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第二章 エレナと落ちこぼれ王子
22:半年後
しおりを挟む──エレナが治癒魔法の才能に目覚めた日から半年後、魔族の国テネブリスには冬が訪れようとしていた。
あれから城中の魔族からの懇切丁寧な謝罪を受け入れたエレナは元々の彼女の人柄の良さも相まって、彼らと仲睦まじくテネブリス城で暮らしていた。……と、同時に周りの魔族達から甘やかされるようになった彼女がさらにじゃじゃ馬娘化しているのも否めないのだが。
「え、エレナ様ぁーっ!!」
もはや日常となったアムドゥキアスの叫び声が城中に響く。それを聞いた魔族達は「やれやれまたエレナ様が何か悪戯でもしたんだろうな」と苦笑した。
当の声の出どころはエレナの部屋だ。そこではアムドゥキアスが唾を飛ばしている。
「え、エレナ様! 授業が終わると同時に窓に足をかけるなんて一体全体どういうつもりですか! 何をしているんです!? 貴女は女性なのですよ!」
「だーかーらー! ドリアードさん達の所に遊びに行くの! 今日の勉強が終わったんだから何してもいいでしょアム! それに女だからって窓に足を掛けちゃ駄目なんてルールはない!」
「いや、ですからどうして窓から飛び下りようと……って、あぁああああああぁぁぁあ!?!?」
エレナはアムドゥキアスの言葉を無視し、そのまま窓から飛び下りた。アムドゥキアスは言葉にならない悲鳴を上げながら窓に身を前のめりに乗せる。しかしエレナはそのまま地上に落ちたわけではなかった。アムドゥキアスの視界いっぱいに、湖色のドラゴンが現れる。
「レイが迎えに来てくれてたの! だから禁断の森に行ってきまーす!!」
「きゅーう!」
「ちゃ、ちゃんと十八のタイムバードが鳴く時間までに帰ってくるのですよ!!」
「分かってるー!」
そのまま、エレナは空返事をして森へ飛び去ってしまった。アムドゥキアスはがっくり肩を落として、頭を抱える。後ろから陽気な笑い声が聞こえてきた。エレナの教育係であり友人である変人エルフこと、マモンの登場だ。
「相変わらず元気ですね、エレナ様は」
「元気がよすぎる! 大体、城の魔族達やお前がエレナ様を甘やかしすぎるんだ!」
「おやおや、エレナ様に甘いという点では貴方も負けてはいないですよ。実際あの麗しい瞳でおねだりされたらつい聞いてあげたくなるというものでしょう」
「そ、それは……非常に、ひっっじょうに、同感だが……くっ、いやしかし甘やかしすぎるのも時にはよくないこともあるのでは……? いや、エレナ様が世界一愛らしいのだから仕方ないかもしれないが……っ、嗚呼、俺は、俺は……どうすればっ!」
「一人称が素に戻ってますよアム。そういえば、陛下は今日はどこの視察へ?」
「アスモデウスと共にゴブリンの村へ行った。あそこはテネブリスにとっての国防の要だからな。クーシー育成所も見て回りたいんだろう」
アムドゥキアスは窓の外に広がるテネブリスの風景を見下ろす。身体の大きなトロール達が広い石畳の道路を歩いているのがよく見えた。その道路を挟むのは規則的に並ぶとんがった円錐型の屋根。それはテネブリスの民の家だ。しかしその数は明らかに国としてはまだ少ない。中心都市とは言い難い寂しさが目立っていた。……と、いうのもそれはテネブリスの建国からはまだ二十年しか経っていないからである。テネブリスは今、労働に非常に役立つトロールやゴブリン、オーガなどの労働力をある程度優先的にこの中心都市に住まわせ、大急ぎで都市開発を行っている最中なのだ。
「国防といえば……エレナ様がドリアード様と友好関係を結んでくれて本当に助かった。これでドリアード様にも禁断の森だけではなく、このテネブリスそのものを守る理由が出来たのだから。……これからは何かあればすぐに城に知らせてくれるようになるはずだ」
「ええ。そうですね」
……と、ここでアムドゥキアスは先程とは打って変わって真剣な表情でマモンを見つめる。
「ところでずっと言おうと思っていたのだが」
「?」
「マモン、最近顔色が悪いぞ。しっかり休め。アスも心配している」
「っ! ……、……はい。気を付けます」
アムドゥキアスはマモンの肩を軽く叩くと、エレナの私室を出ていく。マモンは普段はあんなにもエレナに振り回されておきながらも、自分の細かな変化を見抜いた彼の慧眼に咄嗟に返事が出来なかった。ドアが閉まる音と共に、己の胸に手を当て、難しい顔をする。
「……ぼくは、どうしてしまったんでしょうかね……」
彼の独り言は、誰にも届くことなく空気に溶けていった。
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