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5巻
5-3
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第3話 学園長
リシュタイン魔法学園の地下牢。
牢に備え付けられている簡易ベッドの上で、俺は天井を見る。
ただ中庭で揉めている学生達の仲裁をしただけならよかったのだが、土牢なんかを作って目立ったのがいけなかった。
牢に連行された時、兵士達に身元を問われたので、ファルスフォード王国の公爵であると説明したが鼻で笑われた。
証拠のつもりで冒険者カードも見せたのだが……兵士達はそれを奪い取って嘘をつくなと怒鳴ってきた。
冒険者カードのレベルは低級だし、名前はエクトと書かれているだけだ。俺が公爵だという情報は書いてないからな。
兵士達が信じないのも仕方ない。
強引に兵士達をねじ伏せて牢から抜け出してもいいけど……騒動になるとドリーンに迷惑がかかる。
まぁ、別に男子達を土牢に閉じ込めただけだし、ちゃんと事情を話せば酷い目には遭わないだろう。
俺はベッドの上に寝転がり、目を瞑る。
幸いにも、牢の監視兵も尋問してきた兵士も、横暴ではあったが乱暴ではなかった。
ドリーンが騒ぎに気付くか、あるいは冷静な兵士が来て誤解が解けるのを待つとするか。
しばらくすると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
牢の前に兵士が立ち、鍵を開けて牢の中へ入ってくる。
「学園長が直々に尋問されるそうだ。立て」
俺はベッドから立ち上がり、兵士の後ろに続いて牢を出る。
そのまま同じ建物の三階まで行くと、重厚な扉の前で兵士が止まった。
そして扉を開いて俺を部屋の中へ押し入れる。
ヨロヨロと部屋の中央まで行き、窓辺を見ると、大きなデスクの向こう側に女性が座っていた。
漆黒にきらめく長い髪、白い肌に真っ赤な瞳が印象的で、どこか人族とは違う雰囲気が漂っている。
そのただならぬ佇まいに、俺は目を細める。
「お前、何者だ?」
「争うつもりはない。まずは落ち着け」
女性はクスクスと笑って椅子から立ち上がる。
そしてゆっくりした足取りで俺の前まで歩いてきた。
「我は吸血族のクレタ、この魔法学園の学園長だ。なぜお前は学園に来た? 騒ぎを起こしたようだが、目的は何なんだい?」
吸血族というのは古くから人間と共存してきた亜人の一種で、血と共に魔力を吸収する種族として有名だ。
今は血を吸う特性はないそうだが、エルフと同様に魔力が強いことで知られている。
厳しい口調の割には敵意が強いわけでもなさそうなので、俺は力を抜いて、肩を竦める。
「ここの卒業生だっていう仲間に連れてこられてね。それに騒ぎを起こすつもりもなかったんだよ。イジメの現場を目にして止めたら、こうやって捕まったってわけ」
俺の言葉を聞いて、考えるようにアゴに手を当てる。
「土牢に閉じ込められていたのは、アレクシスとその友人達だったな……卒業生だというお前の仲間は誰だ? その者はどこへ行った?」
「俺の仲間の名前はドリーン。今、テオドルの所で実験の手伝いをしているはずだ」
その名前を聞いて、クレタは渋い顔で額に手を当てる。
ドリーンのことを知っているようだ。
「あの、お転婆娘が来ているのか……おい、誰か研究棟へやって、テオドル教授とドリーンを連れてこい」
クレタが部屋の壁際に立っていた兵士へ手を振ると、兵士は敬礼して部屋を去っていった。
これで身元が保証されて、一安心だな。
しかしあのドリーンがお転婆だって?
「昔、ドリーンが何かしたのか?」
「ああ。テオドル教授と一緒に、研究棟の一角を実験で吹き飛ばした。あの二人が組んでいた時、どれほどの被害を学園にもたらしたことか……それなりに研究成果もあげていたから、処罰もできん」
普段は大人しいドリーンだけど、それならお転婆と言われても仕方ないな。
クレタがジト目で俺を見る。
「お前がドリーンの仲間と言われれば、騒動を起こすのも頷ける」
……なんか、テオドルと同じ扱いをされているようで嫌だな。
しばらくすると、廊下から大声が聞こえてきて扉が大きく開く。
直後、目を充血させたテオドルが飛び込んできた。
そして俺の両肩をガシッと掴む。
「エクト君のおかげで、スライムの体液を正確に接着させることができたよ。これは私の予想を上回る成果だ。基盤の保護も完璧だし、全てエクト君のおかげだよ。お礼にこの基盤をエクト基盤と名付けよう!」
興奮しているテオドルが、俺の体をガクガクと揺らす。
そんなことをしている間に、遅れていたらしいドリーンが、肩で息をしながら部屋の中へ入ってきた。
「テオドル教授、待ってくださいよ……なぜ、エクトがここにいるの?」
そして俺と目が合うと、不思議そうな表情をする。
「ちょっとね。それでさ、学園長に俺の身元を証明してくれるかな?」
俺の言葉を聞いて、ドリーンはクレタの方へ視線を向けて表情を引きつらせた。
「ドリーン、学園に来て最初に挨拶する相手を忘れていないかい?」
「……その前にテオドル教授が元気にしているか確かめたくて、すみません」
ドリーンはクレタからお説教を受けている。
その間、テオドルは俺に向かって、何か魔道具の理論を語っていた。
カオスだ……
体を揺すられて頭が上手く回らず、俺は呆然と天井を見つめた。
現実逃避していると、どうやら落ち着いたらしいテオドルが俺を放す。
そして、いつの間にか説教が終わって、ドリーンから俺の話を聞いたらしいクレタがニッコリと微笑む。
「エクト殿、不審者と誤解したことをお詫びする」
「まあ、わかってくれたならいいよ」
「アレクシス――モンバール伯爵の息子のことだが、日頃から貴族であることを鼻にかけていてな。プライドが高く視野が狭いので困っていたのだ。まさかイジメにまで発展していたとは嘆かわしい。なんらかの処罰を検討しよう」
「お手柔らかに」
俺とクレタが和やかに話をしていると、我慢できなくなったらしいテオドルが彼女に迫る。
「クレタ、聞いてくれ。エクト君のおかげで基盤が改良できたんだ。これで魔道具の小型化が進むし、大規模な魔術回路の作製も可能になった! このエクト基盤は、魔道具開発の歴史を塗り替えるぞ」
学園長に向かってタメ口なのか、テオドルは全く軸がブレないな。
目の前で演説をするテオドルを見て、クレタが目を白黒させている。
助けを求めて視線を彷徨わせるクレタから、俺は顔をそっと逸らした。
今、止めると俺に被害が及ぶかもしれない。
俺の隣では、事情を知らないドリーンが不安そうな表情で俺を見ていた。
「いったい、エクトは何をしたんですか?」
「ああ、まだ説明できてなかったな」
テオドルの部屋から消えた俺が学園長室に連行されているのだから、ドリーンも驚くよね。
中庭でアレクシスが仲間と一緒にユセルを虐めていたこと、それを仲裁に入った俺が牢に入れられたことを説明する。
するとドリーンは頷きながら、難しい表情をする。
「この魔法学園は平民から貴族まで、才能さえあれば誰でも入学できます。しかし、そもそも貴族というものは強力な魔法士が生まれやすいので、学園に入ってくる生徒も多いんです。結果的に、平民は肩身が狭い思いをする人が多くて……私も平民出身ですから、虐められていたというユセルの気持ちはわかります」
なるほど……前世の学生時代でもイジメが問題になっていたよね。
この世界では貴族と平民はハッキリと区別されているから、イジメも酷いだろうな。
できればユセルともう一度話してみたいな。
ちらりとクレタの方を見ると、テオドルはまだ基盤について話していた。
このままでは埒が明かないので、そのまま放置することにした俺とドリーンは、静かに扉を開けて廊下へ出た。
俺は歩きながらドリーンへ問いかける。
「これから少しの間、テオドルを手伝うのか?」
「はい……先生は精霊と精霊界について研究されていたんです。エクトやオラムのおかげで精霊と精霊界が実在は証明されました。だから先生の研究に役立てればと思ってます」
「テオドル教授は精霊と精霊界の何の研究をしていたんだ?」
「精霊と精霊界は実在すると仮定し、精霊界へ行く方法を探していました」
なるほど……精霊界は神話時代から続くと言われ、そもそも存在するかどうかも怪しい謎の世界だ。
精霊界へ行く方法を解き明かせば、それは偉業と言える。
魔法士であれば精霊の謎を解き明かしたいよね。
研究者が夢中になるのも理解できる。
俺は神樹の指輪を通して精霊女王に頼めば精霊界へ行けるけど、むやみに頼むつもりはない。
あとは……エルフの里にある聖樹の輪から行けるけど、それを広めるつもりもない。
精霊界へ通じる道は、魔法士達が独力で発見することだ。
ドリーンは前を向いたまま、テオドルの研究について話す。
「この魔法学園には、各国から魔法に関する資料が集まります。その中には精霊や精霊界の記述のある冊子も数多くあるんです。古代の記録では龍脈、地脈、霊脈と呼ばれるエネルギーが集まる地――いわゆる霊穴に精霊界への入り口があったとされています」
龍脈に地脈に霊脈……前世のファンタジー小説でも出てきたワードだな。霊脈なんかは、風水占いなどでも使われる言葉だ。
要は何かしらの自然の大きな力の流れのことだろう。
エルフの里は霊脈が集まる霊穴だったのかな?
ドリーンの説明を邪魔しないように、黙って話の続きを聞く。
「先生は、霊脈が集まることで、そのエネルギーが蓄積されて次元が歪められるのではないかと考えています。そしてその霊穴に何らかの方法でアクセスすることで、次元を超えて精霊界へ行けると仮説を立てました。オラムやエクトは精霊界の生き証人というわけです」
ドリーンは気分が良くなってきたのか、ピンと立てた人指し指を振りながら歩いていく。
「この先生の仮説には二つの目標がありまして。一つは龍脈、地脈、霊脈と呼ばれる流れを発見し、エネルギーが集積している地、霊穴を発見すること。もう一つは、どうやって次元の歪みを利用し精霊界へ繋ぐのか、その方法を見つけることです」
「なるほど……どれくらい研究は進んでたんだ?」
「それが……霊脈も実際には見つけられていないんです」
なんだか魔法士が精霊界を発見するのは、まだまだ遠いように感じるな。
しかしドリーンが照れたように俺の顔を見る。
「精霊界の発見は先生にとって生涯の夢なんです。だから少しでも恩返しがしたくて。エクト、一緒に手がかりを探してくれませんか?」
「実際の精霊界への行き方とかは教えられないし、魔法や魔道具の知識は全くないけど、それでも良ければ協力するよ」
ドリーンと二人で廊下を歩いていると、大きな部屋へ着いた。
「ここが目的地か? そういえば、どこに向かってたんだ?」
「さっき話した図書館ですよ……さあ、どうぞ」
ドリーンは扉を開け、俺を中へ促す。
その部屋は天井までの高さが二階ほどで、無数の本棚に埋め尽くされていた。
「ここが王国の誇るリシュタイン魔法学園の図書館です」
なぜかドリーンは胸を張って誇らしそうだ。
各国から魔法に関する書物が集まるとは聞いたけど、目の前で見ると圧巻だな。
どうやらドリーンは、この図書館で何かヒントを探すつもりらしい。
「それで、俺は何を手伝えばいい?」
「そうですね……精霊界に関する書物を集めてください。以前に先生と二人で探した時の資料があります」
ドリーンはローブの内ポケットから数枚の紙を俺に手渡す。
そこには棚の番号、本の題名、作者名が書かれていた。
これなら俺でも迷わずに本を探し出すことができそうだ。
二手に分かれて本を探して、テーブルの上に置いていく。
俺が悩みながら本を探していると、二名の女子生徒から声をかけられた。
一人は笑顔が似合う活発そうな女子、もう一人は本が好きそうな大人しい眼鏡っ子だ。
「はじめまして、見ない顔ですね。図書館は初めてですか? 魔法学園の方ですか?」
「他国の者だけど、学園に知り合いがいてね。それで資料を集めてるんだけど、数が多くて迷ってるんだ」
手に持っている紙を見せると、活発な女子が紙を二枚抜き取って、隣の眼鏡っ子へ渡す。
「私達は図書館の司書をしてるんです。集めてきた本は机に置いておきますので」
そう言って二人は、素早く散っていった。
女子達を見送っていると、後ろから寒気を感じて振り返る。
そこにはジト目をしたドリーンが立っていた。
「もう女子から声をかけられたんですか。モテますね、これはリリアーヌに報告しなければ」
「よしてくれ、誤解だから。あの二人も館内で迷っている俺が珍しかっただけだろ」
俺の弁明も聞かず、ドリーンはツンとした表情で離れていった。
しばらく、四人で資料を探してテーブルに運ぶ作業を続けていき、テーブルの上に大量の資料が積みあがった。
手伝ってくれた女子生徒達は手を振って、図書館から去っていった。
積みあがった書物を見て、ドリーンは満足そうに微笑む。
「彼女達のおかげで、思っていたより早く済みましたね。この図書館の中にテオドル教授専用の個室があります。そこに運んでおけば、後からゆっくり研究できます」
本を選び出すのに時間がかかり、気づくと夕暮れ時だった。
今から何冊も本を読むと深夜になってしまうし、さすがに図書館も閉まってしまうだろう。
先ほどとは別の司書が通りかかったので大きな鞄を二つ借りて、その中に本を入れてテオドルの個室へ運ぶ。
作業が終わりに差しかかる頃、兵士が俺とドリーンを呼びに来た。
どうやらクレタが呼んでいるらしい。
さっきの部屋――学園長室へ戻ると、ゲッソリした表情のクレタとテオドルが待っていた。
そしてクレタが前に進み出て俺の両手を握る。
「エクト基盤は実に素晴らしい。協力してくれてありがとう。このことは国王陛下へ報告させてもらう。これからもテオドル教授に協力してくれ……よろしくお願いします」
目に涙を浮かべて、クレタが懇願する眼差しを送ってくる。
なんでこんなに必死なんだ?
というか、俺達が部屋を出た後も、ずっとテオドルに捕まってたっぽいな。
俺が気乗りでないと感じたのか、クレタは握っている手に力を入れる。
「誤解したこともお詫びがしたい。二人は来賓用の客室に寝泊まりするといい。食事も手配しよう。テオドル教授の手伝いをしている間の給金も出す。学園の中を自由に行動できるように記章を渡しておこう」
クレタは慌ててポケットから魔法学園の記章を取り出して、俺の手に握らせる。
そして俺の手を放してテオドルの方へ振り向く。
「テオドル教授、エクト基盤をもっと発展させるのだろう。協力者も二人も増えたし、存分に研究してくれ。私達は一切邪魔をしない。こちらへの報告は無用だ」
あー……なるほど、テオドルの顔も見たくないということだな。
それで俺に研究を手伝わせれば、そちらにかかりきりになって自分に被害が及ばないと考えたってわけか。
勝手に俺に押し付けようとするな!
拒否しようと口を開きかけた時、テオドルが俺とドリーンの腕を掴んだ。
「よし、研究するぞ。魔法の発展のために、一緒に光の道を進もうじゃないか」
俺には闇へ突き落とされる未来しか見えないけど……
後ろを振り返ると、クレタが安堵した笑みを浮かべて形の良い唇を小さく動かす。
「バイバイ、頑張ってね」
どうして俺が巻き込まれるんだよ!
第4話 研究の成果
半ば強制的にテオドルの研究を手伝わされ始めて、一週間が過ぎた。
その間、ドリーンは図書館で精霊と精霊界の文献を調べている。
俺はテオドルの実験が成功できるよう相談相手になっていた。
ぶっちゃけ面倒だから逃げようとも思っていたのだが、魔道具作りに興味が出てきたので結局手伝っているのだ。
テオドルの説明では、魔道具作りは色々な工程に分けられるらしい。
その各工程に基盤が使われているため、基盤は小さく軽く頑丈な方が良い。
エクト基盤は従来の基盤よりも小さく、重ねて利用することができるため、魔道具の発展に寄与するだろうと言っていた。
そんなわけで俺が手伝っているのは新しい魔道具作り……ではなく、テオドルの次の研究だ。
それは、魔石から魔力を取り出す技術。
従来、魔石から魔力を吸い出すにはミスリルを使用してきた。
ミスリルは魔力との親和性が高く、魔力はミスリルに吸着する特性を持っている。
それを利用して魔力吸引するのだが……なぜか魔石に蓄積されている半分ほどしか吸引できないらしい。
そのため、魔石内の全ての魔力を取り出す方法を探しているというわけだ。
テオドルは髪をワシャワシャと掻きながら俺を見る。
「もう私の考えではわからん。エクト、何かアイデアはないか?」
そう言われても、俺は魔道具の作り方は知らないからな……
ただ、俺には前世の記憶があり、それなりの知識を持っている。
その中から何か使えないかと考える。
俺は両手を広げて、テオドルへ提案する。
「そうだな……加熱してみる、粉々に砕いて粉末よりも小さい粒状にしてみる、何かの液体に浸けて滲み出させる。思いついたのは、この三つの方法ぐらいかな」
「なるほど、前二つについては、魔力を抽出しやすいように魔石自体を変化させるのか。最後の一つも、様々な液体を試してみる価値はあるな。これは盲点だったよ。私も色々と古文書を読んでいるが思いつかなかったな。是非、実験してみよう」
簡単にミスリルで魔力を取り出せるのに、魔石を加工しようとは思わないよね。
テオドルは実験道具を使って魔石を加熱する。
そして高熱になった魔石を魔力吸引装置へセットして検査したが……
結果、取り出せる魔力量は増えていなかった。
次に魔石を冷凍し、粉々の粒状にし実験をしてみたが、シャーベット状までには至らずに結果は失敗。
そして最後の実験……水、油などに魔石を浸けてみるが、魔力が染み出ることはなかった。
有効な方法もなさそうだしどうしたものかと思っていたが、そこでフッと俺の頭の中にアイデアが浮かぶ。
「質問なんだが、スライムって魔石を食べたらどうなるのかな?」
「……少し待て、その実験の記録ならどこかにあったはずだ」
テオドルは慌てて立ち上がり、隣の部屋へ移動する。
しばらく棚の書物を漁っていたが、一冊の本を手に戻ってくる。
「このページだな。スライムが魔石を食べると、体積が大きくなり溶解力が強くなったと書いてある」
「ということは……もしかして、スライムの体液に魔力が蓄積されて、能力が強化されたのか?」
俺の独り言を聞いて、ハッとテオドルが目を見開く。
そしてガバッと立ち上がり俺の両肩を掴む。
「それだ! スライムに魔石を食べさせて、その体液を使えばいい。なぜ、こんなことに気づかったんだ! さっそく実験だ!」
テオドルは必死の形相で実験室を飛び出していった。
でもここは王都の中央、どこでスライムを捕まえるんだ?
部屋の中が静かになったので、俺は仮眠を取ることにした。
さっそく目を瞑って、十分くらいうとうとしていたところに、バンッという大きな音が聞こえてきた。
目を開けて音のした方を見ると、手に大きな袋を持ったテオドルが、扉の前でハァハァと息を切らしていた。
リシュタイン魔法学園の地下牢。
牢に備え付けられている簡易ベッドの上で、俺は天井を見る。
ただ中庭で揉めている学生達の仲裁をしただけならよかったのだが、土牢なんかを作って目立ったのがいけなかった。
牢に連行された時、兵士達に身元を問われたので、ファルスフォード王国の公爵であると説明したが鼻で笑われた。
証拠のつもりで冒険者カードも見せたのだが……兵士達はそれを奪い取って嘘をつくなと怒鳴ってきた。
冒険者カードのレベルは低級だし、名前はエクトと書かれているだけだ。俺が公爵だという情報は書いてないからな。
兵士達が信じないのも仕方ない。
強引に兵士達をねじ伏せて牢から抜け出してもいいけど……騒動になるとドリーンに迷惑がかかる。
まぁ、別に男子達を土牢に閉じ込めただけだし、ちゃんと事情を話せば酷い目には遭わないだろう。
俺はベッドの上に寝転がり、目を瞑る。
幸いにも、牢の監視兵も尋問してきた兵士も、横暴ではあったが乱暴ではなかった。
ドリーンが騒ぎに気付くか、あるいは冷静な兵士が来て誤解が解けるのを待つとするか。
しばらくすると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
牢の前に兵士が立ち、鍵を開けて牢の中へ入ってくる。
「学園長が直々に尋問されるそうだ。立て」
俺はベッドから立ち上がり、兵士の後ろに続いて牢を出る。
そのまま同じ建物の三階まで行くと、重厚な扉の前で兵士が止まった。
そして扉を開いて俺を部屋の中へ押し入れる。
ヨロヨロと部屋の中央まで行き、窓辺を見ると、大きなデスクの向こう側に女性が座っていた。
漆黒にきらめく長い髪、白い肌に真っ赤な瞳が印象的で、どこか人族とは違う雰囲気が漂っている。
そのただならぬ佇まいに、俺は目を細める。
「お前、何者だ?」
「争うつもりはない。まずは落ち着け」
女性はクスクスと笑って椅子から立ち上がる。
そしてゆっくりした足取りで俺の前まで歩いてきた。
「我は吸血族のクレタ、この魔法学園の学園長だ。なぜお前は学園に来た? 騒ぎを起こしたようだが、目的は何なんだい?」
吸血族というのは古くから人間と共存してきた亜人の一種で、血と共に魔力を吸収する種族として有名だ。
今は血を吸う特性はないそうだが、エルフと同様に魔力が強いことで知られている。
厳しい口調の割には敵意が強いわけでもなさそうなので、俺は力を抜いて、肩を竦める。
「ここの卒業生だっていう仲間に連れてこられてね。それに騒ぎを起こすつもりもなかったんだよ。イジメの現場を目にして止めたら、こうやって捕まったってわけ」
俺の言葉を聞いて、考えるようにアゴに手を当てる。
「土牢に閉じ込められていたのは、アレクシスとその友人達だったな……卒業生だというお前の仲間は誰だ? その者はどこへ行った?」
「俺の仲間の名前はドリーン。今、テオドルの所で実験の手伝いをしているはずだ」
その名前を聞いて、クレタは渋い顔で額に手を当てる。
ドリーンのことを知っているようだ。
「あの、お転婆娘が来ているのか……おい、誰か研究棟へやって、テオドル教授とドリーンを連れてこい」
クレタが部屋の壁際に立っていた兵士へ手を振ると、兵士は敬礼して部屋を去っていった。
これで身元が保証されて、一安心だな。
しかしあのドリーンがお転婆だって?
「昔、ドリーンが何かしたのか?」
「ああ。テオドル教授と一緒に、研究棟の一角を実験で吹き飛ばした。あの二人が組んでいた時、どれほどの被害を学園にもたらしたことか……それなりに研究成果もあげていたから、処罰もできん」
普段は大人しいドリーンだけど、それならお転婆と言われても仕方ないな。
クレタがジト目で俺を見る。
「お前がドリーンの仲間と言われれば、騒動を起こすのも頷ける」
……なんか、テオドルと同じ扱いをされているようで嫌だな。
しばらくすると、廊下から大声が聞こえてきて扉が大きく開く。
直後、目を充血させたテオドルが飛び込んできた。
そして俺の両肩をガシッと掴む。
「エクト君のおかげで、スライムの体液を正確に接着させることができたよ。これは私の予想を上回る成果だ。基盤の保護も完璧だし、全てエクト君のおかげだよ。お礼にこの基盤をエクト基盤と名付けよう!」
興奮しているテオドルが、俺の体をガクガクと揺らす。
そんなことをしている間に、遅れていたらしいドリーンが、肩で息をしながら部屋の中へ入ってきた。
「テオドル教授、待ってくださいよ……なぜ、エクトがここにいるの?」
そして俺と目が合うと、不思議そうな表情をする。
「ちょっとね。それでさ、学園長に俺の身元を証明してくれるかな?」
俺の言葉を聞いて、ドリーンはクレタの方へ視線を向けて表情を引きつらせた。
「ドリーン、学園に来て最初に挨拶する相手を忘れていないかい?」
「……その前にテオドル教授が元気にしているか確かめたくて、すみません」
ドリーンはクレタからお説教を受けている。
その間、テオドルは俺に向かって、何か魔道具の理論を語っていた。
カオスだ……
体を揺すられて頭が上手く回らず、俺は呆然と天井を見つめた。
現実逃避していると、どうやら落ち着いたらしいテオドルが俺を放す。
そして、いつの間にか説教が終わって、ドリーンから俺の話を聞いたらしいクレタがニッコリと微笑む。
「エクト殿、不審者と誤解したことをお詫びする」
「まあ、わかってくれたならいいよ」
「アレクシス――モンバール伯爵の息子のことだが、日頃から貴族であることを鼻にかけていてな。プライドが高く視野が狭いので困っていたのだ。まさかイジメにまで発展していたとは嘆かわしい。なんらかの処罰を検討しよう」
「お手柔らかに」
俺とクレタが和やかに話をしていると、我慢できなくなったらしいテオドルが彼女に迫る。
「クレタ、聞いてくれ。エクト君のおかげで基盤が改良できたんだ。これで魔道具の小型化が進むし、大規模な魔術回路の作製も可能になった! このエクト基盤は、魔道具開発の歴史を塗り替えるぞ」
学園長に向かってタメ口なのか、テオドルは全く軸がブレないな。
目の前で演説をするテオドルを見て、クレタが目を白黒させている。
助けを求めて視線を彷徨わせるクレタから、俺は顔をそっと逸らした。
今、止めると俺に被害が及ぶかもしれない。
俺の隣では、事情を知らないドリーンが不安そうな表情で俺を見ていた。
「いったい、エクトは何をしたんですか?」
「ああ、まだ説明できてなかったな」
テオドルの部屋から消えた俺が学園長室に連行されているのだから、ドリーンも驚くよね。
中庭でアレクシスが仲間と一緒にユセルを虐めていたこと、それを仲裁に入った俺が牢に入れられたことを説明する。
するとドリーンは頷きながら、難しい表情をする。
「この魔法学園は平民から貴族まで、才能さえあれば誰でも入学できます。しかし、そもそも貴族というものは強力な魔法士が生まれやすいので、学園に入ってくる生徒も多いんです。結果的に、平民は肩身が狭い思いをする人が多くて……私も平民出身ですから、虐められていたというユセルの気持ちはわかります」
なるほど……前世の学生時代でもイジメが問題になっていたよね。
この世界では貴族と平民はハッキリと区別されているから、イジメも酷いだろうな。
できればユセルともう一度話してみたいな。
ちらりとクレタの方を見ると、テオドルはまだ基盤について話していた。
このままでは埒が明かないので、そのまま放置することにした俺とドリーンは、静かに扉を開けて廊下へ出た。
俺は歩きながらドリーンへ問いかける。
「これから少しの間、テオドルを手伝うのか?」
「はい……先生は精霊と精霊界について研究されていたんです。エクトやオラムのおかげで精霊と精霊界が実在は証明されました。だから先生の研究に役立てればと思ってます」
「テオドル教授は精霊と精霊界の何の研究をしていたんだ?」
「精霊と精霊界は実在すると仮定し、精霊界へ行く方法を探していました」
なるほど……精霊界は神話時代から続くと言われ、そもそも存在するかどうかも怪しい謎の世界だ。
精霊界へ行く方法を解き明かせば、それは偉業と言える。
魔法士であれば精霊の謎を解き明かしたいよね。
研究者が夢中になるのも理解できる。
俺は神樹の指輪を通して精霊女王に頼めば精霊界へ行けるけど、むやみに頼むつもりはない。
あとは……エルフの里にある聖樹の輪から行けるけど、それを広めるつもりもない。
精霊界へ通じる道は、魔法士達が独力で発見することだ。
ドリーンは前を向いたまま、テオドルの研究について話す。
「この魔法学園には、各国から魔法に関する資料が集まります。その中には精霊や精霊界の記述のある冊子も数多くあるんです。古代の記録では龍脈、地脈、霊脈と呼ばれるエネルギーが集まる地――いわゆる霊穴に精霊界への入り口があったとされています」
龍脈に地脈に霊脈……前世のファンタジー小説でも出てきたワードだな。霊脈なんかは、風水占いなどでも使われる言葉だ。
要は何かしらの自然の大きな力の流れのことだろう。
エルフの里は霊脈が集まる霊穴だったのかな?
ドリーンの説明を邪魔しないように、黙って話の続きを聞く。
「先生は、霊脈が集まることで、そのエネルギーが蓄積されて次元が歪められるのではないかと考えています。そしてその霊穴に何らかの方法でアクセスすることで、次元を超えて精霊界へ行けると仮説を立てました。オラムやエクトは精霊界の生き証人というわけです」
ドリーンは気分が良くなってきたのか、ピンと立てた人指し指を振りながら歩いていく。
「この先生の仮説には二つの目標がありまして。一つは龍脈、地脈、霊脈と呼ばれる流れを発見し、エネルギーが集積している地、霊穴を発見すること。もう一つは、どうやって次元の歪みを利用し精霊界へ繋ぐのか、その方法を見つけることです」
「なるほど……どれくらい研究は進んでたんだ?」
「それが……霊脈も実際には見つけられていないんです」
なんだか魔法士が精霊界を発見するのは、まだまだ遠いように感じるな。
しかしドリーンが照れたように俺の顔を見る。
「精霊界の発見は先生にとって生涯の夢なんです。だから少しでも恩返しがしたくて。エクト、一緒に手がかりを探してくれませんか?」
「実際の精霊界への行き方とかは教えられないし、魔法や魔道具の知識は全くないけど、それでも良ければ協力するよ」
ドリーンと二人で廊下を歩いていると、大きな部屋へ着いた。
「ここが目的地か? そういえば、どこに向かってたんだ?」
「さっき話した図書館ですよ……さあ、どうぞ」
ドリーンは扉を開け、俺を中へ促す。
その部屋は天井までの高さが二階ほどで、無数の本棚に埋め尽くされていた。
「ここが王国の誇るリシュタイン魔法学園の図書館です」
なぜかドリーンは胸を張って誇らしそうだ。
各国から魔法に関する書物が集まるとは聞いたけど、目の前で見ると圧巻だな。
どうやらドリーンは、この図書館で何かヒントを探すつもりらしい。
「それで、俺は何を手伝えばいい?」
「そうですね……精霊界に関する書物を集めてください。以前に先生と二人で探した時の資料があります」
ドリーンはローブの内ポケットから数枚の紙を俺に手渡す。
そこには棚の番号、本の題名、作者名が書かれていた。
これなら俺でも迷わずに本を探し出すことができそうだ。
二手に分かれて本を探して、テーブルの上に置いていく。
俺が悩みながら本を探していると、二名の女子生徒から声をかけられた。
一人は笑顔が似合う活発そうな女子、もう一人は本が好きそうな大人しい眼鏡っ子だ。
「はじめまして、見ない顔ですね。図書館は初めてですか? 魔法学園の方ですか?」
「他国の者だけど、学園に知り合いがいてね。それで資料を集めてるんだけど、数が多くて迷ってるんだ」
手に持っている紙を見せると、活発な女子が紙を二枚抜き取って、隣の眼鏡っ子へ渡す。
「私達は図書館の司書をしてるんです。集めてきた本は机に置いておきますので」
そう言って二人は、素早く散っていった。
女子達を見送っていると、後ろから寒気を感じて振り返る。
そこにはジト目をしたドリーンが立っていた。
「もう女子から声をかけられたんですか。モテますね、これはリリアーヌに報告しなければ」
「よしてくれ、誤解だから。あの二人も館内で迷っている俺が珍しかっただけだろ」
俺の弁明も聞かず、ドリーンはツンとした表情で離れていった。
しばらく、四人で資料を探してテーブルに運ぶ作業を続けていき、テーブルの上に大量の資料が積みあがった。
手伝ってくれた女子生徒達は手を振って、図書館から去っていった。
積みあがった書物を見て、ドリーンは満足そうに微笑む。
「彼女達のおかげで、思っていたより早く済みましたね。この図書館の中にテオドル教授専用の個室があります。そこに運んでおけば、後からゆっくり研究できます」
本を選び出すのに時間がかかり、気づくと夕暮れ時だった。
今から何冊も本を読むと深夜になってしまうし、さすがに図書館も閉まってしまうだろう。
先ほどとは別の司書が通りかかったので大きな鞄を二つ借りて、その中に本を入れてテオドルの個室へ運ぶ。
作業が終わりに差しかかる頃、兵士が俺とドリーンを呼びに来た。
どうやらクレタが呼んでいるらしい。
さっきの部屋――学園長室へ戻ると、ゲッソリした表情のクレタとテオドルが待っていた。
そしてクレタが前に進み出て俺の両手を握る。
「エクト基盤は実に素晴らしい。協力してくれてありがとう。このことは国王陛下へ報告させてもらう。これからもテオドル教授に協力してくれ……よろしくお願いします」
目に涙を浮かべて、クレタが懇願する眼差しを送ってくる。
なんでこんなに必死なんだ?
というか、俺達が部屋を出た後も、ずっとテオドルに捕まってたっぽいな。
俺が気乗りでないと感じたのか、クレタは握っている手に力を入れる。
「誤解したこともお詫びがしたい。二人は来賓用の客室に寝泊まりするといい。食事も手配しよう。テオドル教授の手伝いをしている間の給金も出す。学園の中を自由に行動できるように記章を渡しておこう」
クレタは慌ててポケットから魔法学園の記章を取り出して、俺の手に握らせる。
そして俺の手を放してテオドルの方へ振り向く。
「テオドル教授、エクト基盤をもっと発展させるのだろう。協力者も二人も増えたし、存分に研究してくれ。私達は一切邪魔をしない。こちらへの報告は無用だ」
あー……なるほど、テオドルの顔も見たくないということだな。
それで俺に研究を手伝わせれば、そちらにかかりきりになって自分に被害が及ばないと考えたってわけか。
勝手に俺に押し付けようとするな!
拒否しようと口を開きかけた時、テオドルが俺とドリーンの腕を掴んだ。
「よし、研究するぞ。魔法の発展のために、一緒に光の道を進もうじゃないか」
俺には闇へ突き落とされる未来しか見えないけど……
後ろを振り返ると、クレタが安堵した笑みを浮かべて形の良い唇を小さく動かす。
「バイバイ、頑張ってね」
どうして俺が巻き込まれるんだよ!
第4話 研究の成果
半ば強制的にテオドルの研究を手伝わされ始めて、一週間が過ぎた。
その間、ドリーンは図書館で精霊と精霊界の文献を調べている。
俺はテオドルの実験が成功できるよう相談相手になっていた。
ぶっちゃけ面倒だから逃げようとも思っていたのだが、魔道具作りに興味が出てきたので結局手伝っているのだ。
テオドルの説明では、魔道具作りは色々な工程に分けられるらしい。
その各工程に基盤が使われているため、基盤は小さく軽く頑丈な方が良い。
エクト基盤は従来の基盤よりも小さく、重ねて利用することができるため、魔道具の発展に寄与するだろうと言っていた。
そんなわけで俺が手伝っているのは新しい魔道具作り……ではなく、テオドルの次の研究だ。
それは、魔石から魔力を取り出す技術。
従来、魔石から魔力を吸い出すにはミスリルを使用してきた。
ミスリルは魔力との親和性が高く、魔力はミスリルに吸着する特性を持っている。
それを利用して魔力吸引するのだが……なぜか魔石に蓄積されている半分ほどしか吸引できないらしい。
そのため、魔石内の全ての魔力を取り出す方法を探しているというわけだ。
テオドルは髪をワシャワシャと掻きながら俺を見る。
「もう私の考えではわからん。エクト、何かアイデアはないか?」
そう言われても、俺は魔道具の作り方は知らないからな……
ただ、俺には前世の記憶があり、それなりの知識を持っている。
その中から何か使えないかと考える。
俺は両手を広げて、テオドルへ提案する。
「そうだな……加熱してみる、粉々に砕いて粉末よりも小さい粒状にしてみる、何かの液体に浸けて滲み出させる。思いついたのは、この三つの方法ぐらいかな」
「なるほど、前二つについては、魔力を抽出しやすいように魔石自体を変化させるのか。最後の一つも、様々な液体を試してみる価値はあるな。これは盲点だったよ。私も色々と古文書を読んでいるが思いつかなかったな。是非、実験してみよう」
簡単にミスリルで魔力を取り出せるのに、魔石を加工しようとは思わないよね。
テオドルは実験道具を使って魔石を加熱する。
そして高熱になった魔石を魔力吸引装置へセットして検査したが……
結果、取り出せる魔力量は増えていなかった。
次に魔石を冷凍し、粉々の粒状にし実験をしてみたが、シャーベット状までには至らずに結果は失敗。
そして最後の実験……水、油などに魔石を浸けてみるが、魔力が染み出ることはなかった。
有効な方法もなさそうだしどうしたものかと思っていたが、そこでフッと俺の頭の中にアイデアが浮かぶ。
「質問なんだが、スライムって魔石を食べたらどうなるのかな?」
「……少し待て、その実験の記録ならどこかにあったはずだ」
テオドルは慌てて立ち上がり、隣の部屋へ移動する。
しばらく棚の書物を漁っていたが、一冊の本を手に戻ってくる。
「このページだな。スライムが魔石を食べると、体積が大きくなり溶解力が強くなったと書いてある」
「ということは……もしかして、スライムの体液に魔力が蓄積されて、能力が強化されたのか?」
俺の独り言を聞いて、ハッとテオドルが目を見開く。
そしてガバッと立ち上がり俺の両肩を掴む。
「それだ! スライムに魔石を食べさせて、その体液を使えばいい。なぜ、こんなことに気づかったんだ! さっそく実験だ!」
テオドルは必死の形相で実験室を飛び出していった。
でもここは王都の中央、どこでスライムを捕まえるんだ?
部屋の中が静かになったので、俺は仮眠を取ることにした。
さっそく目を瞑って、十分くらいうとうとしていたところに、バンッという大きな音が聞こえてきた。
目を開けて音のした方を見ると、手に大きな袋を持ったテオドルが、扉の前でハァハァと息を切らしていた。
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