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第一章 エレナの才能開花編
06:魔王の部屋
しおりを挟む──その日の夜、エレナの部屋のドアがノックされる。
エレナは恐る恐る冷たいドアノブを捻った。ドアの向こうにはマモンの姿。エレナは安堵した。マモンが今夜訪問してくるのは分かっていたのだが、昼間の様子からしてゴブリンやアスモデウスに夜襲される危険もあり得るのではないかと感じていたからだ。マモンを見るなり、大人しく毛並みを整えられていたルーが彼に飛びついた。
「ははっ、こんばんはルー。お昼は見かけませんでしたが、城の一人散歩は楽しかったですか?」
「きゅう! きゅきゅきゅー!」
「凄い。ルーが私以外に懐くの、見たことない……」
「僕の愛想の良さは宝石獣にも効果的なようですね」
マモンは嬉しそうにルーの舌を頬で受け止める。エレナは宝石獣というマモンの言葉にキョトンとした。
「宝石獣の存在をよく知っていましたね? 私は王都の図書館を隈なく探してやっと知ったのに」
「エルフは知的探求心がこの世で一番強い種族ですから。大体のことは知っていますよ」
マモンはルーを自分の肩に乗せると、己の顔の良さを最大限に発揮する笑みを浮かべる。その顔で手を差し伸べられてしまえば、この世のほとんどの女性はイチコロであろう。かくいうエレナも頬に熱が集まるのを感じつつ、その手を取ってしまった。
夜中のテネブリス城は人間のエレナにとってどことなく不気味だ。廊下のあちこちでゴブリン達が鼾をかいて眠っている。マモンは「彼らには一応ちゃんとした居館があるんですが、廊下で雑魚寝するのが好きみたいなんです」とこっそりエレナに耳打ちした。しかしそれでは城の警備はどうなるのだろうか。ちょっとした好奇心でそう尋ねてみると、マモンは喜々として応えてくれる。
「はい、勿論僕やアスモデウス、アムドゥキアスなどのある程度の地位の者が一人は起きてはいるようにしています。でも正直出番はありませんね。夜のテネブリスには心強い警備隊がいるので」
「警備隊?」
「えぇ、彼らです」
マモンが指さした方を見たが、そこにあるのは石で出来た壁のみ。エレナはしばらく意図が分からないでいたが、ふと壁に不自然な黒い部分があることに気づく。エレナがそれを凝視すると、ぱっちりと大きな目玉が現れ、思わず尻餅をつきそうになった。
「ま、ままま、マモンさん、これは!?」
「影お化けです。まぁ、簡単に言うと陛下の魔力の滓みたいなものですよ。夜は数多の彼らが独自でパトロールをして何かあったらすぐに教えてくれます。流石陛下と言うしかありません。神のごときあの膨大な魔力には、いつも惚れ惚れしてしまいますね……」
それからマモンは魔王の素晴らしさについて延々と語っていた。エレナは相槌を打ちながらそれに耳を傾ける。マモンの話し方や表情から、魔王への尊敬がはっきり読み取れた。それは昼間のアスモデウスや、昨日のアムドゥキアスも同様である。魔王が魔族達から慕われているという事実は今までのエレナの中の魔王のイメージと大きくかけ離れていた。
「──しかし、そんな陛下にも怖いものがあるんですよ」
「えっ?」
ふと、マモンの声に悲しさが滲む。エレナはマモンの顔を見たが、彼は顔を逸らしていた。いつの間にか一際大きな扉が目の前に立ち塞がっている。影お化け達がエレナを見て慌てふためいているような動きをした。小さな手を振って、エレナの通行を拒否しているようだ。
「あの、マモンさん。これっていいんですか?」
「僕が許可します。これでも僕、この城で偉い方なので。……お化けさん方、これは陛下の為に必要なことです。責任は僕がとりますから」
影お化け達は戸惑ったようにお互いを見つめ合った後、扉を開けた。エレナに入れと促しているようだ。……と、ここでマモンの足は止まる。どうやら彼はこの扉の向こうにエレナ一人で行ってほしいようだ。
「マモンさん?」
「エレナ様。どうか、陛下をよろしくお願いします。僕達は今まで何も出来なかったので……」
「え、ちょっと待って。それってどういう──」
エレナの質問が終わる前に、扉が閉じた。ルーが心配そうにエレナの顔を覗きこむ。エレナはマモンの意図がつかめなかったが、彼が意味もない行動をするとは思えない。故に、この暗闇の先に進んでみようと前を向いた。
暗闇を一歩一歩歩いていると、その先からぐぅううううと何かの呻き声が聞こえてくる。この先にいるのは狼男か、はたまたドラゴンか。エレナは唾を飲み込み、ルーを胸に抱いた。ルーは恐怖で身体が震えているエレナを宥めるように一鳴きする。進めば進むほどエレナの身体が冷えていった。
長く暗い階段を上り終え、漆黒の扉がエレナを迎える。この扉の向こうに、呻き声の主がいるはずだ。エレナは小さくノックをして扉を開けた。扉はエレナが全体重をかけなければ開かないほど重い。
「──こ、こんばんは?」
恐る恐る顔を覗かせる。この場所は城の上部であるらしく、やけに大きな月が窓から見えていた。そんな月光に照らされて蠢いている影が一つ。それは、魔王だった。魔王がベッドで横たわっており、それはそれは苦しそうに呻いていたのだ。
……と、ここでルーがエレナの腕から飛び出して魔王の腹の上で飛び跳ねる。エレナはそんなルーに心臓が止まるかと思った。慌てて魔王から離す。
「ルー! 何をやってるの!」
「きゅ! きゅきゅきゅきゅーう!」
「……、……誰だ」
「!!」
──魔王が、目を覚ましてしまった。
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