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第二章 エレナと落ちこぼれ王子
34:答え合わせ
しおりを挟む「──っ!!」
ノームは目を覚ました。目玉をキョロキョロ泳がせて、その薄暗さから未だに自分がネクロポリスにいることを理解する。周囲は数多の青白い鉱石が輝く岩場。どうやらあの延々と続く道をいつの間にか脱していたらしい。ハッとなり、勢いよく半身を起こせばやけに手足が痛いことに気づいた。長時間、エレナを抱きながら走り続けたからだろう。ノームが目を覚ましたことにより、ノームの腹に乗っかっていたルーが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
「きゅ! きゅう!」
「……随分と心配をかけたらしい。すまないな、ルー。……っ! そうじゃなかった、エレナは? エレナはどこにいるんだ!?」
「きゅ!」
ノームの腹から飛び下り、ルーはすぐ傍にいるエレナの頬を両前足でペチペチ叩く。エレナは呼吸も安定しており、ただ眠っているようだった。外傷も見られない。ひとまずノームはほっと息を吐く。ルーの努力が功を為したのか、そこでエレナの眉がピクリと動いた。
「……、……ん。……あれ、ルー?」
「きゅ! きゅきゅきゅーう!!」
「エレナ、どこか気分は悪くないか? 顔色は特に悪くないようだが」
「う、うん。元気みたい。あれ? あんなに死にそうだったのに、どうして……」
「──それは紛れもなく僕のせいだね」
「!」
エレナとノームがすぐに声がした方を見上げると、一際高い岩の上でこちらを見下ろす男が一人。男はそこから飛ぶと、エレナを覆ってしまえるほどの大きな翼を使ってふわりふわりとこちらに降りてきた。茶色の長髪が芸術的に揺れる。近くで見ると、どうやら男は翼と同じ純白の布を身体に巻き付けているだけという恰好だった。ノームがエレナを己の背に隠す。
「お前は、何者だ」
「ふふ、この翼で分からないかな。大天使だよ。大天使ミカエル。知ってるだろ? 特にそちらの元聖女さんは」
「!? だ、大天使ミカエルって……」
エレナは目を丸くした。大天使ミカエルとは絶対神デウスに仕える四人の大天使の内の一人である。だが、目の前の男は確かに大天使のような姿はしているものの、どこか胡散臭さが拭えないのも事実だ。それに本当に彼がミカエルだとして、一体全体どうしてこんな所にいるのか理解できなかった。しかしエレナがそのことを質問する前にミカエルの口が先に動く。
「ところで、君達はどうしてこんな所に来たのかな? ここは生者が来るべき場所ではないのだけど」
「っ、ここの主であるハーデス様に文句を言いに来たんです!」
エレナがはっきりとそう言い放った。するとミカエルが腹を抱えて笑い出す。鉱物と岩で出来た空間に彼の美声が響き、反芻した。
「ぶっ、くくく……ふふ、面白い子だね、君は。流石デウス様が選んだ子だよ。それで? どうしてハーデス様に文句を言いたいの?」
「それは──余の母がハーデス様に見初められて呪いを受け、昨晩亡くなったからです。いくら冥界の主といえど余にとっては許しがたいことだったので」
「──……、あぁ、なるほど。君、ペルセネ様の息子か」
「!」
エレナとノームは顔を見合わせる。するとミカエルが「そろそろ異変を嗅ぎつけてやってくるはずだよ」と己の背後を見た。そこには──。
「──ノー、ム?」
その時、エレナはいつの間にか現れた女性にハッとなる。女性はノームと同じ瞳の色をしており、顔だちもどこか面影があった。ノームの顔にも動揺が滲んでいる。おそらく彼女が──ペルセネ。しかし彼女の隣にも目を引かれた。死人のように真っ白な肌に、蜘蛛の巣のような髪。そして黒を基調とした蝙蝠マントを身に着けた男性。エレナはその男性が本の中にあったハーデスの絵と特徴が一致していることに気づく。
ノームとペルセネは互いを見つめ合って茫然としていた。
「──ノーム、答え合わせをしようか。君の母上はハーデスの寵愛によって死んだんじゃない。元々、彼女は十の時に死ぬはずだったんだ」
「え、」
ノームの声が上擦った。
ミカエルが言うにはこうだ。ペルセネは十の時、病気で死ぬはずだった。しかし彼女の魂の美しさに心を奪われたハーデスが冥界の主の権限で彼女の命を長引かせた。ペルセネの「もっと色んな世界を見て、色んな人と出会いたかった」という願いを受け入れたのだ。あの髑髏の証は、ペルセネの命を吸い取っていたものではなくその逆だった。彼女を延命させていた。さらにそれだけではない。その事をきっかけにペルセネとハーデスは交流を深め──いつしか、互いを愛するようになったというのだ。
ピクリ、とノームの身体が揺れる。ペルセネは目と口を迷わせていた。どうやらミカエルの言葉を否定しないので、本当に彼女はハーデスを愛しているらしい。
「──と、いうことだよ、ノーム。君は母を奪われたと嘆いているようだけど、ハーデス様は君と母上の恩人だ。その上、君の父上に強引に婚姻を結ばされてもペルセネ様とハーデス様の愛は不変だった。そうして長い年月を越えて、二人は昨晩ようやく結ばれた。……つまり結果としてノーム、君の行動は母の幸せにちょっかいをかけただけにすぎないのさ」
「っ! ちょっと!!」
エレナが思わず声を上げる。しかしノームがそんなエレナの肩を掴んだ。「いいんだ」と彼は小さく言う。エレナは、肩に置かれたその手が小刻みに震えていることに気づいた。
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