばかりに、彼の胸に手を宛がう。

「──ああもう、こうすれば嫌でも自覚してくれるかな!」
「!? っ、あ……っ、」

 ドクンッ、とノームの鼓動が傍にいたエレナの耳まで届いてきた。倒れたノームにペルセネとエレナが駆け寄る。ノームは己の腕や身体に違和感を覚えたのか、キョロキョロと目を泳がせていた。

「い、今のは……」
「君の心臓に僕の寵愛を注ぎ込み、魔力回路を授けたのさ。これで君も勇者の仲間入りだよ。ま、君は元々茶髪だから見た目に変化はないようだけど」
「はぁ!? そ、そんな強引に、」

 無茶苦茶だとノームは顔を顰める。ミカエルは己を興味深そうに見上げるルーにおいでと手を差し伸べながら「神の寵愛っていうのはいつの時代も強引なものさ」と言う。……ちなみにルーがミカエルにそっぽを向いたため、彼はガーンッと口元をひくつかせた。拗ねたように唇を尖らせたミカエルはノームを見下ろす。

「──ノーム、頼むよ。その力で原初の悪魔セロ・ディアヴォロスを倒してくれ」
「!」

 原初の悪魔セロ・ディアヴォロス。元聖女のエレナにとって聞き慣れた言葉だった。それは気が遠くなるような昔に天界から追い出された神で、その腹いせに神の恩恵を必要としない魔族を作り出した張本人であると言われている。この世界に四人の勇者と一人の聖女がいるのは他でもない、この原初の悪魔が存在しているからだ。
 ちなみに恩恵教はこの原初の悪魔が魔王であると彼を敵対視してきたわけだが──エレナが彼の娘になった現在、その確信が誤りであることを身に染みて理解している。

「一応お聞きしますが、ミカエル様はその原初の悪魔が私の父──魔王であるとは思っていませんよね?」

 ミカエルが目を丸くした。彼はやけに含みのある笑みを浮かべると頷く。どうやら彼はエレナが魔王の娘になった云々の事情を把握しているようだ。

「うん、僕は魔王ではないと思っているよ。人間の悪を煮詰めて出来たと言われているヤツが、魔族なにかを守るという行動が出来るはずがないと踏んでいるからね。……まぁ、ヤツが現在どんな姿で、どこにいて、何をしているのか分からないからなんとも言えないんだけど」
「ぜったい、ぜったいぜぇったいパパじゃありません!!」

 するとエレナはそこでハーデスが何か言いたそうにしていることに気づいた。

「……ハーデス様?」
「話を中断させてすまない。しかし生者の君達二人はこれ以上冥界ここにいない方がいい。身体に支障が出るかもしれないんだ」
「そうだね。生と死の境界が曖昧になる前にここを出た方がいい。ノーム、とにかく君の役割は、簡単に言うと人間を全滅させるなんてトンデモ思想を持っている奴を見つけたら即ぶん殴ること。分かったね?」
「……すみません。まだ正直、実感が……」

 ミカエルは今はそれでいいとノームの背中を叩く。

「──ノーム、」
「! ……母上、」

 冥界を出る前に、ノームはペルセネを抱きしめてその冷たい身体を味わった。きっと、これが最後の母との抱擁になる。ペルセネはノームの両頬を両手で包み、その額にキスを落とした。

「しばらくは会いたくないわよ。貴方の寿命がつきるまでは」
「はい。分かっております」

 ペルセネはそんなノームを心配しているのか、その表情は暗い。ノームはそこでエレナに手招きをした。一歩下がってその様子を見ていたエレナはキョトンとしながらも、歩み寄る。ノームの手がエレナの背中に回った。

「──母上、余の事は心配しなくていい。余はもう独りではないのです。余には、エレナがいる」
「ノーム……」

 ペルセネは何かを思い出したような仕草をする。すると勢いよくエレナの両手を掴んだ。

「まぁ! もしかして貴女がエレナちゃん? 会えてよかった! ノームから色々とお話は伺ってるわ。……私が言える立場ではないのだけれど、どうかこれからもノームを支えてあげてね。この子はちょっと甘えん坊すぎるところもあるけれど、本当にいい子に育てたつもりよ」
「ちょ、母上! 余は甘えん坊などでは……っ!」
「ノームは黙っていなさい。……エレナちゃん、お願いね。どうか、どうか……」
「はい! ノームの事は任せてください! 私が彼を独りになんかさせませんから!」

 懇願の瞳を向けられ、エレナはその想いを受け止めた。力強いエレナの言葉にペルセネはようやく頬を緩める。
 そうしてエレナはノームと共にハーデスが描いた魔法陣の上に立つ。どうやらこの上に立てば、外に転移してもらえるらしい。ルーがエレナの肩で一鳴きすると、魔法陣が輝き出した。別れる直前、ペルセネの瞳がキラリと光ったのが見える。

「──ノーム、私は、貴方を、──」

 その言葉が終わる前にエレナとノーム、そしてルーは冥界を出た。だが最後まで聞かなくとも彼女がノームに何を伝えたかったかは分かる。樹人とレイが突然現れた二人と一匹に驚きながらも嬉しそうにはしゃいだ。

 ──その後、エレナ達はレイの背中に乗ってシュトラールへ戻る。往路と同じ、ノームがエレナを後ろから抱きしめる形でレイの背に乗った。随分と静かな道中、エレナはポツリと背後のノームに言葉を投げる。

「ノーム、」
「ん? どうした?」
「……。……もう、
「──!!」
「私は前を向いているから、貴方の顔は見えない」

 エレナがそう言うと、次第にノームの呼吸が浅くなっていくのが分かる。彼はエレナの背中に額を預けて、ふるふる震えていた。エレナはそんな彼に目を伏せる。

(本当はペルセネ王妃ともっと一緒に生きたいと叫びたかっただろうに。よく我慢したよ、ノーム。……貴方は本当に優しいんだね)

 ──『お前だけは諦めたくないんだ! お前の隣にいる未来だけは、諦めたくない!』

 冥界を下る途中の彼の言葉がエレナの中で反芻している。そして今、背後でエレナに自分の弱さを曝け出してくれるノームにも、エレナはどういうわけか胸が昂った──。
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