黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
上 下
1 / 145
序章

01:元聖女は断頭台で絶望する

しおりを挟む
(──臭い。お腹すいた。吐き気がする。息がしづらい)
 
 糞と尿が散らかった牢獄でエレナ・フィンスターニスは嘆く。もはや呼吸を繰り返す体力しか残されていない彼女は己の生の限界を感じていた。空腹を知らせる叫びが彼女の腹からぐうぐうと聞こえてくる。
 
(あの子達は、ちゃんと魔族の国に帰れたのかな)
(──いや、きっと大丈夫だ。そうじゃないと、私が報われないよ)

 瞼の重みがどんどん増していく。その重みに耐えられず、エレナは瞼を下ろしてしまった。もう楽になりたいと諦めてしまったのだ。しかしそうはさせないと牢獄の入り口が開く。入り口からは、黒い礼装を来た兵士がエレナを見下ろしていた。

「罪人、エレナ・フィンスターニス。今から貴様を絶対神デウス様の名の下において処刑する!」

 処刑。その言葉にエレナはたじろぐ。エレナの首元に提げられている黄金琥珀の宝石がピクリと動いた。

 エレナの現在の状況を一言で説明すると、兵士の言葉通り「たった今から死罪を受ける」だ。しかしながら、実はエレナはこのスペランサ王国次期国王の婚約者である。つまりは未来の王妃。そんな彼女が一体どうして罪人として粗末に扱われているのか。それには勿論理由があった。

 ──事の発端は一ヶ月前に遡る。
 一ヶ月前、一応の育ての親であるエレナの叔父が治めているフィンスターニス領に三人の子供が迷い込んできた。たかが人間の子供であればさほど騒ぎにはならないものの、それらはなんとの子供だったのだ。
 人間とは違い、己の心臓から魔力を生み出すことができる存在──それが魔族。人間は神の力なくして魔法を操る魔族を〝神を否定する悪〟として忌み嫌っていた。
 そんな子供が迷い込んできたのだから、フィンスターニス領の住民達はそれはもう驚き、即座に拘束した。勿論、領主であるエレナの叔父にその事件は報告される。そうして三人の魔族の子供達は王都から迎えが来るまでフィンスターニス領の屋敷の牢獄に監禁されることになったのだ。
 一方で、王都から一時的に里帰りをしていたエレナはそんな三人の魔族の子供達を他人事のように思えなかった。こっそり三人に自分の食事を分けてあげていくうちにエレナは彼らと友達になり──国に引き渡す日の前日に彼らを逃がしてやった。

 要するに今、エレナがここで監禁されているのはその国が殺すべき存在である魔族の子供達を逃がしてしまったから。

(竜人の元気な男の子、オリアス。吸血鬼の甘えん坊な男の子、シトリ。ラミアのしっかり者な女の子、アイム。三人は私の大切な友達……)
(彼らが生き伸びた結果がこれならば、私は自分の生に何も悔いはないよ)

 兵士が強引にエレナの腕を掴む。「立て」と冷たく言い放たれた。しかしエレナの足にはもう力が入りそうになかった。兵士は眉を顰めると、エレナの身体を強引にズルズルと引きずる。エレナは抵抗する気もない。ただ自分の惨めさに乾いたはずの涙が溢れた。

 随分と長い時間、身体を引きずられていた。はた、と地面と身体が擦れる感触がなくなったかと思えば、聞き慣れた声に嫌悪感を覚える。

「──無様だな、エレナ。……いや、今はこう呼ぶべきだろうか。、と」

 そうエレナを嘲笑するのはエレナの婚約者であるウィン・ディーネ・アレクサンダー。彼は眼鏡をくいっと指で押し上げ、エレナの顔を覗き込んだ。

「魔族の子供に慈悲の心を持つなど笑止千万。それは絶対神への無礼に値する。……君に情がないわけではないが、その髪を見てしまえば助ける気もなくなるな」

 風が冷たい。それでいて荒れていた。エレナはウィンの言葉を聞くのが精一杯で周囲の様子を認識できなかった。ウィンがエレナの前髪を強引にひっつかんだことでようやく視界が広がる。
 エレナは数多の視線が自分に向けられていることと、エレナが今いる場所が〝断頭台〟であることに気づいた。

「見よ、我が民達よ!! これがデウス様の御意志だ! 以前のエレナの髪はそれはそれは美しい白髪であった。だからこそエレナがデウス様の寵愛の対象に選ばれたのだと皆が喜び、エレナを我が国の王妃とする準備を今まで進めてきたはずだ! しかし!!」

 ──今のエレナの髪は、

「……金髪も珍しい色ではあるが、これは象徴が現れる前のエレナの髪色だ。大天使に属する色でもない。つまりこれはエレナがデウス様の寵愛の対象から外れ、デウス様の怒りを買ったという証拠に他ならない! 故に僕はここに宣言しよう! この僕、ウィン・ディーネ・アレクサンダーはデウス様の名の下にこのエレナ・フィンスターニスとの婚約を破棄することを!」

 観衆から歓喜の声が上がる。エレナの予想通りの反応ではあったものの、そのショックは齢十三のエレナの心を深く抉っていく。
 今し方、ウィンがエレナの髪について言及していたが、エレナがウィンの婚約者になったのはそれなりの地位があったからではない。エレナの髪の色が白へと、ある日突然変貌したからだ。白はスペランサ王国が信仰する神──デウスを象徴する色である。故に白髪はデウスの象徴として崇められており、それが突然エレナに宿ったのだ。あっという間に辺境の貧乏貴族の姪だったエレナがスペランサ王国次期王妃へと格上げされた。
 しかしその神の象徴を無くした途端にこのブーイングと殺意の嵐である。視界を埋め尽くすほどの人数からの悪意にエレナが耐えられるはずもなかった。

(今まで、未来の王妃だからって沢山勉強させられてきた。嫌だ嫌だって泣きわめいても、逃がしてくれなかったくせに!)
(まぁ、ウィン様や城の人達や国民が私の白髪にしか興味がないのは知っていたけど。……結局皆、エレナじゃなくてデウス様に選ばれた聖女に焦がれていただけなんだ)

 するとここで、断頭台に新たな人影が現れる。皆がソレに注目した。勿論、エレナも。

「──初めまして、エレナ様! あたし、レイナ・リュミエミルと申します」
「……っ!! ……ああ、あ、」

 エレナは限界まで目を広げる。断頭台に現れたのはエレナと同い年ほどの少女。地べたに投げ捨てられたエレナを見下ろし、それはそれは華やかに微笑んでいた。そんな彼女にはこの場の皆を唖然とさせるほどの破壊力がある。



 何故なら──少女の髪が、絹のような白髪だったから。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...