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開演
しおりを挟む 想像していたより、事は簡単に運んだ。懸念していた人目につかぬ侵入も、悲鳴を上げさせずに終わらせる殺しも、問題なく行うことができた。少し離れた位置に車を停めて友弥と共に来たヨウは、自分の仕事はなかったなと転がる死体を見て思う。
今回の事件は泥棒目的で入って来た犯人が家主に見つかって咄嗟に殺してしまったという筋書きになっている。友弥は家にある包丁を使って素人のように妻の腹を貫き、夫は背中から何箇所か突き刺した。効率的な殺しが体に馴染んでいると急所を外してわざと下手くそに刃を入れる方が難しい。そう言いながらも友弥は返り血を一滴も浴びず、背に突き刺したままの包丁にも当然指紋など残していなかった。
ヨウは適当に物色したように見せかけるために部屋を荒らし、金になりそうなものは回収して工作を施した。友弥もヨウと一緒に部屋を回りながら漂う違和感に眉を顰めた。
「なんか、この家……」
友弥が低めた声でぼそりと呟く。上手く聞き取れず聞き返そうとしたヨウだったが、キシッと床が軋んだ音に息を殺した。友弥もすぐに気づいたようで、部屋の暗がりに身をひそめる。互いに目を合わせれば考えていた事は同じようだった。
はたして予想通りに小さな足が床を踏んでいるのが見えた。唯一明るいキッチンの床で、母親が変わり果てた姿で倒れているのを見つけたようだった。
子供の姿を捉えた瞬間、ヨウはこの家庭の内情をなんとなく掴むことができた。子供は随分と薄汚れた、体つきにしては窮屈な寝間着を纏っていた。剥き出しになった手や足には打撲痕が残っている。顔にも大きな痣があり、目の上が腫れて右目がほとんど開いていなかった。顔に残っているのは殴られた痕だ。あの腫れならば成人男性の力か。腕に残っている火傷は煙草を押し当てられたもの。歩き方からして腹にも怪我を負っている。ヨウの目は一瞬にしてそれだけのことを読み取った。
「おかあ、さん……?」
掠れきって潰れたような声が小さく聞こえた。ヨウも友弥も、気配を消し続けている。幸介に言われていた通り、どうするかとヨウは少年の様子を伺いながら思考を回す。このまま叫ばれたら面倒だと友弥へと目をやった。
ヨウは目を眇める。友弥は見慣れない顔つきをしていて、長年の仲間にしては珍しく感情が読み取れなかった。殺し屋としては騒がれる前に全ての物事を片付けてしまいたいのだが。
次の友弥の行動に今度こそヨウは絶句して目を見開いた。友弥は物陰に隠れるのをやめ、その場で静かに立ち上がったのだ。ゆらりと影が揺れ、少年がハッとこちらを見やる。なに考えてんだ、とヨウは非難の目を送るが友弥は真っ直ぐに少年を見据えるばかりでヨウには一瞥もくれなかった。
「誰か、いるの……?」
少年は小さな声でそっと呼びかけてきた。友弥は答えず、ただ少年を見つめ返す。こちらは完全な暗闇のため、見えたとしてもせいぜい輪郭程度だろう。顔を認識するには明度が足りないはずだ。
「お父さんとお母さんを……殺した人?」
そう囁くように聞いてくる少年の唇はよく見れば切れてまだ塞がらない傷があった。
「そうだよ」
友弥はいつもの彼の声で穏やかに肯定した。ヨウは怪訝な顔でそれを見守るばかりだ。念のためにヨウの手は懐のナイフへと伸び、いつでも飛び出せるように膝に力を溜めている。常は冷静かつ正確に仕事をこなしている友弥のらしくない行動に少なからず動揺していた。
今回の事件は泥棒目的で入って来た犯人が家主に見つかって咄嗟に殺してしまったという筋書きになっている。友弥は家にある包丁を使って素人のように妻の腹を貫き、夫は背中から何箇所か突き刺した。効率的な殺しが体に馴染んでいると急所を外してわざと下手くそに刃を入れる方が難しい。そう言いながらも友弥は返り血を一滴も浴びず、背に突き刺したままの包丁にも当然指紋など残していなかった。
ヨウは適当に物色したように見せかけるために部屋を荒らし、金になりそうなものは回収して工作を施した。友弥もヨウと一緒に部屋を回りながら漂う違和感に眉を顰めた。
「なんか、この家……」
友弥が低めた声でぼそりと呟く。上手く聞き取れず聞き返そうとしたヨウだったが、キシッと床が軋んだ音に息を殺した。友弥もすぐに気づいたようで、部屋の暗がりに身をひそめる。互いに目を合わせれば考えていた事は同じようだった。
はたして予想通りに小さな足が床を踏んでいるのが見えた。唯一明るいキッチンの床で、母親が変わり果てた姿で倒れているのを見つけたようだった。
子供の姿を捉えた瞬間、ヨウはこの家庭の内情をなんとなく掴むことができた。子供は随分と薄汚れた、体つきにしては窮屈な寝間着を纏っていた。剥き出しになった手や足には打撲痕が残っている。顔にも大きな痣があり、目の上が腫れて右目がほとんど開いていなかった。顔に残っているのは殴られた痕だ。あの腫れならば成人男性の力か。腕に残っている火傷は煙草を押し当てられたもの。歩き方からして腹にも怪我を負っている。ヨウの目は一瞬にしてそれだけのことを読み取った。
「おかあ、さん……?」
掠れきって潰れたような声が小さく聞こえた。ヨウも友弥も、気配を消し続けている。幸介に言われていた通り、どうするかとヨウは少年の様子を伺いながら思考を回す。このまま叫ばれたら面倒だと友弥へと目をやった。
ヨウは目を眇める。友弥は見慣れない顔つきをしていて、長年の仲間にしては珍しく感情が読み取れなかった。殺し屋としては騒がれる前に全ての物事を片付けてしまいたいのだが。
次の友弥の行動に今度こそヨウは絶句して目を見開いた。友弥は物陰に隠れるのをやめ、その場で静かに立ち上がったのだ。ゆらりと影が揺れ、少年がハッとこちらを見やる。なに考えてんだ、とヨウは非難の目を送るが友弥は真っ直ぐに少年を見据えるばかりでヨウには一瞥もくれなかった。
「誰か、いるの……?」
少年は小さな声でそっと呼びかけてきた。友弥は答えず、ただ少年を見つめ返す。こちらは完全な暗闇のため、見えたとしてもせいぜい輪郭程度だろう。顔を認識するには明度が足りないはずだ。
「お父さんとお母さんを……殺した人?」
そう囁くように聞いてくる少年の唇はよく見れば切れてまだ塞がらない傷があった。
「そうだよ」
友弥はいつもの彼の声で穏やかに肯定した。ヨウは怪訝な顔でそれを見守るばかりだ。念のためにヨウの手は懐のナイフへと伸び、いつでも飛び出せるように膝に力を溜めている。常は冷静かつ正確に仕事をこなしている友弥のらしくない行動に少なからず動揺していた。
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