黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
3 / 145
序章

03:エレナの願い

しおりを挟む

 ──願いはなんだ。

 真夜中のような静かな闇の中。エレナの意識に誰かがそう尋ねてくる。エレナは己の状況を十分に理解できないまま、その質問を反芻した。

(願い……? 願い……。あれ、私は、あれからどうなって……ここはどこ?)

 ──お前の願いを言え。

 男の声が催促するようにもう一度響いた。一切隙のない、どこか聞いたことのある冷たい声だ。ここは夢の中なのだと勝手に思いこみ、エレナはぼんやりと質問の返答を考える。

(私の、願い。そんなの……決まってる。小さい頃からずっとそれは変わらない。私はただ、
(「パパ、ママ」と呼んだら「どうしたの?」って優しい声が返ってきて欲しかった。独りにしないで欲しかった。大声で我が儘を言ってみたかった。寂しい時には頭を撫でて欲しかった。愛情いっぱいに抱きしめて欲しかった……)
(白髪の聖女ではなく、私を──エレナ自身を愛してくれる存在に出会いたかった。ウィン様も叔父様も周りの皆は私を見てくれなかった……。私は、未だ顔も知らない父や母のような存在が欲しかったんだ……)

 愛されたかっただけと言いながらも、エレナの願いはどんどん溢れていく。エレナはそれに気づき、ようやく思考を止めた。どうせ夢の中で願いを溢しても何も変わらないだろうと自嘲する。
 しかし。
 
 ──そうか。分かった。
 
 声は、何故かエレナの願いを受け入れた。

(分かった? 分かったってどういう意味……?)

 エレナがそう尋ね返した時、闇に一筋の光が差した。まるで彼女を導いているかのような、真っ直ぐな光。エレナは気づけばその光源に手を伸ばす。

 ──ではわたしが、お前の父になろう。

(は──?)

 光が少女の伸ばした手から順に全身を包み込んでいく。
 そうして次の瞬間には、自分がふかふかのベッドの上で眠っていたことに気づいた。見たこともないような部屋だ。漆黒の大理石の壁に、何かの動物の骨でできた家具。どこか不気味な雰囲気を感じさせる部屋ではあったものの、居心地は悪くなかった。

「あれ、私……」

 するとふと、頬にぬめりとした感触を覚えた。獣特有の臭みに眉を顰める。しかし不快ではない。それは幼い頃から自分と共にあったものだからだ。

「ルー!」
「きゅーう!」

 エレナは思いきり、小さき友人を抱きしめる。小動物──ルーはその愛らしい小さな金色の身体でエレナの腕の中へ飛び込んだ。
 ちなみにルーはエレナの母の形見の宝石に住みついている宝石獣カーバンクルである。宝石獣とは非常に希少な幻獣で、エレナもとても古い幻獣図鑑を隈なく探してようやくその名を見つけた。本によると、宝石獣の額には心臓の役割を果たす宝石が剥き出しにされており、その宝石はこの世の全てを見通す力があるという。
 エレナの頬をそんなルーのざらざらした舌が這った。エレナはクスクス笑って顔を背ける。しかしそこでふと気づいた。自分の身体がに。意識を失う直前、限界まで水と飯を食えず今にも虫の息だったというのに今のエレナは健康体そのものだ。

「どういうことなんだろう? 処刑直前にあの魔王様が私を連れ去ってくれたんだよね? ということは、ここはもしかして……」

 こてんと首を傾げると、ルーもそれを真似た。

 ──と、ここで部屋のドアが開く。そこから部屋に入ってきたのは三人。一人はエレナをここへ連れてきた張本人──魔王。一人は、紫の長髪に紫眼、口から覗く牙が特徴の美形だ。長髪と中性的な顔の良さが相まって性別不詳者である。伸びている牙から人間ではないと推測出来た。また、残りの一人は魔族の代表格とも言えるエルフという人種だと分かった。耳が異様に長いことと肌が白いことがエルフの特徴で、彼はピッタリとそれに一致していた。丸眼鏡を生かして、穏やかな笑みをさらに魅力的なものへ変貌させている彼も異性に好かれる性質たちだろうと思う。
 魔王に、紫の美形に、エルフ。エレナは今から自分がこの魔族達にどうされてしまうのかと考え、ゴクリと唾を飲み込んだ。エレナを見るなり、紫の美形が明らかな敵意を表す。

「──陛下! まさか本当に!? 元白髪の聖女である人間の小娘をこの神聖なテネブリス城へ連れてきたというのですか!? アスモデウスが見たら問答無用で竜化する案件ですよ!? わたくしでさえ、鳥肌が立ちっぱなしです……! 嗚呼、おぞましい!」
「わぁ、可愛らしい女の子ですね。この子があの白髪の聖女だったって本当ですか? でも僕は今の金髪の方が好みだなぁ。よろしくお願いしますね。えっと、名前は……エレナ様、でしたっけ」
「え、あ……」

 にこにこ。そんな効果音が聞こえてくるようなエルフの青年の優しい笑みに、エレナは少し肩の力を抜くことが出来た。しかしもう一人の紫の美形の形相により、エレナの身体が再度固まることになる。紫の美形は執拗に肘でエルフをつついた。

「おい、おい! どうして貴様は人間を“様”付けできる!? あの人間だぞ!?」
「ははは。やだなぁアム。ぼくは別に人間に恨みはないんでね。不要な偏見は持たない主義なのさ」
「……貴様、今、俺を馬鹿にしたのか?」
「──おい、そろそろやめておけ」

 魔王の氷の一声で、二人の口喧嘩は一瞬で片付いた。エレナはどういう顔を浮かべていいのか分からず、目を泳がせている。魔王はそんなエレナが横たわっているベッドに寄り添った。

「気分はどうだ。どこか異変はないか?」
「え? あ、はい! 異変なんてそんな! むしろどういうわけなのかは分かりませんが、元気過ぎるくらいです!」
「……そうか。それならばよかった」
「あの……魔王様は、どうして私を助けてくれたのですか?」

 色々と目の前のこの魔王に尋ねたいことはある。しかし一番気になったのはそれだ。どうしてわざわざ敵地であるあの処刑の場に現れたのか。どうして自分を助けてくれたのか。魔王は感情一つ読み取れない骸骨頭を微かに揺らす。目の奥の赤い光がぼやぼやと蠢いていた。

「言ったはずだ。恩を返しに来た、と。お前が人間の城から魔族の子供達を逃がしてくれたおかげで我らが子供達を保護できたのだ。だから、その恩返しだ」
「恩返し……」

 魔王に似つかわしくない言葉に、エレナは両眉を吊り上げる。しかし目の前の魔王が嘘をついているようにも見えなかった。既に白髪の聖女ではなくなった今の自分を助けるメリットなど魔王にとってゼロに等しいはずだ。だから、信じようと思った。そうと分かれば少しだけ目の前の魔王への認識が変わってくる。
 そうすれば次にエレナは友人のオリアス達が無事だという事実に安堵する他ない。無邪気なあの笑顔をもう一度見たいと思ってしまった。しかし彼らの居所を聞くよりも、今は現状を確認する方が先だ。

「では、魔王様。続けて質問を失礼致します。魔王様は一体、貴方の敵である人間の私をどうするおつもりですか?」
「────、」
「…………」

 エルフと紫の美形の視線も魔王に集中した。その旨の話は彼らの間でもまだ収まりのついていないものだったのだろう。魔王は己の両指を絡め、ベッドに両肘を沈めた。その場に緊張が走る。

「──わたしは、お前を我の娘にしようと思う」
「はぁ、そうですか。私を貴方の娘に……。それはとても助かりま──え、ちょっと待ってください、今なんて??」

 エレナがひくりと唇をひきつらせ、わざとらしく耳を澄ました。再度同じことを言葉にする魔王にエルフと紫の美形も心底驚く。紫の美形は顎が外れてしまうのではないかと思うほど、あんぐり口が開けっ放しだ。エルフの方は意味を理解した途端に腹を抱えて笑い出した。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...