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第二章 エレナと落ちこぼれ王子
28:エレナの初めてのテネバ―サリー【中編】
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──テネバ―サリー当日。
大蜘蛛の糸の綿、人面魚の仮面、魔花のドアプレート。その日のテネブリスはいつもとは一味違う飾り付けで賑わっていた。特に中心都市ではまだ昼だというのにトロール達が大きな樽で乾杯をしているし、あちこちからハーピーの歌声が響いているし、ジャッカロープという翼を持つウサギの丸焼きの香ばしい香りが辺りいっぱいに広がっている。エレナはノームの手を引きながら、そんな彼らの間を縫っていった。
「ノーム、こっちこっち!」
「あ、おいエレナ! あんまり走ると危ないぞ!」
どの家が一番綺麗に飾っているかと言い争っているゴブリンの声をBGMに、中心都市のさらに中心にある噴水広場へ二人は急ぐ。噴水広場には片目が傷跡で潰れたドワーフこと、テネブリス城のコック長──アドラメルクが仁王立ちしてエレナを待っていた。ノームはアドラメルクの人相の悪さに後ずさる。アドラメルクの後ろにも彼と同じくらいただ者ではなさそうなドワーフ達が並んでいるのだからなおさらだ。
「アドっさん! ノーム連れてきたよ!」
「え、ええエレナぁ!」
そんなにフレンドリーに話しかけていいのか。ノームはそう言おうとしたが杞憂であった。アドっさんと呼ばれたアドラメルクはエレナを見るなり、その恐ろしい顔をくしゃりと緩める。そうしてエレナの頭を乱暴に撫でた。
「よっ、お嬢! 頼まれてたマンドラゴラケーキを大量に用意してきたぜ。トロール用の大きいやつもあるからよ!」
「わーい! 流石テネブリス城専属コックの皆! ありがとう!」
「いえいえ、お嬢の為なら喜んで!」
和気藹々とするエレナとドワーフ達にノームは改めてエレナの凄さを思い知る。するとアドラメルクがノームに視線を移した。その鋭い瞳にノームは姿勢を正す。いつの間にかアドラメルクの右手に何かの血がついた包丁が握られていた。
「おう、てめぇがお嬢の番かぁ? うちのお嬢泣かせたら……分かってんだろうなぁ?」
「え、つ、つが!? いや、余はエレナの番などでは……」
「あーん? 世界一可愛いうちのお嬢にどこか不満でもあるってのかぁ!?!? ああ!?!?」
「ひっ」
眼前で大勢のドワーフに睨まれ、ノームはブルブル震える。するとエレナがノームを自分の背に隠した。
「ちょっと皆! ノーム怖がってるでしょ! 貴方達、顔だけは怖いんだから!」
「へい! すいやせんお嬢!」
「ごめんねノーム。でも皆いい人達だから!」
「い、いや……」
エレナの背中から未だに恐ろしい視線を感じつつ、ノームはひくりと口角が引き攣る。するとエレナはアドラメルクに渡された白い袋を肩にひっかける。同じくらい大きな袋をノームにも手渡した。
「はい、ノーム。この袋に魔花の葉っぱで包まれたケーキが入ってるから、今から二人で配るよ。辺境の村にも配りに行くからね! あとドリアードさんにも! お城とこの辺りはアドっさん達が配ってくれるから。いい、ノーム? ケーキを渡すときはこう言うんだよ! “ハッピーテネバ―サリー(テネブリスに祝福を!)”!!」
「わ、分かった! ハッピーテネバ―サリー、だな!」
それからエレナとノームはテネブリスのあちこちに真っ赤なマンドラゴラケーキを配っていく。ゴブリンの村、オーガの洞窟、トロールの丘、人魚の入り江……皆がそれぞれテネブリスの将来に乾杯していた。
そんな中、ノームが一番驚いたのは皆が人間である彼に温かい声を掛けてくれたことだ。多少のちょっかいを吹っ掛けられるのは覚悟していた。しかし魔族達はノームを客人として歓迎してくれる。きっとそれはエレナが様々な種族の所へ出向いて交流を深めたからだろう。実際、彼女は行く先々で皆と親しげだった。エレナの人柄の良さもあるだろうがそれだけではここまで人脈が広がるはずがない。
……きっと、彼女なりに努力してきたんだろう。ノームはぼんやりと人魚の娘達に囲まれて水遊びをしている彼女を眺めていた。
「──ノーム!」
「っ!」
声を掛けられて、我に返る。エレナは不思議そうにノームを見上げていた。あんなに重かった白い袋の中はすっかり空になっている。空も真っ暗だ。いつの間にか夜が訪れていた。
「待たせてごめんね。人魚さん達も満足してくれたみたい。これで皆にケーキ配れたよね」
「あ、その、エレナ……」
エレナが「ケーキ配る人リスト」を確認している横で、ノームは二人きりであることを確かめてから己の腰にひっかけてあるあるものに触れた。しかし、その時……。
「──エレナ、」
ぞっとするくらい低い声が辺りに響く。エレナはそれに対してぱっと笑顔を咲かせた。
「パパ!」
転移魔法だろうか、突然魔王がマモンを侍らせて目の前に現れたのだ。マモンは何やら苦笑いをしている。魔王はエレナとノームを交互に見て、やけに落ち着きがなかった……。
大蜘蛛の糸の綿、人面魚の仮面、魔花のドアプレート。その日のテネブリスはいつもとは一味違う飾り付けで賑わっていた。特に中心都市ではまだ昼だというのにトロール達が大きな樽で乾杯をしているし、あちこちからハーピーの歌声が響いているし、ジャッカロープという翼を持つウサギの丸焼きの香ばしい香りが辺りいっぱいに広がっている。エレナはノームの手を引きながら、そんな彼らの間を縫っていった。
「ノーム、こっちこっち!」
「あ、おいエレナ! あんまり走ると危ないぞ!」
どの家が一番綺麗に飾っているかと言い争っているゴブリンの声をBGMに、中心都市のさらに中心にある噴水広場へ二人は急ぐ。噴水広場には片目が傷跡で潰れたドワーフこと、テネブリス城のコック長──アドラメルクが仁王立ちしてエレナを待っていた。ノームはアドラメルクの人相の悪さに後ずさる。アドラメルクの後ろにも彼と同じくらいただ者ではなさそうなドワーフ達が並んでいるのだからなおさらだ。
「アドっさん! ノーム連れてきたよ!」
「え、ええエレナぁ!」
そんなにフレンドリーに話しかけていいのか。ノームはそう言おうとしたが杞憂であった。アドっさんと呼ばれたアドラメルクはエレナを見るなり、その恐ろしい顔をくしゃりと緩める。そうしてエレナの頭を乱暴に撫でた。
「よっ、お嬢! 頼まれてたマンドラゴラケーキを大量に用意してきたぜ。トロール用の大きいやつもあるからよ!」
「わーい! 流石テネブリス城専属コックの皆! ありがとう!」
「いえいえ、お嬢の為なら喜んで!」
和気藹々とするエレナとドワーフ達にノームは改めてエレナの凄さを思い知る。するとアドラメルクがノームに視線を移した。その鋭い瞳にノームは姿勢を正す。いつの間にかアドラメルクの右手に何かの血がついた包丁が握られていた。
「おう、てめぇがお嬢の番かぁ? うちのお嬢泣かせたら……分かってんだろうなぁ?」
「え、つ、つが!? いや、余はエレナの番などでは……」
「あーん? 世界一可愛いうちのお嬢にどこか不満でもあるってのかぁ!?!? ああ!?!?」
「ひっ」
眼前で大勢のドワーフに睨まれ、ノームはブルブル震える。するとエレナがノームを自分の背に隠した。
「ちょっと皆! ノーム怖がってるでしょ! 貴方達、顔だけは怖いんだから!」
「へい! すいやせんお嬢!」
「ごめんねノーム。でも皆いい人達だから!」
「い、いや……」
エレナの背中から未だに恐ろしい視線を感じつつ、ノームはひくりと口角が引き攣る。するとエレナはアドラメルクに渡された白い袋を肩にひっかける。同じくらい大きな袋をノームにも手渡した。
「はい、ノーム。この袋に魔花の葉っぱで包まれたケーキが入ってるから、今から二人で配るよ。辺境の村にも配りに行くからね! あとドリアードさんにも! お城とこの辺りはアドっさん達が配ってくれるから。いい、ノーム? ケーキを渡すときはこう言うんだよ! “ハッピーテネバ―サリー(テネブリスに祝福を!)”!!」
「わ、分かった! ハッピーテネバ―サリー、だな!」
それからエレナとノームはテネブリスのあちこちに真っ赤なマンドラゴラケーキを配っていく。ゴブリンの村、オーガの洞窟、トロールの丘、人魚の入り江……皆がそれぞれテネブリスの将来に乾杯していた。
そんな中、ノームが一番驚いたのは皆が人間である彼に温かい声を掛けてくれたことだ。多少のちょっかいを吹っ掛けられるのは覚悟していた。しかし魔族達はノームを客人として歓迎してくれる。きっとそれはエレナが様々な種族の所へ出向いて交流を深めたからだろう。実際、彼女は行く先々で皆と親しげだった。エレナの人柄の良さもあるだろうがそれだけではここまで人脈が広がるはずがない。
……きっと、彼女なりに努力してきたんだろう。ノームはぼんやりと人魚の娘達に囲まれて水遊びをしている彼女を眺めていた。
「──ノーム!」
「っ!」
声を掛けられて、我に返る。エレナは不思議そうにノームを見上げていた。あんなに重かった白い袋の中はすっかり空になっている。空も真っ暗だ。いつの間にか夜が訪れていた。
「待たせてごめんね。人魚さん達も満足してくれたみたい。これで皆にケーキ配れたよね」
「あ、その、エレナ……」
エレナが「ケーキ配る人リスト」を確認している横で、ノームは二人きりであることを確かめてから己の腰にひっかけてあるあるものに触れた。しかし、その時……。
「──エレナ、」
ぞっとするくらい低い声が辺りに響く。エレナはそれに対してぱっと笑顔を咲かせた。
「パパ!」
転移魔法だろうか、突然魔王がマモンを侍らせて目の前に現れたのだ。マモンは何やら苦笑いをしている。魔王はエレナとノームを交互に見て、やけに落ち着きがなかった……。
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