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第一章 エレナの才能開花編
20:エレナが救ったもの
しおりを挟むエレナはどこか闇に浮かんでいた。前後上下見ても、闇。歩いても歩いても何もないその異空間にエレナは途方に暮れる。
──ここは、一体どこなんだろう。
──断頭台からパパに助けてもらった時、初めて治癒魔法を使った時にも来た場所だ……。
──意識を失ったらここに来るから、一応私の夢の中なのかな。でも夢とはちょっと違う気がするんだよなあ。
──そういえば、以前ここに来た時は綺麗な男の人がいたな。
『……光よ、』
──!
エレナはハッとした。恐る恐る振り向くと、予想通り長い黒髪に赤目の美青年が立っているではないか。彼の姿にやはり既視感を覚えてしまう。
──貴方は、誰なの?
『……君に名乗るに値する名はないさ。私のことは、美しい君の魂に出来たカビのようなものだと思ってくれ』
──カビって……そんな風に見えないけれど……。
『私のことはいいんだ。それよりも君がなかなかここを抜け出せないものだからつい声をかけてしまった。光、そろそろ彼らの下へ帰ってあげるといい。君は今眠っている状態でね。魔力回路を酷使しすぎだよ。しかし、もう体力は十分に回復している。故に君はいつでも目を覚ませる』
──待ってよ。貴方はどうしてこんな暗い所にいるの? ずっと独りなの? 寂しくない?
『まずそんな事を聞くなんて君は本当に優しいんだな。でも私の事は気にしなくていい。私は君をここからずっと見守っている。君が危険な目に合おうとしたら、私が守ってみせる。今度こそ……』
──今度こそ?
『……。……すまない、人違いだ。兎に角、早く君の父に会いに行ってあげるといい。皆、君の帰りを待っているのだから──』
──え、ちょっと待って!
その時、エレナの意識が反転した。かと思いきや、全身に筋肉痛が襲ってきた。次に感じたのは掛布団に包まれている己の体温。そしてその次に──
──己の右手を優しく包む、固く大きな手の感触。
ゆっくり瞼を開けたエレナの視界いっぱいに広がったのは……骸骨頭の、父。
「……、パパ……、」
「っ!!! エレナ、目が覚めたのか」
「手……」
エレナは自分の右手を見る。優しく彼女のそれを包んでいたのはやはり魔王の手だった。繋がれたそれに思わず頬が緩んで、か弱い力で握り返す。ピクリ、と魔王の手が揺れた。
「す、すまない。勝手に手を繋いでしまった」
「ううん。嬉しい。パパの手ってこんなにごつごつしてるんだね」
「すまない」
「なんで謝るの。変なの。パパって見た目の割りに臆病だよね。ま、そんな所が好きなんだけど!」
エレナは上半身を起こす。筋肉痛が彼女が動くのを阻もうとするが、そうはさせない。
「無理して起き上がるんじゃない。お前は丸々三日も寝ていたのだ」
「三日!? 道理で身体が怠いわけね。まるで全身に鎧を身に着けているみたい。筋肉痛は魔力回路の酷使によるものだろうけど……」
エレナが白髪の聖女だった時も魔力回路の酷使でこの痛みを経験してはいる。しかしここまで酷くはなかった。治癒魔法が消費する魔力量の凄さを改めて実感しつつ、エレナは魔王を見上げる。今のエレナにはまず確認しなければならないことがあるのだ。
「パパ、マモンは?」
「……、」
魔王は何も言わなかった。しかしその代わりにエレナの私室のドアがノックされる。そして、部屋に入ってきたのは──。
「陛下ー、そろそろエレナ様の寝顔監視係の交代ですよって……あっ!!」
「っ、マモン!!!!」
エレナは考えるより先に動いた。マモンを抱きしめるために布団を投げ捨てベッドを飛び出す。慌てすぎて、そのまま転んでしまった。言葉が出なかった。嗚咽しか、吐けないでいた。そんなエレナに差し伸べられた白い手。顔を上げると、丸眼鏡がキラリと輝く相変わらず魅力的な笑顔。
「皆から話は聞きました。僕の為に、有難う。貴女は僕の最高の友人であり恩人です」
「~~~~っ、うっ、」
エレナはマモンの右腕に泣きついた。この腕はエレナが取り戻したものだ。エレナの誇りだ。マモンはそんなエレナに「熱烈ですね」と揶揄うように言ってくる。エレナが「うるざい」と返すと、クスクス笑って彼女の背中を左手でポンポン叩いた。
「もう、どうして泣くんですか。役得ですけど」
「だって、マモン、腕、なくなって、死んじゃうかもってっ、助けられなかったらどうしようって、ずっと、不安で……っ、」
「……困ったな。どうしましょう陛下。しばらく泣き止みそうにないんですけど……って、陛下なんでそんな怖い顔してるんですか妬いてるんですかそうですか」
「…………ちがう」
しばらくしてエレナの涙が徐々に収まってくると、またドアがノックされる。今度の訪問者は紫の竜人の双子──アムドゥキアスとアスモデウスだった。二人は、マモンに抱き付くエレナを見るなり目を丸くする。そして──
「え、エレナ様! お目覚めになられたのですね!」
「!? えっ」
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